2020年09月16日

Cowboy

連日 固い話を綴っていたので、ちょっと話題を変えて。

先週、酒類のバイヤーである、お客さんの話によれば、コロナ禍でカシスやカンパリなどのリキュール、ジンやラムのスピリッツの売れ行きが好調だとか。
実感は薄いが、リカーショップのコーナーには、ベビーボトル (少量サイズ) の扱いも増えている。

家にいる夜が長いため、自宅でカクテルとシャレこみたいのだろうが、一過性の購買であろう。
シェーカーやメジャーを揃える人もいるようだが、悪いことは言わないから、やめておいた方がいい。
彼女を部屋に招き 「俺のカクテル」 と称して、手首をくねくねとさせるのだろうが、そんなにうまくできる代物ではないよ。

二か月もたてば、もういい加減に飽きて、用具はほこりをかぶり、リキュールの口元は甘味料で羽虫を部屋に呼び込むのがオチだし、リキュールやスピリッツを棚に飾るだけの自己満足で終わる。
作るのに興味があるなら、テクニックも必要だから、客がいなければ、材料と用具で作らせてあげるよ。

僕が自宅でカクテルを作るなら 「 カウボーイ 」
常に冷蔵庫には牛乳があるので、バーボンウイスキーと割るだけ。
ガムシロを加えてもいいし、口当たりをマイルドにしたければ、百円ショップの電動ホイッパーで十分。
仰々しい用具もいらず、夏はアイス、冬はホットで、手軽なナイトキャップになる。
ウイスキーが得意でない人は、ここから口慣らしすればいい。

さすがに自宅用にリキュールは買ったことないが、若いころはスピリッツ、それもジンは常備していた。
冷凍庫で冷やしたジンを氷の入ったグラスに注ぎ、トニックを満たすだけのカンタン 「ジントニック」
風呂上がり、バスタオルを肩にかけたまま、最初はチビチビ、最後はキュッとね。

家であれこれと揃えるのも限界があり、できる範囲で楽しむのがベターだが、ジンは冷やしておくべし。
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2020年09月10日

Lip Cream

9日 お店に向かうため、身支度をしていた18時。
突然、雷鳴と共に氷まじりの雷雨が降りだし、今夜の営業を憂鬱なものに変えた。

昔は 「雨の日 風の日 訪問日和」 とも言われていた。
天候の悪さが、良縁的な出会いを引き起こし、偶然に居合わせた連帯感が、その夜限りの仲間意識が生まれたりする。
光溢れる街中では、そんな出会いは少なくないが、勝手なストーリーが思い浮かんでしまうもの。

雨降る浅い時間、買い物帰りの主婦が 「食前酒」 を一杯飲みに、扉のカウベルを鳴らした。
主婦とはおそらく、日常の細々な用事を器用にこなしながら、所々に自分の居場所を作るもの。
洗濯をしながら、掃除をしながら、料理を作りながら、10のことを同時に考えて行動できるのが女性。
それでいて 「あっ、もうこんな時間、早く帰って夕食を作らなくちゃ」 と、次の日常場面に移動する。

グラスのフチに残された 「 Lip Cream 」 の跡を洗いながら、理屈と違う感性で 「男も女の生き方をもう少し見習わないとな」 と思った。
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2020年09月06日

顔は名刺

コロナ禍により、夕方5時以降の 「アフター5」 は 「アフター4」 に、短縮したような世情。

しかも、週末はそれなりに寄り道をしていた人たちまで、足早に帰宅する光景がただよう。
最近は、平日も週末も平行線の夜が続くが、週末の密を避けたがる、同調的な行動が顕著である。
しばらくは、この傾向は居座るだろうが、決して悪いことばかりだけではない。

その分、常連客とほどよい時間を過ごせ、一見客への配慮も行き届く。
商売だけを考えれば、多人数に越したことないが、小規模店が長く続けていけるためには、ひとり客を大事にして、一度来店された客の顔は忘れない努力はする。

だから、店にふさわしい客と判断されていれば、半年一年ぶりであっても、空白は埋まり歓迎される。
それに、店で粗相して、歓迎されてないと思われれば、その客は二度と敷居をまたぐこともない。
食事と違い、お酒は日常性のない特別な空間であるから、大人に許された 「隠れ家」 になる。

