2019年01月28日

夫の存在

27日 午後3時に起床。
途中で目を覚ますことなく、たっぷりと10時間は寝た。

大相撲の千秋楽を見てから、遅めの買い物へ出かけた。
今夜は自宅で食事をするため、帰宅は8時頃で、そのあとの予定もなく、外出するつもりもない。
このところの日曜は、毎週外出していたので、今夜ぐらいは自宅で過ごしたいと思った。

たまに夜は、自宅で時間を気にすることなく、普通を満喫したい。
ゆっくりと食事をしたり、のんびりと風呂に浸かったり、普段のこの時間は自宅にいない分、日常生活の風景に意味があるように思えてくる。

いつもはふすまを開けることのない和室に寝そべったり、寝るとき以外は入らない寝室で横になったり、リビングで会話をしたり、こうして空いた時間でブログを投稿したり、休日の普通を満喫できるよろこび。
普通の時間帯で生活をしている人には、この心境はわからないのかもしれない。

週末、単身赴任先から、自宅に帰ってきた夫の心境に近いかも。
自宅なんだけど、普段は自宅にいないから、自宅を味わいたい気分。
「オレはここにいるぞ」 と、夫の沽券と哀愁が入り交じるような心境。

原則、帰る場所のない 「単身赴任」 はない。
日曜の夜は理屈とは違う感性で 「夫の存在」 をアピールしたい 「晩年の人生観」 ここにあり。
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2019年01月13日

純劣恋愛

「純烈」 なるグループのメンバーが金銭やDV問題で半ば追放された。

体の傷以外に、流産した同棲相手に暴言を吐き、心の傷まで負わせた、この男の純烈 (俗語) は 「純劣」 で、産む産まぬ以前に、妊娠した女性を放ることに、説明はとりつくろえない。

望まぬ妊娠をさせた男から、過去に2度相談されたことがある。
1度目は22歳の頃で、男から泣きつかれて、なけなしの貯金から中絶費用を貸した。
結果、恋の逃避行にお金を持ち逃げされ、その話もでっちあげのようで、ボクは世間知らずだったこと。

2度目は36歳の頃で、大学生のカップル。
その男、彼女に妊娠を告げられると、あきれたことに就職活動に影響を及ぼす、親にバレたら仕送りを止められることに気持ちが向き、相手の心と向き合っていなかった。
話は保身ばかりか、彼女の父親が怖いので会うのを拒み、挙句に 「君から、お父さんにうまく話をしておいてくれないか」 なることを泣きついたお粗末に、ボクが怒気を荒げたのは言うまでもない。

男に共通していたのは、いざというとき逃げたこと。
いざというときは、そうそうないけど、いざこういうことがあると、急速に態度を変える男はいる。
恋愛はいいかもしれないが、結婚には向いていない男。

当たる当たらぬも、人の数だけは見てきた。
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2019年01月12日

時事旋律

三連休前の金曜日。
営業前に気持ちを整えたく、暫しコーヒーショップで過ごす。

その前後に買い出しなどの用事を済ませるのだが、夜を生業にする身にとって、夕方は気力をチャージする大切な時間となり、だれから教えられたわけでもないが、リラックスを間にはさみ、自然とメリハリをつけるようにしている。

それに新聞やテレビ、ネットニュースで 「時事ネタ」 を得ておく時間でもある。
政治や宗教、トラブルのおきやすい 「偏重な話題」 は避けるが、バーは 「飲み慣れたお客さん」 が多いので、思わず眉をひそめたくなる 「不道徳な客」 は少ない。

ジャズバーながら 「ジャズに博識はいらない」 し、妙な知識をひけらかしても、浮いてしまうだけ。
ジャズに難解なこだわりはなく、こだわりも度が過ぎると嫌味になるので、ボク自身のためのジャズは 「リラックスする旋律」 にしかすぎない。

つまり、バーの 「主役はお客さん」
好きな主旋律 (好きな話題) を大いに奏でてほしい。

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2019年01月09日

男の錯覚

8日 正月事納め。

昨夜にしめ飾りをはずし、日常生活に戻した。
今日から、学校もはじまり、意外にも一息ついているのは、主婦じゃないかな。
勤めに出ている主婦しかり、女性の性質が顕著に表れるのは 「切り換えの早さ」 だと思う。

大変だ、忙しいと言いながらも、その先のことを考えるんじゃなく、まさに今 「その場をどうするか」 を考えるのが、女性のような気がする。
だから、女性の方が、レスポンスは早い。

恋愛にも、同じようなことが言える。
男は女と別れると未練がましく 「まだ、オレに気があるんじゃないか」 と後ろを振り返ろうとしたがる。
また連絡をしたり、元彼女と今でも寝れると本気で思っているから、ことさら往生際が悪い。

しかし、振り返っても、そこに元彼女はいない。
女は男の甲斐性にギリギリまで寄り添うが 「もう限界」 と決めたら、かなり本気で消える。
だから、前の彼は前の彼、今の彼は今の彼という具合に、ものごとを切り離して見る性質がある。

つまり、昔の彼氏が泣きついて来ても、そこに当時の気持ちがあるわけない。
少しモテていたことを忘れられずに、いつまでも思い出に恋するのが男の性。
そんな、彼女たちの 「割り切りの強さ」 を知らずに接していると、それこそ男は痛い目に合うからね。

それが 「男の錯覚」 (勘違い) である。
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2019年01月08日

月曜療法

ただでさえ、休日明けの月曜日は気分が憂鬱 (ゆううつ) になる人が多い。

それが、正月明けともなれば、よけいに沈鬱 (ちんうつ) な気分にさせられるだろう。

世の中には、華やかな気分の人もいるが、表面上の空元気だったりもする。
2年越しのトラブルを引きずっていたり、気骨の折れそうな案件を抱えてたり、人事異動や人間関係に関わる内面の不安だったりする。
長年、会社勤めをしていたので 「休み明けの心理」 は察する。

「ブルーマンデー」 (月曜は憂鬱) という、有名なショートカクテルがある。
レシピは、ウォッカ ホワイトキュラソー ブルーキュラソーのステアで、味は柑橘系の清涼感が特徴。
よりによって、こんなネーミングでは、重い気分をぶり返しそうだが、これも逆療法。
滅入るぐらいなら、逆に飲み流して 「月曜の憂鬱なんてすっ飛ばせ」 と言わんばかりの意味を持つ。

「一年の計は元旦にある」 といわれる。
ほどよく、最初の計画が肝心で 「一週間の計も月曜」 にあたる。
また 「月曜から、湿気た面せず、スタートぐらい元気よくやれよ」 そんな意味にもおきかえられる。

見方によっては青空をイメージさせる、逆療法の応援カクテルが 「ブルーマンデー」 である。
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2019年01月06日

無神論者

6日 正月の空気は薄らいでいた。

ようやく、白山神社で 「初詣」 を済ませてきた。
新年の所作は遊びではないので、真面目に拝みに行く。

そこに 「神様」 はいない。
それでも、決意や感謝、希望を二礼二拍一礼にのせて、自分の心に何かを念じる。
気休めにすぎないが、それだけ人間は 「小心者」 であるということ。

ボクも人並みに悩むし、将来も不安だが、もし俺様なら、さい銭を投げてまで拝むことはしない。
心の傷は時間が手当てをしてくれ、そのとき一緒にいる人たちが、やさしくまぎらわしてくれるだろう。

「無神論者」 ながら、楽観的に生きたい。
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2019年01月05日

錆びた夢

4日 オフィスビルの窓辺が、灯りはじめていた。

今日は仕事始めというより、ほとんど顔合わせであろう。
万代にほど近い、三社神社は 「商売繁盛」 の神殿であるから、鳥居をくぐる会社集団も見かけた。

コーヒーショップで、わずかな時間を過ごす。
ロフトで事務用品を買い、スーパーで補充程度の買い出し。

開店19時に、看板を灯す。
午前2時30分には、客はあらかたいなくなり、音楽を止めてグラスを洗い、閉店3時の看板を消した。

長い間 「止まり木の男女」 を見てきて、わかったことがある。
男は 「夢に生きる」 が、女は 「現実に生きている」 こと。

いくつになっても 「錆びた夢」 を抱えているのが男。
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2018年12月29日

なりゆき

そのタイトル 「一切なりゆき」

年越し本を探しに書店へ行くと 「樹木希林」 の言葉をつづった、新刊が平積みされていた。
表紙の帯には 「欲は限りないから、求めすぎない」 と 「足るを知る」 清貧の心に共感できる。

