2019年11月13日

土の匂い

今週、複数の親しきお客さんから、柿や梨、ニンジンに紫タマネギ、トマトなど、秋の彩りをいただいた。

農家の方もいれば、ご自宅の庭木で菜園した人、近隣のおすそわけなど、優しさに触れた実りの秋。
柿の表面には、少々の泥や傷もついており、土にまみれて収穫をした、人の心ある姿が思い浮かぶ。

何か返礼をと思うが 「いや、そういうつもりじゃないから」 と、そこに見えてくる 「心づかい」 に、一の不純なるものを含まない人情味を感じる。

食べきれる量ではないので、おすそわけのおすそわけながら、食べるというのはどういうことなのか。
そんな、根源的な 「土の匂い」 を、振り分けていきたい。

秋に限らず、これまでの情も含めて、この場を借りてお礼申し上げます。
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2019年11月08日

家庭料理

来春 「ミシュランガイド新潟版」 が、出版されるという。
今も秘かに、覆面調査員が飲食店に潜入して、格付けチェック中なんだとか。

食の充実は 「人生の充実」 でもある。
だが、人は個性が違うように、それぞれの感受性も異なる。
何をどう味わおうが自由だし、それをどう解釈するかも、個人の判断によるもの。

僕は、おいしい店を探してまで列に並んだり、予約をしてまで食べたいとは思わない。
また 「食べに行かねば損」 「流行に乗り遅れる」 「一人でも多く人に食の楽しさを伝えねば」 など、不要な使命感に燃えないのは 「家庭料理」 が、一番美味しいと思っているから。

食事へ出かけて、店に文句を言ったこともない。
それは 「自分に合わなかった」 だけで、気に入らなければ、次から行かなきゃいいだけのこと。
文句を言うような店を選んだのは、自分の判断と直感であり、言うとしたら衛生面のことで、それ以外は黙って食べるのが、作ってくれた人への礼儀だし、口に合わなきゃ残せばいいだけのこと。

食は個人の嗜好だから 「星の数」 も気にしない。
その前に、人様の経営に口出しをできる舌は持ち合わせていないし、僕にそんな資格もない。
卑屈ではなく、情報に群がって、すがりつくばかりの味覚や感性にいい加減、辟易したのも理由にある。
だから、自分の舌で判断した味覚と品質、接客や雰囲気、自身の経験こそ 「ミシュランガイド」 でさ。

グルメっぽいことを過剰に言い出すと、次第に 「普通の食卓」 でさえ、屈辱的に思えてくるもの。
見栄はキリがなく、結局あとから自分がツラくなるだけで 「虚勢の末路は見栄の上塗り」 となるから、堂々と気負わない自分を選択して、普通を宣言しても、いい年齢である。

その上で、たまには 「あの店に行ってみようか」 といえるのが、しなやかさで 「家庭料理」 に敬意を持てない舌が 「ミシュラン店」 で何を食べても、絶対に判断できないだろ (笑)

俺は古町の飲み屋で、これからの季節 「もつの煮込み」 をつまんでいるほうがいいや。
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2019年11月07日

日夜灯す

近所のコンビニが 「時短営業」 を試みて、2ヶ月は経とうか。

24時間営業を柱とする 「コンビニ業界の実情」 が、時代の浮き彫りとなっている。
経営は、人 モノ 金を資源にして、地域社会の役割と重要性を担うのが核心となる。

一方、それを担いながら、店では接客や作業、発注に納品、計数管理や人材教育まで行う。
オーナーは経営者であるが、実際は店長でシフトに加わり、率先垂範する主導的な立場となる。
ゆえに、人を効率的に使い、計画 実行 検討 行動 できねば、店長失格の烙印を押される。
報道にもあるように、店長の85%が週休1日以下、24時間態勢の連絡と非常勤を背負いながらも 「日夜灯りを消すことのない店」 で働いている。

FC経営は原則、年中無休、24時間営業、家族経営が契約条件となる。
そのため、一部の優良店を除けば、家庭に切実な事情を抱え込んだり、傍若無人な客によるトラブルが起きたり、これも24時間営業の実状で、人手不足が局面化されたら、一人に深刻な過重労働を招く。

東京在住時、住まいの近くに大手コンビニチェーン店があった。
ある日、夜勤で働くオーナーの奥様が涙ながらに 「こんなはずじゃなかった」 と嗚咽を洩らした。
最初、コンビニ経営に夢を抱いたが、現実的には24時間働き詰めとなり、どこにも行けない、だれとも会えない、家族ともすれ違いになり、盆も正月の団らんもない。
店を休めず、この生活がいつまで続くのか、疲労が不安を呼び、不安が神経を疲弊させる。
奥様は鏡に映した自身の顔に生気がなく、愕然としたとも語った。

なぜ 「見知らぬ客」 である僕に、こんな話を打ち明けたのかわからなかったが、こう解釈した。
26歳、そのコンビニ店を 「独身男の台所」 代わりに、ちょくちょく利用していた。
日々多忙なため、仕事を終えるのが深夜で、コンビニ弁当で食事を済ませることも多かった。
東京と云えど、深夜2時から4時までは客がまばらで、少し気を緩められたのであろう。
僕もいつしか 「深夜に来る一人客」 として認識をされ、接客用語が日常言葉でとり交わすまでとなり、小さな会話を通して、都会のうるおいを感じるようになった。
おたがい 「来るかな」 「居るかな」 そんな気持ちが氷解したものと思われる。

コンビニは一見決まりきった風景に見えても、舞台裏は喜怒哀楽があるもの。
24歳 「オレ、過労死するかも」 と思うほど、仕事をした経験があるので、その苦しみに共感できた。
90年代 CMのキャッチコピー 「24時間、戦えますか」 → 「バカ野郎、働けるわけねえだろう」
だけど一度ぐらい 「死ぬ気で働いてみなよ」 → 「死にゃしないから」 その言葉も実は大事なんだ。

資本主義である以上、利益追求はあたりまえ。
だが、その方法というのが、昔から 「理解に苦しむことばかり」 で、不都合なことほど報じられない。
あの時代、直談判に出向いても山は動かず、毎度、精神訓話される 「組織の習性」 が虚しかった。
30年後、ようやく時代に合った見直しを求める 「対話社会」 が前進しつつある。

今は僕も家族経営と変わらず、人に雇用されないだけで 「自分との契約書」 に基づいている。  
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2019年10月28日

若き疾走

今の50代の男性に比べ、同世代の女性は元気がよく、引きこもり知らずと思われる。

先週末、知人である同世代の女性客が、クラブ (昔風のミニディスコ) へ踊りに出かけたという。
肩を寄せ合うように 「ユーロービート」 「ブラック」 で、気軽に踊れる店は、まだ何軒かあるようだ。

僕の青春期、音楽が充実しており、大きな時流では 「ディスコ」 → 「カラオケ」 の全盛期。
「ライブハウス」 「カフェバー」 「プールバー」 など、時代産業を埋める業種も盛んだったが、最終的に安定産業として残ったのは 「カラオケ」 で、それも 「ボックス」 という、日本人らしい空間施設。
過去、それらを手がけた複数組織に在職していたので、あらゆるブームの幕開けと幕引きを経験した。

ディスコの場合、最初は人前で踊る客が少なく、しばらくは従業員を客に扮してまぎれこませ、フロアに誘導していたり、カラオケも似たようなもので、個々の客にお願いしては、歌ってもらっていた。
だれでもカラオケの一曲目は、照れて歌いづらいものだが、一度歌ってしまえば、緊張は解けるもの。
どちらにも共通していたことは、浸透させるまではコツで、それを維持させるのがもっと大変なんだ。

何事も盛り上げるためのセオリーはあるが、やっていることは泥臭くて涙ぐましいわけ。
それは、新潟の繁華街だけでなく、どこの地方都市でも、どうしても立ち上がりは遅い。
そのクセ、新しいもの好きで、すぐに飽きるのも特徴だから、土地に合う改良も必要となる。
こうして、夜が更けるにつれ、街に熱気が帯び、高度成長期からバブル期の残り香が漂った90年代。