バーにおいて 「客の顔は名刺」 であり、僕の記憶の 「カルテ」 として、何年も保存されている。

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2020年08月27日

がんばれ

26日 残暑は続く。

妻はご近所さんと、近くへお茶を飲みに出かけた。
僕は暑さにめげて、部屋で映画を見て過ごした日中。

大して変わり映えのしない日常だが、つまらない人生だと思ったことはない。
自分なりに、自分が元気になれる過去を持っているから、過去の自分が自分を元気にしてくれる。
そのための、過去なんだからさ。

今夜、約2年間、店の客の平均年齢を下げた男性客(31歳)が、二夜続けて別れの挨拶に来てくれた。
彼は数年間、海外派遣協力隊の一員として、言葉の通じない国へ行ったり、国際貢献に従事していた。
帰国後、故郷の新潟で数年暮らし、9月から東京で福祉関連の仕事に就くため、再び故郷を後にする。

しばらく、親と同居していたが、親の役目は終わってるから、大事なのは子どもの行動だと思う。
何でも東京へ出ることがいいとは思わないが、いつかやろうというのは、ほとんど自分への嘘っぱち。
スタートを切れない理由を探しているだけで、思い立って行動したことが 「真実」 なんだよな。

僕と彼は、親子ほどの年齢差。
年齢を意識しない関係から、見えてくる風景はある。

その意味で、禁句 (死語) に、追いやられた言葉をあえて遣う 「 がんばれよ 」  
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2020年08月26日

心憎い客

日本語の難しさと言うか、機微なる語彙と言おうか、同時に二つの意味を持つ言葉がある。

そのひとつ 「憎い」 は、仕打ちを加えたいほど、嫌いな相手と受け取れる。
一方 「憎いね」 だと、感心や評価、認めた相手、嫉妬のニュアンスも含まれる。

「心憎い」 演出で、お店を応援してくれるお客さんもいる。
経験上、初対面でベタ褒めされたり、調子のいいことを並べ立てる客ほど、消え去るのは早い。
「今度、行きます」 「また、来ます」 は、出たためしのない 「おばけ」 と同様に、ありがた迷惑。

長年、お店に身を置く常連客ほど、悪口にユーモアや心がこもっており、細く長いシンプルな関係ほど、気楽に心から楽しめるようになる。
「マスターでなく、ママに会いに来たのに」 とか 「怪しい店だけど、勝手に足が向くから困る」 などと、遠回しにけなされるような 「憎まれ口」 を叩くが、はにかんだ愛情を感じる (笑)

前ほど、会社ぐるみで店を贔屓にする風潮は薄れたが、転勤するまでいろんな方々を紹介してくれた、お客さんも多く存在していた。
新任や部下を顔つなぎに連れてきては、転勤最後の言葉 「これからも、この店で仲良くやってよ」 と、仕事の引継ぎをするかのように、人間関係を保持できる場所を残して、新潟を去った人もいた。

今はそんな粋な人は少ないが、人情気質のある人は、損得勘定に支配されない。
だれもがコミュニケーションできる、砂場の役割を残せる、しゃれた男気を置き土産にした。
僕はカウンターの内側で、思わず 「憎いなあ」 鯔背 (いなせ) だな、と独り言。

コロナ禍だからこそ、今や遠方の 「心憎い客」 の、あの顔、この顔、そして、あのひと。
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2020年08月24日

永遠の謎

前日 23日付の記事 「序」 の部分 「僕の顔を見て、微笑んでいた」 行。
「なぜ、あんな夢を見たのか」 ぼんやりと考えたが、実はあれ 「現実の場面」 (正夢) だったんだ。

時系列で書き進めると、生前の父は軽度なうつ病と診断されていた。
そのため、日によって山の天気のように、表情の変化も激しかった。
些細なことで、怒鳴られるときもあれば、他人行儀になったり、見守ることの難しさを知った。
時に、脳のブレーカーが落ちたかのように、反応しなくなったり、それでも 「父の表情」 である。

残された時間 「子ども返り」 を黙って受け入れたが、症状が進むにつれて募る無力感との闘い。
いつしか家族にも、多くの試練をもたらし、いつ終わるか見当もつかない介護に日夜追われていた。
それも 「パーキンソン病」 だったので、早い段階で 「要介護5」 は認定されたが、特養老人ホームに空きがなく、何度も市役所の相談窓口へ出向き、何か所もの介護施設も見て回った。
その甲斐あり、経済的な負担も大きくなったが、ようやく入所という 「安心」 を手にできた。
僕の疲弊も思いの外に大きかった、38歳から41歳ころまでの約4年間。

24時間施設の安心サポートを手にしても、痴呆の進行を遅らせるためにも、まめに面会は通っていた。
そんなある日、面会に行くと待っていたかのように、一度だけ 「満面な笑顔」 を見せたことがあった。
介護をしても、決して面と向かって 「ありがとう」 と言ったこともなかったのに。

今思えば 「あの笑顔」 は不思議だった。
脳血管性の痴呆なので、次第に気持ちを人間らしく表現できなくなり、最後は言葉も表情も失われる。
だから、残されている表情で、伝えられるうちに 「笑顔で気持ちを表してくれた」 のだろうか。

あの場面は 「永遠の謎」 である。
だが、心の中では生きているので、こうして、あとから 「記憶の奥の記憶が開く」 のかもね。
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2020年08月23日

父の命日

一昨日 久しく、亡き父の夢を見た。

見覚えのある、上下黄色の夏用パジャマを着て、介護施設のテーブル椅子に腰かけて、僕の顔を見て微笑んでいる姿だった。
寝起きにカレンダーを見たら、明後日23日は 「父の命日」 が近づいていた。

4年前 リオ五輪が閉幕して、2日後の朝のことだった。
葬儀の喪主として、最期は家族だけで見送った。
生前、尽くしたつもりなので、悔んだり、思い残すこともなかった。

心で記憶したことは、一生忘れないものだ。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/441424522.html  ( My Father 1 ) 
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2020年08月21日

勘違い男

コロナ禍における、在宅勤務や待機や制限などで、昼夜、家にいる人も多いようだ。

既婚者なら、それで夫婦仲がよくなった話はあまり聞かない。
むしろ 「家庭内ストレス」 が増幅するとか。

いつも同じ空間に他者がいれば、窮屈になるのは決まっている。
毎日が直行直帰であれば、ささいなことでもケンカになりやすく、慣れた関係ほど強い言葉を使うもの。
そのうち、相手のすることなすこと、いちいち鼻につきだし、揚げ足をとるようになる。
終いには、話し方や食べ方、動作や臭気すらもストレスになる。

所詮、男と女は別物だから、不思議なことではない。
特に、年齢の近い夫婦ほど、価値観や育った環境が似通っているから、仲のいいときは本当いいけど、一旦仲がこじれると、口をきかなくなったり、同じようなトラブルが繰り返されて、長引きやすい。
それもこれも 「折れ方」 を知らないからだ。

夫婦は、必要に応じて協力し、そうでないときは、別々で好きなことをやっているのが理想的。
それも一日中 「亭主関白」 のような態度をしていれば、妻は気の休まる時間を持てない。
本当は、女同士でおしゃべりをしたり、食事をしたり、自由になりたいと思っているはず。
それがわからず、ガムテープのように、家庭に貼りついているのは 「男の勘違い」 でさ。

成熟した大人なら、適当に気分が向いたとき、ひとりで出かけられる場所のひとつはあるものだ。
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2020年08月14日

死生観念

長年の慣習で、お盆の夜は家で大人しく過ごすことにしている。

わが家には、墓も仏壇もなく、あるのは遺影と遺灰だけ。
仏花と線香をあげて、仏壇もどき場所に、軽く手を合わせる。
人間は亡くなれば、肉体は土に還り、記憶は心に刻まれ、思い出すことが供養となる。
そこに 「御霊」 はいない。

新興宗教のように、難病が治ったとか、信じれば救われるような、死後の世界や法話にも興味はない。
藁にもすがる本人と家族の精神的な救いになるが、不安を煽られてお布施をしたり、唱えたりしながら 「信じたのに叶わなかった」 自分の判断を他人に委ねた、嗚咽の感情が残るであろう。
僕は、そういう感傷になるのが、堪らないんだ。

そんな経験はないが、自分の心を突き詰めれば、出尽くすパターンは、似たり寄ったりするもの。
生前にその人を理解しようとせず、亡くなってその人を評価するのは、あまりにも詭弁であってさ。
寂しいようだが、後世に残されるのは、故人の思い出と遺影だけと割り切っている。
個人的な 「死生観念」 を言えばそうなる。

だから、自分も同じようにして欲しい。
人に対する態度と、自分に対する態度は、同じにしておきたい。
人の苦しみは気にかけず、自分の苦しみだけは訴えて、葬儀を盛大にする男にはなりたくない。
遺言には 「俺の残像は気にするな」 遺された人の哀しみを解き放てる文言を残しておきたい。

死生観を語るのは滅相もないが、お盆だからこそ、少しは考えておきたい、晩年へのテーマである。
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2020年08月13日

人生幸運

13日 寝汗をかいたまま、早速シャワーを浴びた。

午後から、妻の定期検診に付き添う。
医師とカルテを見ながら、経過は良好であることを告げられ、6年間の闘病成果に胸を撫で下ろす。

今夜、お盆休みに充てた、貴重な休店日。
肝心の商売は、山あり谷ありで、おちつく暇などない。

今は、コロナ禍で谷だし、それもどん底。
だが、そこで失望していたら、何を楽しみに生きているのか、仕事にも張り合いが持てない。

つまり、よき過去に更けたり、未来に思いを託すよりも 「現在の幸せを感じる人生」 を選択した。
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2020年08月10日

28歳の夏

10日 近場の海水浴場で過ごそうとしたが、寝覚めの体に気温35℃の猛暑は堪える。

調子に乗ったら、明日からの仕事に差し支えてしまう。
前日までは、泳ぐ意思はありながら、寸前でめげてしまい、もう海水浴へ行くことはないかも。
そもそも、泳げるのかも怪しいが、得意種目は華麗なクロールなんだけど・・  忘れてくれ 💦

覚えている 「28歳の夏」 がある。
東京在住時、帰省を兼ねて、クルマに交際相手を乗せて、海水浴に来たことがある。
東京育ちの子だから、あまり海を見たことがなかった。
せいぜい、江の島海岸の芋洗い浴しか知らず、夏ののどかな日本海は初めてという。

海岸沿いの駐車場にクルマを止めて、群生する松林の小道を抜けると、真夏の太陽に照りつけられた、一面光る海が視界に広がる。
彼女は引きこまれるように、無邪気に砂浜へかけだすと、僕の腕を引いて波打ち際まで誘う。
僕は子どもの頃から、見慣れた光景でしかないが、彼女にとっては、海そのものが新鮮だった。

今では、砂浜をかけだす体力も若々しさもないが、開放的な心は年齢にかかわらず大事である。

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2020年08月06日

望郷の念

今はコロナ禍で、街に人が少ない。

例年であれば、帰省客や旅行客、夏休みの学生で賑わっている頃だが、今年は新型コロナウイルスの注意報と急激な猛暑の影響もあり、地元の原風景が異なって見える。

お盆なのに、帰省できない人も多いようだ。
実家の玄関の匂いで気分が和らぎ、親から 「おかえり」 と言ってもらえる、ありがたさ。
スイカを口にしたあと、部屋で大の字に寝転んで、大きく背伸びをできる我が家。
土産を届けに 「ちょっとそこまで」 と、サンダルで親戚の家に訪問できる地域の気軽さ。

面影ある風景を見渡し、夜は友人と繁華街で過ごし、顔の利く店でもあれば寄っておきたいだろう。
帰省は親子関係や人間関係に、やさしさをあたえてくれるが、何て 「間の悪い」 お盆休みだ。

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/469248871.html ( 実家消滅 )
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2020年07月31日

ふたりへ

JRの懐かしいCMのキャッチコピー 「距離にためされて、二人は強くなる」

コロナ禍で、遠距離恋愛の若いカップルは、ツラい想いをしている。
彼を追えなくても、恋人同士であれば、いつも一緒にいたいはず。

同じ屋根の下であれば、昼近くに起きて、午後からドライブをしたり、美味しいモノを食べに出かけたり、観光地をめぐったりするもの。

夜は一緒に部屋で過ごせるだけでよく、スポーツニュースが終わる頃、寝室の灯りがフッと消える瞬間。
数か月前までは、寝る前に動揺を悟られないように、精一杯に平然を装っていたというのにね (笑)

そんな気持ちの積み重ねが、今の交際に至っているふたり。
会えない寂しさは、日増しに募るもの、好いている人に、好かれているという幸せ。

いずれ 「コロナなんてなかったかのような日」 が来るから、大丈夫だよ
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2020年07月28日

止まり木

中学時代 「ピンクレディー」 「キャンディーズ」 が全盛期でありながら 「アイドル」 には、全く興味を示さなかった。

後のアイドル 「松田聖子」 「中森明菜」 もすっ飛ばし 「おにゃんこクラブ」 の名前も覚えていない。
それより、大人の雰囲気がただよう 「カッコいい女」 に、男の興味を寄せた。

中学三年、初回シリーズ 「金八先生」 が人気番組だったころ、明晩9時 「Gメン75」 にチャンネルを合わせていた。
番組上、紅一点の女性刑事を演じる 「夏木マリ」 が、すごく大人っぽく見えた。
当時の彼女を女性の基準にしたら、同世代のアイドルはとても幼く感じてしまった。

輪をかけたのが、彼女が歌う 「Gメン75」 のエンディングテーマ 「ウイング」 の歌詞。
幸せを求めたはずの恋愛が、いつの間にか疲れ果てて、女は静かに 「止まり木で泣く」 部分。
歌詞の心情をわかるはずもなく 「止まり木」 の意味も知らず、女は複雑ぐらいにしか思えなかった。

その曲、40年ぶりに耳にして 「止まり木を見守る仕事」 を担っているのは、複雑な心境。
当時のレコードジャケットが印象的で、雨の日のレインコートと傘が似合う女性が見た目のタイプとなり、歌詞 「女は最初 空を欲しがり 女は最後 止まり木で泣く」 の哀願が男心に響く。

彼女が52歳の時に執筆した、本の一文が印象に残っている。
好きな男のタイプは 「夏木マリを好きだという男がタイプ」 

年齢に卑屈にならず、男性に媚びず、自分の生き方を持っている女性は 「カッコいい女」 だ。

 
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2020年07月26日

十人十色

この一週間ほど 「ミシュランガイド新潟版」 について、多くのお客さんと雑談に及んだ。

本書は味だけに限らず、マナーやエチケットも考察する、いい機会になる。
掲載されたからいい店、掲載されないから悪い店、そんな単純なことではない。
天然の鰻だからいい店、養殖の鰻だから悪い店、それも単純なことではないよね。

美食だけの評価なら、小金持ちの悪趣味と変わらず。
皿の上の評価とはいえ、テーブル上には、敬意や礼儀も存在する。
舌は食の経験で左右されるから、舌の感覚は皆が同じはずはない。

ただし、マナーやエチケットだけは 「お里が知れる」 ため、ごまかしは利かない。
問われるは、人間が食べるのは 「料理」 で、動物が食べるのが 「餌」 であってさ。
気どる必要はないが、食べ方ひとつ、会話ひとつ、その人の食卓ぶりが透けて見えるもの。

性格の悪い料理人に美味しい料理は作れないし、生ビールの不味い店に料理は期待できない。
真面目な店には真面目な常連客が付くし、不真面目な店には性格の悪い客が寄生するものだ。
後者の巣窟になりたくなければ 「真面目に店をやる」 ことでさ。

有名になったばかりに、後者の客に振り回されて、それまでの常連客の足が遠退くことがある。
どこの店にも、長年支えている常連客がいるため、一見客は 「聖域を荒らさない」 不文律もある。
情報を活用するのは賛成だが、情報にすがりつくだけで、自分の味覚や感性がないのは考えもの。

食は賛否両論 「十人十色」 だが、高くて美味しいのはあたりまえ。
いい大人は、豚のトリュフ探しのように 「安くていい店」 も知っているからね。
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2020年07月21日

心機一転

一か月のコロナ休業から営業を再開して、今日で2か月が経過した。
客は離れると戻ってこないと言われるが、不可抗力によることなので、元のさやにおさまりつつある。

しかし、経営に 「平坦な道」 はない。
開業08年 「リーマンショック」 11年 「東日本大震災」
2度による 「消費増税」 20年 「コロナウイルス」

難所の上り坂をいくつも越えながら、雨雲におおわれて暴風雨に打たれ、悪天候はピークに達した。
すると、雨雲の遥か先に光明が見え始め、希望を感じるようになるが、これも一時のよろこび。
また、雨雲が接近すると積乱雲で、気持ちを引き締める繰り返し。

個人事業主に 「舗装された道」 はない。
どこまで続くかわからぬ下り坂になるか、どこかで抜け道を見つけるか、それとも獣道を突っ走るか。
いずれの道を選ぼうと、走らぬことには何も見えない。

前も書いたが、飛行機が鉛色の雨雲を抜けた瞬間、一面に広がる雲の上の青空をイメージする。
その青空を目指して、何度も何度でも滑走路に入り 「テイクオフ」 (トライ) するような。
それを見ないうちに 「くたばってたまるか」 とする、身の丈のこだわりはある。

今、仕事をできる喜びの原動力は、健康を土台にした、豊富な対話 (雑談) の積み重ね。
ささえてくれる家族、いつも気にかけてくれる常連客、自然体の交友関係、やわらかい出会い。
そこに大そうな利害関係、無駄な野心もないし、心構えとしての距離感があれば、気遣いで十分。

営業再開後、2か月経過したご報告を兼ねて 「心機一転」 まずは、この夏を乗り切りたく存じます。

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2020年07月20日

結婚記念

18日 結婚記念日 だったけど・・

当日、記念日をすっかり忘れていたというか、明日と勘違いしていた矢先、海外勤務中の女性客から、第三者へのメールを介して知る。
妻に電話で伝えると、朝からわかっていたけど、あえて黙っていたらしく、ヤキモキしていた様子。
こういうことは、夫から言うべきで、おのれの鈍感さを反省し、伝えてくれた女性客の株は上昇中。
そんな、記念日なんだけど、夫婦にとって 「運命的な苦悩の始まりの日」 でもあり、限定的に言えば、僕のメンタルが崩れ堕ちてしまいそうだったことを、初めて以下へつづる。

時は、6年前の結婚記念日にさかのぼる。
妻が医師に大病を告げられ、夫婦で目の前が真っ暗になった。
この日から、頭は病名に支配され、日常も不安にさらされ、これから始まる 「長い治療」 に心揺れた。
本人は 「鋼のメンタル」 と思えるほど、冷静沈着ながら、僕は見てのとおり、ひとつのことしかできないタイプで、妻は同時に多くのことを考えて行動できるタイプ。
常に、妻が現状を整理して選択肢を示し、話し合いで決まれば 「それで行こう」 と目標へ突き進む。

過ぎた苦悩は語りたくないが、あのとき空目で去った人もいたし、いろんな人たちにも応援された。
そのことで、自分の精神的な弱さもわかり 「他人の力を借りてもいい」 と開き直れたのも事実。
ブログで公開する気になれたのは、今でも応援してくれた人たちに、感謝の気持ちがあるからだ。
もし、身内の病で、同じ悩みを抱えてる人がいれば、少しの傾聴と理解はできるかもしれない。

そのときの経験で 「人間はもっと楽しむために生きているんじゃないか」 と思えるようになった。
年齢の先にあることは狭まってくるが、ネガティブな気持ちに取りつかれる時間はなくなる。
命と時間の大切さを知れば、日常の小さな悩みなんて、もうどうでもよくなるからね。

結婚記念日が、試練をあたえられた日の始まりに記憶が上書きされた・・ なんて言い訳にならんわな。
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2020年07月17日

無星の客

取るに足らない経験であるが、東京原宿で和食居酒屋のマネージャーを兼任したころがある。

椅子とカウンター席、小上がりとお座敷を合わせて、230席の大型店。
調理場は刺場、焼場、煮方など、精鋭の板前7人と洗い場にパントリー、調理補佐を含め15人。
宴会係を含む、ホールの人数も含めると、ピークは25人体制でシフトしていた。

調理場が足りないときは、目黒雅叙園から助っ人を派遣してもらったり、ホールが足りなければ、会社の事務方まで支援力を結集して、ピークに対応していたほどだ。
大型店は体力勝負のため、目の回りそうな忙しさの中、慢性的に人手不足だった。

そんな中、客のありがたい声は励みになるが、その一方、理不尽な苦言を受けるのも仕事になる。
顧客満足度を優先し、店舗の立場も理解してもらいながら、解決に導くのがクレーム対応のセオリー。
苦言の性質を分類した対応が求められ 「クレーム処理」 は、だれもやりたがらない仕事の代名詞。

損害賠償請求を受けるような大ごとはなかったが、理不尽と思える 「言いがかり」 もあった。
大人数の宴会にもなると、開始15分前に保冷庫から、刺身の舟盛りを各テーブルにセットするのだが、客が30分も遅れて、乾杯までの前口上も長すぎ、箸を伸ばすころには、刺身が乾いているありさま。

こんなこともあったなあ。
鍋コースの出汁に雑炊かうどんを選んで〆とするが、泥酔と悪ふざけに夢中となり、煮詰まった状態を口にされ、それが 「不味い」 とあからさまにクレームを入れてくる。

どちらのケースも、麺が汁を吸ったラーメンを食べて 「アンケートに暴論」 を書かれるようなもの。
だからと言って 「客が食べ方のマナーを知らない」 とは口にできないため、理不尽とわかっていても、意見に耳を傾けざる得ないのが、飲食店のつらいところ。

長い間、日本人は 「お客様を神様として崇拝」 した傾向がある。
そのこと自体は、顧客満足度に沿った考えだが、いつの間にか行き過ぎた 「形式重視」 な取り組みが客の質を低下させ、性懲りもなく些細なことに小爆発させる客は、今も時おり耳にする。

今日発売の 「ミシュランガイド新潟版」 をお店選びの参考にするのはいいが、客も店に選ばれるのを忘れてはいけないし、客は店に星をつけるが 「店も客に星をつけたい」 のが、経営者の本音。
飲食店や小売店は、客商売であるもの、決してお客のしもべではないんだ。

あえて 「無星の客」 であることも、飲食店でのたしなみのひとつかと思える。
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2020年07月16日

無星の店

ミシュランガイド新潟版 (食の格付け本) で、掲載店が発表された。

三つ星は該当なし、二つ星は3店舗、一つ星は18店舗という結果だった。
うち、一つ星に輝いた、西堀 「割烹かいの」 を知る者として受賞は喜ばしく、料理には人柄も出る。

日本人は 「格付けチェック」 が好きで、切磋琢磨をもたらすが、幼稚化をあぶりだすこともある。
本来、飲食店に星をつけるには、料理の味や品質以外、サービスや接客、周辺環境に至るまで、見識あってのことになるが、ミシュランは 「味」 に評価を絞り、厳格な基準で独自調査したと語る。
言うなれば、そのほうがあれこれと評価が散見せず、わかりやすいだろうし、お店は 「コスパ」 だけを求める場所じゃない。

「ミシュラン」 である以上、談合的なお店の紹介、疑惑的な提灯記事は意に反する。
バイト感覚のモニター調査、仕事帰りに立ち寄った、飲食店の点数やレビューを投稿するのとは違う。
国道沿いのファミレスの味も知らずして、東京麻布のレストランのクオリティを評価できないだろう。
添加物や化学調味料の味を見抜けないのに、有機野菜や自然食品に語彙を持てるわけあるまい。
店を評価するというのは、舌の資質と研鑽があり、土台からしてだれでもできることではないんだ。

僕が、人様のお店を評価しないのは、自分の 「身の程」 を知っているから。
時には、素敵な店で食べる喜びもあるが、心情的には 「無星の店」 で、無邪気に食べるのが好きだ。

人それぞれに価値観はあるが、俺は小さな店の片隅で、ハムカツを食べている方がいいや。
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2020年07月15日

琥珀美酒

中高生の恋愛は 「生ジュース」 のように、甘くて酸っぱかったと思う。

それが、20歳も過ぎるとカクテルの色合いにときめき、アルコールの媚薬に酔えるようになる。
その違い、添加物や着色料の不純物も混じるから 「ピュア」 な気持ちも次第に変化してくる。
むしろ、酸いも甘いも経験する、あたりまえの過程であってさ。
それから、30年ほどの間で、いろんな人と交流をたしなみ、男は父性が確立する 「50歳」 になると、口にするお酒や態度も落ちついてくる。

お酒は、一通りに味わった。
ビールは、挨拶代わりの乾杯酒として、ワインに日本酒、焼酎など、醸造酒も蒸留酒も。
そして、最後まで愛したのが 「ウイスキー」 で、体よく言えば 「35年」 のつきあいだ。

樽で何年も熟成させ、無色透明だった原酒が 「琥珀色」 に変わる様。
これこそ人生であり、グラスを交わしたいのは、長い工程で独自の風味を持つ、熟成された人。
生ジュースのような、フレッシュ感もいいけど、大人は年月をかけて、仕上がった美酒で酔いたいもの。

いい人と、いい場所で、いい会話と、いいウイスキーをね。
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