2015年01月27日

敢闘精神

新聞紙面で、大リーガー 「イチロー」 の日米を通した、年度別成績表を眺めていた。

入団二年目までは、不本意な成績ながら、三年目からいきなり大化けした。
入団のころ、独特の振り子打法をめぐって、監督やコーチと意見が対立したため干され、空白の2年を過ごしたとも聞く。

似たような境遇に 「落合博満」 や 「野茂英雄」 がいるが、共通していることは、自分に妥協せず、 自らが前例を作り、人から嫌われることをいとわなかったこと。
「失敗したら去る」 ぐらいの強い気持ちで、自分にしかわからない、結果論があったと思える。

大化けと言えば、大相撲の 「白鵬」 もそうだ。
62キロの軽量を受け容れる部屋はなく、お情けで置かせてもらった過去を持つ。
それが歴代横綱優勝回数の最高位まで上り詰め、あのとき見切りの早い親方なら白鵬は存在しない。

41歳のイチローには、不変の考えがある。
野球を取りまく環境 (安全な道具・科学的なトレーニング・食の栄養バランス・スポーツ医学) など、年々進化しているから、選手もそれなりに進化しなければならないと。
今年50歳をむかえる、中日の投手 「山本昌」 なんかは、その言葉を体現しているひとりである。

そもそも、年齢は判断口上にはなるが、決定づけられるものではない。
動機や意思、そのための努力を惜しまず、それぞれにメリットがあれば、まだ現役ではいられる。
このあたり、変わっていく夢 (人生) もあるだろうし、詰まるところはモチベーションなのかなあ。

なぜ、人はスポーツを観戦するのか…
自身の肉体はさびていく中、選手の肉体に自分を投影して、「敢闘精神」 を呼び覚ましたいんだ。
別にスポーツ歴はなくても、だれでも運動会には参加したことがあるだろう。
感覚的には、競争順位に喜怒哀楽を経験したことが大きいと思う。
そうじゃなきゃ、スポーツは廃れるし、順位も勝敗もつかない競技なんて、だれも見向きもしない。

つまり、健康的な動機じゃないと 「氷上のイナバウアー」 を見て、変なことを想像しながら 「うおおおおおおお、ぉぉぉぉぉぉぉ… !」 とか絶叫する 「困ったオヤジ」 になってしまうのじゃー !

最後にオレは、いったい何を言っとるのじゃー ! 
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2015年01月12日

五穀豊穣

外出の仕度をしていたら、みぞれまじりの雪が降り出し、その気が萎えてしまった夕方。

「あっ、今日から、初場所か…」  思わず、テレビをつけた。
年6場所を四季の移り変わりにすると、時は早く感じてしまう。

低迷期から、大相撲を見ている者として、この人気ぶりで本場所のチケットが入手しにくくなるのが    少しだけしゃくにさわる (笑)
今の人気は感覚的なものではなく、来場者数や視聴率など、数値化されたデーターによるもの。
これにはいくつか理由をあげられるが、日本人の中に 「やすらぎ」 が、欲しくなったとも思える。

一過去、国民の多くは 「K−1」 や 「PRIDE」 など、殺伐とした競技に感情を高ぶらせた。
団体競技においても、ヒステリックに声援を送る、過激なサポーターの姿を目の当たりにしてきた。
しかし、躁 (そう) 状態で高ぶる気持ちは、そう長きに続くことではない。
冷静な状態において、モノの見方や角度は変わるわけで、リアリティーだけが全てとは違う。

一昨年、店のお客さんと 「プロレス」 を見に出かけた。
場外乱闘の際、近くにいた父親が小さい息子を前にして、「殺してしまえ」 だのと、大声で叫んでた姿を見たとき、イヤな気持ちにさせられた。
これって、「エンターティメント」 なんだよね。
観戦に度が過ぎると、見方に遊びがなくなるから、疲れてしまうんだ。

その点、大相撲は五穀豊穣 (ごこくほうじょう) を願った神事である。
八百長疑惑は昔からあったことだけど、老若男女、あぐらの中で子どもを座らせて安心して見せられる伝統的な 「お茶の間スポーツ」 でもある。

微妙な軍配に抗議したり、挑戦的な態度もせず、土俵上で毅然とした所作で勝敗の行方を待つあたり。
沈黙のプライドは、教育的なモデルケースにもつながると思える。
スポーツにケンカ腰になる人がいるから、逆に冷静な目で見ることができるようになるものだ。

同じ世界に止まり過ぎると、自分の関心のないことは、全否定するようになりがち。
やはり、関心をある程度散らさないと、「やるか、やられるか」 の発想にとり付かれちゃう。
その意味では、スポーツである前に神事、神事である前にスポーツ、五穀豊穣を祈ったお祭りなど、    取りかたは何通りもあるんじゃないかなあ。

それで、好きな力士に話を結びつけると、心情的には 「バラエティー番組向きじゃない」 ひたむきな  力士に好感を抱いてしまう。
僕は、素朴さに情緒的になってしまうタイプ。
だから、「稀勢の里」 には、一度でいいから、優勝経験をしてほしいんだ。
期待を裏切る常連力士なんだけど、あの愚直な不器用さが見放せないんだよね。

それにしても、初日の宝富士戦は勝ったけど、危なっかしい内容だったなあ…  今場所 前途多難か。
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2014年11月24日

