2020年11月23日

日の出入

新潟県 「 Go To Eat 」 キャンペーン (お食事券) ご利用可能登録店です

日の入り時刻 「16時30分」 頃の、今時期が好きだ。

仕事上、夜行性のため、夜長は気分がおちつく。
乗じて、日の出も 「6時30分」 頃なので、夜更かしする日も多くなる。

日の出が遅いとカーテン越しから洩れる、朝日に気を奪われることもない。
今は絶好の夜長なので、映画に読書、稚拙なブログの執筆にも集中できる。

就眠は朝の通勤時間に重ならないように、起床は日照4時間は意識したい。
前日までの疲労感によるが、少し昼下がりの弱い光を浴びておきたいもの。

仕事前、無駄な好奇心は持たないことにしている。
体力の消耗を控えて、自然に身を任せるようにし、体の機能を呼び覚ます。

晩秋、初冬、50代にあぐらをかいて、疲れた顔では店に立てないからね。
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2020年11月21日

灰色社会

新潟県 「 Go To Eat 」 キャンペーン (お食事券) ご利用可能登録店です

今日から 「がまんの三連休」 となりそうだ。

コロナ禍、第3波の影響で首都圏では、行動指針 「五つの小」 が発表された。
小人数で、小一時間、小声で小皿を分けて、小まめに換気と消毒を励行するようにとのこと。
師走の需要を前にした行動変容により、多くの企業は忘新年会や会合も中止とする様子である。

僕も経営者の端くれながら、悩ましい問題だけでなく、社会の先行きも見通せずに、日常性こそないが 「文化の衰退」 にも、心を痛めている。
今はひとり一人、それぞれが行く場所を選択している中、見えない不安にとりつかれている分 「自分の居場所となる、時間や空間をうまく認識できない」 のだと思える。

僕なりには 「ここまでならいいだろう」 と、ボーダーラインは引いている。
それこそ、全部にしたがっていれば、いわゆる 「いい人」 にはなれるが、あらゆる経済活動が停止や停滞してしまうと、生活困窮者を生みだし、経済格差や治安の悪化、命の問題にもかかわってくる。
その 「さじ加減」 を間違えると、大変なことになる。

世の中、どうやって 「シロ寄りのグレーゾーンで生きるか」 だと思う。
官民、あっちの人、こっちの人で分けるつもりはないし、官には敬意を払う。
しかし、僕ら民間人は 「グレーの中のシロ」 である。

シロでもクロでもないことを理解しながら、極端言えば、ほとんどが 「グレーゾーン」 で生きている。
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2020年11月18日

生命保険

新潟県 「 Go To Eat 」 キャンペーン (お食事券) ご利用可能登録店です

17日 自身の 「生命保険」 の内容を見直し、晩年に向けて保障を厚くした。

これまで、病気もケガもなく、健康ではあるが、根拠のない過信は禁物。

個人事業主は補償ある世界ではないし、何か体に変調を来したら、家族にも苦しみがおよぶ。

そのため、健康のうちに、拠り所を見直したことに他ならない。

初老と呼ぶには早すぎる年齢だが 「加齢は変化」 ぐらいにしか思ってないけどさ。
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2020年11月16日

六勤壱休

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今日16日から、店は 「7連続営業」 となる。

長年 「6勤1休」 が、生活サイクルなので、7日目は温存した体力で営業している。

以前、2週間休みなしで営業していた時代もあるが、ストレスはたまりっぱなしになるもの。

心身をリラックスできて、メリハリをつけてこそ、集中力も発揮できる。

焦りと不安で営業しても、結局はどっちつかずになるため、もう7連勤以上はしない。

その分、休日は予定なき予定の中、人つきあいも大切に 「1休」 を、リフレッシュしている。
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2020年11月07日

恋愛用心

新潟県 「 Go To Eat 」 キャンペーン (お食事券) ご利用可能登録店です

00年 携帯電話にメール機能が備わったころ、こんな話を耳にした。

20代の女性会社員が、取引先の40代の男性会社員から、食事に誘われたという。
警戒心もなく、断る理由もなかったので、気軽に食事をして別れた。
ここで終わればよかったが、若い女性と過ごせた男性はのぼせてしまい、交換したばかりのアドレスに恋文めいた内容のメールを続けざまに送信した。

翌朝、彼女は意に関せず、一般的なお礼の返信にとどめたが、暫くは毎晩のように情熱的なメールが届くようになった。
それまでのつきあいで、根が真面目な人とわかっていたので、相手は次第に冷静さを取り戻したもの、もしも、彼女が仕事や失恋で精神が不安定になっているとき、結ばれてしまったら、どうしたものやら。

女性と食事をしただけなのに、こう取り乱すようでは、二人きりになったら、どうするつもりだったのか。
男性に恋愛経験が少ない分、段取り不足が招いた傷つけあいのケース。
誠実と情熱は紙一重に思うが、女の都合ではじまるのが恋愛だとしたら、男の都合だけではじまるのはストーカーで、それを運命だと解釈すると、話しがどんどんこじれてくる。

恋愛を語れる経験はないが 「相手はどんな恋愛をしてきたか」 少し用心は必要かもね。
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2020年11月06日

外国人客

新潟県 「 Go To Eat 」 キャンペーン (お食事券) ご利用可能登録店です

コロナ禍の影響で、外国人客が全く来店しなくなった。

それまで、中学生レベルの片言英語とジェスチャーで、何とか対応していた。
時には、相手の言葉に 「 I see 」 「 Sure 」 など、わかったふりをしていたもの。

たばこを吸っていたころ、海外のレストランバーへ行くと、隣の客に 「 Mey I smoke hear 」 など、なんちゃら文法でトライしていたけど、普通にたばこを見せて 「 You ok ? 」 で不足ない。
ショッピングの時も 「 This one 」 で済むことも 「 I Decide on it 」 と気負ったり、しゃべる前に文法で語ろうとするから、いつまでも気楽さが身につかないのかもね。

去年の秋、米国の観光客が2夜続けて来店した。
ニュアンストークできないところは、翻訳アプリで伝えられ、去り際 「ニホンゴベンキョウシテキマス」 と時と場所が変われば、みんなこんなもんなんだろうな。
日本人も、初めての海外旅行の際、機内食での 「 Meat or FIsh  」 で緊張するぐらいだから (笑)

文法が逆なので、話し慣れないと難しいが、意味は単語で行き着くもの。
コツさえわかれば、単語英語で十分だし、今は翻訳機能も身近だから、無理しなくてもいいし。

まあ、日本は他国の植民地ではないから、問うべきは 「英語よりも日本語」 だろうね。
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2020年11月03日

一つの傘

新潟県 「 Go To Eat 」 キャンペーン (お食事券) ご利用可能登録店です

2日 飛び石連休の平日、月曜の夜。

よりによって、降水確率90%と重なってしまった。
一日中、細い雨が音もなく降り続け、街をしっとりと湿らせる。
そんな、冷たい雨が体を冷やすため、今夜から長袖シャツにして、首もとを絞めることにした。

カウンターを軟らかい布でふき、バックバーのボトルのちりを取り、グラスを磨く。
最近、ボトルキープも増えたので、特製の真鍮ネームエンブレムも磨いて待つ。
そんな夜でも、店の扉のカウベルが鳴るから、ありがたい。

今夜、浅い時間に口開け。
秋の琥珀色にぴったりと合う、褐色の 「ジョニー・ウォーカー・ブラック」 ラベル。
通称 「ジョニ・クロ」 に寄り添うのは、バラ色の 「アイリッシュ・ローズ」 カクテル。

静かな雨降る夜には、やっぱりふたり 「一つの傘」 が温かい。
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2020年10月30日

出会う顔

新潟県 「 Go To Eat 」 キャンペーン (お食事券) ご利用可能登録店です

29日 空気の澄んだ午後。

買い出しは少量なので、時間配分を気にすることなく、気軽に徒歩で外出する。
萬代橋を歩道橋にして、万代と古町を往来する日も多い。
相変わらず、万代では 「マスター」 古町では 「さん」 「ちゃん」 と、街で呼び名も変わる。
令和にして、昭和と平成のはざまを感じる。

近年、街中で 「出会う顔」 も少なくなり、皆はどこへ消えたのだろうか。
生活や仕事の変化、体調や気力の変化、金銭不安により、時間や出費を抑えるようになる。
子供のころ、バットとグローブ、ボールを握って空き地へ行っても、だれもいなかったような空気。
仕方ないから、壁を相手にボールを当て、日暮れを背にして、肉まんを買い食いして帰る気持ち。

人間関係の多くは単なる知人であり、そうそう気安く友だちとは呼べない。
顔なじみも、店を通じた出会いなので、もし店を廃業すれば、関係は消滅すると思っている。
傍目には、人間関係が充実しているように見えても、期限つきの 「狭い世界」 で暮らしているもの。
それでも、変わらずにつきあえるのが進化であって、基本は 「人は人、俺は俺」 だからね。

社会人である以上、形式上のつきあいもある。
だが、だれと親しくするかは、親しくできる人と自然に親しくなれるもの。
別に肩ひじ張ることなく、気軽さを寄せ合う関係の中に、心地の良いつきあいが生まれると思う。
人間同士って、そんなもんである。

日常の気軽さの中にこそ 「満足感」 があるんだろうね。
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2020年10月22日

僕の財産

先月 ガラケーから、スマホへ切り替える際、あえてデーターを移し替えなかった。

ひとつには、入力の仕方を覚えたい理由もあったが、たまった 「登録名の棚卸」 をしたかった。
形骸化した登録名を順に削除しながら、ほどよく通っていた飲食店、名前と顔がすぐには一致しない、複数の番号も蓄積されていた。
まるで 「池の底に沈んでいる登録名」 を引き上げるような作業である。

こうして、関係が結ばれている連絡先だけ整理したところ 「50名」 ほどまで絞れた。
その50名だって、いずれつきあいはほとんどなくなるし、相手もそう思っていれば、惰性の交友関係は縮小して、今後は気の合う仲間だけ残して、交流も減っていくだろう。
そうすることで、人間関係が定まるし、他意はないけど、形式だけの年賀状と同じことかもね。

会社勤めしている人なら、人脈形成が販路拡大になるため、登録件数は増える一方だろう。
だが、僕のような個人事業主は、ほどよく身近にいる、お客さんへの愛着的な気持ちが積もり積もって、惰性としか思えない関係でも、意外と 「深い愛情ができあがっている」 ものでさ。
だから、人数の多さは誇れないが、少数ながら 「老若男女の人間性」 でつながっている。

その意味では、電話帳の登録名は、SNSに負けじ劣らぬ、今に生きる 「僕の財産」 (人脈) である。
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2020年10月10日

婚外恋愛

17年ほど前、妻が恋におちたことがある ?

恋をめぐる旅は、女友達4人で韓国へと誘った。
そのお相手は、微笑みの貴公子 「ペ・ヨンジュン」 愛称 「ヨンシー」
「冬のソナタ」 に心酔し、台所にマグネット、テーブルにクリアファイル、リビングにはポートレートなど、わが家の所々で 「ヨンシー」 が、微笑んでいた。

僕は興味ないのに、妻は世の女性が、ヨンシーに夢中になる理由を力説する。
「たまには家のことを忘れて、気の合う友だちと遊びに行け」 と送り出すのも円満の秘訣。
行動を縛ろうと思わないし、夫婦といえども 「自立した関係」 が望ましい。

女性は 「いくつになっても、ピュアな恋愛をしたい」 と思うのが、心のエキス。
心に 「恋愛願望」 があれば、女性は枯れることはないし、枯れさせたら男にも原因がある。
恋愛は若者だけの特権でなく、中高年も恋愛をするが、形が変わるだけのこと。

それらを前提に、映画 「四月の雪」 を鑑賞したことがある。
男から見て、演技だとしても 「こりゃ、女は惚れてしまうよな」 と思えた。
強さの中に優しさがあるのではなくて 「優しさの中に強さがある」 ことが魅力。
誰だって、日常が優しい男の方が安心するし、優しさは頭で考えることではなく 「本能」 であろう。

家庭を壊さなければ 「婚外恋愛」 推進派。
それは気持ちの範囲で、社交ダンスのような、心のときめきであり生命力。
標語 「亭主元気で留守がいい」 も、時に生きる糧となり、結婚だけが男女ではない。
だからといって、狂い咲きされたら困るが、女性が女性でいられるための愛しきプロセス。

不思議といい女は、自分の年齢を意識せずに生きているし 「他言無用」 は、男の条件。

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2020年10月09日

育ちの町

8日 少年期の 「育ちの町」 入船地区に用事があり、自転車で 「下町エリア」 へ向かった。

雨が降りだしそうな空の下、待合わせの用事を短時間で済ませ、迷路のように入り組んだ小道を走る。
昔、このあたりに住んでいた風景は大きく変わり、見えるものは 「遠い過去」 であることを実感した。

途中で、ガキの頃、何かと可愛がってもらった、遠縁のおばさんと出会った。
とはいえ、一方的に見かけただけだが、風の便りによれば、ひとり暮らしになったことは、耳にしていた。
その姿、腰が 「くの字」 に曲がり、辛そうな表情で、自宅の階段を下りるところだった。

思わず自転車を停めて心配するも、ほぼ目の前にいるのに、僕の存在に気づく余裕はない。
今はただ、足下の階段を一段ずつ、慎重に下りることだけに専念しているため、存在どころではない。
20年近く会わなかった間 「もう、こんなに歳をとったんだ」 と、可愛がってもらった頃を思い出す。

一瞬、話しかけようとしたが 「何と声をかけていいか、わからなかった」 のが、正直な気持ちだった。
それに 「俺のことは、おぼえてないだろうな」 と、息を切らす姿をしばらく見つめながら、次の行き先へ自転車を走らせて、夕闇迫る下町を後にした。

時の流れを身に染みながら、僕の老年期もいずれ、だれかから、そんな視線で見守られるのかもね。
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2020年10月08日

酒場教育

団塊世代は、飲食店の会計をめぐって 「俺が払う」 「いや、ここは俺が」 ともめては、店員を困らせる場面をよく見かけた。

これも相手を重んじてのことだが、男たるもの 「武士は喰わねど高楊枝」 の価値観で、それにより 「2日間ぐらい、飯を食わなくても死なん」 程度にしか思ってなかった時代。
後輩を飲みにつれていけば、おごらないわけにもいかず、デートでも男が払うのが当然だとして、それが明日の仕事への活力源になっていたのも、好景気だからできた、男の甲斐性。
好景気の言葉が消えた今、時の矜持は解かれたが、あの頃は収入も多かった分、支出も多かった為、経済が循環していた。

会社勤めのころ、領収書が伴わない会計では、立場上の上司が全額を負担しないように、部下には 「千円でもいいから、大人の判断を働かせろ」 と、社会には 「型」 があることを教示した。
もちろん、翌朝に出勤したら 「お礼の挨拶は、おろそかにするな」 という教育。
男の世界 「挨拶のできない男は、相手にされない」 と言われるほど、挨拶ぐらい大事なこともない。 
古いタイプかもしれないが 「若いうちから、タダ酒におぼれるな」 というのも、酒場の戒律である。

去年、中学時代の後輩を飲みに連れて、僕が会計を済ませた。
すると一言 「俺にも、収入がありますから」 と、彼はいくらかを差し出した。
気兼ねのない配慮を見せられたとき、これからの見直すべき関係性を感じさせた。

たまにあるが、数人で来店して、上司を財布代わりにタダ酒をねだろうと企む、ごっちゃん体質の客に、個別会計するときがあるのは、お金を払って飲む場所であることをわかってもらう 「酒場教育」 だ。
ややこしいが、これはひとつの意見で、酒場の見識でもある。

だから、俺は嫌われる  💨
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2020年10月04日

店の匂い

コロナ禍で、日常的にマスクを着用するようになり、嗅覚で情緒を感じることが少なくなった。

それこそ、海辺へ行くとマスクを外して、潮風を嗅ぎたくなる感覚。
前触れもなく、すれ違った女性が、昔の彼女と同じ香水をつけていれば、自然と思い出すだろう。
どこかの家の台所から、カレーの匂いが漂ってくれば、台所に立つ母親をイメージできる。
バスクリンの匂いに、家族だんらんを思い浮かべたり、嗅覚は記憶と深い関係性がある。

当店にも 「店の匂い」 はあると思われる。
自分ではわからぬもの、扉を開けると小学校の教室のような、懐かしさを感じる人もいれば、ほのかにウイスキー樽の風合いを感じる人もいるだろうが、いづれにせよ、匂いは 「年月で変化」 するもの。
最初は、若草のような柔肌の匂いだが、いづれ、老木のような渋みある匂いへと変わる。

それこそ、客の出入りが残した、お店独特の匂いは 「長年の染みた歴史」 となる。

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2020年09月25日

彼の個性

松田優作が主演したドラマ 「探偵物語」 最終回。

街の仲間を虫けらのように殺した犯人グループに、復讐を誓う前につぶやいた台詞。
「昔 俺にも仲間がいて そいつが死んだとき もう仲間は作らんと思って この街に来たのに なんで」
どこか壮絶な過去があることを匂わせた。

2011年9月24日
享年 「46歳」 愛称 「よっちゃん」 の9回目の命日だった。

ひっそりと店を開いて、12年と7か月が経過。
長年のお客さんとは、自然と愛着が積り、次第に人情も芽生えてくる。
特段、私生活をともにしたり、魂胆や利害もなく、純粋につながっている。
近道で出会った関係がもろいように、豊かな回り道をした関係ほど長持ちするもの。
これからは、得ることより失うことが多くなるため、乾杯より献杯に重きを置くようになる。

年に2回、ふたりのお客さんの命日に 「献杯」 をしている。
そのひとりが 「よっちゃん」 で、昨夜しめやかに 「9回目の献杯」 をおこなった。
妻には 「結婚記念日は忘れるのに、そういうことは忘れないんだから」 といわれるが、こういうことは 「男の約束」 みたいなもんでさ。

冒頭の台詞に答えらしき言葉を添えれば 「いい相棒 (仲間) が、いたからこその人生」 じゃないか。
毎年、サラッと書き流すつもりが 「あいつの個性」 が、そうさせないんだ。
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2020年09月21日

不良老年

21日 「敬老の日」

対象年齢は定められてないが、一応の目安年齢65歳では、早い気がするも高齢化社会。
年金や医療に介護など、国の負担を喧伝されてばかりいれば、高齢者もおもしろくあるまい。
「年齢を重ねることも悪くない」 と思える、特例的な催しがもっとあってもいいのでは。

男は定年になっても、気力と変化に対応できる柔軟性があれば、仕事をするべきだと思っている。
大雑把にいえば、ズバリ 「人生の遊び金」 を捻出するためだ。
自分が稼いだ金は自分で楽しむことが潔いし、そのために働けば人生も充実するだろう。
さらに誤解を恐れずにいえば 「男は死ぬまで女とつきあうべし」 でさ。

こんな話を耳にした。
手軽で安価な風俗店は若者向けだが、伝統的な風俗店は40歳以上の中高年が占めるらしい。
それも、偶数月の年金支給日になると、待合室は高齢者が増えるのだとか。
男はいくつになっても 「女の味が忘れられない」 のである。

年齢的に性欲は減退し、性欲はあっても満たせなくなると、何を楽しみに生きているのか、心が渇く。
何も肉体を交えた関係が大事ではなく、一緒にお茶を飲んで会話したり、たまにはフレンチレストランへ出かけたり、そういうとき 「異性の友達が気持ちを満たしてくれる」 ものだ。

その際 「パパ活」 ならぬ、金の臭いしかしない 「情けない男」 の姿ではなく、年相応の品性があり、もう自分を粉飾しなくてもいい、経験を積み重ねた者同士の心の関係。
セックスは成り行き上、はずみの感覚であれ、色気がもたらす、制御と解放は紙一重。
その感覚をなくしたら、男女は遠巻きの存在となり、少し寂しく感じるんじゃないか。

個人差はあるだろうが、いくつになっても異性への関心は、若さと健康増進の再生装置。
家庭を顧みないのは困るが、心の充実度であれば、幅広いつきあいもありだと思う。
これも仕事同様、その人の 「甲斐性」 であり、必ずしも異性だけではない。

敬老の日を 「枯れた日」 にされたら、高齢者もたまらない。
そのためにも 「年齢を重ねることは素敵だ」 と思える社会がいいし、晩年は 「最期の演出期」 だと思うから、粋でカッコいいイメージで整理したいよね。

心意気は社会的な枠の中で 「まじめな不良」 として 「不良老年」 を志したい。 
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2020年09月16日

Cowboy

連日 固い話を綴っていたので、ちょっと話題を変えて。

先週、酒類のバイヤーである、お客さんの話によれば、コロナ禍でカシスやカンパリなどのリキュール、ジンやラムのスピリッツの売れ行きが好調だとか。
実感は薄いが、リカーショップのコーナーには、ベビーボトル (少量サイズ) の扱いも増えている。

家にいる夜が長いため、自宅でカクテルとシャレこみたいのだろうが、一過性の購買であろう。
シェーカーやメジャーを揃える人もいるようだが、悪いことは言わないから、やめておいた方がいい。
彼女を部屋に招き 「俺のカクテル」 と称して、手首をくねくねとさせるのだろうが、そんなにうまくできる代物ではないよ。

二か月もたてば、もういい加減に飽きて、用具はほこりをかぶり、リキュールの口元は甘味料で羽虫を部屋に呼び込むのがオチだし、リキュールやスピリッツを棚に飾るだけの自己満足で終わる。
作るのに興味があるなら、テクニックも必要だから、客がいなければ、材料と用具で作らせてあげるよ。

僕が自宅でカクテルを作るなら 「 カウボーイ 」
常に冷蔵庫には牛乳があるので、バーボンウイスキーと割るだけ。
ガムシロを加えてもいいし、口当たりをマイルドにしたければ、百円ショップの電動ホイッパーで十分。
仰々しい用具もいらず、夏はアイス、冬はホットで、手軽なナイトキャップになる。
ウイスキーが得意でない人は、ここから口慣らしすればいい。

さすがに自宅用にリキュールは買ったことないが、若いころはスピリッツ、それもジンは常備していた。
冷凍庫で冷やしたジンを氷の入ったグラスに注ぎ、トニックを満たすだけのカンタン 「ジントニック」
風呂上がり、バスタオルを肩にかけたまま、最初はチビチビ、最後はキュッとね。

家であれこれと揃えるのも限界があり、できる範囲で楽しむのがベターだが、ジンは冷やしておくべし。
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2020年09月10日

Lip Cream

9日 お店に向かうため、身支度をしていた18時。
突然、雷鳴と共に氷まじりの雷雨が降りだし、今夜の営業を憂鬱なものに変えた。

昔は 「雨の日 風の日 訪問日和」 とも言われていた。
天候の悪さが、良縁的な出会いを引き起こし、偶然に居合わせた連帯感が、その夜限りの仲間意識が生まれたりする。
光溢れる街中では、そんな出会いは少なくないが、勝手なストーリーが思い浮かんでしまうもの。

雨降る浅い時間、買い物帰りの主婦が 「食前酒」 を一杯飲みに、扉のカウベルを鳴らした。
主婦とはおそらく、日常の細々な用事を器用にこなしながら、所々に自分の居場所を作るもの。
洗濯をしながら、掃除をしながら、料理を作りながら、10のことを同時に考えて行動できるのが女性。
それでいて 「あっ、もうこんな時間、早く帰って夕食を作らなくちゃ」 と、次の日常場面に移動する。

グラスのフチに残された 「 Lip Cream 」 の跡を洗いながら、理屈と違う感性で 「男も女の生き方をもう少し見習わないとな」 と思った。
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2020年09月06日

顔は名刺

コロナ禍により、夕方5時以降の 「アフター5」 は 「アフター4」 に、短縮したような世情。

しかも、週末はそれなりに寄り道をしていた人たちまで、足早に帰宅する光景がただよう。
最近は、平日も週末も平行線の夜が続くが、週末の密を避けたがる、同調的な行動が顕著である。
しばらくは、この傾向は居座るだろうが、決して悪いことばかりだけではない。

その分、常連客とほどよい時間を過ごせ、一見客への配慮も行き届く。
商売だけを考えれば、多人数に越したことないが、小規模店が長く続けていけるためには、ひとり客を大事にして、一度来店された客の顔は忘れない努力はする。

だから、店にふさわしい客と判断されていれば、半年一年ぶりであっても、空白は埋まり歓迎される。
それに、店で粗相して、歓迎されてないと思われれば、その客は二度と敷居をまたぐこともない。
食事と違い、お酒は日常性のない特別な空間であるから、大人に許された 「隠れ家」 になる。

バーにおいて 「客の顔は名刺」 であり、僕の記憶の 「カルテ」 として、何年も保存されている。
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2020年08月27日

がんばれ

26日 残暑は続く。

妻はご近所さんと、近くへお茶を飲みに出かけた。
僕は暑さにめげて、部屋で映画を見て過ごした日中。

大して変わり映えのしない日常だが、つまらない人生だと思ったことはない。
自分なりに、自分が元気になれる過去を持っているから、過去の自分が自分を元気にしてくれる。
そのための、過去なんだからさ。

今夜、約2年間、店の客の平均年齢を下げた男性客(31歳)が、二夜続けて別れの挨拶に来てくれた。
彼は数年間、海外派遣協力隊の一員として、言葉の通じない国へ行ったり、国際貢献に従事していた。
帰国後、故郷の新潟で数年暮らし、9月から東京で福祉関連の仕事に就くため、再び故郷を後にする。

しばらく、親と同居していたが、親の役目は終わってるから、大事なのは子どもの行動だと思う。
何でも東京へ出ることがいいとは思わないが、いつかやろうというのは、ほとんど自分への嘘っぱち。
スタートを切れない理由を探しているだけで、思い立って行動したことが 「真実」 なんだよな。

僕と彼は、親子ほどの年齢差。
年齢を意識しない関係から、見えてくる風景はある。

その意味で、禁句 (死語) に、追いやられた言葉をあえて遣う 「 がんばれよ 」  
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2020年08月26日

心憎い客

日本語の難しさと言うか、機微なる語彙と言おうか、同時に二つの意味を持つ言葉がある。

そのひとつ 「憎い」 は、仕打ちを加えたいほど、嫌いな相手と受け取れる。
一方 「憎いね」 だと、感心や評価、認めた相手、嫉妬のニュアンスも含まれる。

「心憎い」 演出で、お店を応援してくれるお客さんもいる。
経験上、初対面でベタ褒めされたり、調子のいいことを並べ立てる客ほど、消え去るのは早い。
「今度、行きます」 「また、来ます」 は、出たためしのない 「おばけ」 と同様に、ありがた迷惑。

長年、お店に身を置く常連客ほど、悪口にユーモアや心がこもっており、細く長いシンプルな関係ほど、気楽に心から楽しめるようになる。
「マスターでなく、ママに会いに来たのに」 とか 「怪しい店だけど、勝手に足が向くから困る」 などと、遠回しにけなされるような 「憎まれ口」 を叩くが、はにかんだ愛情を感じる (笑)

前ほど、会社ぐるみで店を贔屓にする風潮は薄れたが、転勤するまでいろんな方々を紹介してくれた、お客さんも多く存在していた。
新任や部下を顔つなぎに連れてきては、転勤最後の言葉 「これからも、この店で仲良くやってよ」 と、仕事の引継ぎをするかのように、人間関係を保持できる場所を残して、新潟を去った人もいた。

今はそんな粋な人は少ないが、人情気質のある人は、損得勘定に支配されない。
だれもがコミュニケーションできる、砂場の役割を残せる、しゃれた男気を置き土産にした。
僕はカウンターの内側で、思わず 「憎いなあ」 鯔背 (いなせ) だな、と独り言。

コロナ禍だからこそ、今や遠方の 「心憎い客」 の、あの顔、この顔、そして、あのひと。
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