2020年01月05日

Best Friend

時節、新年会や同窓会など、大小の会合が開かれた様子だった。

程度こそあれ、つきあいは近さより、長さに重きがあるようだ。
環境によって、つきあいは変化するが、近くの存在でよそよそしくされるより、遠くても気にかけてくれる存在の方が 「気心は深い」 もの。

僕自身 「竹馬の友」 と 「良き戦友」 この二つがキーワードになり、長いつきあいが続いている。
毎回、会っても同じような話になるし、笑いのツボも似たようなものだが、過去の話を引っぱりだしても 「あんなこともあったね」 と過去を潔くしまえる関係。

会う会わぬより、自然と連絡をとり合う、合流地点のひとつが新年となる。
軽く顔を合わせても 「じゃあ、また来年会おう」 と、緩い約束を交わせる気楽さ。
高校時代、街中の交差点で別れて、おたがいに行先の違うバスに乗るような、青春の場面に似ている。

それは、お盆に暮れ、正月の度、猫がゴロゴロと集まるようなグループではない。
「あいつの顔を見たくなった」 「たまには声を聞きたい」 そんな 「心の気づき」 が相手を求める。
思い出巡りに会うのではなく 「年齢を重ねる素敵さを認識している相手」 と会いたくなるもの。

もうひとつのキーワードをいえば、男女問わず 「僕を好きだ」 と、肯定している相手だけでいい。
だれにでも、いい顔するつもりはないし、根に持つタイプに、あれこれと説明を施す気も時間もない。
早い話 「その話はおしまい」 それが通用しないなら 「これ以上、縁はねえな」 で、他とつきあう。

自然体でいられる 「好きな人」 と、会える時間を作るのが、これからの 「ベストフレンド」 になる。
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2020年01月04日

連続ドラマ

僕の中では、正月気分も3日まで。
その上で、正月にやり残したことは、5日に行う予定だ。

昨年から、仕事はじめを2日早く繰り上げた。
そのことで、ご常連の来店は 「年末組」 と 「年始組」 どちらかに趣を置かれている。
どちらも気軽な顔つなぎの挨拶ではあるが、今では何年も慣例行事にしているお顔も多い。
こうして、節目の顔合わせで 「心ほどける」 ものだ。

バーは、店内の薄暗さが影響しているのか、不思議と時間が止まっている錯覚をおこす場所。
一時停止された時計が、扉を開けた途端にまた動き出す、既視感 (デジャブ) を感じさせる空間。
感覚によっては、小さなタイムカプセルのようだから、ここでは心の 「不老長寿」 でいられる。
そこで、どんなメリットがあるか 「人間関係の損得」 を考えているようなタイプはダメである。

そこのマスターが健在であれば、バーとは何年も続く 「連続ドラマ」 だから。

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2020年01月02日

晩年の食卓

大晦日 本町で食品を買い出し、夜は師走の疲れを癒したく、自宅で除夜の鐘を感じていた。

例年、初詣は三が日を避ける。
参拝の混雑がいやなので、空いたころを見計らい、厳かな心もちで境内へ訪れるのが慣わし。
無神論者だが、所作は後世につなぐようにしている。

大晦日の夕方、スーパーのフードコートでは、高齢者が弁当と飲料で食事をする姿を多く見かけた。
だれもいない部屋で食事をするより、多くの人が集まる場所で、気持ちをまぎらわしたくなるのだろう。
そういえば、ひとりでおせちを手にする高齢者を見かけたり、晩年の個食はどこか寂しさが付きまとう。
その姿を孤独とは決めつけないが、人は人の中で安心を感じるのかも知れないね。

ひとり暮らしは、コインに表と裏があるように、気持ちのもち方にも、長所と短所がある。
普段は感じなくても、病気のときの心細さ、正月の人恋しさは避けられない。
その意味で、自由な生活を貫くのもいいけど、晩年こそ異性の友だちが満たしてくれる喜びを知れば、ひとり暮らしを充実させる切り札になると思える。

夫婦水入らず、大晦日の食卓で語り合ったこと。
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2019年12月31日

小さな抱負

「今年も年を越せたな」 (少しため息まじりで) 

サラリーマン時代、そんなこと思いもしなかった。
これが 「個人事業主の本音」 である。

景気は回復しているというが 「川下の商い」 には景況感は薄い。
小規模店は、少し目を離すとすぐになくなる一方、増えるのは大規模店と流行店だけ。
資金力が幅を効かせる時代、個人が店舗を構え 「単独開業」 するリスクはさらに高まる。

どうあがいても、小規模店 (プライベート店) は大規模店 (パブリック店) には太刀打ちできない。
経営格差は認めるも、個人店が考えるのは、大衆店にはできない 「特別感」 を提供することだろう。
つまり、自分なりのスペースが確保され、独創性ある 「くつろぎ空間」 のあるなしに行き着くかと思う。

生きていく上、時代の変化と年齢の衰えには、どうあがいても逆らえない。
それでも前を向いて、毎年のハードルをクリアすることが、店と客の 「長き共通性」 であると思える。

これが来年 「2020」 に向けた、小さなジャズバーの 「小さな抱負」 である。
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2019年12月30日

最終営業日

今夜 30日を最後に今年の営業を締める。

毎年12月は、走馬灯のようにお客さんの顔が思い浮かび、それにまつわるエピソードを思いおこす。
顧客のカルテは頭に収納されているので、少しのきっかけで 「一時停止」 が解かれ、当時の記憶が 「自動再生」 されてくる。

記憶に霧がかっている部分もあるが、バーは 「お客さんと空気を作る」 のが基本。
仰々しい会員制ではないが、顧客のお顔とカルテが 「会員制」 (名刺) のようなもの。
街場に顔が通用する、大人バー (隠れ家) の一軒ぐらいはあってもいいはず。

来年も日夜、看板を灯す。
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2019年12月27日

無病息災

26日 クリスマスツリーをかたづけると、店内の雰囲気が急に寒々しく感じた。

この感覚、引越しのかたづけが一段落つき、夕暮れの閑散とした部屋に、ひとりで佇んでいる気分だ。
明日には、しめ縄を飾り、押し迫る年の瀬で、一年を振り返る頃になる。

令和元年、残すところ、あと4日。
連日、なじみのお客さんが止まり木に着き、暮れの挨拶も兼ねて、楽しい夜が続いている。

今年は 「いい年」 だった。
この5年ほど、妻の体調が芳しくなかったが、今ではスポーツジムに通えるほど快復した。
振り返れば、気を張って生きてきた。

ある年の師走、病院からの帰り道。
買い物客で賑わう街をひとりで歩いていると、周囲の人がやたら幸せそうに見えた。
心の中では 「何も求めないから、日常生活に戻してくれ」 そんな願いだけだった。

「無病息災」 これ以上の幸せはないことを、今こうして噛みしめて生きている。
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2019年12月25日

聖夜の幹事

24日 5年ぶりのクリスマスパーティー

長年の常連さまが企画し、ボックスだけのプチパーティー形式。
テーブルには、シャンパンとケーキ、チキンにサラダやオードブルなど、順を追ってところ狭し。
BGMは 「ティル・ブレナー」 「アニタ・ベイカー」 「寺井尚子」 などをおりまぜる。

料理は妻が担当し、仕込みは段取り八分、ケーキ以外は全て手作り。
この日のために、二週間ほど前から、あれこれと献立を考えていた。
僕は黒子として、さりげなく様子を見守り、ケアするのが性に合っている。
長年のパートナーなので、ささいなことで衝突することもなく、穏やかに仕事を進められる。

「5年ぶり」 には、理由もある。
妻の体調が芳しくなく、入退院を繰り返した時期があった。
表向きにそぶりは見せぬも、内心の感情は揺れ動いていた。
度重なりは 「ケース・バイ・ケース」 で、お客さんの愛情にも支えられて、今がある。

今回の女性幹事とは、長年ほどよい距離感で、いつまでも変わらぬ、常連客のひとり。

時の流れに代えると、そこに見えてくる心遣いに 「おかげさま」 の念は尽きない。

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2019年12月23日

僕の少年

世の中 「お揃い文化」 で生きていると、人の顔が同じように見えてならない。

いい顔とは、美顔や美形だけではない。
いい顔になるには、時間と経験を要し、自身の年齢を受け容れる潔さの気がする。

アイドル系は、見た目の華やかさ、気立てがいいから、アイドルでいられる。
その間、若さを手段にして、磨きをかけた子だけが、中高年になっても輝きを残せる。
若い魅力は 「男の子」 「女の子」 であっても 「大人の性」 ではない。

「子ども文化」 に慣らされた現代、子ども返りではない、少年への回帰が必要だ。
今までカッコいいとされた対象も、そろそろ考えないといけない時代になろうか。
人の顔が創られるというのは、年齢を重ねることを認識した人の証になるのかもね。

ただし、自分を粉飾せず、少年少女の心を忘れないのが、熟年の魅力になるのでは。

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2019年12月19日

お父さん

彼は 「新しい未来の訪れ」 を心待ちにしていた。

独身の頃から、結婚の意思を周囲に公言し、誠意のある出会いと別れを繰り返した。

その甲斐あり、晴れて結婚し、新居を構え、それまでとは違う気持ちで過ごすようになった。

口を開けば声がうわずり、黙っていても自然と笑みがこぼれる。

12月13日 45歳にして 「お父さん」 になった、長年の常連客である 「Sさん」

第一子の誕生、心から、おめでとう。

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2019年12月17日

脱忘年会

近年 若い社員の 「忘年会離れ」 が著しいと聞く。

その心情は理解できる。
僕もそうであったから。

上司の本当か嘘かわからない武勇伝を聞かされ、その独演会につきあわされる身になってごらんよ。
「今の若いのは」 「昔はこうで」  そんな枕詞からはじまり、延々と熱弁が繰り返される。
これじゃ、お刺身も乾いてしまうし、心の中では 「時代が違うよ」 と思われているのがオチ。
基本的に 「おしゃべり」 と 「会話」 は違うため、前者のタイプにつかまると大変なんだよ。

だけど、僕は参加したよ。
なぜなら、好き嫌いで場を避けていたら、会社活動にロスを生むから。
それに、会社の悩みのほとんどは人間関係で、結局はコミュニケーションの問題に行き着くもの。
どの道、接触を避けられないのであれば、苦手な相手と会話できるように、場慣れしておくべきだ。

ケータイ電話の普及により、意識は大きく変わった。
固定電話を介した、わずかな緊張感が薄れ、人との接触が選択的になってきた。
そうすると、自分と同質な人としか接触しないため、異質な人との接触が減ってしまう。
そこで、異質な人と出会うと、間合いのとり方がわからないため、余計にその溝を深めてしまう。
こうして、部下は上司と話せなくなり、上司は部下の話を聞けなくなり、おたがい 「対話音痴」 になる。

まずは 「席に着く」 (合わせること) からはじまる。
宴席のコミュニケーション技術なんてのは 「二の次」 でいい。
その代わり、二次会は身銭を切って、自由に遊んでくればいい。
金魚のフンみたいに、いつまでもついて回ることはしなくていい。
上司も部下を解放して、おたがいの趣向が合えば同行すればいい。

もう少し世代を越えて、年の瀬の忘年会ぐらいは、普通に笑ったり、普通に会話をできないのかな。
どうせなら、宴席に呼ばれる、可愛げのある人物になることも大事でさ。

同じ料理を取り分けて、酒を酌み交わして、気持ちが氷解することってあるんだよな。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/471972859.html ( 対話の席 )
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2019年12月15日

三越閉店

先日 夕方の県内ニュースで、来年3月に閉店する 「新潟三越」 を特集していた。

高度成長期、活況ある新潟の下町 (しもまち)は、個人商店が軒を列ね、地域社会を支え合っていた。
しかし、近くにスーパーができると、次第に個人商店には足が遠退き、それまでの人間関係が薄れた。
品揃いが豊富で安くて便利が理由で、事務的に買い物を済ませ、地域の営みや文化までも途絶えた。
それこそ、今の政治 「一強多弱」 に似た構図で、スーパーだけでなく、百貨店や量販店ができれば、資本力による 「弱肉強食」 となる。

長年、新潟三越は、新潟の中心部に 「上品な活況」 をもたらした。
だが、それがもとで、商売をたたまざる得なかった、個人商店も数知れず。
それが、今では三越をカタログショップにして、客はウインドショッピングしながら、家からネットで注文をしているんだから、もはや地域がうるおわなくなるのはあたりまえ。
この発想、スーパーの見切り品だけを買いに行くのと同じだし、駅前の立ち食いの行列と変わりない。

それでいて 「閉店は寂しい」 とか言い出し、閉店セールになるとひょっこり現れる。
外面は手編みのセーターの温もりがいいというも、内面は機械編みの安価なセーター狙いのようでさ。
だから、新潟三越が閉店しても、これまで 「どれだけの個人商店をつぶしてきたか」 を少し考えれば、時代背景による情緒的な寂しさはあっても、商業的な寂しさは 「嘘っぱち」 に思える。
世の中、そうそう寂しいことはないし、そもそも 「本当の寂しさ」 なんて知らないだろう。

寂しさの裏付けなく 「寂しさに酔う」 のは、一番かっこ悪い姿じゃん。
新潟はこの傾向が強く、新しいモノにはすぐに飛びつくが、どうせ飽きることを繰り返す。
その店へ行く気のない人ほど 「今度、行きます」 と、口当たりのいいセリフを吐くのと同じでさ。
商いをすればわかるが、本当に行く人は黙って行くし、それこそが 「精神的な誇り」 なんだよな。

これが、図星じゃないか。
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2019年12月14日

夜の指定席

「年末年始、何してる」

連夜 そんな声を耳にする、バーカウンター。
冬のボーナスも入り、長い人であれば9連休らしいが、僕のような凡人には、耐え難い長さである。
社会は 「働き方改革」 として、よりよい自由を拡充し、ゆとりを満喫できるよう、大きく舵を切った。

そのこと事態はいい。
だけど、長々と休むより、仕事をしているときのほうが、自分らしくて楽しいと思う人も少なくはない。
何を隠そう、僕もそのひとりで、仕事の忙しさを不幸だと思ったことはない。

定年退職も同じようなもので、気力や能力もあるのに、自動的な仕組みで働ける場を得られなくなる。
人には個人差があるのに、定年退職はバカげた制度だと思うし、それを説くのが面倒なので、退職金を出すから、これで解決してくれという見方もできなくはない。

人は矛盾を抱えている。
「暇になると、忙しいほうがいい」 「冬になれば、夏がいい」 「所帯を持てば、独身がいい」 と言う。
つまり 「借りた傘も、雨が上がれば邪魔になる」 あの矛盾だよ。

これまで、カウンターでお客さんを見てきた。
値段が高そうだ、雰囲気がなじめないなど、経験不足な不安を抱えて、おちつきのない姿ほど暇な人。
忙しい人ほど、その合間を縫って過ごす、酸いも甘いも噛分けた、おちついた姿がそこにあるものだ。

バーは寂しげな雰囲気のない、大人の孤独力が集まる 「夜の指定席」 Reserved seat でもある。
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2019年12月07日

無縁社会

ある日 買い物から戻ると、妻がこう言った。

どこそこで 「ひとり暮らしの高齢者が、家の中で遺体で見つかった」 と、いわゆる 「孤独死」 である。
発見まで数週間経過し、部屋には買いだめした食料品の山があり 「男やもめ」 の孤独な生活ぶりに、僕も 「同じ道を歩きかねないな」 と思わされる。
はたして、家族や友人、近隣との交流、顔の通じる店は在ったのであろうか。

孤独死の背景を思いおこすには、こんな理由がある。
7年前、店の常連客が警察立ち合いの下、自宅で死後数週間の状態で発見された。
ひとり暮らしの初老で、人つきあいに偏りがあった上、地域社会にも背を向けていた。

その一年半ほど前、休日の出来事。
当の本人から 「脳出血をおこしたらしく、倒れて身動きができない」 との電話連絡を受けた。
救急隊より一足早くかけつけたが、自宅の玄関が施錠されているため、中に入るのを手間どったもの、無事に応急処置をしてもらい、救急搬送に付き添ったことがある。

あのときもこうだった。
家の中は足の踏み場もないほど乱雑で、近隣の人間関係も薄れた雰囲気があった。
集中治療の後、数日間の入院を余儀なくされたのに、家族への連絡を拒んだため、僕がつなぎ役として医師の説明を受けて、一時の身元保証人となり、その夜は事なきを得た。
入院してからは、知人のバーテンダーが買い出しや洗濯など、身の回りの世話を行い、本人行きつけの店のオーナーと連携しながら、つながりを失った 「孤独な生活の影」 を感じた。

これが 「無縁社会」 の現実。
僕も人生の折り返し地点を過ぎているので、もはや他人事ではない。
それこそ、最近話題の 「人生会議」 ではないが、話し合っておく必要も、遠からず見えてくる。

そのとき、どうするか。
孤独に強くなれば、それに越したことないが、僕は 「自分の弱さ」 を知っている。
一過去、妻の大病で実感したし、ひとりで生きていくことに、耐えうる自信もない。
老いて自分は弱いことを自覚し、もし独りになったら、人に 「頼る勇気」 も必要となる。

晩年をつかさどる意味で 「人は思っているほど、人に冷たくはない」 性善説も大事なのでは。
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2019年12月04日

Fifty Five

12月4日 誕生日を迎え 「55歳」 になった。

1964年 (昭和39年) 生まれの主なる出来事は 「東京オリンピック開催」 「東海道新幹線開通」 「新潟地震」 であろうか。

育った時代は 「高度成長期」 真っ盛り。
幼少期は東京で育ち、少年期は新潟で過ごす。
新宿に超高層ビルが建設される前の風景を記憶し、新潟では防波堤に腰をかけて、目の前をゆっくりと横切る大型船を眺めていた。
その時代を象徴する、アイドルや流行などに興味を示さず、独自の青春を歩んだような気もする。

成人式を迎えた 1985年 (昭和60年)
「暴力団抗争の過熱」 「純金詐欺事件」 「日航機墜落事件」 と激動の年だった。
「阪神タイガース初優勝」 も、記憶に鮮明だ。

翌 1986年 (昭和61年) 「バブル景気」 1991年 (平成3年) 「バブル崩壊」
当時、所属していた会社は、社員に景気を還元せず、経営陣の脱税事件で、一躍全国ニュースになる。
「ひたすら真面目にやってきたのに、国税局の査察に応じなきゃいけないのか」 会社に憤慨しながら、将来ある若手は都会で路頭に迷い、信じた組織の断末魔を至近距離で見た。
ただ、景気の見返りは得られずも、内なる邪に対して手をそめなかったし、影響されずに生きたと思う。
その後、転職で経験を活かし、新しいやりがいの中、狂乱時代の影響なのか、清貧な生き方に憧れた。
本音は35歳で脱サラし、30年構想の事業をしたかったが、やるやらないは勇気のあるなしではない。
親の介護など、現実的な問題に直面し、サラリーマンは辞められなかった。

昔から、気の合う仲間は、どこか出世コースからはずれているが、周りから一目置かれているタイプ。
自身、体育会系でありながらも、だれとでもつるむタイプではなく、個を重んじ 「人は人、俺は俺」 で、親分と子分の関係は好まず、上司を父として慕い、部下を息子のように重きをおいた。
感受性が育つ頃、転校生だったこともあり、どこかポツンとしてる人を見ると、別の感情が生じるのは、新潟の下町 (しもまち) という、ヤンチャな環境で育った、連帯意識の名残りかも知れない。

まあ、人生55年も生きれば本望だし、この程度の人生なら良しとしておかねば、罰が当たる。
もう、先のことは考えすぎず、これからも軽いノリといい笑顔に包まれて、人生を楽しみたいよね。

おお、そうだ、55歳からのイオンの特典 「GGカード」 に加入せねば 😃

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2019年12月03日

対話の席

空を見あげれば、すっかり冬の空である。

街の空気が張り詰める中、会社の忘年会は余興のひとつ。
忘年会の 「忘」 のつくりは、心を亡くすと書くほど、せわしない意味もあろう。
その中で、一年をねぎらう、全員参加の宴席を 「うとましがる人」 もいるようだ。

友だちと会う約束やデートなど、会社の忘年会の日に予定を入れるのも 「心そこにあらず」 で寂しい気もするし、二次会は強制しないから、会社行事として乾杯は着座するのが 「帰属意識」 でさ。
そうでないと、チームを組んでいる実感がわかないし、その上で、二次会の判断をすればいい。

中間管理職になれば 「顔の利く店」 の一軒はあるもの。
上司は懐を見せることも、若手は懐に飛びこむことも 「打ち解けた態度を見せる」 のも大事なこと。
どこかボタンをかけ違えたままのズレを修復せず、調和できないままで年を越すのもなんだかな。

忘年会は、その年の苦労を忘れるためであり、おたがい 「水に流そう」 という、和解の場でもある。
また 「対話の席」 としての機能をあわせもつ、本来は絶好の場なんだけどね。
僕からすれば 「もったいないなあ」 という感覚があるよ。

年の瀬に何を想う。
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2019年11月24日

深夜再会

日付が切り替わった、24日 深夜0時20分。

87年 空前のビリヤードブーム。
その立役者である 「長矢賢治」 プロが仕事で新潟入りし、その夜 「30年ぶり」 に、店で再会した。

御年 「72歳」 長矢プロ。
当時から、仕事はハスラー、遊びもハスラー、自他ともに認めるトッププレイヤー。
その華あるプレイスタイルで、今も軽やかなノリで好きなことをやっている印象。
「楽しくなければ意味がない」 をポリシーに、人懐こい笑顔で当時のブームを語る。

出会いは、新宿に本社を置き、新潟市の東堀 「ウィズビル」 に進出した 「プールバー」
僕が店の 「マネージャー」 で、長矢氏は全国を縦断していた 「専属プロ」 のビジネスパートナー。
今回、引き合わせてくれた人が、当時 「インストラクター」 をお願いしていた、新潟市在住のNさん。
あの頃、それぞれの年齢と立場で、純粋にビリヤードブームを牽引した、三者三様の相関図。

当時、どんなことを思い、何を大切にして、どう向き合っていたのか。
個々の立場で語り口は異なり 「こう見えていたのか」 と、新たな発見もあったりする。
過去を振り返るのは潔しとしないが、歩んだ道のりに 「思い出の宝がある」 ことを気づかされる。

あの頃、オレ 「22歳」 だったが、こうして時の人と交われたことに、よろこびを感じた夜だった。
(添付画像の前半は山内プロ、後半に長矢プロ本人が出演した、当時の人気番組)

 
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2019年11月22日

いい夫婦

11月22日 語呂合わせで 「いい夫婦」 の日だとか。

そもそも、いい夫婦とは、どういう夫婦なんだろうか。
それは、目指す場所ではなく、つかず離れずで 「歩を進めているだけのこと」 ではないだろうか。

夫婦は、すべて相性がいいわけではなく、大なり小なりの相性が合えばいいと思う。
おたがいの趣向を認め、一定の距離を大切にし、喜怒哀楽を分かち合い、日常を楽しく過ごせる関係。
つけ加えれば、個人主義でありながら、価値観を認め合い、協力し合えるのが夫婦の在り方。
もちろん、完璧な夫婦など存在しない。

こんな、エピソードを知る。
一昨年12月、元プロ野球監督 「野村克也」 の妻である 「沙知代」 が死去した。
77年 南海ホークスの監督兼正捕手 (プレイングマネージャー) だったころ、成績不振ならともかく、球団から解任を告げられたという。
解任の理由は、妻子ある立場でありながら、沙知代と同棲をはじめた、野村の私生活が問題視された。

解任までの間、後援会長に呼ばれ 「野球をとるか、女をとるか、ここで決めろ」 と詰問された。
当時 42歳、野村は 「女をとる」 と即答し、その理由をこう明かした。
「仕事はいくらでもあるが、彼女 (沙知代) は、ひとりしかいない」 と、時の地位よりも愛を選んだ。

夫婦に 「答えらしきもの」 があるとしたら、これなんじゃないか。

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2019年11月21日

第三木曜

前ほど 「ボジョレー」 と騒ぐことのなくなった、解禁日となる第三木曜日。

自身 「ウイスキー党」 なので、ワインとは遠い距離にある。
TPO上、気軽にたしなむもの、コレといって好きなラベルもなく、雰囲気を楽しむような感じ。

軽く語れば、赤よりも白、ロゼが好きだ。
それも、辛口の 「シャルドネ」 を好み、30代 「シェリー酒」 を愛飲していた時期もあった。

僕の場合、ワインリストを旅せず、ラベルのおちつきは早い方。
あえて、赤を語れば、渋みが少なく、フルーティーな口当たりを好むぐらいで 「ビギナーズ・ワイン」 で十分だし、マリアージュ (料理) も、ざっくりと肉か魚かで、組み合わせも無頓着。

それに歯止めの効かない 「ワイン談議」 は、ヤボの極みであるし、ウイスキー同様に楽しい会話で、気さくに明るく飲むことがモットー。

先週、女性客から、山形県産ワイン 「ソレイユ・ルパン」 (だったっけな) を、旅の土産にごちそうになったが、舌は堪能できた。

今夜、店に 「クリスマスツリー」 をセットした。 (ワインに合う音楽なら I Need You なんてどうよ)

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2019年11月17日

大人バー

16日 女優 「沢尻エリカ」 が、麻薬取締法違反の疑いで逮捕された。

数々のドラマや映画で可憐な役を演じ、そのわがままぶりも個性として、オブラートに包まれてたほど、芸能界斬っての金の卵だった。
別にファンでもないのでどうでもいいが、警察は早い段階から、マークしていたと思われる。
だいぶ前にも 「マンモスのりピー」 とかいう、好感度の高いアイドルが、渋谷の路上で捕まった。
その入手ルート、舞台となりやすいのが、若者が集う 「クラブ」 という場所。

自身、昔そういう場所に、好むと好まざるにかかわらず 「仕事」 で縁があった。
薬物疑惑の人間は、絶えず落ち着きがなく、感情の起伏も激しく、目が笑ってない。
逆に、売人と思しき連中はそわそわしながら、顔を覚えられたくないから、目を合わせようとしない。
店と怪しき客との攻防戦もあったが、地域と連携した警察の目はごまかせない。

人は楽しむために生きている。
クラブで若さを発散したり、お酒を交わして人と交流したりすることはいいことだ。
明日への活力となり、今まで興味のなかったものにも興味を持てて、楽しみ方も広がる。
それが若さで、紙一重で危険な誘惑も多いが、認識力を高めれば、動揺する必要もない。
そもそも、遊びは粋でなければいけないので、好奇心で手を出すのは、愚の骨頂であってさ。

今回、入手ルートは特定されてないが、こういうことがあると、業界全体が色眼鏡で見られる。
その多くは飲食店関連、業種はバー・クラブなどが密集する、夜の街が舞台になりやすい。
だから、バーという商いは、どんな場所よりも 「安心で安全」 であらねばならない。

バーは、文化である。
キナ臭い話はご法度だし、そういう会話にかぶれている店の雰囲気は、ストレスの温床となる。
夜のやすらぎと娯楽を提供する仕事ほど、自分は番人役に徹してないと、夜の仕事は務まらない。

そういう意味では、当店は客層に恵まれている。
酒という嗜好品で、他人に迷惑をかけることなく、純粋に楽しむルールをわかってもらっている。

バーの敷居は年齢ではなく、内面の敷居で豊かに過ごす 「大人のバー」 であると思っている。
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2019年11月16日

男らしさ

最近は 「人の命」 を、軽くあつかいすぎる事件が多すぎる。

15日、新潟駅前の雑居ビルで20歳の女性店員が、25歳の男に刃物で殺害される事件が起きた。
若い二人に何があったか知らないが、命のやりとりまでするほどのことはなかったであろう。

子どもの虐待事件も同じだ。
男は何があろうと、女や子ども、老人に手を上げてはいけないし、殺めるなど言語道断。
それは、男に 「プライド」 がなくなったからだ。

あんまり、世間が男女平等みたいなことをいいすぎて、そのうち、男が勘違いをはじめた。
「弱い者には、手を出さない」 そんな守るべくして、あたりまえの男らしさを失った。
僕の世代、女の子から 「男らしくない」 といわれたら、男を否定されたようで、悔しかったもん。

それは 「腕っぷしの強さ」 ではない。
「オレは、そういうことはしないんだ」 という、自分への戒律 (かいりつ) のようなもの。
だから、子どもには手を上げない、女に平手打ちをされても打ち返さないのが、男のこだわりでさ。

今どきの若者に 「男らしくしろ」 というと、理屈をこねられるかもしれない。
それもこれも、男が毅然とした態度をしてこなかったツケが回り、心が痩せた証拠だと思うよ。
「男らしく」 は大事で、自分に掟がなければ、内面は幼児化のまま、外見だけを取り繕うようになる。

いじめ、作為的な悪ふざけもそうだ。
そもそも、男がどこかの段階で、大人のプライドをもてば、そういう痛ましい事件は起きないわけだ。

それは男だけでなく、女にもいえることで 「女らしく」 も、性別上のプライドだと思うね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする