2019年07月11日

裸の青春

高校時代の友人から、電話を受ける。

かくかくしかじか、同窓会の計画があるので、だれそれの連絡先を知らないかとのこと。
規模は別に、幹事の名前を聞いて、意外性を感じることも多くなった。

昭和58年3月1日の卒業式を最後に、8クラス280名ほどの同級生が 「あとは自分で考えようぜ」 とそれぞれに影響を受けて、それぞれの夢を抱えて、それぞれの道へ散って行った。
それ以来、会っていない同級生も多くて、当時は友人であっても、環境が変わるたびに友人も代わり、連絡をしあわなければ、自然と疎遠になるもの。

それでも会えば、どんなに理論武装をしても 「裸の青春」 を知っているから 「おめ、元気らか」 で、気持ちはなごみ、ほっとする瞬間に出会えるもの。
住所、家庭、職業、それぞれに環境が変わっても、会えば 「時が埋まる」 のが、時々の友人であって、それぞれの人生に何があったか、語り合うだけでも、下手な小説を読むよりおもしろい。

友人には 「俺にできることがあれば、気持ちよく協力する」 と伝え、世間から 「不良養成高校」 と、後ろ指をさされながら、巣立ったわが母校。

見るべきは、その後の生き方、思い出したのは、あいつの顔。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/453813620.html ( 不良養成高校 ) 
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2019年07月08日

満天の星

蝉の第一声を耳にした、7日七夕。

言い伝えによれば、年に一度、夜空の天の川をはさんで 「織姫」 と 「彦星」 (星) が会える日とか。
実在の星かも知らず、短冊に願いごとを書いて、笹の葉に飾る、幼き記憶しかない。

短冊といえば、亡き父が特別養護老人ホームに入所していた8年間。
七夕には、介護職員の計らいに参加し、短冊に乱筆を走らせていた。
入所後期ともなると、ユニットの介護職員、他のご家族とも情が芽生え、いつしか雑用に手を差し伸べ、気軽な雑談で時を過ごせるようになった。

それは、いつ別れが来るかわからぬ不安の中、他者の晩年も見守りあっていた心境だった。
短冊には、命の尊さ、似た境遇を生きる、他者への心遣いが筆先に表れる。
願うのは、自分の欲望よりも、自分の存在を支えてくれる人たちへの恩返しだったりする。

街中で 「満天の星」 を見たくても、海や山に行かないと映えない。
七夕の深夜、繁華街で飲んだ帰り道、ふと見上げた夜空が美しく、渡りかけた古町十字路の真ん中で、思わず足を止めたのは、遥か昔のこと。

星を見て願いをかけたことはないが 「星の美しさ」 に気づかされたのは、酔っていたからだろうか。

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2019年06月29日

働く活力

店は忙しい日もあれば、古い業界用語で 「お茶を引く」 暇な日もある。

元々、大した忙しさではないから、大げさな話をする気はない。
暇なら、ボトルやグラスを磨いたり、店内を入念に清掃できるし、そういう日もあってバランスがとれる。
常にきれいな状態で 「お客さんを待つこと」 も、仕事のうち。

その立場 「だれにでもできそうな仕事」 に思われがち。
見てできると思うことは、自分の才能が反応したことだから、やってみればいいが、だいたい失敗する。
過去、脱サラブームで、世の中をなめた枕詞 「 独立して 〜店でも、やるか 」 は、驕りの代名詞。
顛末 「こんなことになるなら、サラリーマンをやめなきゃよかった」 と、多くの人が後悔した姿を見た。
料理人も同じで、組織から独立したのはいいが、5年後にはチェーン店の厨房で働いていたり、見切りをつけて異業種で従事したり、レールを切り替えざる得ない人生も見てきた。

バーの仕事は、お酒の提供だが、そこしか見えない人は 「だれにでもできる仕事」 と決めつける。
言葉を 「100歩譲る」 も、仕事は初対面のお客さんと適宜、状況にあった対話や対応となる。
普通は、緊張とストレスで、その場を外れたがるし、慣れない間合いに、心が悲鳴を上げてしまうもの。
簡単に見えるも、これほど 「見るとやる」 が、異なる仕事もなく、一日カウンターに立ち続けられたら、大したものだと思うし、それができるなら 「だれにでもできる仕事」 と認める。

会社ではないから、営業日報も会議も、朝礼も終礼もない。
組織に属する人に、うらやましがられるが、不安と孤独、怒りや寂しさもつきまとうのが、個人事業主。
サラリーマンはリスク分散できるが、個人は全責任を負うことになる。
最初は、独立の夢に希望を託すも、理想と現実でやるせない不条理を抱え、家庭や人間も崩壊しがち。
想定される負も加味し 「その覚悟があるなら、独立もいいんじゃないか」 と思う。

遅くに仕事が終わり、妻に 「今日、こんなことがあった」 「久しぶりに、某さんが来てくれたよ」 など、共通性がやすらぎとなり 「明日はどんな人と会えるかな」 と思い描くのが 「働く活力」 になる。

会社勤めは、42歳でピリオドを打ったが、サラリーマンに 「リスペクト」 (敬意) は、忘れていない。
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2019年06月26日

自由の証

先週、震度6を記録した、新潟と山形の地震から一週間。

数年前、友人が 「東日本大震災の後、不思議と夫婦の営みが戻った」 と言っていた。
その不安から、命への渇望が子孫を残そうと、根源的な欲求が揺れ動いたのであろう。

人は命の危機にさらされたり、大病を克服すると大切なことを知り、生への感受性が研ぎ澄まされる。
もう一度、生きる意味を問い、余生を考えて、共生を見直す。
その分、生命力も強くなると思える。

歳相応になれば 「男女のつきあい方」 も変化する。
飲み友達、会話友達、メル友、サークル仲間まで、形式にこだわらなくても、純粋な情念は果てしない。

本音で生きてこそ 「自由を得た証」 である。
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2019年06月14日

夜型人間

夏至が近づく6月。

毎朝4時には、西の空が白み始める。
ついさっき仕事を終えたのに、もう朝日と対面するから、いやになってしまう。

晩飯が朝食となり、白夜のまま眠り、日の明るいうちに動き出す。
少しでも早く寝たいが、長年の生活リズムは、そうそう変えられない。
ムリに寝ても、途中で目が覚めてしまうので、全身の力を抜き、高ぶった神経が鎮まるのを待つばかり。

仕事上、一晩中 「ジャズ」 を浴びているので、無音の部屋は 「耳休め」 となる。
活字にもあきたころ、日射しが強くならないうちに眠り、夕方になると 「やる気ホルモン」 が高まる。

真性の 「夜型人間」 である。
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2019年06月13日

美人談議

30代前半、仲間と酒場で 「こんな話」 をした。

少年の頃、昆虫の中で、カブトムシ クワガタ カマキリは、男子に絶大な人気があった。
近くの松林をかきわけても、捕獲はカマキリまでで、他は山間が生息圏であることを後に知る。
では 「いい女は、どこに生息しているか」 そんな即席テーマとなり、思い思いに語りだした。

まず、日射しの強い日にはおらず、極めて夜行性で色白のロングヘアー。
薄明かりを好み、女だけで群れず、特殊なフェロモンを分泌して、ひとりで行動するタイプ。
バーカウンターで、すり寄ってくる男を上手にあしらえる器量があるなど、いい女のイメージは膨らむ。

生息場所はホテルのバーなど、ひとりでも違和感のない空間を好み、ウイスキーで日常の疲れを癒す。
だれにでも受ける美人でなく 「個性的な美人」 で、会話の途中、突然 「帰る」 謎の行動をとる。
夜の横断歩道でヒールの音を残し、さっそうとタクシーを拾って消えていく印象。

マスターは、その女性の正体を知っているが、他言無用。
軽い男に 「紹介してよ」 と頼まれても、結果の見える引き合わせはしない。
ここまでが、大まかな 「いい女の定義」 である。

そんな 「美人談議」 から、20年後。
女性は 「年齢を重ねることの素敵さを認識してくれる場所」 に姿を現すことが判明した。
自分の価値を理解され、自分の年齢でおちつける場所。
もし、50代の男が、若い女が集うパーティーに参加していたら、違和感をもたれるだろう。
秘かに貢ぎ物をしていれば、情けない男の姿と重なり、年齢の置き場所で恋愛事情は変わる。

あの頃、モテない俺たちは 「女は外見より内面だ」 とムリに顔を見合わせて、うなずいていたような。
今思えば、古典的なナンパしか知らない世代だから、他愛のない夢で、話の行き着く場所はいつもここ。