ボクはバブル世代だが、世間が騒ぐほどの恩恵は受けていない。
それより、欲求の尽きない支配論理で、強欲著しい社会環境を問い直すべき、出来事を多く経験した。

成れの果てに、勝ち組、負け組論争に酔い、でかいことをいうわりには、失敗をしたらリスクを負うから、周囲の空気を読んでうまく歩調を合わせていく、経済環境になったと思う。
成功は自分の手柄、失敗は他責転換するような、いびつな人間関係がうずまきだした。

あのドラマ 「下町ロケット」 に、多くの人が共感するのは、自分も 「あんな風に生きたい」 けど、その勇気がないから、彼らに自分の中の 「性善説を投影」 していると思うんだ。
そうじゃなかったら、ちゃんちゃらおかしい 「きれいごと」 で、あんなに視聴率は伸びないだろう。

その背景、まゆつばの成功談に踊らされ、成功して金持ちになれば、いい服にいいクルマ、いい食事に若い女をはべらせる生活ができると洗脳されてしまう。
業突く張りに追い求めると、孤独と疲れを感じ、気がつくと鼻持ちならない、イヤな性格になっている。

そこで、何をもって成功か、自分の 「ものさし」 がないと、何を手にしても欲求は尽きなく、したたかなたくましさはあるが、終始 「金の匂い」 でつきあう人と場所を変えるから、穏やかな人生でなくなる。
人間の限りない欲望を、どこかの時点で悟った、樹木希林は 「なりゆきの人生」 を選んだ。

つまり、世間的な名誉よりも、自分の 「筋」 をとおしたと思っている。
最低限、自分はだれと一緒にいて、何が必要かわかっていれば、周りに影響されずに生きれるからね。

ここまで生きてこれた年の瀬、人との 「なりゆき」 に感謝したい。
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2018年12月27日

個の肩書

26日 店のツリーをかたづけたら、少し雰囲気が心寂しくなった。

そのぶん、店の空気が張り詰めた感じとなり、いよいよ年の瀬である。
仕事納めに忘年会、年賀状に大掃除、食材や正月用品の買い出しなどで気ぜわしくなるが、年越しに実感がこもる。

正月は、調和を意味する 「和の精神」 がある。
それは、儀礼上 「敬の精神」 でもある。
元日は敬する道の発着点でもあり、清らかに過ごすため、今がその助走期間となる。

2年前、年配客のはからいで、夫婦で茶室に招かれ 「茶道の精神」 を体験させていただいた。
型どおりのことをできる人だけが、個性を認めてもらえる 「大人の精神」 を学んだというのかな。
柔道の黙想のように、闘いで取り乱した 「心の平常心を宿す」 日本人の基本的な理念でもある。

正月は、本当の意味で 「個の肩書」 がわかるものだ。
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2018年12月20日

純白母性

19日 妻は予定通り、女性三人でランチ忘年会。

聞くとランチからアルコールを口にして、14時開店の居酒屋に場所を移し、ここから忘年会というから、その行動は定年退職をした 「おやじばり」 である。
生憎、妻はあまりお酒が飲めないが、それを引け目とせずに楽しめるタイプ。
同席の女性らもよく知るが、つきあいに損得をはさまず、明るく思いやりのある大らかな性格。
それでいて 「アラ、もうこんな時間」 とか言って、切り換えの早さが備わっている。

男は 「年功序列からはじまる、昔話のオンパレード」 になりやすいが、女は年齢差はあまり関係なく 「今を生きている」 から、下世話な会話と言ったら失礼だが、内容的には 「カラッ」 としている。
それに50代になると、男は疲弊 (ひへい) してくるのに、女は俄然 (がぜん) イキイキとしてくる。
この差は遠からず、わかるようになるだろうが 「女性の焦点」 はまさに 「今」 に定まっていると思う。

夕方、横殴りの雨風を受けながら帰宅した、妻の手にはビニールの小袋が下げられていた。
彼女らが、留守番をおもんばかってか 「マスターにおみやげ」 と焼き鳥をもたせてくれた。
女性があたえてくれる、こういう雰囲気っていいよね。

「越後の女」 お二人からは、杵つきもちのような 「純白な母性」 を感じちゃう (笑)
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2018年12月15日