導入期の詳細を、もう少し語る。
最初は足と指先で軽やかにリズムはとるが、なかなかフロアに出て踊ったり、ステージに立ってマイクを握る人が少なかったのは、うまい下手の 「心理的な不安」 が、取りのぞかれていないせいだ。
だから、従業員に 「わざと下手に歌って踊らせ」 お客さんに 「これなら、俺にもできそうだ」 と自信をもたせて、その重い腰を上げてもらい 「一曲歌えば、慣れて次の選曲をする」 先ほどの心理でさ。

僕も人並みに歌って、踊って、演奏し、癖にならずも 「若き疾走」 をした。
懐古趣味はないので、プレイバックはしない。
今の私生活、年齢相応に気の許せる仲間と、おちついて社交をするのが好きだ。

時代の流れを経験し、一貫して残ったのが 「ジャズ」 と 「ウイスキー」 「コーヒー」 でさ。

 
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2019年10月26日

頑張れ私

男性上司は決められた業務はそつないが、それ以外のことにはかかわろうとしない。

どこか傍観者を決めこみ、他の仕事はわずらわしいと思うタイプ。
ネチネチと細かいことを言われ、気づまりさせられるよりいいとは思うが、不満はそこではないらしい。
彼女が描いている 「理想と現実の上司像」 にギャップがあるようだ。

どこか哺乳類のような容姿は、暇さえあればスマホをいじり、人の話は上の空で報連相の概念もない。
スーツは量販店、音楽は学芸会のようなアイドルグループを好み、上には平身低頭、下には無関心。
安酒場で長っ尻の上、若い女性店員をかまいたがり、支払いになるとトイレに消える。
たまに二次会へ行くも、カラオケで人の歌に乗ることもなく、ここでもスマホいじり。

いやはや、女性は見ているものだ。
「私の上司です」 と紹介したくても 「風格のなさ」 にそんな気もおきないという。
「だから、一人で来るのか」 と親しみをこめると 「もう、やってられない」 と口元を結ぶ。

若いわりには、なかなか筋道を立てて、臨場感たっぷりに語れる、気立てのいい女性だ。
それに、とりとめのない出来事を言い流しているだけなので、僕もリラックスして聞き流せる。
そんなストレスを洗い流し、また明日になれば、颯爽と仕事をする切り替えの早さを感じる。

これがパワハラだろうが、言葉狩りであろうと構わんが 「がんばれ、私」 で、行け (笑)

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2019年10月24日

就業規律

年内の休日も、あと9日ほどか。

その半分を骨休みにして、残り半分はリフレッシュに充てたい。
また、紅葉などの季節を感じる風景の中で、心もなごませたい。

個人事業主は、休日が自由にとれると思われがちだが、とんでもない。
休日が多ければ、親しき人と時をわかちあえるが、どうにも休日がとれないので、叶わぬ行事もある。

店の営業日と営業時間は、お客さんとの契約であるため、予め告知した休日以外、簡単には休めない。
まして 「今日は気分が乗らないので休む」 ことはできないし、都合よく 「不定休」 にもできない。

僕自身が 「就業規律」 でもあるから、自由のようで自由がないのが、個人事業主の定め。
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2019年10月09日

異性遊戯

年老いた母では、通院は心もとないので、午前の診察は妻に付き添ってもらっている。

「スープの冷めない距離」 で暮らすのも理想だが、老いて子どもに頼る勇気も必要となる。
家族は離散し、それぞれに家庭はあるが、つながりが修復してきたのも、妻のおかげである。
だが 「子どものいない俺たちは、老いたらどうするよ」 とささやき合う。

妻と親しい友人がいる。
その人も子宝に恵まれなかったが、さっぱりとした性格で、なによりも気さくである。
おたがい、今に目を向けて、今できること、今やりたいことを楽しみたいと思うタイプ。
もちろん、やるべきこともあるが、先々の不安にさいなまれるより、焦点は 「今」 に定まっている。

数年前、妻が大病を患い、乗り越えた。
しかも、療養中の空白を埋めてくれたのは、男よりも 「女性の献身」 に心を救われた。
ひたすら走ったころと比べて、今を取り巻く環境は変わったが、そのときになって 「あのとき、こうして、ああしておけばよかった」 と嘆きたくない。

ならば、出来事と対等に渡り合って、前を向いて生きた方が潔くないか。
生きていく上で、切っても切れないのが人間関係だし、純粋な気持ちでつきあっていければ、おたがい最期まで 「自然と寄り添える関係」 になれると思う。
その前提として 「この程度の人生なら、良しとしなきゃな」 と、割りきれる年齢であってさ。

男を着飾った、エセな男つきあいをするより、心休まる 「男らしい女らしさ」 を持つ女性が好きだ。
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2019年09月23日

友人命日

2011年 9月24日 享年46歳 「よっちゃん」 の命日。

半ば、人間不信に陥っていたころ、人つきあいの楽しさを教えてくれたのが彼だった。
本当に楽しかったし、彼のおかげで心の傷が癒された。
人によって、傷の深さはそれぞれだが 「おまえもそうなのか」 と笑いあえた男。

「そうか、俺の人生、こういう男と出会ってなかっただけのことか」 と思ったら、心が軽くなった。
人つきあい、周りがどういおうと、自分にとっていいやつが友達であるが、そう長くは続かなかった。
まるで、学生時代の交差点で 「じゃあな」 で別れて、それっきりのような儚さと喪失感。

生前の名誉は俺が守るから、心配せずに安らかでいてくれ。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/227586021.html ( All Alone )

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2019年09月22日

越後の女

新潟は 「いい女が多い」 といわれる。

情が厚く、たくましく、よく働くことから、自立性は高い。
しかも、美人が多く、昔から 「嫁にするなら、越後の女」 といわれるほど、県外からの評判すこぶる。

そのせいか 「新潟は杉と男は育たない」 と、不名誉な言い伝えもある。
長男ほどかわいがられ、わがままに育ち、自立心に欠けて、寄り合い的に狭い地域の連帯を好むとか。
真意はともかく、男は一度は旅に出て、外の空気を吸って帰ってくるべき。
まだ、すねかじりな学生の身分ではなく、家庭に事情さえなければ、豊かな回り道だと思って、自活するのもいいだろう。

数年前 「かっこいい女」 の代表として、女の憧れの的となった女優 「夏木マリ」 がコラムで、恋愛に年齢は関係なく 「時間を感じる男」 と出会いたいと語っていた。
いい男は、即席では仕上がらず、長い時間がかかるという。
それを目にして、何人かの男が思い浮かんだ。
共通していたのは、大人の色気を放つ中に、少年のような出で立ちで、群れず、媚びず、威張らない。

男に評判の悪い男が、女にモテた話は聞いたことない。
いつまでも不良かぶれしていて、はた迷惑なだけの男。
仮にモテたとしても、あおり運転に同乗していた、ガラケー女との 「バカップル」 のような男でさ。
男が警察に連行されるとき 「喜本さーん、手えちゅないでぇー」 と叫んだあいつこそ 「杉の木」 で、あれが新潟の女なら、野郎の頬に張り手の一発、二発は食らわしたんじゃないか。

男と女の基本は、あるときは価値観が一致し、あるときは異なり、それを認めてこその共存。
時間を感じる相手とは、主従関係でなく、長い時間をかけて、熟成されたパートナーであってさ。

新潟県の離婚率が低いのも 「越後の女」 の内助によるところが大きいと思える。
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2019年09月20日

優しい彼

40代、シングルマザーは、複雑な人生の恋多き女性。

彼女と知り合って長いが、それまでの彼氏も何人か見てきた。
男に何を求めるかは自由だが 「いい男の基準」 がないと、不毛な関係だけを繰り返す。

ある夜、遠距離恋愛の彼氏と来店した。
「また、顔が違うな」 と思ったが、今までの男とは、少し毛並みが違った。
彼女の話を穏やかに聞く姿の中に、子連れを受け止める覚悟を感じた。

彼の地味な見た目だけで、回りから心ないことを言われたらしい。
だが、大事なのは、だれに何を言われても、心が合えば、見た目は二の次。
見た目は若者の特権だが、熟年世代の男女は、人として魅力がなければ、恋愛の対象にならない。

女性によっては、金銭的な生活保障ばかりいうタイプもいる。
立派な理想を掲げても、本当に好きになるのは、自分を心から求めてくれる男性であろう。
それに、女性の連れ子でも 「わが子のように愛情を注げる器量」 があるかどうか。

作家 「レイモンド・チャンドラー」 の有名な言葉 「優しくなければ、男じゃない」
本当の優しさは、イザという出来事でしかわからないというが、では、イザとはどんなときで、実際にイザなるときがあったのかと聞けば、そんなことは、めったにないのがオチ。

だったら、イザというときの優しさに淡い期待などせず、日常で優しい男のほうが安心すると思う。
それに、優しさは考えてすることではないし 「本能が優しい男」 を見抜くべきでさ。
帰り際 「どう思う」 と耳打ちされたが 「大事にしてくれそうだね」 というと、少し目をうるませていた。

人生の後半に見いだした 「優しい彼」 であって欲しい。
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2019年09月10日

肉体操縦

今週、7連勤となる。

肉体をクルマにたとえるなら、若いときは、最高出力の高いエンジンとオートマチックな性能がある。
この年齢になると、エンジンは脆弱するも、その日の調子に適応した、ギアに切り替えられる。

パワーやスピードは落ちる分、長年の経験で運転技術 (ハンドリング) がわかってくる感覚。
冬の朝、エンジンを暖めないまま、強引にクルマを走らせると、故障の原因になるのと同じでさ。

一週間、頭が運転席なら、体が車体となり、運転のペース配分を均等にすることを意識する。
そこを、30代のころと、同じ感覚で走っていると、60代で 「ポンコツカー」 になってしまう。

長く運転するためには、定期的に車検を通し、どうせなら 「クラシックカー」 になりたいもの。
そのための燃料が、嗜好品である 「ウイスキー」 であってさ。

そういいながら 「痛風」 になってれば、世話ねえか (笑)
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2019年09月06日

3,000 Up

今回の投稿で記事が 「3.000」 を超えた。

開店4か月後、元新聞記者の勧めで気軽に立ち上げ、年月にして11年と3か月が経過。
目標もなく、よくここまで何の役にも立たない、どうでもいい雑文を散らしてきたものだ。

一貫してきたことは、何をどう書くか。
そのため、頭に収納されている記憶を呼び覚まし、文章とする体験にどういう意味を持たせるか。
また、ブログレベルに、上手下手は二の次で、佳作もへったくれもないからこそ、気軽に続けられた。

そこで、色気を出したり、気負ったりすると 「いい子の見本文」 となり、個性や感情を記せなくなる。
もちろん、個別のテーマに主義や主張を押しつけてないし、日記の形で一方的に発信しているだけで 「つれづれなるまま」 でなければ 「3.000」 の土台は、ムリであってさ。

ただ、ここまで書いて思うことは、流れ消える文章がデータベース化にできるから、お店と共に歩んだ 「あの時代」 「この時代」 というように、年月をブログでたどれる利点がある。
その意味では、年齢相応ではない、青い軌跡だが 「あの時の自分」 「この時の自分」 嘘偽りのない 「そのときの自分」 に違いない。

それが、おちつきをもたらす気分転換となり、頭のリハビリにもつながれば、いいルーティンである。
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2019年09月02日

自活経験

若いときほど、一度は 「ひとり暮らし」 をしたほうがいい。

男20歳を過ぎれば、少し親もとを離れて、自活することをおすすめする。
当然、事情のある人は別だが、ほとんどは 「家賃が浮く」 「食事がつく」 そんな理由だろう。
また、親もかわいさあまり、同居を求めるらしい。

僕のころ、高校を卒業と同時に、新潟を離れる仲間が多かった。
最初は、親の援助や寮で生活の基盤を作るが、それも期限つき。
そんな仲間を見ながら、ひとり置いてきぼりにされた心境だった。

20歳から、ひとり暮らしをはじめたが、戸惑うことばかり。
高卒の2年間は、親もとの地元で就職して、毎月食費として2万円は入れていたかな。
それ以外は、親任せだったから、細かいことはさっぱりわからない。
金銭的な保証もないまま 「行きゃ、何とかなるだろう」 で、新幹線に飛び乗ったからね。
その門出、布団だけは買って送ってもらい、あとは全てまかない、愛車 「スカイライン」 も売り飛ばし、当面の足しにした。

成人して、いっぱしなことを言っても、頭の中は 「バカトンチンカン」 な、世間知らずの小僧。
セールスにどう対処していいかわからず、妙な宗教の勧誘にあったり、新宿で仲間とぼったくられたり、上野では自衛隊の事務所に連れていかれるは、ノコノコついていく俺も俺だが、初めてのひとり暮らしはストレスのかかることばかり。
いずれ、彼女ができたら、部屋に招きたいと思いつつ、住まいは風呂なし、共同便所の四畳半一間。
家賃1万2千円、ただ寝るだけの部屋に遊びに来るのは、そこいらの野良猫ぐらいでさ。

仕事は9時出社、6時退社の会社だったが、夜の時間を持て余してしまう。
夜のバイトもかけもち、自由を得たようで、自由のない生活でもあった。
年齢とともに、生活環境は変化していくが、そのジリ貧生活が、少しづつ自分を大人に導いたようだ。
ひとりだから、言い難い寂しさで、だれかを求め、だれかのためになりたいと思った、四畳半奮闘記。
若き思い出だが、あの生活には戻りたくない。

その意味で 「ひとり暮らし」 と 「ひとり飲み」 は、世間を知るための 「第一歩」 と思える。
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2019年08月28日

実家消滅

8月も終わりに近づき、20〜30代のお客さんから 「夏の思い出」 を聞く機会も少なくなかった。

当店の場所柄、県外出身者、単身赴任、一人暮らしも多く、若い子なら、少しはホームシックになろう。

僕の年齢になると、思わず 「実家に帰ったか」 と、老婆心なることをいう。
通った道だから、過去を投影した、親心かも知れない。
また、実家というのは、いつでも帰れる場所だが、いずれだれもいなくなる 「消えゆく場所」 でもある。

どんなに仲よく連れ添った両親も、やがていなくなってしまうときは、必ず来るもの。
背中が丸まってくる、親の背中を見ながら、帰省したときは少しでも、長く過ごすようになる。
親との年齢差にもよろうが、家族にしかわからない事情もあるだろう。

だが、実家に息吹があり 「育った家の玄関の匂い」 を嗅げるうちは、幸せだと思うもん。

「たまには、顔を見せに帰りなよ」 というのは、実家がなくなった、男の年の功であってさ。

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2019年08月23日

慈悲の心

親父の命日である、8月23日

3年前、厳粛な密葬 (家族葬) で見送った。

僕の考えは、後悔をしないように、生前に全力を尽くし、最期は潔く死をうけいれる。

だから、遺言は決めており、献体しろ、密葬でいい、葬儀はするな、散骨をしてくれ。

大事なのは 「いつまでも、悲しむな」 と、残された人の慈悲 (じひ) を、解き放させること。



http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/441424522.html ( My Father 1 ) 
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2019年08月21日

記憶返り

20日 日常の光景が戻ってきた。

先週は、お盆期間だったので、最寄りのスーパーは空いており、よく見かける顔も少なかった。
まるで、夏休みなのに親の都合で、どこにも連れて行ってもらえず、鍵をもたされた少年の気分。
それが一変、レジは長蛇の列、すれ違いざまの軽い挨拶も慣れたもので、いつもの生活感が戻った。

お盆が仕事だった人は、今頃が骨休みにあたる。
お墓参りに故郷へ帰る人もいれば、新潟を 「思い出返り」 として、来店いただくこともあった。
それも、長年新潟に暮らしていた 「ひとり客」 が、自分の故郷かのように。

それは、何もおたがいのなつかしさに、とどまるものではない。
年齢をめくる寂しさを、どこか共有しあえる場所のようなもの。

店主として 「ひとりの存在を思いやれる店」 でありたい。
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2019年08月18日

夏の太陽

作家 「宮沢賢治」 の有名な詩の序文。
「雨にも負けず 風にも負けず 雪にも暑さにも負けぬ ・・・」

僕は暑さには、負けてしまう。
それもこれも、すべては太陽のせいだ。

1984年 夏の太陽は 「恋の季節」 が到来したことを告げた。
青春に色めきだった男子は、カーステレオで洋楽を流しながら、海沿いのカーブにクルマを走らせた。
そこには、太陽にだまされた乙女たちが、ひと夏の経験を目当てに出没していた。

だが、集団催眠におちた恋は、焼けた肌の色が戻っていくように、夏の恋は冷めていくもの。
恋のプロセスに憧れただけの 「恋に恋した恋」 が、上手くいくわけあるまい。
やはり、人を好きになってから、恋をするべきだろう。

初秋の泌尿科では、日焼けした若者たちがうつむいて、診察の順番を待っていた。

この年齢になって、私は何を書いているのでしょうか。

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2019年08月13日

盆に偲ぶ

13日 (お盆) 8日ぶりの休日。

この暑さで、少し疲れがたまっていたので、ようやくホッと一息つける。
お盆だが、墓参りをする寺もなく、分骨した父の遺灰に線香を立て、手を合わせるだけ。
「型」 を考えれば、今日は静かにしていたい。

65歳にして 「パーキンソン症候群」 と認定された、父の面倒を最期まで看取ったから、悔いはない。
母は離婚後、30年以上も再婚者と手を取り合って、今も幸せに暮らしている。

最初の20年は、ボタンの掛け違いのようなズレを修復しないまま、気持ちの悪い状態が続いてたが、自分も結婚して、妻と暮らすうちに、母の気持ちもわかるようになってきた。

年老いた母とは、完全に和解している。
父の遺影を前にしては 「俺は俺で、何とかやってる」 と、語りかけることぐらい。
家族に与えられた試練の中、わかったのは、人はひとりでは生きていけないこと。

そこから 「何を学ぶか」 は、その人の人生だと思う。
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2019年08月11日

長期休暇

上りの帰省ピークだった 「お盆9連休」 初日の10日。

新潟まつりの2日目も昼夜、多くの催しが目白押しで、今夜3日目の花火大会でフィナーレを迎える。
するとすぐにお盆が来て、家族と団らん、仲間内で宴を楽しんで、18日には下りの帰省ピークとなる。

僕の過去、長期休暇をとりづらい仕事で、代休中でも緊急連絡を受ける立場だったために、海外へでも行かない限り、頭から仕事が離れない状態だった。
長期休暇は無縁であろうが、今は緊急性がないので気は休まる。

他者からは 「自分の好きにできて、うらやましい」 と思われるようだが、私事の都合が通用するほど、景気のいい時代に開業したわけでなく、長期休暇をとったら、月曜日が来ないような気もする。
例えば、マラソンの途中で疲れて一度立ち止まると、もう走るのが億劫になる徒労感を想像してほしい。

マンネリになるときもあるが、マラソンと同じで 「地味な持久力」 を要する。
世の中、すぐに変化や改革と言われる中で、休日すらままならない、個人経営は 「大いなる不変」 であることも特徴的。

本音を言えば 「長期休暇の余裕」 が、ないんだろうな。
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2019年08月10日

電撃結婚

8日 妻が 「えっ、ちょっと、なによ、うっそー、来てよ」 と、裏声をあげた。

「どうしたの」 と近寄ると 「小泉進次郎」 と 「滝川クリステル」 の 「電撃結婚の速報」 だった。
少しの間、囲み会見の中継につきあうと 「結婚は理屈ではない」 と話す、彼の心境はよくわかる。

結婚の理由は、男と女、それぞれにある。
「優しいから」 「経済力があるから」 「夢があるから」 「価値観が同じだから」 「容姿端麗」 まで。
しかし、そんな理由だけなら、何もその人に限らず、その気になれば、他にもいるだろう。
それより、決定的な 「何か」 があるから、理屈では説明できない 「その人」 で、何かが 「恋」 だ。

彼の気持ちを射止めた、彼女は 「何役もできる女性」 だと思う。
妻や恋人、姉や妹、友人に母親、男の表情に気づいて 「パーソナリティー」 を捧げられる才色兼備。
聖母のような奥ゆかしさに 「恋心」 がふくらんでも、不思議ではない。
言い切ってしまえば、男は皆 「マザコン」 である。

母の温もりは、体に格納されており、心の中でも、母に可愛がられた記憶が忘れられない。
独身宣言をしても、男が行きつくのは 「やすらぎ」 だから、年齢とともに心境は変化する。

そのときに備え、気持ちだけでも整えて、女性を見る目を養っておくべきだろう。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする