2020年04月13日

日進月歩

連日 感染拡大に備える 「自粛報道」 が緊迫化している。

水商売の辛さを知る母親から 「店は大丈夫か」 の連絡に、意地でも親には心配をかけたくないもの。

後ろ盾がないので、補償のない自粛はできない。
「感染拡大の防止に努めて、しばらくの間、店を休業致します」 と宣言すれば、世間ウケするだろうが、個人事業主はそんな 「きれいごと」 では、済ませられないのが現実。

ただ、ひたすら収束を願い、気持ちを強く持ちながら、手塩にかけた店と愛する客を守る。
言葉にすれば、あたりまえのことだが、この状態で継続することが、どんなにしんどいか。
国の取り組みも、真綿で首を絞められるように、生かさず殺さずで、今以って中途半端だ。
それなら、いっそのこと休業補償も含めて一定期間、休業要請された方が英断である。

同じ職種を生業にしている人からは、少し共感を得られるかもしれない。
しかし、若い人からすれば 「こんな苦い経験をするなら、独立なんてするもんじゃない」 と思うだろう。
その選択 「どちらも正解」 だが、個人事業主とは自由と責任、そこには 「小さなロマン」 がある。

手厚い補償もなく、安定も安心もない世界だが、灯火を消すことなく 「止まり木の文化」 は守りたい。

そして、また明日から、自粛の中で 「日進月歩」 させねば。
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2020年04月10日

Black Jack

9日 妻の再検診の結果を聞きに病院へ付き添う。

診断は軽度の慢性胃炎で、それ以外の経過観察は良好。

妻が大病を患ってから 「主治医」 とは、約6年の関係。
当時、30代後半、童顔をあごひげで隠すように、権威づけているように見えた。
印象は 「医療オタク」 のようでなじめずも 「目的は完治」 なので、その腕に希望を託した。

主治医も、今や40代半ば。
顔つきや話しぶりなど、医師である前に人としての成長に、たくましさが備わってきた。
経験や実績が、余裕や貫禄を身につけ、その奥には 「医師としての信念」 が見える。
そして、今になれば、夫婦ともども 「この人でよかったな」 と、身を託せる安心感がある。

わが家の 「 ブラック・ジャック 」 だ。
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2020年04月09日

片道切符

7都府県に 「緊急事態宣言」 が施行され、5月6日まで、不要不急の往来も制限された。

僕自身、毎年 GW 後半は、東京で過ごすのだが、今回は断念せざる得ない。

新年度、進学や就職などで、心構え新たに 「ひとり暮らし」 をする若者も多い。
また、環境が変化すると慣れないことの連続で、疲労とストレスが 「ホームシック」 をひきおこす。
その際、5月病と重なり 「故郷恋しく」 帰省したくなるころ。

これこそ、孤独に適応できるか 「試金石」 になると思える。
若いときは悩んだり、迷ったりしながら、時間の経過とともに、何かを悟ったり、学んだりしていくもの。
そして、新たな価値観を手にして、公私ともに基盤ができる。

だれでも経験する、ホームシック。
往来の自粛は 「自立の第一歩」 として、半強制的にあたえられたいい機会だ。

聞こえはいいが 「片道切符」 で、最低限の衣食住を安定させて、ストイックに夢を追いかければいい。

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2020年04月07日

男前精神

7日 7都府県に 「緊急事態宣言」 が発令され、8日に施行される見通し。

危機的状況をさかのぼれば、08年 リーマンショックの経済危機、11年 東日本大震災の破壊規模。
そして今年、新型コロナウイルスの感染による命の危険にともなう、医療崩壊と瀕死の経済ダメージ。
局面を打開したら、すぐに 「経済復興」 に切り替えないと、日本は破綻してしまう。

「伸びきった膝では、ジャンプできない」 という言葉がある。
望まぬ状況下、上から押さえつけられた分だけ、反動の力も大きく生じる意味だ。

我が青春期 「ツッパリブーム」 全盛で、アホの多い時代だった。
アホを象徴する姿勢に 「うんこ座り」 という、独特な座り方が流行った。
あれはコトが起きたら、すぐに立ち上がるアイドリング状態、云わば 「待機姿勢」 を示す。
その時、地べたに尻をつけてたりすると、やる気がない 「ハンパモノ」 に見なされる。

それと同じで、青春の血筋のような 「男前精神」 は、こういうとき大事なんだ。
僕は何者でもなかったが、40年前の青春を正当化したければ、ここで 「腐っちゃいけない」 と思う。
その意味で、地べたに尻をつけてはいけないし、膝を伸びきらせてもいけない。
使い古された言葉だが、シンプルに 「みんなでがんばろうぜ」 が、更年期の心にしみる。

今、こういう言葉をいう人は少ないが、男前 「みつをさん」 なら、きっとこう言うだろうな。
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2020年04月05日

店の看板

4日 惰眠を貪る。

寝覚めで耳にしたのは 「今日、東京で118人がコロナに感染したんだって」 と妻の不安げな声。
連日、朝刊を広げるとコロナ関連の見出しからはじまり、その深刻さは目に留まる。

ため息一つ、部屋のカーテンを開けると 「桜が満開」 になっていた。
これほど、桜の艶やかさと見る側の気持ちが離れた瞬間も久しくなかった。

おもむろにつけたテレビから、バラエティー番組で、はしゃぐ笑い声が聞こえてきた。
だが、この渦中で笑う気分にはなれず 「うるさい」 とばかりに、リモコンでスイッチを切った。

気分は滅入っても 「店の看板」 は 「お客さんとの契約」 である。
店を当てにして、足を運んでくれたのに、気乗りしない理由だけで、店を休むわけにはいかない。

気にかけて来てくれるお客さんもいれば、気にして電話をくれるお客さんもいる。
自粛だからと立ち尽くせないし、社会秩序と自己責任をあわせ持ち、誠実に営業しなければならない。

そして 「日常が戻る日」 を祈り、待つしかない。

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2020年03月31日

富山転勤

彼 東京都出身 「35歳」 の男性客は、月曜の浅い時間に、店で寛ぐことが多かった。

新潟で4年半の任期を終え、明日4月1日からは 「富山勤務」 となる。
最初は、会社の上司と来店していたが、上司の転勤にともない、次第にひとりでくるようになった。

住まいが近所だったので、深夜のコンビニで顔を合わせたり、割と近い場所をすれ違っていた。
道すがら、重い足どりで疲れた顔をして歩く姿を見かけたり、時が移ろう場面も見かけた。
趣味はサーフィンで、連休を利用しては、バリ島で大人の休息を楽しめる、自立心も旺盛である。
あとは甘えを許される女性と、家庭という最小限の安らぎの場だなと、よく冷やかしたものだ。

新潟の暮らしで 「思い出はバスセンターのカレーです」 だけでは、あまりにも浅すぎる。
彼の存在を記憶にとどめ、新潟に縁があったときには、立ち寄ってもらえば、職業冥利でさ。
僕も来店した客の顔はそうそう忘れないし、店に相応しい客であれば、いつでも、いつまでも歓迎する。
バーは人柄が残る場所で、その 「人となり」 が、ひとりで 「旅立つ港」 になるのかもね。

20年後、新潟支店長で赴任して、今度は部下を連れて来てね (笑) 
そのとき、僕は 「75歳」 だが、人生どうなっていることやら。

See You ✋
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2020年03月27日

女性上司

時節柄、長い夜が続いている。
自粛の影響で、グループの来店が少ない分、二人連れの来店が目立ち、送別の移ろいを実感できる。

近年 「女性管理職」 も多くなってきた。
自身、東京で女性の管理職に仕えた時代がある。
移動のクルマの中、仕事帰りの食事の席、女性管理職の苦悩を聞かされる立場にあった。

ゆえに、男性に負けないよう、気を張って生きているため、人に素直に寄り掛かることが苦手。
だからといって、見当外れな言葉で、妙な包容力を発揮すると、プライドの高い相手には逆効果。
決して優位に立とうとはせず、仕事のストレスを解放してもらうため、愚痴の聞き役に徹する。

常に一歩譲り、論理的な思考は捨て、瞬間的な共感を示して、他意がないことを知ってもらう。
もちろん、仕事の成果は大事だけど、聞かれない限り、本当に必要なことでない限り、具体的な意見はしないが、それより 「存在を認める」 ことが、男の役回りだったりする。

関係性は単純。
男性勝りの女性管理職なら、男は女として仕えればいい。
女性を漂わす女性管理職ならば、男として仕えればいい。

男女の主従関係は、コインの裏表に似ており、男と女を使い分けないと難しい。
指摘するのであれば、あれこれと言葉を多用せず、そのことだけに絞って、ストレートに短く伝える。
今の時代 「上から目線の女性軽視」 といわれそうだが、そうじゃなくて、その意味 「敬意」 だよ。

それを心がけることで、おたがい学べるし、僕自身 「女性に勝とう」 と思ったこともない。
その関係性 「女友達」 と同じで、理解を示して、共感しながら、所々を修正していく感じ。

もっとも、それがいいかどうか、わからないけどね。
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2020年03月19日

体内時計

春の訪れを告げる 「沈丁花」 の香りを嗅いだ、深夜の帰り道。

夜を生業にしていると、朝早い用事は少し堪える。
最も病院への付添いで、仮眠の仮眠でつなぎ、開店に合わせていく。

夜の睡眠と異なり、朝昼の睡眠は電話や訪問など、起こされることやむなし。
対応否か慣れたものだが、眠りは浅くなりがちではある。

もともと、夜の静けさの中、起きているのが好きな夜型人間。
ストレスは少ない分、標準の時間軸が異なるため、午前の予定が体内時計を乱すことがある。
生業ながら、他業種の日勤や夜勤のシフト制に比べれば、規則性があるため、まだ調整はしやすい。

そんな日でも、長年の習慣で切り替えられるのが、体内時計の不思議。
店で寝たり、酒に酔うことなく、お客さんを見送り、あとかたずけをして帰りたいタイプ。

いずれにせよ、理想は 「時計をはずせること」 だが、なにせ定年退職のない仕事。
時間を必要としなくなったら、人生も終焉にさしかかったころだろうね。
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2020年03月16日

Some Day

過剰な 「自粛ムード」 が、先行きを案じる。

こういうときは、ヘタに動かず、じっとしていることがもっともだ。
だが、お風呂でいうところの湯加減 「いいかげん」 で乗り切るのも、気分の得策であってさ。

自分の気分に、あえて逆らうときがある。
外に出たくないなら、じゃあ出てみようか、人に会いたくないけど、会ってみようかという具合に。
そうすることによって、不思議と気持ちが上向くもの。

だれでも、雨が降れば、外出したくなくなる。
そのとき、傘をさして、近所に買い物へ行ったり、コーヒーショップで過ごしたりする。
すると、マイナスイオンを浴びたようで、気持ちが保湿した気になる。
時には、人がしないことをするのも 「気分転換」 である。

他に、元気と癒しの両面を覚醒させる音楽を聴くのもいい。
そんなとき、効用あるのが、山下達郎 「 Some Day 」 (いつか) を聴くと気分が晴れる。
歌詞は、心にしみいる短編小説のようで、憂うつな気分から次第に抜け出せる、心境を物語っている。

その行 (くだり) 「 淋しげに夜の街を一人で歩けば 本当の悲しみを知っている人と出会う 」
更なる行 「 いつまでも顔を曇らせて、つらい日を送ることはない 」
サビのリフ 「 Some Day 一人じゃなくなり Some Day 何かが見つかる 」
つまり、自分が元気を出さないことには、何もはじまらないんだよね。

飛行機で厚い雲を通過したときに広がる青空をイメージできないか 

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2020年03月14日

手打ち盃

今春 出会いと別れで人を敬う 「歓送迎会」 も小規模なものだ。

A社では、3人以上で、街へ出歩かないように通達されたり。
B社では、街には出歩かず、送別会は社内で簡単に済ませたり。
C社では、残業は一切させず、自宅と会社の直行直帰を促したり。
当然、オフィスビルの消灯は早く、ホテルの窓辺も同様に暗いまま。

バーは、グループ客を対象にしていないもの、至って静かだ。
その分、仲の良かった者が肩を並べ、心おきなく門出を交わせる場所となる。
異動や転勤は礼を重んじるべきで、後腐れのない 「手打ち盃」 のようなもの。

送別に優遇や不遇、栄転に左遷もなく、どんな人にも 「温かく接する」 のが大人対応。
相手を嗅ぎ分けて、役職優遇な 「おもてなし」 に取り入るのは、薄っぺらい腰巾着がすること。
権力の行方ばかりに目を向けず 「去りゆく人」 への見送り方で 「人となり」 が見えるものだ。

人はいづれ、見送られるときが、必ず来るんだからね。

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2020年03月08日

還暦の顔

僕にとって 「3月7日」 は、無視できない日である。

生きていれば、今年 「御年60歳」 になっていた、4年前までの常連客 「 N塚 」 さん。
重複するようなことは書かないが、どんな 「還暦の顔」 になっていただろうか。
この日を思い出さねば、これまで語ってきたことはウソになる。

長い間、忘れていたことまで含め、走馬灯のように記憶が過ぎていく。
彼を知る客も少なくなったが、僕と複数しか知らないから、その思いは貴重となる。

本当の命日は不明だが、事実を知った日を刻印にしている。
毎年、遺されたボトルの残量をワンショットで献杯。
僕が還暦を迎えたとき、彼のボトルは空となる。

感傷ではなく、敬意を示していきたい。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/434726637.html ( Ballantine’s 21 Year )

「 N塚 」 氏が、好きだった曲 「 Don’t Let Me Be Lonely Tonight 」

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2020年02月26日

人間教育

2週間ほど前のバラエティー番組で、こんな心理テストがあった。

「過去、一番怒られた人で、思いつく人はだれか」
正しくは 「叱られた人」 だろうが、頭に思い浮かんだ人は、20歳のときの会社上司。
当時、43歳の店長は4年前に亡くなったが、一宿一飯の恩義に晩年まで仁義は重んじた。
孤高な硬派だったので、ずる賢い敵も多かったが、情に厚くて、人に慕われる豪傑だった。

20歳の人生なんて、ルートのない山登りをするようなもの。
「船頭多くして、船は山に登る」  という言葉がある。
そんな上司が多かった中、僕がはぐれないように導き、大切な時期を守ってくれたようでね。

僅か一年だったが 「人間教育」 にも力を注いでもらい、若いささくれがとれた気がした。
「男」 を強調する人で 「おまえの男はこんなものか」 と団塊世代の独特な鼓舞が印象的だった。
社会を舐めていた、僕が初めて 「信頼できる保護者」 を見つけた、どこか父性を感じさせる人。
上司の奥さまとは、今も年賀状のやりとりの中で、あの頃を思い出すことがある。

心理テストの答えは 「今になって、一番自分が感謝している人物」 (人間教育された) だという。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/444273752.html ( 上司の死去 )
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2020年02月25日

交友関係

前日に誘いを受けて、既婚者の男女5人で小料理屋に集合した24日。

座敷で足を崩し、ビールで乾杯。
テーブルには、一品料理に刺身、焼き物、揚げ物と続く。
味覚を人物に例えれば、薄味もいれば、濃味もいるし、辛味に甘味、珍味と話題は広がる。
河岸を替えたハイカウンターでは、18歳未満禁止 「マル秘トーク」 炸裂。
夜は笑いに包まれて更けていく。

もう大勢で騒ぐこともなく、少人数で会話をわかちあい、サシで飲むことも珍しくない。
人と会えば視野も広がるし、会話とお酒はストレス解消になるから、明日への活力にもなる。
その点、女性の方が体力と好奇心があり、意外にもコミュニケーション能力が高くて器用だ。
男のようにくだらない見栄や嫉妬、名刺や年齢でしゃべらないから、どこかホッとするというか。
話に加わらないで、ただ聞いているだけでも寛げて、女性があたえてくれる 「今」 に身をおける。

偶然の道連れに過ぎないが、酸いも甘いも噛み分けた、50代の 「交友関係」 は素敵である。
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2020年02月24日

12th Anniversary

2月22日 開店 「12周年」 を迎えた。
十二支、または、小中高 「6+3+3=12年」 は、節目なる意識に重ねていた。

このブログも同じこと。
小学1年生の書き方と、小学6年生の卒業文集が同じでは、あまりにも進歩がなさすぎる。
受験を控えた中学3年生の考え方と、実社会や大学へ進学する高校3年生の考え方が同じであれば、これまた同じことで、僕は卒業アルバムを見返すタイプでもないから、過去を潔しとしない。
それに、青臭くて見れたものじゃないので、常に意識は今においてある。

店も同じこと。
歳月に喜怒哀楽あれ、過去の出来事にとらわれず、ただ前を向いて営業している。
そのためにも、自分が決めたルールは守ることを念頭に、歩み続けているだけ。
あたりまえのことでしかないが、そのあたりまえこそ険しく、当然、怠け心もある。
そういうときほど、お風呂でいう湯加減 「いいかげん」 な気持ちで乗り切るようにしている。

今さら、育ちがよくなったり、頭がよくなるわけはないから、愚直に前を向くしかないんだ。
そんな、愚直な日々につきあって頂いている、お客さんには心からの謝意を申し上げます。

Special Thanks    Y&M  Watabe

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/473376991.html ( 自分の店 )

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2020年02月22日

面会謝絶

急性白血病で入院した、競泳 「池江璃花子」 が、闘病生活を終えた心境をテレビで語っていた。

昔、ガンは 「死を宣告された病」 だった。
今、医学の進歩により、本人の意思と手厚い医療の力で、生存率の見通しも高くなった。

「急性白血病」 で思い出すのが、小中高で同じ柔道部 (道場) の好敵手だった同級生。
同じ病を発症後、治療空しく 「16歳」 青春真っ只中で亡くなった。
三回忌、仏壇に焼香をお願いに行くと、闘病中の様子を聞くことができた。

入院先は 「新潟がんセンター」 で、当時は明訓高校の正面玄関が見える病室だった。
毎朝、窓越しから、同い年の生徒が登校する姿を見ては、人知れず泣いていたという。
その話を聞いたとき 「会えなくて、よかったのかも」 と、よぎった記憶がある。

在校中、少しでも励まそうと、部活帰りに先輩らと見舞いへ行くも 「面会謝絶」 で引き返したこと数回。
「そんなに悪いのか」 と重い足どりのまま、次に会ったのは、棺に横たわる安らかな死に顔だった。
もし、あの時に会っていたら、励みになっただろうが、みんなで帰った後、病室にひとり残された心境を思うと、逆に寂しい思いをさせたことになったのでは。

「このあと、みんなで古町で遊んで帰るのかな」 
そう思わせたら、見舞いに来る前以上に、孤独な気持ちにさせたかも知れない。
患者は敏感になっているから、見舞いが 「真意」 か 「形式」 か見抜いてしまうだろう。
もちろん、全員が真意で行ったが、手厚い気持ちで面会に行かないと、人を孤独にさせてしまう。

今になれば、あのときに会えればよかったのか、それとも会えず終いでよかったのか。
それはわからぬも 「命の尊さ」 を学んだことは事実。

40年前のことを思い出すのは、今も彼は僕の心の中で生きているんだと思う。
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2020年02月19日

人間関係

「 SNS  」 の交流をしない僕でさえ、世の中の狭さはつくづく感じる。

異なる場で出会った人が、身近でつながっていたり。

親しくもない人だったが、話すとウマが合っていたり。

人つきあいに基準こそあるが、年齢差にこだわらず、自然で純粋な関係だけが機能している。

四方八方、ムダに顔は広げないし、わかりやすい人と等身大の親しみが 「人間関係」 のコツか。
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2020年02月13日

煩悩診断

新潟市の健康診断を受診。

診断結果は来月だが、特に自覚症状はない。
痛風の原因となった尿酸値は、薬を服用せずに水分補給でまかない、半年間は発症していない。
身長に対して、理想体重はほど遠いが、特に摂生も意識していない。
これが、僕のいい加減さで、運動をしたり、食事を制限する努力は苦手だ。

病を頭でっかちに考えてない。
人は潜在的に感じる機能が備わっているため、肉体の変化を感じる賢さがあればいい。
「おかしいな」 「これぐらい大丈夫」 そんな判断の中で、肉体をコントロールをしている。

店のお客さんに、医療従事者の方がいる。
おかしなことに、患者に養生を勧める立場なのに、自分の健康には無頓着。
云わば 「医者の不養生」 でさ (笑)

また、お坊さんのように、善行的な立場であっても、時には酒や女に身を開放すると聞く。
荒行を乗り越えた先でも 「精進料理」 では、人間の自由を奪ってしまうんじゃないか。
知識や戒律など、あって不足はないが、それに縛られすぎると 「自由さえ閉塞的な気持ち」 になる。

人生も健康も 「煩悩の犬は追えども去らず」 (生きていれば不安はつきまとう) である。
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2020年02月10日

存在意義

来月閉店する、新潟三越での買い物も 「これが最後かな」 と思いながら、フロアを見て回る。

今はそれほど装いにこだわらないから、ひいきの専門店もなく、新しい店を開拓したい欲求もない。
これからは、買うモノを選り分けて 「すっきりとした暮らし」 を描いている。

値段で買ってもいいのは日用品、それも消耗品ぐらいで、循環しないモノは欲しがらない。
もともと物欲も少ないから 「のど元過ぎれば、熱さ忘れる」 で、我慢もそれなりにできる。
後になって 「なんでこんなモノを欲しがったのか」 と、首を傾げるモノはだれにでもあろう。

こう書くと 「老い先、短い人生」 に思われるが、経験が 「足るを知る」 ようになる。
仕事と家庭、共感できる人間関係、リラックスできる場所があれば、ほとほと楽しく暮らせるもの。
モノに包まれて生きるより、自然体で交われる 「個性に包まれて生きたい」 と思うようになる。

寒い街角、肩を並べて歩き、立ち止まった信号で 「メシ、なに食べる」 と。
そう聞かれて 「なんでもいい」 と答えるようではダメだし、これが 「大人の手打ち」 となる。
ケンカの一つ二つしても、ほとぼりがさめたら、素直に交わせる人間関係は、お金じゃ買えないからね。

自分を粉飾する年齢ではないし、その分、気軽に純粋で生きられることが 「存在意義」 なのかも。
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2020年02月08日

大人の客

「ドライ・マティーニをシェークで」

そう言ったのは、映画 「007シリーズ」 の 「ジェームス・ボンド」 だったかな。
ダンディだけど気どらず、社交のうまさと笑顔のさわやかさに、男の余裕と色気が共存する。

カッコよくお酒をたしなむ姿に、コレといってイメージはないが、客が店の雰囲気を作るのは確かだ。
店を大切にしてくれる態度こそ、老若男女かかわらず 「店からも愛される客」 になる。

思いやりのある客は 「店の雰囲気に貢献できる客」 でありたいと思ってくれているもの。
どこに行っても渡り鳥のように 「常連崩れの客」 は 「ジェームス・ボンド」 にはなれない。

店にふさわしい客と思われれば、顔を忘れられることなく 「大人の客」 だけが、顔の利く場所となる。
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2020年02月02日

自分の店

僕をよく知る人は、商売っ気のなさを嘆く (笑)

街中で、古い知人と会うと挨拶がてら 「今、何してる」 とたずねられることがある。
その場合、だいたい 「小さな自営業」 と答えるだけで、具体的なことは言わない。
きっとわかってるが、合間を取り持つお約束の問いだし、興味があってのことではない。

10年ほど前のこと。
商業施設の通路で、僕を避けるかのように、白々しい動きで視界から消えた男がいた。
昔の仕事関係者だったが 「まあ、そんなもんだろう」 と気にも留めずに数週間後。
風の便りによれば 「彼は会社をリストラされたらしい」 と場面の理由が氷解した。

サラリーマンを辞めたら、つきあいのあった人たちの意外なもろさを垣間見た。
男は職業を失うと人目を避けるようになり、地位に恋々とした人ほど、頭の切り替えができない。
知り合いに 「今、何してる」 と聞かれて、何もしてない自分が屈辱なんだろう。

そもそも 「失う」 と 「捨てる」 は、根本的に違う。
「捨てた人間」 は、見栄や体裁がないから、道のど真ん中を歩ける。
職業の良しあし、肩書のあるなしでなく 「今の生き方を語れる」 のが、現実的だと思う。

僕は知り合いにも、自分から 「店をやってるから来て」 とは言わない。
それを言うと 「一度はつきあいで行かねば」 と気を重くさせるし、昔から 「今度」 と 「おばけ」 は、出たためしがないように、調子のいい口約束などいらず 「本人の意思」 で十分。
だいたい、バーは万人受けする業態でないから 「来れる」 「来れない」 はっきりするものだ。

生意気を言うようだが 「古巣に仕事をもらいに行く」 ようでは、人は成長しないと思う。
また、知人に営業を仕掛けるようでは、何のために独立したのか、裸一貫の意味も違ってくるだろうし、中途半端な姿勢でいると  「店をささえてくれるお客さん」 に集中できなくなる。
だから、素朴で誠実な人間関係に 「営業臭」 を振りまかないし、つきあいを見直すいい機会にもなる。

組織には組織のやり方もあるが 「会社の常識は社会の非常識」 でもある。
個人は個人で、人を追いかければ逃げるので 「利害関係」 で人を追いかけない。
商売っ気がないといわれるのは 「功利計算のできない男」 に思われているかもね (笑)

「自分の店」 の基準でいえば、自然体でいられる人間関係に重きを置く。
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