スマした美人より、オレは珍味のような 「庶民的な女性」 の方が、情が厚くていいや。

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2019年06月11日

珍味婚

形だけの完璧は美しくない。

好きな女性は、子どもにはわからない 「珍味のようなタイプ」
それも、高級珍味でなく、スーパーで売っているような、庶民的な珍味。
その昔、遺伝子が交わっていたような、どこかなつかしさを感じさせる女。

逆に、合わないと思うのは、ブランド品にハマっているような女。
怪しげなワインパーティーに現れては、女を露骨にアピールし、男の容姿や年収を交際の基準にして 「どこかに、いい男、いないかな」 と、流し目でぼやいているタイプ。

だいたい 自分がいい女じゃないのに、いい男を望むなんて、虫がよすぎるんでさ。
だからといって、努力もせず、怠惰な生活をしているのに、理想像をぼやく女はもっと見苦しい。
きっと、自分と合う合わないよりも 「他人にどう映るか」 ばかり、気にしているんだろうな。

「人を見るのも器量」 といわれる。
勝ち組 玉の輿 富裕婚など、日常的にいやらしい言葉が使われるうちに、いつのまにかお金の匂いが立ちこめる、金銭的な生活保障だけを求めていたら、情けない話である。

好きなタイプに戻るが、珍味に共通している女性は、きわめて男性的な一面がある。
一見、厳しいことは言うが、男の傷に触れて、その傷を広げるようなことはしない。
痛みのない傷口の周りを撫でて、傷口が癒えるのを待ち、手を差し伸べてくれる優しさをもつ。

金銭的な愛情も大事だが、自分の時間を好きな人に捧げられる愛情こそが、最高のパートナー。
もし、自分が寝たきりになっても 「最期まで面倒を看てくれる」 とさえ思えてくる。
周りを敵に回して、悲劇になろうが 「ずっと、そばにいてもいい」 と、生きざまがシンプルな女性。

つまり、自分はどういうことで幸せを感じるか、その基準を決めておけば、異性にぼやいたりしない。

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2019年06月09日

会話婚

令和、初のジューンブライド

男女の結婚観も多様化したが、根強いのは、近い年齢で共通の趣味を持つ 「オタク婚」 だという。
さぞかし、居心地もよかろうと思いきや、意外にも、そうとは言い切れないようだ。
ひとつ間違えば、知識や意地の張り合いになるし、同時にバランス感覚を失ってしまうらしい。

共通性が取り持つ縁は、仲のいいときはいいが、いったんこじれると始末に困る。
同級生で結婚した場合、なまじ相手がわかるだけに、妙なこだわりや突っ張りで、もめごとがはじまる。
その上、歯止めの利かない趣味が原因で、小さなことにいちいち腹を立てるのは、子どもと同じでさ。

「自分とは違うタイプ」 を、欲したらどうかな。
他人は違ってあたりまえだし、合わせすぎてストレスをためるよりも、おたがい異なる経験を持ち寄り、個性を認めた方が大概のことは収まるし、そのための会話となる。

リードするときも、リードされるときもあるし、自分が苦手なことはお願いし、相手の苦手は引き受ける。
価値観の違いこそ、話し合いの余地があり 「正常な会話」 ができれば、もめても深刻にはならない。
価値観と会話力、これが相性だろうし、会話の気持ちよさが、結婚の 「耐久年数」 を長くすると思う。

都合よく一致した 「オタク婚」 もいいが、会話重視の 「会話婚」 も、見直されるべきじゃないかな。

  
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2019年05月30日

童心返り

日本のバブル全盛期 「マハラジャ」 「ジュリアナ東京」 のようなディスコで、多くの若者は熱狂した。

当時の仕事上 「お立ち台」 と呼ばれたステージでは、多くの女の子が派手な衣装を身にまとい 「ユーロビート」 で踊る姿を見ながら 「ケッ」 という具合に、小馬鹿にした目を向けていた。
今振り返れば、体育会系の 「どんぶり飯育ち」 だったから、こういう 「ハマっている女」 を目の前にすると、どう接していいかわからない 「青春貧乏」 に、ボク自身が 「ハマった」 ともいえる。

26日 「八神純子コンサート」 へ行ったとき、一列目でエンジョイする妻と女友達、視界に入る女性は 「童心返り」 しているようで、素直に 「かわいいな」 と思ったんだ。
昭和の男は 「バンカラ気質」 が残っており、女性のように素直にはしゃげない、シャイな一面がある。
それは、楽しくないのではなくて 「慣れてない」 のであり、立食パーティーでも、出入口のドアあたりで 「壁の花」 になっているのは、そのためだ。

男が誰かまわず、初対面の女性に親しげに話しかけたり、愛想よくチヤホヤすることはできなかった。
その心 「古風な照れ屋」 で、真面目であり、不真面目でもあるから、全く出会いがないわけでないが、恋愛チャンスを狭める態度であったことには違いなかった。
今はどうかと言われたら、一緒にご飯でも食べる気楽さなので、それぞれを分けて考えることもないし、人つきあいなんて、男も女も同じだと思っている。

それまで、ピンボケしたメガネを、30代のうちにかけかえたことで、見えてきた世界も変わってきた。
経験を自分なりの言葉で説明できるようになったのは、40代になってからで、50代に突入してからは 「女は灰になるまで女」 なんだなと、幸せを求めている 「童心返り」 が、かわいく見えてしまう。
そう思うことは、ボクも 「童心返り」 しているのであろうか。

この年齢になると、男と女の根本的な性質について、気づかされることもある。
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2019年05月24日

敬称省略

地域において、ボクの呼び名は微妙に変わる。

万代地区では 「マスター」 挨拶は 「こんにちは」 
古町地区では、名字に 「ちゃんづけ」 挨拶は 「イェー」
名字のちゃんづけは、親しみの愛称と受け止め、年上からそう呼ばれた。
今では、そう呼んでいた人と、街で会うこともなく 「大人の世界」 がなくなったようで寂しいが。

親しい関係だと、年齢に応じて 「くん ちゃん さん」 で使い分けされ、同い年の女性から 「くんづけ」 されると、少年の心に引き戻されそうな、懐かしさを感じることがある。
同い年の男は 「呼び捨て」 でいいのに、どこか呼びづらそうで、少年期の 「略語めいた愛称」 では、大人に成長してまで 「あだ名」 で呼び合うのも、いつまでも友達気分のようで、抵抗があるようだ。

ボクは、仰々しい使い分けは面倒だから 「おやじ」 呼ばわりするときもあるが、親しさとはそんなもの。
時代と年齢で 「さん」 が 「ちゃん」 「愛称」 になろうが、会えば 「あの頃のまま」 だ。
年上でも、気を遣って 「さんづけ」 する人もいるが、そこは 「長幼の序」 というもの。
「呼び捨てで、結構です」 と、敬称を解いてもらうときもある。

今は 「マスター」 になっちゃったけど、これも、時の趨勢 (すうせい) 
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2019年05月23日

閉店酒場

遠い過去ではない。

ある日の夜のこと。
某バーに足を向けたら、ビルの袖看板だけを残して、完全閉店していた。

酒飲みなら、こんな経験はあるだろう。
閉店の予告を受けたのではなく、特別に親しくもなく、たまたま思い出した久々のお店。

どういう終わり方をしたかも知らない。
立ち行かなくなったのか、健康上のことか、気力を失ったのか、本人の口でないと信憑性はない。
商売仁義として 「まずは、元気でいてほしい」 と思うのが、人情であってさ。

それまでの来店回数はどうあれ、長年通っていた常連客はいたはずだ。
仮に閉店の噂を聞きつけても、ちょっと行っただけで 「寂しい」 なんて 「どの口が言わせるんだ」 になるからね。

経営は栄枯盛衰。
同情はされたくないだろうし、お店は机上じゃないので、やったものにしかわからない。
自分では何もできないのに、アラ探しに興じて、結果だけを見て、評論家気どりで放言する輩達。

経営は諸行無常。
本当に自分でやったならば、結果どうあれ、その行動に悔いはない。
あとは、自分で考えればいいわけだし。

それで、もう一回、場所と業態を変えて、再出発するから来てといわれても 「今度」 と 「おばけ」 は、出たためしはないように 「今度、行くよ」 も、社交辞令であって、真に受けないのが世の習い。

耳障りのいい言葉ほど 「冷たい思わせぶり」 になるから、ボクの 「行くよ」 は、本当に行くんだ。
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2019年05月10日

晩年の心

毎年、東京へ行くのには、理由がある。

5日 午前、池袋のホテルに荷物を預けて、午後1時には、伯母が住む朝霞の団地に到着。
先月87歳を迎えたひとり暮らしの伯母は、妻と来訪することを心待ちにしていたと、腕によりをかけて、手料理を用意して待っていてくれた。