大鵬伝説

昭和の大横綱 「大鵬」 は、真の伝説になったのだ。

横綱 「白鵬」 は、大鵬がもつ、歴代優勝回数32回の大記録に並んだ。
来年、2場所以内には、新記録を樹立するであろう。
そもそも、同じ人間業をこえられないのはおかしいのであり、これからの白鵬は新伝説であるべきだし、大鵬は記録を更新されたことで価値が上ったと思える。

白鵬はモンゴルからの入門志願者の一団として16歳で初来日した。
しかし、体重60キロそこそこの痩せ型であり、どこの部屋からも受け入れてもらえなかった。
そんな帰国直前、有志の計らいにより、宮城野部屋に入門できたことは語り草に。
初土俵から13年、横綱在位8年、白鵬はついに快挙を成した。

日本人横綱の誕生は期待できないのかな。
まず、日本語を覚える能力からして、覚悟がわかるというもの。
それも退路を断ち来日したのだから、根性からして違いがある。
選ばれた素質が飢えた努力をしてるんだから、そりゃ強くなるわけである。

豆知識ながら、本来の番付には、「横綱」 という地位はなかったんだとか。
最高位は大関であり、三役とは、心技体が充実した 「大関」 「関脇」 「小結」 と聞く。
では、横綱とは、雲の上の存在で、その重責を果たせなくなったときには、大関に陥落どころか、     引退の二文字しかないんだから、これ以上はない厳しさである。

そのほとんどが遊び盛りの20代なのに、象徴的な存在になるんだから、強さはまぎれもなく一番だが、どこかで思い上がりも出てくると思う。
そこを修行できて、今の地位と強さを保ったんだから、ここが 「朝青龍」 と異なるところであろう。
つまり、鉄の実力主義ながら、情という精進主義もないと、人から厚意をもたれないと思う。

あと2〜3年もすれば、白鵬と入れ代わりに、「逸ノ城」 と 「照ノ富士」 時代到来の予感がする。
「遠藤」 は、期待と不安が入り交じるが、このままでは 「豪栄道」 化する、気もしなくはない。
これも時代のイタズラなのか、新星の遠藤が伸びてきたと思ったら、今度は超新星のモンゴル勢が     頭角を現してくるんだから、いずれにしても玉石混交であることには違いない。

盛り上がっているところには、自然と高い素質が集まってくるといわれる。
その中で、自分の強さの見せ所がある逸材が、これからの白鵬の大記録を追っていくんであってさ。
こうして、昭和の大横綱 大鵬は真の伝説となったのである。

今日から、夕方のニュース番組に音声が切り替わるわが家…
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2014年11月10日

大胆予想

今年最後の大相撲九州場所は、17年ぶりに初日満員御礼の垂れ幕が出たという。
横綱の三つ巴に加え、新進気鋭の 「逸ノ城」や「遠藤」などの、快進撃が人気を呼び戻したと見える。

ここで、はっきりしたことは、観客は無類の 「強さ」 を第一に求めていたこと。
つまり、真剣勝負であり、エンターティメントとして、見ごたえのある世界にしてゆかねば、プロとしての 完成度はとぼしくなる。

大相撲は神事の思想だから、所作や様式美においても、日本が誇る伝統文化でもある。
その何かが欠けてもいけないし、清らかさがない世界は崩壊する。
一過去、社団法人の後ろ楯のもと、特俵で残せたけど、夢がないと稽古には耐えられないわなあ。

今場所、新関脇の 「逸ノ城」 に、大いに関心が集まっている。
たしかに、下半身は安定しているし、出足も悪くないし、巨漢ながら動きも早い。
少し気になることが、体重頼みのいきおいで勝負をかけると、長引いたときに息が上がるからね。

かなり研究された上、立ち合いは下から突き上げられ、まわし狙いで左右から揺さぶりをかけられたり、  変わられたり、張られたり、今場所は一番一番が動揺するであろう。
それにこのまま波乱が続けば、横綱や大関の威信にも関わってくるから、もう許されないでしょ。

僕の大胆予想は負け越しながら、白星は 「6勝」 止まりかなと思っている。
鬼門となる今場所、勝ち越せば凄いし、10勝以上あげれば、もう来年は横綱に昇進するだろう。
まあ、あくまでも初日を見た感想であり、この時点でだれが優勝するかは、皆目見当もつかない。

二週間、大相撲ダイジェストを見ながら、歯に衣着せぬ戯言をつぶやいているであろう…
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2014年09月22日

大相撲人気

大相撲秋場所は連日の熱戦を見る限り、ようやく人気が回復してきたことがうかがえる。

とりわけ熱心なファンでもないが、若貴ブームにも乗らずに寧ろ、凋落傾向のときこそ見ていた。
ひところ、メディアがとりあげざる得なかったのは、相撲のスキャンダルや不祥事ばかりだった。

家庭不和やシゴキによる死亡事件、力士の素行不良や暴行事件、薬物使用に野球賭博の数々。
極めつけは、大相撲八百長問題において、大勢の力士が番付編成を余儀なくされた。
しかも親方衆からして、多くの疑惑が浮上してきたんだから、隠し事のオンパレードであった。

いつからそんなことになっていたのか、そんな思いが頭の中をよぎっていたころ。
北の湖理事長を一度代えて、実質的には放駒親方や貴乃花親方らを旗手にして土俵の浄化に努め、     もう一度クリーンな世界を作り直してきた。
同時に育つ者は見逃さず、去るべき者は去らせ、大相撲の復権に尽力したと思える。

数々の取材により、稀勢の里をはじめ、若の里 豊真将 安美錦 引退した高見盛 岩木山 垣添など、複数は八百長の申し出を断り、星 (勝敗)の貸し借りをする、「闇の互助会」 (ごじょかい)に、加わっていなかったことは、好角家なら知っていること。

彼らに共通する特徴だが、少し浮いた存在にも思え、口を一文字にして耐えている様子がうかがえる。
それに八百長疑惑の力士らに結託され、ときにはケンカを売ってくるような相撲も仕掛けられていた。
その攻めは厳しくも危険極まりなく、それを15日間なんだから、精神が休まる暇もないだろう。
逆に厳しい攻めでやり返したのが、前頭三枚目の嘉風であり、今も顔の生傷が癒えないから痛々しい。

彼らは黒い霧の連帯感に怯まず、真っ当な相撲道を歩んできたから、今の大相撲人気を回復させたと思えるし、拍手を贈るべきは 「魂を売らなかった力士」の存在である。
耐え難きを耐えたからこそ、心情的に念じるような応援をしたくなるわけで、今の角界(大相撲)を    信じるしかないし、また八百長が横行してきたときには、ガチンコ力士の力を信じるしかない。

新潟の 「やくみつる」とは、俺のことだ…  なーんてね!
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2014年09月01日

孤独な結束感

94年 ブラジルのグレイシー柔術が日本に来襲してから、プロレスを含む総合格闘技は破壊された。

その頂点に圧倒的な強さで君臨していたのが、グレイシー一族の長男 ヒクソン・グレイシーだった。
ヒクソンに挑んだ格闘家は連戦連破され、その強さはだれもが認めざる得なくなっていた。
ついにUWFの中心的存在でもあった、高田延彦も声高らかに挑んだが、結果は戦いにならなかった。
その試合前から、高田にエールを送っていた前田日明は、「もしも、高田が負けるようなことがあったら、そのときは俺が行く」と、対戦に名乗りを挙げていた。
しかし、高額なファイトマネーを要求するヒクソン陣営と折り合いつかず、断念せざる得なくなったことは多くの格闘ファンなら知るところであろう。

前田と高田は青春をともにした仲間でありながら、時のイタズラも重なり、いつしか袂を絶やした。
だが、日本の格闘界を根底から脅かす、グレイシー柔術が現れたとき、前田の中にあるバンカラ時代の生きざまが再燃したのである。
つまり、仲違いしても共通の敵が現れたとき、一枚岩になれる男気こそ、最強伝説になるんだと思える。

ここまでの書き出しが長すぎた…
柔道世界選手権2014 男子団体戦が4年ぶりに金メダルを獲得した。
試合方式は5対5の3勝先取で、日本の決勝相手は開催国であるロシア。
先鋒の海老沼と次鋒の大野が、まさかの2連敗で後をなくした番狂わせ。
3人目の選手が負ければ、その時点で銀メダルで終わりだが、中堅と副将が奮起し2勝2敗で大将戦にまで持ち込み、七戸の成長からすれば、大船に乗った気持ちで安心して見られた。
動じず焦らず、がっちりと相手の柔道着をつかみ、揺さぶりをかけながらワンチャンスを逃さなかった。
波乱の展開ながら、日本柔道の復活の兆しは見えたようで、団体 「金メダルの功績」は大きいと思う。

書き出しの伏線となるが、「だれかが負ければ、だれかがそれに挑む」
それが団体戦であって、揺らいではならない、戦いの信頼関係なんだ。

柔道のような個人競技だと自己主張が強くなり、チームとして結束感に欠けるとよく言われたものだ。
スポーツをやるのなら、チームプレーを養える競技をやるべきだと、低レベルな解釈に悲しくなったこともあるけど、断じてそんなことはない。
普段はライバルながら、孤独な競技だからこそ、力を合わせることに純粋な思いを抱いているんだ。

それこそ、ルールという概念が存在しない無法時代ならば、格闘技の勝利は生、敗北は死だった。
日本中が好きな言葉 「サムライ」であるが、それまでの孤独を通してささえ合える関係こそが、     真の結びつきなんだと思える。
つまり、ビジネス的な発想を超えたところに、「個として和に協力する」 団体戦の魅力があるんだ。

「もし、あいつがやられたら、そのときは俺が行く…」   報復論理ではない!

僕にとって、柔道団体戦とは、困難を乗り越えた硬派な結びつきを表していると言えよう。
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2014年08月29日

柔道の革命児

現在、ロシアで開催中の 「世界柔道選手権2014」

開催2日目、男子66キロ級の日本代表 「海老沼 匠」が、切れ味抜群な内股で世界3連覇を決めた。
(2013年 8月29日 マイブログ 参照)

僕自身、新潟レベルながら、柔道を13年間現役でやっていたから、他のスポーツと比べると見方が    専門的になるし、少し感情も高ぶりやすくなる。
それはもう、自分の組み手から得意な技が決まる瞬間、思わずこちらの体も反応してしまう。

世界レベルにもなると作戦は作戦であれ、試合がどう進んで、どう決着がつくかは予想がつかない。
また、自分の中に秘められた想定外の力が瞬間に出てくることが、「現代柔道」の醍醐味である。

試合を見ていて、「あの体勢から、あの技を仕掛けてくるか」とか、「前襟から、あの大技に連動するか」
「どうして、そこで小外刈り、なぜ、そこで小外刈り」など、次々と口からひとりごとがついてくる。

連続技が多様化してたり、高度な技の攻防にも驚かせられるが、柔道は立技だけではない。
寝技や締技、関節技のような飛び道具も仕掛けられるから、油断もスキもない。

柔道の完成度は、高くなってきたと思える
つまり、予測できる柔道は柔道ではなくなってきているんだ。
柔道の発展ということで言えば、喜ばしいことであろう。

冒頭、海老沼の金メダルだけを見出しにつづったが、彼の攻撃柔道ぶりを見て、僕はそう感じたから    特筆しないわけにはいかない。

実戦した競技だからわかるあの凄さ…   おいおい、やっぱり、あいつ、  只者じゃないぜ!
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2014年07月23日

逸ノ城

待望の日本人横綱候補として、毎場所 「遠藤」に大きな期待が寄せられている。

そんな遠藤もここまで10日目、5勝5敗の五分の星ながら、内容は苦戦している。
しかも全体を見渡すと、そう易々と期待通りには、立ち行かなくなってきたようだ。

十両から、超重量級のモンゴル力士 「逸ノ城」が着々と番付を上げてきているからだ。
過去、上り調子で入幕した力士は、手土産ついでに十両優勝をしてた感じを受けていた。
幕内の 「遠藤」 「照ノ富士」も十両優勝者だし、「大砂嵐」もさっさと通過したはず。
横綱候補といわれる力士にとって、十両はとどまるところじゃなく、通過点に過ぎないからね。

だけど寂しいのは、伝統国技でありながら、日本人のスケールがあまりにも小さすぎる。
このあたり、素質(運動能力)の高い若者ほど、人気スポーツへ才能が向き、角界に入門してこない。
そうなるとどんなスポーツでも、競技人口が減っているのに、競技種目だけが広がっていくのだから、   2部リーグのエースが、1部リーグのエース格になってしまう現象も起きてくるだろう。

本当に相撲の強い力士ほど、体格が大きいわりにはスピードがあるし、均整も柔らかいからどんな     スポーツにも適応できてしまうと思う。
さすがに球技は難しいにせよ、他の格闘技にも順応できる資質があるだろう。

長年、大相撲を見て思うのは、体格に添った柔軟性と瞬発力に強さがあり、それを体現しているのが、  心技体の兼ね備わっている 「白鵬」といえよう。
それにモンゴル勢は民俗学的に、格闘遺伝子が強いのかも知れない。
前にも書いたけど、母国の国技であるナーダム (モンゴル相撲)こそ、相撲の本質にかなう競技    なんじゃないかと…  まわしをとらせたら強さを存分に発揮するでしょ。

ともあれ、遠藤・遠藤と浮かれてられないのは、もうすでに十両以下から、またモンゴルからの才能が次々と番付を上げてきていること。
遠藤を応援する気持ちは同じだけど、日本人力士を取り巻く環境は思いの外に多難なのである。

この先、遠藤のライバルとして、大砂嵐 照ノ富士に続く、第三の存在こそ、逸ノ城のような気がする。 
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2014年07月21日

照ノ富士

大相撲名古屋場所中日8日目
横綱 「白鵬」と、エジプト出身の新鋭 「大砂嵐」の一番は見ごたえあったね。

大砂嵐が得意とする強力なかちあげからの破壊力ある攻めは、さすがに白鵬相手では委縮したようで、がっぷり四つになったときは勝負が見えた。
もしも白鵬が負けるようなことがあれば、左の一枚まわしを切られるか、不用意な出足をしてあの腕力でつり返されるかぐらいしかないと思ったね。
横綱 「三羽カラス」の筆頭には、まだ通用しないことが証明された。

最近の場所はもっぱら、遠藤や大砂嵐に注目が集まり、白鵬の安定した強さが一段と光る。
やや人気先行の力士も多い中、僕がひそかに注目してる幕内力士が東前頭6 「照ノ富士」である。
モンゴルの新鋭22歳は、注目度の高い力士の陰にいながら、着々と実力をつけていくであろう。
相撲内容は軸が安定しており、長身からおおいかぶさる寄りと、前みつをとったときの引きつけの強さ。
体格も申し分ない上、物怖じしそうもないその面構え。

多くの大相撲ファンは、星取表と人気面にしか目が向いてないだろうが、照ノ富士の秘めた実力に気がついているのは、先見性を持つ一部の玄人筋だけかと思える。
今は同世代の躍進の陰に隠れている状態だが、何かのきっかけで好機を逃さなければ、横綱 「鶴竜」のような存在になれるかも知れない。
大相撲ファンがあまりにも、遠藤・遠藤と叫ぶので、僕は勘ながら 「照ノ富士」に注目しておきたい。

育つ者は見逃さずの精神である。
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2014年07月16日

ゲルマン魂

サッカーW杯 ドイツの優勝で沸きあがった試合会場。

選手の妻だか恋人かわからぬが、金髪美女らが選手によってきて、キスするハグするわ見てられん。
日本人にあそこまでの表現はできんわな…  というより、さまにならんと思う。

男のメンタルティーでいえば、勝負の世界に女性を表舞台には上げないであろう。
まあ、最近では、女性のほうが積極的に上がりたがるようだが。

その原形をさかのぼれば、映画 「ロッキー」での、ファイナルシーンに由来すると思える。
あれは2人にしかわからない、おさえきれない気持ちであり、カメラを意識してのシーンではない。

中でも決勝ゴールを決めた男の彼女なんて、登場するタイミングを測っていたとしか思えない。
「アチャー、この女、ヴィーナスに変身しちゃったよ…」 そんな演出だったよね。

勝負の世界に、女をよせつけるとシラけてしまう。
女には女の世界があるんだし、彼女を公開する必要性がない限り、公の場に出すべきじゃない。

私生活においては、普通の男女の暮らしほど、やすらぐものはない。
長続きするカップルほど、普段から仲がいいので、こんなラブ・サプライズは必要ないだろう。

勝負後、あんなの見せられちゃ、プロポーズの途中で屁をこくのと同じだ… なんというゲルマン魂!
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2014年07月15日

身体能力

サッカーW杯 ドイツが世界を制覇した。

感覚的な見方であるが、決勝トーナメントになると、それまで見ていたサッカーとは違う気がした。
ゴール前の肉弾戦、素早い攻防、パワー&テクニック… どこをとっても、同じには見えなかった。
また、そうじゃなかったら、トーナメントの値打ちはないわけだし、一流のあとに超一流を見た感じ。

これを言っちゃあ、実もフタもないが、ここまで欧米や中南米の桁外れのサッカーを見せられると、    肉体的な人種の差を感じざるを得ない。
とりわけ、もって生まれた身体能力などは、先祖代々からの狩猟民族の血をひいているようでさ。

同じチームスポーツでも、野球のような間合いで考える競技、肉体の接触が少ない競技であれば、   そんなにアドバンテージに差はないであろう。
しかし、サッカーやバスケット、アメフト並みに、直接的なボールの奪い合いになると悲しいかな…
「体格で勝る、外国人にはかなわない…」と、つい本音がよぎるような。

こういう見方はよくないんだろうけど、戦わずしてもわかる身体能力の高さと強靭さが見て取れるから、アジアの日本が頼るべきところは、勘の働きや身軽な動きしかないんじゃないかな。
それに高いボールを奪い合うとき、意識せぬ方向から本気の頭や手足が飛んでくるから、極めて    その危険性 (ボールに集中するあまり、無防備なときの打撃)に、脅かされるもの。

このあたり経験を積めば積むほど、わかってくる境地かと思えるが、日本人の秀でた部分を結集して  チーム作りを目指しながらも、あのピッチに立つ日本人選手の本音はどうなのかな…

まあ、一流選手であればあるほど、人種の違いが浮彫りになろうと、絶対に本音は言わないであろうが。
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2014年07月13日

デビル雅美

サッカーW杯は残すところ、このあと朝5時からの3位決定戦と明日の決勝戦の2試合だけになった。

試合前の選手入場シーンで、子どもと一緒に手をつないで入ってくるのは、おなじみの光景である。
選ばれた子にとって、それは一生の思い出以上に、最後まで心情的にその選手を応援し続けるだろう。

子どもならず、手の感触というのは、いつまでも覚えているものだ。
手をつないだ感覚であれ、握手を交わした感覚であれ、温もりや柔らかさ、大きさは人それぞれ違う。

高校2年生のとき、プロレス会場となった新潟市体育館にて、リング上から花道を引き上げてくる     女子プロレスラー デビル雅美 と、対面で握手を交わしてもらったことがある。
当時の女子プロレス界はビューティーペアが引退後、ミミ萩原を前面に売り出したけど、爆発的な   スターレスラーが不在で空席のほうが多かったころだ。

僕はアイドルレスラーには興味がなく、日活ロマンポルノ系のお色気レスラーのほうが好きだった。
そういう女子レスラーは、大人顔のメイクで悪役系の扱いをされていたので、男のファンも少し怖気づき遠巻きであまり近寄ろうとはしてなかった。

そんなころに花道でサッと手を出したら、僕の顔を見て握手に応じた、スーパーヒールのデビル雅美。
興行上、デビルはヒール (悪役)だが、一瞬の手の温もりに隠された、その素顔を見た気がしたんだ。
いずれ劣らぬヒールだけど、「本当は悪役なんかしたくないのよ…」 そんな女性の叫びにも似た握手。

その後、クラッシュギャルズの出現によって、空前の女子プロレスブームに突入していくんだけど、  僕はそんな人気を尻目に最後まで、デビル雅美 の隠れファンだった。
きっと心情的な気持ちが、後々まで続いていたんだろうね。

だから、サッカー選手が手をつないでいる子に微笑みかける姿を見ると、余裕のある男だと感心する。
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2014年06月27日

チームメイト

サッカーワールドカップ 日本の敗退が決まったコロンビア戦の直後。

失意の長友にかけよってきたのが、同じインテルでプレイする選手で、その写真がネット上で話題に    なっているとか…  (ツーショット写真は見たけど、その選手の名前は覚えていない)

あの場面に感動した人は、男が男を見る目に心を打たれたからであろう。
プロチームでのつながりは、精神的な絆があるようだが、所詮 「ライバル関係」という側面もあるから、同じチームでも真の友情は成り立ちにくいと思える。
腹の底では、「こいつをつぶしてやる…」ぐらいは企んでいるから、いくら仲のいいチームメイトとはいえ、一定の距離をおいていたほうが無難だ。
それでも仲良くなりたいのなら、どちらかがチームを辞めたときのほうが、何かとしっくりするだろう。

チームメイトでありながら、W杯では敵陣で戦うことになるのはプロ選手の定め。
そのとき、同じチームメイト意識にとらわれていると、フェアな戦いができなくなってしまう。
人情的には割り切れないが、こうした毅然とした態度をとるから、後々に真の友にもなれるんだ。
試合終了後、長友にかけよった選手はピッチに安っぽい情を持ち込まなかったかわりに、友情の証を   態度で示したのだと思う。
男同士、思い切りやり合った関係であれば、こうして気持ちよく健闘を称えあえるんだよな。

その意味では、あの写真は男同士の友情をとらえた、実に奥行きのある一枚だといえるだろう。
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2014年06月18日

スクランブル・サポーター

「2014 サッカーワールドカップ」 日本代表戦で盛り上がっている今週。

サポーターと呼ばれる連中には、わけのわからんのも含まれている。
渋谷のスクランブル交差点で、バカ騒ぎしているようなのは、アレ本当にサポーターなんかな?

初戦に惨敗しながら、ハイタッチで盛り上がってるんだから、彼らにとって勝敗はどうでもいいわけだ。
つまり、何も考えず、「ギャー」だの、「ピィー」やら、騒いでいるにしか過ぎない。
試合終了を告げるホイッスルが鳴ると、あたかも落胆した表情を浮かべるが、しばらくするとハイタッチで騒ぎ出すメンタリティー。

公務執行妨害で連行された奴なんて、サポーターの風上にも置けないんであってさ。
テレビに向って、「こいつら、白昼夢でも見てるのか…」と、つぶやいたのは僕だけではないだろう。
あの場面、日本代表が見たら泣くぞ…

日本は世界を相手に戦うときは、総じて 「サムライジャパン」を名のる。
だが、サポーターが 「武士の情」や「沈黙の美学」という、いたわりの心を持ち合わせていない。
境界線はあれど、少しでも理解していれば、たしなめなくても蛮行には走らないはずだ。

日本は恥じらいを知る国だ。
スポーツの勝敗で暴動を起こしたり、日本の国旗を焼き破ったり、日系企業を襲撃したり、言論の弾圧を受けている国ほど、恥じらいのない集団的な暴挙を仕掛けてくる。

日本はそうじゃない。
世界発信されるこの時代、行動を制御できないサポーターのプライドなんて、高が知れていると思える。
勝負は時の運もあるが、応援側に時の運などないから、応援の仕方で日本に恥をかかせたらダメだ。

第2戦は20日、朝7時からのギリシャ戦。
その前夜は早寝する人が多いから、お客さんはいつも以上に早く引けるんだろうな…  (o´_`o)
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2014年05月26日

オフサイド

つい先ほど、サッカーなでしこジャパンが、女子アジアカップで初優勝を決めた。

来月、4年に一度のサッカーワールドカップ。
普段はサッカーを見ない人も、このときだけは誰も 「にわかファン」になるのであろう。

プロ野球、阪神タイガースが初優勝した1985年
熱烈な阪神ファンの店主が経営する、新宿の居酒屋へ友人に連れて行かれたことがある。
何でも、一組の内ひとりでも阪神ファンなら、ドリンク一杯サービスの限定企画だった。
友人はすかさず、自称 「阪神ファン」を名のり出たが、早速本物か否か試された。
その課題は、「六甲おろし」の一番を、ノリよく正確に歌えるかどうか。
ヤクルトファンの彼は歌えるはずなく、ドリンクサービスの権利はなくなった。

このような、にわか現象がおきるのが、サッカーワールドカップ。
もし、サッカーファンを試すとしたら、「オフサイド」を小学生にでも、わかるように説明できるか。
以前、趣味でサッカーチームに参加していた、知人に説明してもらったことがあったが、よけいに    「ちんぷんかんぷん」になって以来、もうどうでもいいことにした。
覚える気がなかったかもしれないが、個々の説明も異なってたりね。
じゃあ、審判の黄色い旗が上がったら、反則(オフサイド)だと、深く考えることを放棄した。

僕は、その程度の観戦レベルなのである。
パブリックビューイングの中で、「行けー」と叫んだり、「あー」とタメ息をついたりするサポーターの姿を スポーツニュースで見ていると、個々はどこまでわかっているのかは怪しい。
それに 「サイドバックに戻せ」 「ループシュートだ」など、テクニカルな応援をしてるおやじの腹を見ると「この人、絶対にサッカーをやったことがない」と思える体型なんだよな。
同一化したユニフォームを着て、真っ赤な顔で応援しているおやじに限って、クソ文句も多いもの。
集団の中に数人、黒縁メガネにスーツのサラリーマンが何やら戦略を理論的に解説していたりすると、 「あんた、日本代表の監督かいな」と突っ込みたくなる。

しかし、それは仮の姿でしかない。
本当は 「ゴール」の叫び声とともに、隣の若いおねえちゃんに 「ハイタッチ」を求めたり、スキあらば 調子こいて 「ハグ」したいんだと思う。
野球は毎晩あるから、テンションは一定してそうだが、サッカーは不定期だから、ゴールの瞬間に    「どさくさタッチ」するおやじも出てくるんじゃないか。
ゴールと同時に汗まみれのTシャツに短パン、ゴツめのスニーカーをはいたデブッチョのおやじが    「ウォー」とか叫びながら飛んできて、その着こなしは中学時代のジャージ並みだったりさ。
だから、若いおねえちゃんの隣に、座ったおやじには注意が必要である。

あれ、どうして、そんな話の展開になったのだろうか…
オフサイドがわからんから、周辺状況しか描けない、これはこれで困ったおやじ(僕)である。

審判の黄色い旗が上がったら、「オフサイド」…  よーし、これでわかった! 応援任せておけ?
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2014年05月22日

全敗最強論

大相撲夏場所11日目
前頭2 「宝富士」ただひとり、11連敗(全敗)をきっしている。

今場所の相撲内容は悪くないのに、なぜか白星にめぐまれない。
8日目 横綱 「鶴竜」との一番で、立ち合いに変化され、負けたことは記憶に新しい。
館内は大ブーイングながら、鶴竜に「全敗力士のおまえなんて、正面から相手にするもんか」と透かしたような態度に、悔しさをにじませたかもしれない。
それでも姑息(こそく)な相撲を取らないから、今日あたり待望の白星を出せるんじゃないかな。

やっぱり、初日(最初の白星)が出ないのは、精神的に辛いものがあるだろう。
もしかして、「この先、勝てないんじゃないか」、「負けが込みすぎて、土俵に上がるのが恥かしい」など、複雑な気持ちに包まれてくるのは、真っ当な人間心理である。
このあたり、力士だけではなく、スポーツのように勝ち負けがハッキリする世界なら同じこと。

僕の仕事も同じ。
良い日もあれば、悪い日もあり、そのたびに一喜一憂してたら、とても神経がもたない。
毎日が白星(良い日)なんてありえないし、毎日が黒星(悪い日)なんてこともない。
凡人のボーダーラインは 8勝7敗で勝ち越す努力あるのみ。
だから、完璧主義ではないし、悲観主義に陥ってもいけないと思っている。

サラリーマンも同じだろう。
ただ、スポーツのようにハッキリした世界ではないけど、ホワイトカラーなら数字のノルマがあるだろうし
ブルーカラーなら納期に間に合わせるのが務めとなるはず。
まさか、「会議室で企画を却下された部長が、書類を破って泣きわめいています」なんて、ドラマのような話は聞いたことがないのと同じで、このあたりの感情を抑制できるのが大人の態度であろう。
ただし、不満がたまれば、いづれ爆発する性質もあるので、ガマンだけ強いるのは酷なこと。

つまり、負けが込んで追い詰められた力士ほど、これまでの黒星(不満)が蓄積されているから、     火事場の馬鹿力を発揮するときがある。
そのときだけは、ガマンの限界を越えてるから、一瞬にして最強力士になれるんだ。

問題は心を折られていないか。
心が折られて、負けグセがついた力士は、目が迷走しているからわかる。
先場所引退した 「琴欧洲」は、まさにそんな目をしていたから、場所中の引退は直感でわかった。

全敗ながら、「宝富士」の目には迷いがないから、必ず意地を見せて「白星」を出すであろう。
土俵際に追い込まれた全敗力士は、心さえ折られてなければ、一瞬で最強力士になるから侮れない。
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2014年05月20日

大相撲ブーム?

大相撲夏場所9日目

平日にもかかわらず、両国国技館には「満員御礼」の垂れ幕が出ていた。 
お目当ては、白鵬と遠藤の組み合わせだろうが、何でも月曜日の満員御礼は13年ぶりらしい。
けして安くはない、2階の椅子席まで埋まっており、大相撲人気は「遠藤効果」も認めざるえないが、  少し巻き返しているのかもしれないね。

観客が増えれば、それなりの見方も広がる。
8日目取組、新横綱「鶴竜」が全敗の前頭2「宝富士」相手に、あからさまに変化して勝った相撲内容に館内から一斉に大ブーイングがおきた。
対して、9日目取組は上位を相手に、小結「嘉風」と前頭5「松鳳山」の「これぞ大相撲」という健闘ぶりに満員の館内は大歓声に包まれ、これからの予兆を期待させた。
観戦マナーはひとまずおいても、大衆感情が高ぶるのはいいことだ。

僕は大相撲が 「冬の時代」に突入したといわれた、2003年ごろから見はじめた。
若貴ブーム後、長かった低調期に応援してきたから、この大相撲人気は嬉しいものだ。
しかし、「そのうち飽きて、離れていくだろう」と、一過性の大衆心理に冷めた感情があるのも事実。

角界次第だけど、社団法人にあぐらをかいたことで、運営を杜撰(ずさん)にした過去があるから、   もう二の足はふめないだろうな。
まあ、ファン心理としても、「にわか現象」じゃないのを願う限りだが、「黒い霧」とささやかれた一連の  八百長事件については、角界は忌み嫌うべきだと思う。

それにしても嘉風32歳 松鳳山30歳で、あの気迫と意地をぶつけていくんだから、胸が空く思いだ。
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2014年05月13日

大相撲小説

大相撲がはじまると相撲関連の書籍を購読し、本場所開催中に読むことを慣わしにしている。

大相撲の歴史や伝統を学識的に深めるのではなく、あくまでも手軽に読み進められる内容に限る。
例えば相撲部屋の女将さん奮闘記、見識者の雑文など、角界にこびない視点なら読み応えがある。

だけどほとんどの関連本は、相撲のイロハになってしまい、知りたいことがフォーカスされず、中途半端に左手で表紙を閉じてしまうことも少なくはない。
なにも相撲に限らず、ひとりの読み手の視点だが、その人なりが解き明かされていないと飽きてしまう。
無機質なものを読んでいるんじゃないから、ほどほどに湿り気もないとつまらない。
つまり、生きざまを「カミングアウト」していない執筆は書籍にあらず。
とはいえ、ドキュメンタリーは相手があることだし、アイデアも含めたら、そうかんたんには世へ出せないだろうから、出版が限られてしまうのは仕方があるまい。

なので、今回は趣向を変えて、相撲を題材にしたミステリー小説 「力士ふたたび」を購入した。
あらすじは、3年前に現役を引退した元十両力士が、相撲界の触れらざるタブーを週刊誌にリークした元親方のもとへ訪ねたところから物語りがはじまる。
物語の進行が「15日」に分けられており、今日は「3日目の章」をめくり、読み終えるのは本場所15日目の千秋楽に完結する予定である。

こんな具合に、奇数月はテレビの相撲観戦以外にも、並行してささやかな楽しみをもっているんだ。
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2014年05月10日

ガチンコ

早いもので、明日から「大相撲夏場所」がはじまる。

大相撲の人気が、回復している気がする。
理由に、三横綱(白鵬・日馬富士・鶴竜)誕生さながら、日本人ホープ「遠藤」と有力対抗馬「大砂嵐」の存在があるのだろう。

プロレスでいう、「ベビーフェイス 対 ヒール」の、アングル(筋書のあるドラマ)にも似ている。
誰かが憎まれ役(悪役)を演じることにより、遺恨めいた名勝負が生まれることに等しい。
過去に「北の湖 対 先代・貴ノ花」 「千代の富士 対 小錦」 「朝青龍 対 白鵬」など、館内を大いに沸かせた一番であり、あまりにも正統派の人気者同士の対戦は逆におもしろくない。
憎いほど強いヒールがいて、感情移入できるベビーフェイスがいてこそ「真剣勝負のエンターティメント」なのであり、もちろん稽古に裏打ちされた強さがなければ取組は成立しない。
そんな、角界の遠藤と大砂嵐は、「ダブルスタンダード」であるべきなのだ。

数日前、テレビのバラエティー番組に複数の力士らが出演していた。
大相撲の復権に一役買うが、本場所の取組においては、情け相撲(八百長)の構図がただようもの。
普段からこんなに仲がいいのであれば、もう壮大なフィクションでしか見られなくなる。
だから大相撲なんだけど、八百長をめぐる「ガチンコ法廷」を忘れたわけではあるまい。
それにバラエティーに出演する力士は、「ヒール」の素質は持ち合わせてなく、かと言って「ヒーロー」になる素質もどうかな… 全力士が夢と感動、勇気を与えたいになったら、興行の魅力には欠けてしまう。
その意味では、追放同然の「朝青龍」は圧倒的な強さも誇る、稀代の名横綱だったと思っている。

人気どりが緊張感を奪うこともあれば、程度問題あれど、勝負の世界に仲のよさが高じることがある。
隠語でいうところの、「半ガチ」(半分本気)ってところになるんじゃないかな。
普段から仲良くしてれば、どこかで手心を加えるだろうし、仲の悪さが起因してれば完全ガチンコだ。
それに理性と感情が衝突をすれば、感情のほうが強いから、仲の悪さは「タブー」を引き起こしてしまい仲が良すぎると予定調和の「無気力相撲」を生み出してしまう。
だから現役中に限れば、誤解をまねく距離は慎むべきであり、親しくなるのは現役後であってほしい。

僕は大相撲が凋落寸前のころから、こうして小石を積み上げるようにして書きつづってきた自負がある。
テレビ観戦しかり、本場所や花相撲も含めて観戦してきたから、いいとこどりのにわかファンではない。
応援すると宣言した以上、僕は最後まで大相撲を応援するし、そのために声を高らかに上げるのだ。

それで、どの力士を応援しているかって…  ボロぞうきんにされても相手から逃げない力士である。 
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2014年03月23日

鶴竜

先入観がおこした見誤りだった…
なーにが、「阿修羅 日馬富士」だよな、もーう、オレかい。

大相撲11日目、日馬富士が優勝すると断言したが、勝負は下駄をはくまでわからないことを痛感した。
予感を払拭できなかったのは、やはり12日目の鶴竜戦だった。
それまでの鶴竜は先頭集団の3〜4番手あたりに身を置き、前を走る相手の体を風除けに使いながら、最後に温存していた力を発揮したような感じである。
地味な相撲でありながら、ここ一番の研ぎ澄まされた集中力は底知れなかったが、まさか好調な東西両横綱に勝つとは予想できなかった。

一般社会でよく言うところの、人格者で優秀なんだけど表現力がないから目立たない存在。
こういうところを見逃してならないのに、今場所の日馬富士の一撃必殺の強さ、白鵬の盤石な心技体に目を奪われてしまい読みが浅かった。

そういえば以前、相撲は強いものが勝つとは限らない理由を記したことがある。
育ってきた遠藤に大砂嵐、引退した琴欧洲など、新旧入り交じった番付に翻弄され、実は一番伸びてた鶴竜の存在を忘れていた甘さこそが、僕自身の眼力のなさであろう。

今日、春場所15日目の千秋楽。
無駄に予想などせず、取組をありのまま見ることで、先入観に支配された頭を浄化せなばならない。
見方を改めることも、大相撲ファンとしての所作である…  なんてね。

ここまで記して、春場所優勝は大関「鶴竜 力三郎」じゃなかったら、わしゃ怒るでぇー!
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