嗅覚反応

ブログで、嗅覚は思い出に直結していることを書いた。

職業上、香り立つ 「いいウイスキー」 に、触れる機会が多い。
早くに、バーボンを覚え、とりわけ 「 I・W・ハーパー 」 を、香りのものさしにしてきた。

ウイスキーには、最初に立ちのぼる 「トップノート」 があり、これが思い出に直結する。
いつ、どこで、だれと飲んで、何を会話したかまで 「オーバーラップ」 することもある。

ウイスキーに限らない。
街中ですれ違った女性が、前の彼女と同じ香水をつけていれば、前触れなくその人を思い出すだろう。

歳を重ねれば、加齢臭も避けられない。
五感の嗅覚は、体臭の感じ方で種族を判断するというから、人間にも動物的な本能が備わっている。

つきあった人の数だけ、香りの記憶があり、自分が求める異性には、嗅覚が反応するんじゃないかな。
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2018年12月10日

嗅覚記憶

「嗅覚は記憶と深いつながりをもつ」

高校三年生の冬の期間中、本町のヨーカドー地下にある、鮮魚コーナーでアルバイトをしていた。
以来、今もたまに利用するが、この一画に来ると潮の香りと生魚の臭気、作業場の衛生臭などが空気と混じり、当時と変わらぬ匂いが 「あどけなかった記憶」 を呼び覚ます。

まるで、ボクが突如として現れたように、トレイにラップされた商品をワゴンに積んでケースに並べたり、夕方のタイムセールで値札シールの上に、マジックペンで値引を表示したり、なつかしさがこみ上げる。
単純作業だが、文句ひとつ言わずにやり、POPの貼り換えに力仕事全般、時にはパートのおばさんの肩をもんであげたり 「女を知っているか」 と冷やかされたり、総勢10人の玉石混交な鮮魚チーム。

警察官の試験を落ちて、進路が決まらずもあわてふためくことのないボクを 「正社員にならないか」 と熱心に誘ってくれたが、期待に添うことなく、高校卒業と同時に辞めさせてもらった。
その背景のもと、海産に限らず、古巣も利用したい気持ちと気分転換も兼ね、たまに萬代橋を越える。

年齢のはざまで揺れた 「匂いの記憶」 は、時として既視感を抱かせ、時間を 「二重写し」 にする。
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2018年12月08日

無学同然

のんびりと書店めぐりをするのが好きだ。

新書だろうと、古書であろうとかまわない。
平積みされた表紙をながめたり、背表紙を横目で追いながら、息抜きで活字に目を通している。

ある日、ビジネス書や自己啓発書が並ぶ通路で、30歳前後の男性がその分野に見入っていた。
周辺には 「成功者の習慣」 「超一流の教科書」 そんな類の表紙が多く幅をよせている。
興味を持って適当にめくると、基本的にどこかにあったものを整理し、もっともらしく説明されていたり、向上心や成果など、あたりまえのことが現代風に加筆され、時代はめぐっていることがわかる。
読み進めると、コスパにリーダーなどのキーワードそぞろ、果ては 「成功を祈る」 で閉じられる。

ボクにも、そんな若手時代があったから、否定はしない。
しかし、ビジネス書に依存すると、会社での立ち振る舞いだけに、行動をとらわれがちとなる。
ロールプレイングに社員教育、顧客満足度アップなど、社内カリキュラムの重要性は理解できるもの、所詮は 「箱庭のバーチャル論理」 で、外の世界に触れておかないと 「社内番長」 になってしまう。
そうならないために、男は 「外の世界を知ってナンボ」 だから、遊びが仕事の肥やしになるんだ。

商売の基本は、初対面との距離感からはじまると思う。
委縮したり、横柄にならず、いかに平常心で向き合えるか。
お客さんとも話すことだが、身内で予定調和の演技を繰り返すぐらいなら、ハードルは高いがひとりでバーカウンターに座って、今の自分の社交力を実践するほうが、理に適っていると思える。
会社教育は仮免許であって、本免許が通用するかは、社会に身をおかないとわからないからね。

バーは、個人力と調整力の空間。
マスターしかり、隣のお客さんのタイプを見抜き、社交範囲を決めて、店の空気づくりに一役買えれば、きっと会社でも優秀な逸材であろう。

最近、30代半ばの男性客が増えてきた。
カラオケや若い女性が接客する店、居酒屋のはしご酒を卒業した年齢が集いやすく、40、50代以上の年齢が交わる環境で、必要なぜいたくをしている中堅社員が目立つ。
手前味噌だが、会社にどっぷりとつかるタイプより、社会で見識を吸収するタイプが多い。
女性でも、男性以上に男性的だから、女性の魅力が引き立ち、自立した男女が多いのは言わずかも。

ドラマ 「下町ロケット」 のように、ダメな経営者は会社に寄生し、優秀な経営者は社会で生きている。
ボクは 「無学同然」 で生きてきたから、お客さんの前では 「赤面の至り」 だ。

そうやって、少し酒の力を借りてでも、実践形式で 「楽しく社会を学べる」 のが、バーであってさ。
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2018年12月07日

宅配弁当

母の体調を気遣い、昼夕の食事はしばらく 「宅配弁当」 で済ませられるように手配した。

亡き父が一人暮らしで、在宅訪問介護の頃、平日の昼夕の食事は宅配弁当でまかなっていた。
一つには、配達時の見守りもあり、その人道的なおかげで、容態の変化に対応できたこともある。

父は 「パーキンソン病」 を患った。
利用できる制度は利用し、介護保険の認定に応じた計画書も、家族とケアマネジャーで作成をしたが、当時は日曜と祭日、年末年始や深夜介護をする事業所がなく、家族が毎日行って看るしかなかった。
24時間体制、いつ電話が鳴るかわからない緊張感に加え、何年も会社勤めと介護を両立し、いつ入所できるか見通しの立たない 「介護施設の順番」 をひたすら待ち続けた。

食はいずれ、咀嚼機能が低下するので、刻み食も多くなり、誤嚥に気をつけながらの介助となる。
それ以外、着替えや排泄処理、寝かせつけに見守りなど、やることは減るどころか増えてくる。
家計も担わなければならず、自尊心を傷つけないよう言い方も配慮し、理不尽な言い分にも耐えた。
だが、食事をしているときは、宅配弁当だろうが、妻や介護ヘルパーが作った食事であれ、余すことなくおだやかに完食していた。

小さな栄養のまとまりではあるが、グルメとはばかる世の輩も、いずれ時の趨勢 (すうせい) となり、晩年は素食に感謝できるようになる。
今はサービスも拡張され、365日の対応も可能となり、高齢化社会に向けた前進に期待を寄せたい。
ここに書いたことはほんの一部だが、自分の経験を具体的に記す気になったのは、似た苦しみに悩む、お客さんへの返礼かもしれない。

その多くの人が直面していることを、自分だけの経験として閉まっておかずに、きたるべき日に備えて、明日の 「介護の妙薬」 になればいいかと思う。

年の瀬の想いに、希望を紡いで ・・・
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2018年12月06日

家族の絆

別宅で暮らす母が夜半に腰の痛みを訴え、救急車で搬送された。

診断の結果、疲れの蓄積が原因による過度な筋肉疲労らしく、適切な処置を受けて帰宅。
朝方、連絡が入り、妻が身の回りの世話に出かけだが、このところのムリがたたったようだ。
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/462185493.html (生みの親)

母は離婚後、近親者に 「あの子には顔向けできない」 と語っていたらしい。
離婚の事情は理解していたから、言われる腹づもりはないが、母は今は亡き父の介護を息子に任せ 「違う人生を歩ませた」 ことが負い目のようである。

頼れる再婚相手は同年齢のため 「老老介護」 も、いづれ限界はくる。
そういうときの連絡先になっているが、予てから母は 「私の面倒はいいから」 とは言っていたものの、肉体の変化によって、人は 「心変わり」 するものだ。

身近なことに遠慮したり、過去の十字架を背負うことなく、今は 「子どもに頼る勇気」 を持ってくれた。
できること、できないことはあるが、少しでも親孝行はしたいもの。
再婚の相手は他人ながら、自分たちでできることはやってもらい、できないことに手をさしのべるのが 「母への尊厳と愛情」 ではないかと思える。

わが家のルーツを理解し、ひび割れした 「家族の絆」 をとりもった、妻には心から感謝している。
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2018年12月04日

Fifty Four

「年齢だけは、待ったなし」

知らず知らずのうちに、遠出しなくなった。
知らず知らずのうちに、バスに乗るようになった。
知らず知らずのうちに、食事がシンプルになってきた。
知らず知らずのうちに、スーパーが居心地よくなっていた。
知らず知らずのうちに、散歩と自転車が好きになっていた。

知らず知らずのうちに、あまり服を買わなくなった。
知らず知らずのうちに、ほとほと物欲がなくなってきた。
知らず知らずのうちに、電化製品は最低機能だけで不足なくなった。
知らず知らずのうちに、家で行動を予告するひとりごとが多くなった。
知らず知らずのうちに、妻の言うことに全面降伏するようになっていた。

つまり 「足るを知る」 ようになる。
生まれてこの方 「人生、こんなはずじゃなかった」 と思ったことない。
もともと 「スーパーゼロ」 のような男だから、大した夢など持ち合わせてない。
むしろ 「この程度の人生なら、いさぎよく、良しとしなきゃ」 と思う、熟年完結タイプ。
ただ、そこにこだわらず 「人間は楽しむために生きている」 前向きな思考は忘れちゃいけないと思う。

54歳には、54歳の 「黄昏流星群」 があるのかもね。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/455320135.html  (Fifty Three)
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2018年12月02日

鬼に金棒

「Diary & Social」 のカテゴリー内にある 「無題雑記」 の題名は次回で150本になる。

書き終えた後、題名が思い浮かばないとき、連番につづるが、何を書いたかは記憶にない。
ブログは徒然、評価を意図してないから、まあ気軽なものだ。

7年来の女性客が、今年11月発刊 「にいがた市民文学」 (第21号) に応募した複数の作品の内、短歌部門で文学賞を受賞した。
先週、書籍を寄贈され、拝読したが 「俺にはこういう文章は書けないな」 と感心と共感を抱く。

自身、文学よりコラム、クラシックよりジャズ、習うより慣れろタイプ。
今の事象と折々の経験を引き合わせ、コンパクトに書くため、古典的な表現や言い回し、仕立てのいい文脈が苦手で、美文を意識すると借物文となり 「だれが書いたかわからぬ文章」 だけは避けたい。
それなら、最初から自分らしく、自分が感じた感性で、泥臭くも 「本音の力に負う」 ところが大なる。

文学とはいえ、小説もあれば、短歌に川柳、俳句に随筆まで多岐にある。
自分の持ち味を、どの分野で活かせるかわかれば、書き出しは早くなる。
過去、国語の授業で習ったことは、文章作りにおいて、大して役に立ってない。
国語や音楽でも、古典の理屈ばかりで、ほとほと居眠りするような授業と同じでさ。

だけど 「我流は我流」 でしかない。
音楽でも、譜面は読めずとも演奏はできるが、譜面を読めた方が演奏の幅は格段に広がる。
文章も同じで、個人に才能はあっても、文章術や技法を習得した人には、およばなくなる。
いづれ、そのペン先は 「鬼に金棒」 となるわけでさ。

ボクは勉強嫌いなので、風のように書き流しているが、空き時間を有効に使えて、性に合っている。
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2018年11月29日

街の三羽烏

11月の飲食店の景況感は、忘新年会に備えて客足は一旦引くもの。
予想通りだが、新潟は決まった時期しか、人が出歩かない評判は頑な。

地元新聞社の元論説委員室長が、今年6月に退職した際、自身の長き記者人生で書きおろした記事をまとめた 「論文集」 を当店に寄贈して頂いた。

選りすぐりの記事から、印象に残ったのが、86年に某ビールメーカーの営業マンに密着取材したルポ。
当時、新潟市の飲食店調査によると 「黒字2割 トントン4割 赤字4割」 の収支データー。
バブル景気がはじまった年だから、翌年からの収支は上向いたと思うが、景況感のいい時代であっても決して 「儲かる商売ではない」 ことがわかる。

私事の過去となる。
翌年、東京資本の会社から、新潟の店長として任された規模がワンフロアー300坪のプールバー。
最高売上、月4千万を記録したときもあったが、2年間の短期決戦で閃光のようにブームを巻き起こし、陰りが見えたら即座に撤退する徹底ぶりは、中央主権の経営手法である。
あれから30年経過したから、具体的なことを語れるが、それほど狂乱で夢溢れる時代だったと思う。
最右翼で任されたのは、学歴とは無縁の世間知らず 「22歳」 の若さ以外、何も取り得はなかった。

街の景況感を手っ取り早く知りたければ、夜の繁華街を歩けば一目瞭然だが、そこは多様化した現代。
ひとつの着目点だけでは、景気判断はつかない。
昔から、街を変えたければ 「若者 よそ者 ばか者」 いわゆる 「三羽烏」 を起用せよと言われる。
年長者は、その意気を感じ、絶えず後継者作りをしていくのが、経済を活性化させるバトンに思えるが、3つのキーワードが機能しているかは疑問であってさ。

来県者の意見を、耳にする機会がある。
「米よし 酒 (食) よし 女よし」
しかし 「こんなに活気ない、政令指定都市もめずらしいよ」 とダメだし。
その前に、地元の人が地元で消費しないと、地元の経済はよくなるはずない。
それらの言葉、新潟の鉛色の空が、そのまま街を覆っているような印象さえある。

冒頭の営業マンの仕事は、地域のシェア拡大、既存店を守るべく販売促進策。
最後に、こうつづられていた  「これはもう、戦争なんです」

個人的なたとえになる。
「いつの時代、街の中に教養があるのだから、大人の男よ、外に出て飲もうぜ」

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2018年11月24日

青春聖夜

クリスマスイヴまで、あと一か月。

その昔 「イヴの夜に家にいると、暇してそうだから、何か予定を入れたいよね」 と言った女性がいた。
意識するのは、不特定多数の同性相手で、これぞ女同士の意地のはりあいを見た気がした。
そうでなくても、胸騒ぎをおぼえるとか。

イヴは特別らしく、その夜のカップルは本命だという。
こういうと他人事に聞こえるが、イブを意識したことのない男にとって、そういわざるを得ない。
男は基本、照れ屋なので、表向き 「関係ねえ」 ですましてるが、白状すれば半分すねている。

ボク自身、仕事の夜が多かったし、男仲間の都合を優先した。
あるイヴは、売れ残りのケーキを一つ買い、箱の中で崩れた生クリームを人差し指ですくっていたり。
またあるイヴは、新宿の大ガード下の横丁で安酒を食らいながら、街の聖夜にそっぽを向いていたり。

ケータイ機器のない時代。
それでも、電話ボックスに入り、ポケットの小銭を何枚も投入し、罪滅ぼしの電話で許しをこうむる。
お金はないが牧歌的で、仕事や遠距離で会えないながらも、カバンには小さな箱包みを忍ばせてある。

そんな、青春貧乏な時代を通過して、今日のクリスマスがある。
しかし、クリスマスのときだけ、演出的に優しい男はいるが 「ナルシスト」 と 「優しさ」 は違う。
それは、テクニックの部分で、魔法にほだされても、本当の優しさは違うところにあるように思える。

いつしか、クリスマスは人々の頭の中に住みついて、自然な思考さえ左右している。
女性は、クリスマスのためのエスコートを夢見るな。
男性は、クリスマスにウットリと恋する男にはなるな。

自分のためのクリスマスであり、世の雰囲気に踊らされ、喜怒哀楽するなんて、素直すぎるって (笑)

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2018年11月15日

歌謡文学

今月、所々で個人的な用事が重なり、朝の早い日が続いている。

そのため、バスやタクシーを利用したので、平地に下りた秋の深まりを車窓から眺める機会も多かった。
今を 「晩秋」 とするか 「初冬」 にするかは、その人の感受性による。

そんな季節の移ろいで、だれもが思いめぐらす曲はあるだろう。
ジャンルに限定せず言えば 「学生街の喫茶店」 で有名なフォークソングの三人グループ 「ガロ」 の 「憶えているかい」 (73年) の歌詞が印象的で、この時期になると頭に響くことがある。

シングル盤 「一枚の楽譜」 のB面曲だが、個人的にA面曲を越えた名曲。
「恋人との別れの曲」 だが、決して 「さびしい」 とは云わず、時の流れで心情を描写している。
その歌詞、短編小説のようだったり、レトロな風景が浮かんできたり、さびしさの情感が伝わるというか。

Aメロ 一部歌詞
「君とあの頃 見た映画、今日はテレビでやっていた」
「あれはそよ風 街に薫る頃さ」

Bメロ 一部歌詞
「雨に降られて 二人して 街のお店に飛びこんだ」
「あれは落葉が 街に舞う頃だよ」

時系列で、人 モノ 自然 の余情が巧みで、真の名曲とは 「文学的」 なんだ。
自身、文学好きな人間ではないが、ストーリー性の歌詞には、味わいというものがある。

遠い、45年前のB面曲なのに、フッと思い浮かぶのが 「シンプルの中にある歌謡文学」 だと思える。

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