2019年10月05日

殺人の追憶

86年 韓国で実際におきた、少女連続殺人事件を題材に制作された映画 「殺人の追憶」 (2004)
異例の捜査網をしいても、犯人を絞りこめず、刑事たちは翻弄され、未解決のまま終わるサスペンス。

最近、DNAの最新鑑定で、33年ぶりに 「実在の犯人」 が特定されたという。
しかも、別件で服役中の受刑者で、すでに時効が成立しているので、その罪では問えないらしい。

映画のキャッチコピー 「おまえは今、どこにいる」
半狂乱の刑事たちは、怪しいと思われる人間を強制的に連行し、罪をでっちあげようとする混沌ぶり。
未解決のまま刑事を退職後、何かに吸い寄せられるように、当時の事件現場に足を止めた主人公は、ひとりの少女と出会う。
そこで唯一、後の 「犯人の顔を見た」 と思える、少女の一言に背筋が凍りついた。

「普通の人だったよ」
まだ、犯人は身近に潜伏しており、何食わぬ顔で普通の生活をしていた。
救いのない事件に愕然とするエンディングに、未解決事件のトラウマが脳裏に浮かぶ。
常識的に思い込んでいる、見た目の普通さは人物を判断する上で、その目さえも曇らせる。

人間の性格の特異さと屈折を描いた映画 「殺人の追憶」 は、印象に残る快作だった。

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2019年06月16日

特殊効果

先週の日曜日は、上映5分前の映画館に滑り込んだ。

自分が望んだとはいえ、映像世界の感覚が合わず、物語そのものも感心できる出来栄えとは思えず、見たり居眠りの繰り返しで、内心 「早く終わらないかな」 と、暗闇の中をうごめいていた。

小さな寝息に気づいた妻は 「また、コイツ寝てるよ」 と、いつものことのように放置。
特別に見たい映画でもなく、入場料を払って涼みに行くか、結果として睡眠を補う形になるときもある。

よくわかったことは、SFX (特殊効果) を駆使した 「パニックムービー」 は、ついていけなくなった。
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2019年03月30日

萩原健一

ショーケンこと 「萩原健一」 が、68歳で死去した。

初版の自伝 「ショーケン」 (08) で語られた内容は、共感できる生き方ではなかった。
離婚3回、逮捕4回、アルコールとドラッグ、女に溺れ 「俺は生まれてはいけない男だったのかも」 と、当時 「57歳」 の萩原は語る。

彼の魅力を好ましい意味で言えば、自由でヤンチャ、都会的な色気を放ち、破滅型な生き方。
群れず、媚びず、自分の美学を貫く。
断わっておくが、美化して言えばだ。

50歳も過ぎた萩原は、青い時代とさして変わらず、同じような失態を繰り返していた。
読み進めながら 「いつまで、幼稚な男を続けているのか」 と、ほめられるものではなかった。
普通 「反逆な青春」 をした男ほど中高年、それも晩年にともない、丸くなり、やさしくなる。
肉体的には衰えるが、精神的には成熟し、どこか美しく枯れていくもの。
それでいて 「あいつをヘタに怒らすとまずいぞ」 ぐらいの 「懐刀」 は、男なら忍ばせている。

ショーケンは、そんな 「男像」 とは重ならず。
グループサウンズ時代から、周りにチヤホヤされ、それで通ってこれたから、結果として 「そうなった」 典型的なタイプだと思える。

晩年、それまでの不摂生もあり、健康を損なうことに怯えていた。
初版から、享年までの11年間、4度目の結婚で生に渇望し、心身を立て直し、それまで迷惑や心配をかけた人たちに、自分なりの思いを胸に生きた節がある。
その通りだとしたら 「男の晩年」 に輝きを取り戻し、悔いのない生き方をしたんじゃないかな。

自伝のエピローグに、印象的な行 (くだり) がある。
「若いときから、短気をおこしては八つ当たりで大声を張り上げて、多くのモノを投げ散らかしてきたが、そうやって投げ散らかしてきたモノは、結局は全部自分で拾いに行かなくてはならない」

刑事ドラマ 「太陽にほえろ!」 の 「マカロニ」 は犬死にしたが 「ショーケン」 は犬死にしなかった。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/379484936.html ( 松田優作 )
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/418681860.html ( おふくろ )
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2019年03月28日

映画音楽

何年も前に、映画に音楽をのせる上で、2つほど原則があることを知った。

一つ目は、映像の弱いシーンでは、音楽を流すこと。
二つ目は、映像の強いシーンでは、音楽をひかえる。
クライマックスに向けて、音楽で気を引く手法 (伏線作り) らしい。
音楽を意識して、映画は見ていないが、心を揺さぶられたあらゆるシーンを振り返ると、違和感のない音楽が温かさをつむいでいたことに気がつく。

劇場で鑑賞した 「 GREEN BOOK 」 が、そんな感情に見合う作品だった。
よくある手法で 「さあ、みなさん、ここから感動する場面ですよ」 と、音楽に演出を強いていない。
シルクのような透明な広がりで、心象風景の色彩に合った音楽こそ、見る側に感動をあたえる。
この場面で、この音楽が流れていたら、安心して体温をおける、そんな感情がおきる。
日常生活の中で、忘れがちになっている、自分の感情を呼び起こせる音楽。

言葉にするとそっけないけど、映画音楽は感情を満足させる形として、ストーリーに自分がいるような、告白的な相乗効果を生みだす。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/464332778.html  ( GREEN BOOK ) 

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2019年03月04日

Cutty Sark

3日 午前11時に起床し、空を見上げると、午後の予定がもったいない気がした。

女友達のクルマがマンションの車止めに入ったのは13時。
夫婦で後部座席に座り、川沿いの道で 「ユナイテッドシネマ」 へ。
複合施設の館内で軽くランチを済ませて、15時に上映の 「グリーンブック」 を鑑賞。

普段は 「Tジョイ万代」 が多いが、傾向的に作品が若者向けのため、中高年の機微に触れずらくて、見逃した作品は少なくない。
映画鑑賞が趣味の友人とは、三者の好みが合えば座席を並べる仲となり、そのおかげで劇場の作品に幅を持てるようになった。

バーを生業にしていると、休日の日射しが貴重になってくる。
日射しがさえぎられた館内、場所が映画館だと暗がりにいることが、もったいない気もする。
「レイトショー」 だと、鑑賞後の余暇を損なうばかりか、ただでさえ日曜は早じまいする飲食店も多くて、くつろげる時間が押してしまうからだ。

そうならないために、少し早く鑑賞を終えて、香り高いサイフォンコーヒーを味わいながら、作品の感想を語り合ったり、のんびりと買い物をしたり、休日の時間を楽しむ余裕を欲しくなれば、軽くつまみながら 「酒場で映画を語る」 も、また良し。
それに 「夫婦50割引」 を使えば、千円ほどで 「2時間の娯楽」 を満喫できるのが魅力。
女友達にしても、友人夫婦や男女の枠を超えて映画に行くことは、日常茶飯事のひとつでしかない。

特別、映画好きではないが、おぼろげな記憶をたどると、ウイスキーはスクリーンで覚えた世代。
今夜の映画も、酒を飲む男を更に男らしくするかのように、帆船ラベル 「カティサーク」 を間に介して、男同士の絆と生きる意味を問いかけた感動作だった。
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/464332778.html ( Green Book )

映画のシーンは、その人の心情をあわせもつ、原風景が描かれている。
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2019年03月03日

YUKIGUNI

最近、日本発祥のスタンダードカクテル 「雪国」 (Yukiguni) のオーダーを受ける。

これも、山形県のベテランバーテンダーを題材に映画化された 「YUKIGUNI」 の影響だろう。
レシピはカンタンだが、シンプルなカクテルほど、ごまかしがきかないのでむずかしい。
アレンジもカクテルの個性で、ジャズと同じように原形 (テーマ) はあっても、即興 (アドリブ) 要素に自由度 (オリジナルティー) があり、もちろん正式 (スタンダード) を知ってのこと。

レシピは 「 ウォッカ + コアントロー + ライム 」 シュガースノースタイル。
雪と望郷をイメージ、春の訪れを樹木で表現した、緑 (ミントチェリー) を沈めるがそれぞれのようだ。
ボクも最初はミントチェリーを沈めていたが、オーダーの少ないカクテルなので、今はミントリキュールを少量使い、冬から春への移ろいを、透明な薄い緑の光沢でカバーしている。
在庫上、ジンカクテル 「ギブソン」 に使うためだけの 「パールオニオン」 のようなものか。
また、本格的な生ライムやフルーツを使用しない分、低価格でシェーカーを振らせてもらっている。

余談、カクテル名 「雪国」 といえば、ノーベル文学賞を受賞した 「川端康成」 を思い出すだろう。
ご存知、国境の町 「越後湯沢」 を舞台にした 「トンネルをぬけたら、そこは雪だった」 の名作だ。
いろんな書き出しの中で、高らかに表現されるよりも、もったいぶらず、飛び抜けて 「短いつかみ」 に惹かれるのは、わかりやすさにあると思う。

ジャズのテーマ、カクテルのレシピ同様、人の心を惹くのは、シンプルの中にある奥深さである。

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2019年02月27日

Green Book

近日、米国アカデミー賞 作品賞に輝いた 「グリーンブック」 が 「シネコン」 で上映される。

人種差別が激しかった 「60年代」 を対象的に生きる 「教養のある黒人ピアニスト」 と 「無知な白人マネージャー」 (交渉 兼 運転手 兼 用心棒) が、米国南部へ2か月のコンサートツアーに出かけ、次第に友情を育むストーリー。
11年 フランス映画 「最強のふたり」 を彷彿 (ほうふつ) させる展開を思い浮かべながら、男同士 「心の変化を描く」 触れ込みに期待を寄せるが、今はどのタイミングで鑑賞しようか、予定を調整中。
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/366370909.html (最強のふたり)

その時代、黒人や黄色のジャズ奏者に対する 「差別や偏見」 も強かった。
クルセイダーズのピアニストだった 「ジョー・サンプル」 の自伝によれば、バンマス (親分) より仕事 (演奏) が上手かったという理由だけで、理不尽に2度もバンドをクビになったという。
自身もクレオール (混血) 系で、黒人も白人も信用できず、信用できるのは 「ピアノの黒白の鍵盤」 だけと、一心不乱に練習をしたという、そんな行 (くだり) を思い出した。

一流になる人は、口にだせないような、差別を受けていたに違いない。
彼らは、そんな差別や偏見を乗り越えて、打ち込んできたのであろう。
「向こう傷」 のある人は、絶対に強いからね。

タイトル 「グリーンブック」 は 「黒人が利用可能な宿泊ガイド」 の本の名前だという。

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2019年02月18日

抑えた表現

「七つの会議」 は、原作と異なる部分も多かったが、映画とドラマそれぞれに楽しめた秀作だった。
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/464069118.html (七つの会議)
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/371142695.html (屋上の金網)

ディスクにおとした 「全4話のドラマ」 をもう一度、見返した。
個人的には、ドラマのほうがディティールが細かく、物語の深さに共鳴できた。
その魅力、過剰な表現より 「抑えた表現」 の方が、印象が強かったりする。

最終回、営業課長の原島に扮する (東山紀之) が、会社の重大な不正を新聞社に告発して、一連の物語はエンドロールへと向かう。
彼は孤立無援、身も心も疲れ果てて、立ち寄った場所は重度の病を患う父親に扮する (竜 雷太) が入院する病室へ。

父は一連の報道に、息子が大きくかかわり 「勇気の告発」 をしたことは薄々わかっていた。
その孤独さを隠している息子に、父親はこう話しかけた。
「つらかっただろう」 「おまえはがんばった」 と、ゆっくりした口調でねぎらった。
長年、父との確執はあったとはいえ、認めてくれていた優しさ、ここまでの重圧と緊張が解き放たれて、彼は背中で泣いた。

熱演ではない。
うっかり見過ごしそうな場面だが、この心情が描かれたことで、物語の意味は深まりを見せる。
映画では、主人公が異なるために、親子関係は描かれていないが、どんな人にも大切な家族がいて、愛する人がいて、また仲間がいて、そこに見えてくる心遣いに感動するんだ。

ドラマ 「七つの会議」 (2013) は 「アンコール放映」 されても、いいと思うけどね。
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2019年02月09日

七つの会議

職業上、三連休はないから、連休最終日が骨休めとなり、予定がなければ、何をするかは風まかせ。

今 「池井戸 潤」 原作の 「七つの会議」 が映画化され、劇場公開されている。
過去、NHKのドラマを見て、小説も読んだので、映画は見ようか見ぬまいか迷っている。

原作の主人公は、会社で大きな失敗をしたわけではなく、平凡な人生を送ってきただけなのに、ある日突然 「ブラック」 と 「リアル」 に巻きこまれてしまった。

夢を捨てて、会社のために魂を売り 「虚飾の繁栄」 を選ぶか。
それとも、誇り高く不正に挑み 「真実の清貧」 を選ぶか。

もし、自分がその立場に直面したら、どういう選択をするであろうか。
やるせなくも、希望も見える原作だが、映画では、異なる立場の登場人物に主役をあてたらしい。

長岡市が発注した 「官製談合問題」 も、本質は似たようなケースであってさ。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/370185837.html (七つの会議・ドラマ編)
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/371142695.html (屋上の金網)

 
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2019年01月25日

クリード 炎の宿敵

映画 「クリード 炎の宿敵」 を劇場で鑑賞してきた。

76年 「ロッキー」 は、シリーズ6作目となる06年 「伝説にふさわしいフィナーレ」 で完結した。
続く、7作目と本編8作目は 「有望株を育てるために生きるトレーナー」 ロッキーを演じた。
物語は 「ロッキー4」 の 「代理戦争」 なので、事前に 「4を見てから」 の方が、内容を理解できて、心因もあわせもてるだろう。

勝敗は、その人の人生と家族までも、狂わせる冷徹さがある。
家族は血でつながっている理屈だけで、自動的に愛情までも成立するかというと、決してそうじゃない。
ファイトシーンに心を奪われず、登場人物の心情に観察眼を向けると、精神性が宿る深い作品になる。

個人的には、リングにタオルを投げ入れたときの心境に 「出直す決意」 を感じた。
つまり、いつまでも実のないものに執着することへの 「無意味さを実感」 したのであろう。

「だれがタオルを投げたか」 は明かせないが 「不朽の名作」 になると思う。

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2018年12月14日

Rambo & Rocky

今月のBSチャンネルで、映画 「ランボー」 シリーズ4部作が、二週に分けて一挙放映された。

主演は 「シルベスター・スタローン」
どのシリーズを見ても、たぐいまれなる戦闘ぶりは圧巻だが、とりわけ 「ランボー2 怒りの脱出」 が、内容深い作品で、ベトナム戦争での軍事産業の裏側をえぐった秀作だと思う。
全作、胸のすくようなラストシーンはなく、戦い終えた感傷を残し、強さ上の悲壮感をただよわせる。
現在、72歳で 「ランボー5」 の撮影に挑んでいるのだから 「不死身のワンマンアーミー」 は健在だ。

「ロッキー」 シリーズしかり、全盛期を過ぎた役柄に、何を期待しているのか。
「彼は今、どんな環境で、なにと闘い、どんな人間模様で過ごしているか」
期待感と渇望感がよぎり、現役ぶりを見たくなるのが 「われらのヒーロー」 で、ノスタルジーな気分にひたりたいのではなく、青春の懐古趣味もない。
男は、におい立つ汗に共感を抱き 「認めた背中を指標」 にしたい、純粋な少年の心がある。

「ロッキー、もう十分やっただろ」
「ランボー、だれのためにここまで闘うの」
そう、つぶやきたくなるのは、自分ができなかったことを投影している。
だれの心の中にも、言いしれない 「明日への活力」 がある。
だから、腐ってはいけないし、負けてはいけないし、死んでもいけない。

なぜなら 「男が命をかけて闘っても、最後はやられる」 ことになったら、それを見た若者たちが希望を失ってしまうから、映画の中とはいえ、死んではいけないし、死ぬ資格もないのである。
持論であるが 「カタルシス」 のない映画は、映画にあらず。

と、ここまで 「ランボー」 「ロッキー」 から学べることを語ったが、これは映画のお話し。
見終わったボクは、洗面台の鏡に写る、肉体の 「錆びれっぷり」 を自覚。
食べ終わった食器を台所で洗いながら、すました顔で、なおもこう一言。

「人生なんて、こんなもんさ」

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2018年11月12日

体操しようよ

毎週土曜、朝の人気番組 「佐和子の部屋」 に、66歳の俳優 「草刈正雄」 がゲスト出演していた。

79年 資生堂 「ブラバス」 のCMで、モデルデビューし、新進気鋭の角川映画の二枚目俳優として、代表作に 「復活の日」 「汚れた英雄」 など、一時は 「松田優作」 との二枚看板も誇った。
以降、主な看板映画はないものの、地道な舞台俳優を経て、NHKドラマ 「真田丸」 に続いている。

素顔の魅力は 「ギャップ」 にある。
あれほどの二枚目俳優ならば、さぞかしプライベートはナイトガウンを着て、シャンパングラスのイメージだが、本人は至ってシンプルで、焼酎にメザシが付加価値だと語る。
服や宝飾品もブランドを装うイメージだが、これも本人曰く興味なく、着るものは何でもいいというほど、私生活はものぐさを自称し、公言のかつらも、ありのままでいたいが、周囲に懇願されて渋々だとか。

T P O は、基本として、二枚目なのに気どらない、飾らない無頓着な意外性がイカす。
カッコ悪い男は、見た目や衣食住をアピールしたがるが、カッコイイ男は、人間性の土台が豊かだから、純粋な部分をさらして生きれると思う。

そんな、大人にも子どもにも、三枚目にもなれる、男のギャップこそ、彼の魅力である。
それでありながら 「汚れた英雄」 で見せた、木の実ナナとのベッドシーンのように、いつでも二枚目を演じられる 「セックスアピール」 が女性を魅了する理由だろうね。
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/187748037.html (汚れた英雄)

前回、舘ひろし 「終わった人」 同様、草刈正雄 「体操しようよ」 も、鑑賞候補に加えたい。
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/459920947.html (終わった人)

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2018年08月14日

夫婦50割引

50歳以上の夫婦だと、映画が割引で鑑賞できる。

自動券売機で鑑賞券を購入し、総合シアター入口で、夫婦どちらかの身分証明書を提示するのだが、今年になってからは、提示を求められなくなった。
手続きを簡略したのか、謎の年齢認証システムでもあるのか、客の良心に任せたのか定かでない。

提示を求められていたときは 「50歳にしては若い」 と思われていたら、手続きとはいえ、うれしい。
だが、提示を求められなくなり、自覚したのは、どう見ても 「50歳過ぎたおっさん」 と宣告されたこと。
若く見られることに、小さなよろこびを感じていたが、そのよろこびは完全に朽ち果ててしまった。

目の前のスクリーンでは、彫刻のような顔立ちと、年齢を超越した肉体の切れ味を見せる、ボクよりも 「2歳年上のトム・クルーズ」 が、次々とスパイ・ミッションを成功させていく。
老骨に鞭打つ、53歳の俺を前にして 「おまえは不死身か」 と叫びたくなる。

成功を祈る  (ミッション:インポッシブル) より

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2017年10月08日

優作談義

今まで、俳優 「松田優作」 のことを、あちこちに書き散らかした。

今になれば 「カテゴリー」 を立てて、記事を収納しておけばよかったが、後悔を蒸し返すことはない。

ある夜、お客さんとバーボンをはさんで 「優作談義」 になった。
彼は、トータルの役者というより 「あの時代の優作」 で語られやすい。
その多くは、映画 「ブラックレイン」 を筆頭に、映画 「角川シリーズ」 ドラマ 「探偵物語」 と、演じた人気は三極化しており、それが一般論だから、とりつく話は手っ取り早い。

最初の印象、ドラマ 「太陽にほえろ」 は、はずせない。
当時、彼は若さゆえ、大根役者と噂され、それが後の原動力に変えたと思える。
映画 「人間の証明」 では、共演者 「ジョージ・ケネディ」 から 「彼はひとつの演技しかできないが、本当に大丈夫なのか‥ ミスキャストでは」 と、日本の映画クルーにささやいたとか。

しかし、ボクは 「まぎれもない青春の光を放つ」 あの頃の優作が好きなんだ。
ドラマ 「大都会」 を含めると、彼の刑事役が、若者たちのいらだちを解消してくれた。
「彼なら、あんなワルを取っ捕まえて、ぶん殴ってくれるはずだ」
そんな 「青春のカタルシス」 を投影した。

だから、初めて子ども心に、劇画の犯人を憎んだのは 「シンコ」 との結婚をまじかにひかえてたのに、命をかけて助けたジーパンを裏切り、銃弾を放った男 「あいだ」 なんだ。
ご存知の 「なんじゃこりゃー」 である。

後に、その硬派ぶりを軸に、間抜けな探偵を演じたり、強いけど弱いふりをしたコミカルな役を演じたり、時には人間凶器を演じて、人間の内面に潜む凄まじさをまじまじと見せつけた。
青い時代は、後に色気と変わり、野性味が知的さを身につけて行ったと思える。

大都会 「新宿」 の街を疾走した 「太陽にほえろ」 のジーパン刑事こと 「柴田 純」
若者の街 「渋谷」 でお茶目に過ごした 「探偵物語」 の工藤ちゃんこと 「工藤俊作」

対極こそ 「松田優作」 の魅力なのである。
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2017年06月02日

Rocky & Adrian

ある夜、女性客に 「マスターの一番好きな映画は何か」 聞かれた。

間は空いたが 「ロッキー」 におちついた。
劇場でも、後のビデオでも繰り返し、映像では描けないディテールも知りたく、初版の原作も読んだ。
過去、何度も書いたが、その魅力はラストシーンまでのプロセスであり、さながら恋愛映画でもある。
ロッキーは不器用な上、情愛がもたらす、エイドリアンへの情緒が印象的だった。

彼女は 「こんな私なのに、どうして」 「この人は、私をからかってるんじゃないの」 など、彼の気持ちを欲しながら、自信のなさで素直になれなかった。

時は、氷点下のフィラデルフィア。
ひとり暮らしのアパートに、彼女を招き入れ、緊張の殻を丁寧にはがし、二人は初めて結ばれた。
そして、目の焦点が離れなくなり、次第に深い愛情ができあがる。
彼は、彼女にしかない、まぶしいものを見つけて、そこを大事に育んだ。
そして、彼女はどんなことがあっても、彼を孤独にしなかった。

映画を鑑賞したのは、中学一年だから、そんな感想は微塵もなく、ファイトシーンに血潮が騒いだだけ。
40年後、見方や考え方は変化し、いい映画は古くなるほど、表面に表れない深い意味を知るもの。
以降のシリーズ作品は、劇画的すぎるので、第一作目がどれほど素晴らしいかこの上なく、その意味で 「ロッキー」 は映画の入門編となり、または応用編でもあり、全映画の卒業証書になると思える。

最後は人生に必要なものを含んだ、素朴で抒情的な映画が、いつまでも人の心の中に残るのでは。

ボクの一番好きな映画は、ロッキーで始まり、ロッキーで終わるようだ。
 
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2017年01月16日

健さん

昭和の高度成長期に青春を送った世代は、この人を思うと涙が出そうになるんじゃないかな。

15日 シネウインドで、高倉健のドキュメンタリー映画 「健さん」 を見てきた。

ブログで、高倉健をリスペクトするのは、2回目だ。 (2014年 11月19日 ブログ参照)
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/409167180.html?seesaa_related=category

それほど、人を惹きつける、男の哀愁と孤独があり、それが望郷の念へと誘うんだと思う。
同時に表面的なやさしさを売りにせず、本当のやさしさを持ち合わせた強さに魅力を感じる。
強さは暴力とは無縁で、知性と教養を備え、理不尽なことには一歩も引かない勇敢さがある。

ボクは、ドキュメンタリー映画には、用心深い。
なぜなら、人は過去を美化する傾向があるからだ。
没後、多くの共演者から、証言を聞くことになるが、わかったのは 「思いやりの人」 だった。

レイモンド・チャンドラー 「強くなければ、生きていけない。やさしくなければ、生きる資格がない」
群れず 媚びず 威張らず。
高倉健とは 「成熟した男」 に思えるんだ。

現代社会、健さんのように 「背中を見せる生き方」 は容易ではない。
これからは、どんどん幼稚化するし、沈黙を悟る感性もおとろえるだろう。
それに分別も理屈もわからぬ相手に 「男らしくしろ」 など言ったら、問題発言にされる世の中だ (笑)

そんな、俳優 「高倉 健」 と、本名 「小田 剛一」 
二面合わせても、健さんのような男に、少しでも近づきたいと思うのが、男の共感である。

2019年 元旦に 「新元号」 が検討されているが、たとえ変わったとしても、昭和のあるべき男の姿は語り継がれると思わせられた、ドキュメンタリー映画 「健さん」 だった。
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2016年11月19日

映画雑記

今年はとりわけて、日本の 「サスペンス系」 がおもしろかった。

中でも 「ロクヨン」 「クリーパー」 「ミュージアム」 は力作だったし、今までにない 「シンゴジラ」 は、大人も存分に楽しめた。

現在、アニメだけでなく 「日本映画がおもしろくなった」 といわれて、だいぶ久しい。
ひと頃、名作もあった反面、独りよがりな作風、自分に正直じゃない作品もあり、エンドロールを見ながら 「何を伝えたかったのかな」 「縛られてるなあ」 と、首をかしげたくなる映画もあった。

今は監督や脚本、俳優や裏方も、ひとりの強い個性 (アク) が少ない分、それぞれのエキスパートが風通しのいい環境で、持ち味を結集できている感じを受ける。

昔の撮影現場は、監督なら 「黒澤 明」 「大島 渚」  俳優なら 「三船敏郎」 「松田優作」  などに代表される、個性の強さが一触即発な緊張感を落とし、時として修羅場な雰囲気もあったらしく、それがまた、いい方にも、そうでない方にも、影響を及ぼしていたと思える。

もう、スターという職業が、独り歩きするような時代ではない。
それこそ 「美空ひばり」 「石原裕次郎」 のように、話しかけにくい雰囲気のある大スターはいないし、有名人を街角で見かけても、違和感のないのが、アイドルだったりする。

そう、気負いのない時代なんだ。
そういう、気負いのない環境が、映画作りに湿り気をあたえているから、全体が器用になっている。

松田優作は、アクション俳優としての印象が強く、それに悩んでいたという。
ニューヨークでロケを敢行した映画 「人間の証明」 では、アメリカの共演者から 「彼は本当に日本で有名な俳優なのか‥ 一つの演技しかできないのでは」 と酷評され 「野獣死すべし」 を休止符にしてしばらくアクションから、遠ざかった時期があった。

10年後、ハリウッド映画 「ブラックレイン」 のオーディションに受かったとき、逆に監督のほうから  「アクションシーンもあるが、できるか」 聞かれたとき、それまでのイメージをもたれていなかったことに、うれしく感じたというから、スペシャリストであり、目指すはオールマイティーだったのだろう。

昔の俳優は、演技はせまいけど、深みがあった気がする。
今の俳優は、演技が広く、さまざまな役を器用にこなせるが、全員が浅瀬の領域にいる感じもする。
イメージながら、演技の広さでいえば、映画 「ミュージアム」 で、カエル男を演じた 「妻夫木 聡」 は 「カメレオンばりの変幻自在な現代俳優」 だと感じた。

今年最後の映画は、トム・クルーズ主演 「ジャック・リーチャー」 にしようかな。
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2016年09月05日

ゴジラ世代

ハァー‥  いや〜  えっ? 何のタメ息かって‥  ゴジラだよ、ゴジラ‥  シン・ゴ・ジ・ラ!

思惑を見事に裏切られた、世界に誇れる 「大人の日本映画」 だった。 

4日 夜7時20分上映 「シン・ゴジラ」 を万代の劇場で見てきた。
映画は、予備知識を入れると勝手な想像が働くので、予告以外の情報は得ないようにしている。

ボクの知る怪獣モノやSFモノは、サイドストーリーに恋愛や家族愛、友情を仕掛ける傾向があるあまり本筋が方向転換しすぎて、ほとほと純愛アクションに舵を切るようなところがあった。

しかし、本編 「そのとき、日本はどう動くのか」 まず、コンセプトがしっかりしていたと思う。
日本の存続をかけて、政府に意思決定をゆだねられながら、民主主義の根幹である、そうカンタンには物事を決められない葛藤など、大人が楽しめて考えられる、大人のゴジラだった。

少数意見も侮るなかれだが、有事での決定は常にスピードと情報、断腸を極めるものである。
放射性物質を蓄積するゴジラは、現代の原発論に再考を鳴らして 「人間の科学は本来、人間を幸せにするため」 なのに、ストーリーを通して、個人の問題にも行きつくことを訴えていたところは共感した。

劇中、政府官邸の特別対策本部室、防衛大臣役の 「余 貴美子」 は、有事の疲れから、化粧がとれかかっているシュールな演技は、ベテラン女優として見事だったな。
それに、ゴジラ世代とされる 「アラ還世代」 (60歳以上) が、いい味を出していたね。

個性派の役者ほど、晩年は飾らず、隠さず、感じたままの冥利に尽きる。
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2016年07月12日

シン・ゴジラ

11日 映画 「インディペンデンス・ディ・リサージェンス」 (96年の続編) を見てきた。

SF映画はほとんど見ていないが、なぜか 「謎の地球外生物」 「未確認飛行物体」 「侵略の魔の手」「ツチノコを捕獲した」 など、まやかしモノには弱く、奇妙な存在に興味をひきつけられる。
幼少期に 「ウルトラセブン」 で描かれた宇宙人の侵略的な恐怖と 「矢追純一のUFOシリーズ」 の奇想天外な編集に、少なからず影響を受けたのだろう。
来月は日本映画 「シン・ゴジラ」 を見に行く予定だが、これこそ 「ウルトラマン」 の怪獣シリーズ然り 「川口浩の探検隊シリーズ」 のような、うさんくさい期待を持ってしまう。

しかし、この手の特撮娯楽超大作を見ても寂しいかな‥  喜んだり感動することがなくなった。
若いときなら、その映画 (物語) にダイブして、すばらしき空想に酔いしれたが、今はどういうわけか、「覚めた目で見ている」 そんな自分に少しガッカリしている。
昔は、そうじゃなかった。
それはつまらないとかじゃなくて、今は映画が豊富にあるから、相対的な楽しみのレベルに慣れ親しみ、時代と年齢にズレがおきたんだと思う。

その傾向、1986年以降、軒並みにビデオショップが町の至る所に開店すると、作品は頻繁化するし、大量生産すれば質を維持することは厳しくなり、文化も様変わりした。
昔見た映画こそ、名画であると思いがちなのは、圧倒的に作品が少なかったからだ。
ボクの中で 「これだ!」 と、素直に感動できる映画も少なくなった。
慣れてしまったことに加え、映画を見る年齢的な色彩調整が変化したとも思える。
それでも、見るのなら、清らかに澄んだ 「シンプルな映画」 を欲したくなる。

近年、ハリウッド映画でも 「ネタ切れ」 が叫ばれているが、その分SFXの傾向は強まる。
そうすると、ドキュメンタリー、ヒューマニズムに、わが身を感動にひたしたいところだが、いい映画とは、後にフッと思い出す映画なんだろうね。

日本が誇る怪獣 「シン・ゴジラ」 を見たいのは、純朴な味わいを取り戻したいからである。

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2016年07月03日

ハスラー2

1950年代生まれは、ボウリングが上手くて、1970年代生まれは、ダーツが上手かったりする。

では、1960年代生まれは、プールバーに代表されたように、ビリヤードが上手い連中が多い。

ゲームは、ナインボール。
ブレークショットで、球の散り方によっては、マスワリ (全部の球を番号順にノーミスでとりきること) も、そんなに珍しい光景ではなかった。

ビリヤードの難しさは、最初のブレークショット以外、同じ球の配置がないこと。
したがって、的球 (カラーボール) をポケットに落として、手球 (白球) を、いかに次の的球の近くにコントロールできるかが、腕の見せ所になる、二元化のゲームである。

そのためには、押し球や引き球、ストップショットに右上でひねって、力加減はこのくらいで、クッションを使ってなど、理数系のゲーム展開となる。
そして、最後は 9 (ナインボール) をポケットに沈めた方が勝ちだ。

そんなビリヤードは、スポーツ球技として身につけるか、酒場のナンパ目的か、それともお遊びなのか、用途は割れるところだが 「ハスラー」 (賭け球) として、小遣い稼ぎしていた奴もいた。
このあたり、麻雀と似ていて、下手を装って相手を油断させてから、徐々に本領を発揮する流れだ。

ボクはアダムのキューを持っていたが、特別にハマったタイプでなく、プロのプレイに見ごたえを求める観戦者に過ぎず、今ならカーリングのように、静かな知性を燃やすゲームが魅力的に思えた。
それにバドワイザーをラッパ飲みしながら、カラーボールを撞く若者たちの姿は時代に映えた。

今は気軽にビリヤードをしたくても、遊技場の経済効率が悪いから、どこもテーブルは置いてない。
あったとしても、たまにお店の片隅で見かける、だれも弾かない調律もされてない、古びたピアノ扱いになっており、テーブルバランスや用具のメンテナンスはされていないだろう。

当時の若者たちをビリヤードに熱狂させた映画こそが、トム・クルーズ主演 「ハスラー2」 (1986)
主演同じく、カクテルバーが流行ったのも、映画 「カクテル」 の影響で、ビリヤードとバーを融合した トレンドが 「プールバー」 で、ディスコダンスも達者なモンだし、最も夜の遊びを知る世代かもね。

ハッキリしているのは。つまらんおやじにはなりたくないわけよ。
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/368336912.html?1555059263 ( 9 Ball )

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