薄くなった味つけ、ご飯の柔らかさに、時の流れを感じたが、数日前から買物と下準備をしたという。
体裁が気力を作るのか、気力が体裁を作るのか、遠路の愛情を感じ、会話は現在から過去へと逆行、上野動物園で迷子になったことなど、幼年のおちつきのなさを明るみにされた。

昔話にも、少し疲れてきた頃。
6畳一間、畳敷きの円卓におかれた、3つのティーカップもすっかり底が見えてきた。
夕暮れの薄い影が部屋を覆いつくし、旧型の電灯スイッチに手を伸ばして、線を2回引っ張った。

ベランダから見える、団地の古い時計台の時刻も見えずらくなってきた。
会話に間が空くと、伯母が一言 「あと1〜2年しか生きれないけど、まーちゃんたちは元気で・・・」 と、さよならめいた言葉に 「また、来るからさ」 と、その先の言葉をさえぎっていた。

団地の入口まで、タクシーをつけてもらった。
「下まで見送るよ」 というので、その愛情を素直に受ける。
杖で体を支え、気丈に手を振る伯母の姿を、照れくさそうな子どものように、後部座席から見つめる。

夫婦は寂しさを共有できる。
伯母は温もりの残る部屋で、あとかたずけをしながら、ひとりで何を思うのであろうか。
「とうとう、この日が来たか」 と思い残すことがないよう 「晩年の心」 と大事に向き合っている。

大型連休とか騒いでも、この年齢になると、遊びだけでどこかへ行くことはなくなる。
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2019年05月09日

旧交冥利

8日 部屋の窓から、五月の空をながめながら、東京滞在時に会った、懐かしい顔を思い出していた。

東京在住時、個々の親しさは別にしても、今も気持ちよく会えるのは、心の底からうれしい。
出身地は違えど、皆独りで上京し、偶然知り合ったに過ぎぬが、なにがしの仲間意識は生まれていた。

会社は目的達成集団で、指示系統が上下左右に飛び交う関係で形成されてるから、甘噛みできるのも最初だけで、そのうち反目しあうのは、肝に銘じておかねばならない想定内。
そのあたりの機微がわからぬと、すぐに裏切った、やつは水くさい、あいつは変わったなどと言われる。
日本人的なんだけど、同時に生産性を引っ張ることもあるから、似つかわしくない出来事も発生する。

こうして離れても、胸襟をひらいて会えるのは、時の割り切りの中で、おたがいを認め合っていたから、どこか友情にも似た 「会いたさ見たさ」 につながっているのだと思う。
「別れた後にわかること」 は多いが、年齢を重ねていけば、もう前口上抜きで会える。

それに口にこそ出さぬが、年齢とともに何かを悟ったり、あきらめたり、何か違う価値観を見つけたり、人間としておちつきを取り戻していくのではないだろうか。
僭越ながら、ボクの東京滞在がきっかけとなり、こうして集まる理由になるのなら、冥利に尽きる。

古い描写だが、公園の砂場で会った関係にしかわからない、砂場に戻れる懐も持ち合わせていきたい。
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2019年05月05日

時に愛は

新聞は 「社会問題」 をとりあげる媒体だが、テレビ同様に本音で語ることのできない部分もある。

今、声高らかに市民権を得ようと、限定的な意味も知らしめる 「 LGBT 」 (性的少数者)
ボクは 「ヘテロセクシャル」 (一般的な性愛者) だが、理解はあるほうだと思っている。
過去、該当する知人がいて、ナイーブな心をもちあわせていた。

性愛どうあれ、人として 「幸せを求める気持ち」 は大切にすべき。
だが、少数派の中には 「そっとしておいて欲しい」 と望んでいる人も含まれる。
「わかってくれる人がいればいいの」 と、健気な幸せを求めている人もいるんだ。

これまで 「公然の秘密」 だったことを、世間の風上に置かれ、理解以前に心のない興味にさらされて、心を痛めている人もいるだろうし、性的少数者であれ、異性も同性も愛することには変わらない。
市民権を得たい声もわかるが 「繊細な心に触れて欲しくない人」 もいる。

横断歩道と同じで、右を見たら、左も見ることを意識せねば。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/460901596.html ( 同性愛者 )
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/444901349.html ( LGBT )

( PS )
高校2年の頃、学友に 「オフコース」 のコピーバンドのドラムを頼まれたことがある。
全く興味が異なるため断ったが、その時の楽曲に 「時に愛は」 があり、数年ほど前に You Tube でまじまじと聴いたら、歌詞がよかったんだよね。

「はじまりはいつも愛」 〜 「新しい いくつもの 嵐の訪れを」 〜
「時に愛は力尽きて 崩れ落ちてゆくように見えても 愛はやがて二人を優しく抱いてゆく」 〜
「ただ黙って、懐かしく、ボクを見つめている」 末尾の行。
時の愛にウソはなく、別れてしまったが、彼を信じたことで報われた 「愛ある別れ」 の意味かな。

男女に限らず 「愛に焦点」 をおけば、充分に理解できる歌詞だよね。

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2019年04月27日

客恋しさ

史上最長のGW (10連休) がはじまった。

大げさだが、日本はこれでいいのかな。
中国の故事 「朝三暮四」 が思い浮かぶ。
飼い主から、朝3つ、日暮れに4つエサをもらっていた猿が、これでは少ないと訴えた。
すると飼い主になだめられ、ならば朝4つ、日暮れを3つに変えられたら、猿はよろこんだという話。
これが今の日本の構図のようで、巧みな演出に踊らされているような。

平成もあと3日で終わる。
昭和から、平成半ばころまで 「何よりも仕事が好きだ」 という人は、年齢問わず結構いた。
中には、会社で 「承認欲求」 されたいだけの人もいたが、実際は休日に何もやることがなく、それこそ 「休日恐怖症」 なんて言葉もあった時代。
それなら、パッと仕事をやって、たまに 「気脈の通じる店」 で、飲んでいた方がよっぽど充電できた。

何を隠そう、ボクも 「仕事をしていたい」 タイプ。
サラリーマン時代、まとまった休日がとれた、オフシーズン 「サイパン」 へ骨休みに行ってたぐらいで、5日も休んだら 「俺、日本に帰ったら、仕事できるかな」 と不安になったし、休日にもリミットがある。
欧米並みのホリデーやバカンスは 「勤勉な日本人」 は、おちつかないのかもな。
そもそも、遊び方を知らないのに、休日だけ増やしても、時間を持て余すのは当然でさ。

ボク自身、3日と休めないのは、客商売ならではの 「客恋しさ」 なのかもね。

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2019年04月24日

酒乱追放

誤解を怖れずに言えば、酒乱は救いようがなく、その関係は絶つしかない。

人気音楽グループのメンバーが、酒に酔って記憶をなくし、コンビニで面識もない女性客を平手打ちし、なおも執拗に追いかけて、蹴りつけたとして逮捕された。
現在は送検され、金髪を黒髪に直し、しおらしい態度で囲み会見を開いたが、一部始終が鼻についた。

ご存知、バーはお酒を提供して、明日からの活力をおぎなう場所。
だからこそ、どこよりも、なによりも 「安全にお酒を飲める場所」 でなくてはならない。
マスターの目の届く範囲で、リラックス (無防備) した姿を見守られ、お客さんの目がすわってきたり、態度がおかしくなったら、やんわりとストップさせることが、マスター (番人) の仕事。
適宜に対応できないと、酒癖が酒癖を連れてくるので、店も客を選ぶ権利がある。

そのため、毅然と仕事をしているのに、あんな風に 「記憶にない」 としらばっくれて 「酒をやめる」 とできもしない誓いを放ち、その場をとりつくろう態度は無性に腹が立つし、社会の 「営業妨害」 である。
だいたい、音楽だけできればいいなんてのは甘えで、この大変な男はいくつなのよ・・ 36歳だろ。
お酒をまじめに作り、安全に提供をして、人を見守るバーへの冒涜 (ぼうとく) 行為で、その会見で、世間の 「正論馬鹿」 が、また 「酒は悪いモノ」 と決めつけ、酒類提供者をうんざりさせる。

冒頭にも書いたが、飲むと酒乱になる男は、自力で這い上がろうとしない限りは変わらないし、それが暴力に走るようになり、家庭や仕事に支障をきたすようになれば、これは 「酒乱という病気」 だ。
酒を飲んで 「自分がしでかした行為をおぼえていない」 では、危なっかしくて、一緒に飲めないだろ。 

経験上、お酒にだらしない男は、人生で失うものが多く、酒乱はどこの店でも入店お断り。
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2019年04月23日

薔薇便り

先週、妻の誕生日に、店へ 「バラの花束」 が2つ届いた。

いつしか、ボクまでも花に詳しくなり、贈り主の愛情に頭が下がる思いである。

年齢は、役所の届け出にしかすぎない。
誕生日は、ため息を吐く日ではなく、人生で今が一番若いことを知らせてくれる日だ。
女性の年齢は、心の持ちようだし、男性からすれば好奇心にすぎず。

年齢がもたらすのは、ストレスではなくプライド。

そんな 「バラ便り」 に感謝である。
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2019年04月20日

見える世界

日増しに街の色彩が、豊かになるこのごろ。

窓の景色に映る、桜のグラデーションも、季節を浮かび上がらせている。
若葉の彩りに衣を替えて、青く澄んだ空が低く見える。
春雨がサラサラと降る夜、ネオンに湿った空気が煙ると、初夏を意識させる。
心模様も変わり、季節に吸い込まれていくようだ。

朝 昼 晩 の時間帯が結実する一日。
昼下りに、朝をむかえる生活も12年目。
毎日 毎朝 毎晩 人とは違った私生活。
普通の生活をしたいと、思ったこともある。

だが、バーのマスターだから 「見える世界」 があることも、大事にしていきたいと今では思う。
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2019年04月18日

待ち合わせ

東京で生活しているころ、待ち合わせ場所に、よく書店を利用していた。

早く着いても時間をつぶせるし、相手が遅れても、イラつかずに待てる。
新宿アルタ前、渋谷ハチ公前などでは、待ち合わせるためだけの時間がもったいなかった。

もしも、彼女と待ち合わせるなら、断然に書店がいい。
先に着いて本をながめていれば、時間に気をもまずにすむ。
本を読みかけていると、少し遅れてきた彼女が、隣へ寄り添っている。
切りのいいところで、本から顔を上げると、彼女がサラッと 「遅れて、ごめん」 と微笑む。

その間、彼女が遅れてきた当てつけに、知らん顔して本を読み続けたのではなく、おたがいにひとりの時間の大切さをわかっていて、自分と相手の時間を無理なくコントロールできる感情の置き方が、男の疲れた表情に気づき、ホッとできる時間をあたえてくれる女性だったりする。

それで、サラッと 「今夜、何を食べようか」 と、人ごみではぐれないよう、彼女の手をグィッと引っ張って歩くことが 「大都会の恋愛」 だったりさ。

もちろん 「フィクション」 だが、心がけ次第では 「ドキュメント」 にもなる。
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2019年04月17日

So Tendar

こんな話を聞いたことがある。

「おふくろが作る味噌汁の味が薄くなったとき、少し親孝行を考えるようになった」 と。
意味はわかると思うが、味つけは年齢をごまかせない。

お酒の量もごまかせない。
バーは、お酒を提供する場だが、酒を提供しないのも仕事。
飲ませろと憎まれ口を叩かれようが、ダメなモノはダメで、お引き取り願うときもある。

毎晩、酒をたしなむ人を見ていれば、これ以上は飲ませられないと判断するのも気遣い。
そりゃ、店としては、飲んでもらった方が、実入りは助かるし、いいお客さんでもある。
しかし、体を壊されたら、元も子もないし、何よりも長いつきあいができなくなる。

酒を提供するということは、一貫して 「人を見る」 ことにもつながる。
お客さんの状態を見ながら、薄い水割りでやわらげたり、手心を加えるときもある。
それは、心身の健康をあずかる 「保健室」 たるや、社会的な役割もあるからだ。

開店12年目にもなれば、ほどよい親近感で、あしげに通ってくれるお客さんも増した。
おたがいに年齢を重ねて、酒量は減る一方だが、長年の信頼関係を構築した証でもある。
人となりを理解し、その人柄を伝えたり、生き方を代弁すべき感性もマスター冥利。

スナックなら、具合の悪いお客さんに対する対応で、ママの器量がわかる。
「具合が悪いのにありがとう」 と単純に喜ぶのは、その場限りのノー天気であり、いいママであれば 「もう早めにお帰りなさい」 と諭して、長い目で相手を思えるのが 「商売上の心得」 だよね。 

バーのマスターであれば、イタズラに酒で客を潰すのはカンタンなこと。
だが、それをしないことが、バーテンダーの 「テンダー」 (優しさ) であってさ。

「キース・ジャレット・トリオ」 奏でる 「ソー・テンダー」 は、ボクが長年 「こよなく愛している」 名曲。

posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする