2016年02月09日

Branford Marsalis (Ts)

先日のブログ、97年のエルビン・ジョーンズのカルテットで、ウェントン・マルサリスが参加したステージを見たことに少し触れた。

その頃、彼はマイルス・デイビスを批判するようなこともおさまり、天才が大人になった印象も受けた。
やや気難しく、協調性がとりにくく、自己主張が強い、弟のウェントンの存在と対照的なのは、兄となる 「ブランフォード・マルサリス」 である。

フレンドリーで、気のいい男として、ファンから親しまれていた。
しかし、アメリカ版プレイボーイ誌のインタビューで 「日本人はジャズをわからない」 と日本人ファンに冷や水を浴びせ、感情にしこりを残したことがあるが、「大半のミュージシャンは、同じ意見なんだろうな」 ぐらいにしか思っていなかった。
ジャズを理論で聴いている人は特別だし ボク自身 「ノリ」 や 「フィーリング」 で聴いている。

以前 「わかるわからない論議するのはナンセンス」 と記したが、考えは不変だ。
今回、加筆すれば 「それを超越している、プロが言っちゃおしまいよ」 になる。
結果的に 「オレたちは本場のジャズをやっている」 エリート意識にとらわれて、その純粋さ、あるいは思い込みが、ジャズの門戸を狭めていくことをわかっていなかったと思える。
そういうことは 「言わないのが約束」 で、あいまいにしておくのもプロ。

ブランフォードのサックスは柔軟性があり、ジャズの伝統を消化して、風格と気品にあふれている。
この5年ほど、ブランフォードを聴き直したら、固定ぎみの耳に刺激をあたえることができた。
そのきっかけをあたえてくれたのは 「ジャズ友」 でもある 「N塚さん」 の影響もあり、たがいの好みを聴かせあうことは、厚みをつける早道だと信じてやまない。

わかるわからない、決めつけで言い出したら、泥沼になるからね。 (笑)


このビート感、ゴキゲンだぜ。
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2016年02月08日

SHINJUKU PIT-INN 50th

新宿ピットイン50周年を記念して 「新宿ピットインの50年」 と題した書籍が出版された。

主にインタビュー編集で、オーナーとミュージシャンの対談で占められており 「エルビン・ジョーンズ」の回想記事がお店の歴史を彩っていた。
また、出演者の略史年表において、いかに多くのミュージシャンが育ったジャズの殿堂であるか、あらためて思い知らされるし、本編、時代の役割を終えて閉店した 「六本木ピットイン」 にも触れているから、4ビート (ジャズ) 志向の新宿と、8ビート (フュージョン) 志向の六本木の互換性も楽しめる。
まあ、本を読んだ感想ではないので、早速、ボクの 「新宿ピットイン」 を語るとする。

ひとりのファンとして、85年から98年の間、新宿通りに面した新宿伊勢丹の裏通りの地下にあったころから、新宿二丁目に移転した、二店舗の雰囲気を知る。
97年、新宿厚生年金会館で行われた30周年記念では、出演者をたずねて楽屋に入らせてもらった。
あのとき、日本の名だたる出演者の中に、海外から招かれたエルビンをはじめ 「エリック・リード」  あっそうだ 「ウェントン・マルサリス」 もいた。
ベースの鈴木良雄さんは、エルビンのグループのベーシスト愛用のウッドベースに専門的な質問をしてたり、バックステージではさながら 「スクール・オブ・ジャズ」 の様相だった。
おたがいファン同士で、一堂が介する豪華絢爛な雰囲気に、わずかながらいたんだよな。

4ビートを聴くには大ホールもいいが、臨場的にドラムのパルスが伝わるハコの方が好きだ。
ステージと客席の距離が近いほど、真剣勝負のような切迫感が素晴らしい演奏に駆り立てられる。
ボク自身、好奇心旺盛にして集中型なので、音を考える暇もなく、頭が真空状態になれるときがいい。
それに楽曲や楽器のファンにはならず、それぞれの色彩を放つ、ミュージシャンのファンになるタイプ。

出演者をキライと思ったことはないんだ。
あくまでもテイストの違いであるから、聴いたから好き、聴かなかったからキライ、ということじゃない。
音楽に対するこだわりの強さは想定するも、メディアを通して知るイメージと、実際に会ってみるとでは、その印象は決して同じであるとは言い切れないけどね (笑)

良心的なミュージックチャージで、聴く耳を鍛えられた、新宿ピットインを抜きに語れない。
昼の部に出演していた同世代は、その後も夜の部にとどまらず、日本の手練にまで成長したんだから、それまで時系列はルーツそのもの。 (朝の部もあったなあ)
そんな書籍の中で、最も印象に残っていることは、多くの出演者が 「ピットインの客は耳が肥えているから、やぼな演奏は通用しない緊張感がある」 と口を揃えていたこと。
ステージと客席に緊張感がないと、いい演奏は生まれないからね。

「ジャズバーの店主」 として、あえてこだわりを言わないのもポリシー。
アナログでもデジタルでもなく、ライヴをするスペースもないが、ジャズだけに限らず、新宿の街のように 雑然とした個性を持ち寄り 「去る者は追わず、来る者は拒まず」 のスタンス。

ゆるいジャズでつながりをもてる 「庶民的な店」 でいいと思っている。



1985年 新宿ピットイン 20周年記念コンサート 
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2016年01月21日

Jazz Talk Vol.68

今夜 (20日) のことは、記しておこう。

開店間もない時間、韓国人観光客のお二人がお越しになった。

二週間の日本滞在で、それまで東京の小さなジャズクラブをめぐり、母国では有名なジャズボーカリストである女性は、飛び入りでセッションに参加したり、韓国での実力を余すことなく発揮してきたご様子。

3枚目のアルバムを発売したとかで、手持ちの音源を少し聴かせてもらうと、清涼感あるフレージングで時に難易度の高いスキャットも飛ばし切り、そのオープンハートにプライドがあった。

プロモーション用のCDは、東京でベテランベーシスト 「鈴木良雄」 氏に差し上げたのが、最後の一枚だったらしく、音源そのものは入手できなかったが、耳に心地よさは残っているので、後に探してみる。

また、いいチャンスかと思い、こんな質問をしてみた。
選曲は歌詞で決めるのか、メロディーで決めるのか、たずねると、彼女はメロディー重視だという。

理由はいろいろあるが、洋楽を聴く感覚と同じで、メロディーに惹かれ、言葉の意味をかみしめるのが、優先順路となるようだが、それも歌への愛情と上手さあってのことなんだろうね。

それと韓国のジャズ事情やステージパフォーマンスなど、フランクに会話を交わせたのも、韓国男性が日本語に精通している方で、同時通訳で4時間近くも所々語れたことが大きかった。

それにエンターテインメントに触れている方々は、言葉が通じなくてもボディランゲージが上手いので、会話に神経は使うが、おたがいに言わんとしていることは、きちんと伝わるものである。

たまたま、お隣の席にこれまたジャズ好きな60代男性も自然と交わり、それこそ昨日のブログに記した 「本籍はジャズ」 のような会話ですごせて、最近にしてはめずらしい夜になった。

当店、セッションできる環境ではないから、予測不能なゲストだったけど、こんな真底冷えこんだ夜に、  これこそホットな 「 トークセッション 」 (ギグ) であった。

What a name ?
韓国人女性ジャズシンガー  RYU JOO HEE ! (リュ・ジュヒ)  I Get A Kick Out Of You

だれともうちとけられ、穏やかで親近感のある素敵な女性だった。
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2016年01月20日

Jazz Talk Vol.67

プロアマ問わず、ミュージシャンで自称 「ジャズミュージシャン」「ジャズシンガー」 を名のる人もいるがこの10年ほどの間、あえて呼び名にこだわりを持つ人は少なくなったようだ。

当然、良し悪しではなく、それだけ音楽性がバラエティーになってきた証だし、ひとつの枠にとどまらない表明でもあろう。

ボクが思うに、ジャズは本籍地みたいなもので、現住所がロックだろうが、移転先がポップスであろうがフィーリング的な部分では 「本籍はジャズ」 であると、自任を意味するものと言えよう。

このあたり 「ジャズバー」 も似たようなもので、会話がジャズに限定されているのではなく、社会的な コミュニケーションで、空間が成り立っているのと同じことである。

「ジャズミュージシャン」 の話に戻す。

昔はライヴ終了後、演奏者は会場の片隅に座って 「ウイスキー・オン・ザ・ロック」 を飲みながら、 クールダウンしている姿が、少し芸術的な絵になって見えたものだが、今は見なくなったという。

たまのツアーでホテルが近くにあるなら別だが、お酒よりも腹を空かせてしまうから、あとかたずけを   したら、どこか食事もとれそうな場所に移動したがる。

それに楽器を積んだ車で移動してたり、次の会場入りで翌朝が早かったりするから、打ち上げは淡泊で疲労感をお酒で洗い流す人も少なくなった。

いつの間にか、出演者も観客も健康志向になったのか、昔のジャズクラブみたいに、ウインク代わりの合言葉 「 Yeah ! 」 で、グラスを目の高さで乾杯を交わす、粋なコミュニケーションもなくなった。

ジャズミュージシャンなら、アメリカ仕込みじゃないけど、サラッとクールな人でいてほしい。
なぜなら、グリーティングセンスって、音 (アドリブ) に出るからわかるし、気どり方も冥利だからね。

ジャズミュージシャン 「かくあるべし」
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2016年01月18日

Jazz Talk Vol.66

17日 2016 新潟ジャズストリート ウインター

夕方4時開演の 「 Cool Groove 」 を新潟日報メディアシップで聴いていた。

チック・コリア 「スペイン」 をオープニングに、パット・メセニー2曲 ミッシェル・カミロ ジョー・サンプル マーカス・ミラー のナンバーがそれぞれ1曲で、合計6曲のジャズフュージョン。

俄然注目したのは、3曲目 ミッシェル・カミロ 「ノット・イエット」
原曲は速いテンポの上、ラテン特有なリズムとビート感を出すのがむずかしいんだ。

それに自由に遊べるスペースを作りながら、ユニゾンで合わせるところも多く、リズムの決め所はバネの如くしなやかにノリ飛ばさないと、疾走感が出ない難易度の高い曲である。

そのナンバー、細かいパッセージまでは演奏を仕切れないが、逆に全員がムリに細かくなり過ぎずに、不自然なキメもなく、響きのバランスが良かった。

ステージにひとつの色合いをつけていく上で、とても重要なナンバーだったと思えたし、全6曲メリハリが効いていたから、最後まで楽しく聴いていた。

正直、偶然のユニットではあったけど、全曲とも原曲は知っていたし、バンド名 「 Cool Groove 」 というぐらいだから、この手の演奏を最も得意とする、新潟の有力グループには違いないだろう。

新潟ジャズストリートは、大きな意味でみんなジャズながら、観客や年代において、各会場の雰囲気が違うから、これがまたおもしろいんだ。
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2016年01月08日

SHOW-YA (Rock)

イカすぜ  SHOW-YA !

年末 WOWWOW で録りためていた、彼女たちの結成30周年記念ライヴの映像を、3日間に分けてようやく見終わった。

何せ、3時間で30曲の生ライヴだけに見る方も疲れるが、テンポの速さをモノともしない、音圧の高い屈指のハードロックバンドである。

当時、日本の女性ロックバンドの草分け的存在でありながら、時代の対極軸に位置していた人気バンド 「プリンセス プリンセス」 と比べられてたが、そこは目指すべき方向性が違っていたから、おたがいにそんな風評には、はなはだ迷惑していたんじゃないかな。

そのころ、ボクはロックを熱心に聴いていなかったから、うまくは言えないけど、ステージパフォーマンスさながら、音楽としてのスキルが高かったし 「SHOW-YA サウンド」 をキチンと持っていたよね。

ヒット曲 「私は嵐」 「限界ラヴァーズ」 など多くあるもの、あまりヒットだけを意識してのことではなく、あくまでもストレートでダイナミックに、ハードロックを体現していた。

また 「女だから、なめられたくない」 そんな気持ちにもあふれていたようだが、純粋であるがゆえに、成り行き上のツッパリでしかなかったと思える。

今では、メンバー全員 「50歳オーバー」 なのに、音楽も芸事も映えていて、その土台が鉄筋でなく  鉄骨であったからこそ、その気にさえなれば、カムバックできる強さを証明しちゃったんだからね。

女性は楽屋で 「キャー、ドキドキ緊張しちゃう」 なんて言いながら、いざステージに立つと、自分たちの世界に入れる、怖れ知らずの切り換えの早さがすごい。

まるで、女優に変身したかのように、華麗なステージ衣装を身にまとい、それぞれの曲のイメージに    合わせて、自分がどう映るかを意識して、観客の喉元をグィッと引き寄せて離さない強さがあるんだ。

しかも、ルックスだけを売り物にしたバンドじゃなく、土台となる音楽性が高いことが、3夜虜にされた  理由であり、もしあれで音楽性が低かったら、自由参加の学園祭の出し物とさほど変わらないからね。

個人的には、クレープを可愛く食べるアイドルより、鶏の唐揚げにカブりつくような 「私は嵐」 みたいな熟女のほうが好きだから、ギターの 「五十嵐美貴」 の脂みなぎるパフォーマンスに惹かれちゃうな。

年齢を取り上げるのは不本意であろうが、年齢をカッコよさにできる女性は素敵だと思うもん。
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2015年12月27日

Charles Mingus (B)

来年の干支にあやかり、往年のジャズファンであれば、チャールズ・ミンガスの名盤 「直立猿人」 (1956年) を引っぱりだして、聴きたくなる人もいるのでは。

しかし、誤解を恐れずに言えば、これからジャズを聴こうとしている人は、このアルバムに手を出すな。
不適切な言葉で、おせっかいを焼くが 「トーシローが聴けるモンじゃない」
ただし、それは最大のほめ言葉でもあるが。

甘さや優しさを排除した骨格ジャズに、ストーリー性が描かれたアルバムである。
どう解釈するかは自由だが、誉れ高きメッセージを受け止めるには、難易度が高すぎるだろう。
人種差別や政治批判などの情念にあふれているが、ボクは音楽としては動かされなかったなあ。

イタズラに 「これがジャズ」 と道しるべにされたら、そのあとの展開を見失うだろうし 「これもジャズ」 として 「これ」 の後に 「が」 をつけるか 「も」 をつけるか、あるいは 「は」 でも 「ジャズ」 のもつ雰囲気は、ずいぶん変わると思う。

メンバーは充実しているもの、リーダーであるミンガスの強い統制力に仕方なく屈している気がしなくもないが、彼らの心情風景は伝わってくるアルバムだ。

ジャズのスポコン盤ならぬ、入門編にしてはならない名盤 「直立猿人」 である。
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2015年12月03日

Casiopea 3rd

デビュー35年となる、日本のフュージョンバンド 「カシオペアサード」 のBSライブ映像を見た。

途中、メンバーの交代や活動休止期間はあったものの、デビュー当時からのキャッチフレーズである 「スリル」 「スピード」 「テクニック」 は、サウンドの響きは変わっても健在であった。

カシオペアがデビューしたころ、ジャズの愛好家からは 「ガキの電気バンド」 ぐらいのイメージしか  もたれてなかったが、頭角を現すまでさほど時間を要することなく、若者を中心に絶頂期をむかえた。

そのころ、多くのフュージョンバンドがあったが、どれも変わり映えしない印象になっていく中で、次第にカシオペアだけは、特別な評価を浴びるようになっていた。

フュージョンというと、同じリフばかりで、即興性に欠けるので飽きるという意見が大半だったが、それは質の悪い即席フュージョンであり、その見方は誤解されていたと思える。

なぜなら、同じインストものでありながら、ジャズのテイストをバンドの軸にしてしまうと、カシオペアの  アイデンティティーは損なわれてしまう。

彼らが4ビートを演奏したところで、元々のノリが違うから、ジャズのグルーヴ感を出せるとは言い難い。
それに、ハートがどこにあるかわからない音楽をお世辞にも 「いいな」 とは思わないだろう。

基本的にロックビートだから、瞬間をビシッと決めていかないと、チンタラとなにを聴かされているのか、わからなくなることもある。

つまり、即興演奏に走るバンドではなく、綿密に構成されたパッケージなステージに魅力があるんだ。
それに、その音楽にはその音楽のセンスや難しさがあるから、一概に良し悪しの話ではないからね。

だいぶ前に、ジャズギタリスト 「渡辺香津美」 が、雑誌のある対談で 「オレは、野呂のようなギターは弾けないな」 とコメントし、あとから知らされた 「野呂一生」 は感激したという。
その背景 「カシオペアの音楽を聴いてくれていたんだ」 という、よろこびをかみしめたようすである。

そんな 「カシオペアサード」 のリーダーとして、紆余曲折ありながら、35年もバンドを牽引した実績はコンポーザー (作曲) 兼 ギタリストとして、そろそろ集大成を語れる円熟期に入ったであろう。

We Love Casiopea 3rd !
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2015年12月02日

Monica Z

原題 「モニカ Z」  邦題 「ストックホルムでワルツを」

時は 1960年 スウェーデン ストックホルム

電話交換手を生計にするシングルマザーで、ジャズシンガーを夢見る 「モニカ」 は、ジャズの本場 ニューヨークのクラブで、デビューのチャンスを得ることができた。
しかし、本場のステージでは、実力不足で観客に受けいれてもらえず、ひとり苦汁を味わっていた。

そんなとき、一流ジャズシンガー 「エラ・フィッツジェラルド」 を街場のバーで見かけた。
彼女はいい機会と思い、その場で自分のアカペラ (歌) を聞いてもらい、エラに感想を求めたものの返ってきた答えは、素っ気ないものだった。

「だれかのマネじゃなくて、自分の気持ちを素直に歌うべき」 と、鼻にもかけてもらえなかった。
しかも 「あなたに、ビリー・ホリディーは歌えない」 とまで言われ、それがコンプレックスとなるが、後にその言葉が実ることにもなる。

物語のはじまりは、いったん切らせてもらい、ここからは 「ボクの感想」 に入りたい。

そもそも、歌のうまい、へたの分かれ目はどこであろうか。
音程、リズム、読譜力、絶対音感以上に、その人の 「個性」 が出ていることじゃないだろうか。

多少の音程を外しても、リズムに乗り切れなくても、その人らしさが出ていれば、引き込まれてしまう。
だから、コピーありありでは興ざめだし、音楽学校の平均点をとるための音楽 (歌い方) ではなく、  好きを好きと言い切れるだけの 「オリジナルティー」 にあると思う。

それまでの音楽の勉強は、好きを表現するための努力でしかないから、やっぱりステージでは、本当の自分を出すべきだし 「テクニック」 は後からついてくるものだ。

物語の後半、不本意な経験を積みながら、ある日、モニカに一本の国際電話がかかってきた。
声の主は 「ビル・エヴァンス」 で、電話の内容は、ニューヨークでの 「共演オファー」 だった。

ステージで歌うは 「ワルツ・フォー・デビィ」

客席には、あの 「エラ・フィッツジェラルド」 が温かい視線で見つめており、確執中の父親からの電話で涙し、気持ちのすれ違いをおこしていた彼とも結婚した。

「春 秋 そして冬‥ あなたと暮らす季節」   生きざまを歌った、個性が人の心を打ったのである。
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2015年11月03日

SESSION

遅ればせながら、ジャズドラマーを志す若者を題材にしたアメリカ映画 「セッション」 をレンタルした。

こんなエピソードを思い出した。

アントニオ猪木が率いたプロレス団体 「新日本プロレス」
毎朝10時、鬼コーチ 「山本小鉄」 のキャディラックが道場に到着すると、練習生は身が引き締まる  思いだったと、後のプロレスラーたちは証言している。
そのあと、お構いなしの 「地獄のトレーニング」 が待ち受けているからだ。
こうして、名実ともに 「プロレスラー」 になるのである。

まさに、そんな映画だった。

ジャズドラマーになるため、全米の名門音楽院に入学した主人公 (19歳) は、鬼教師の常軌を逸した 「スパルタ教育」 で、一流ドラマーへの足がかりができるストーリー。

映画の評価は割れるだろうが 「師弟ロマンを描いた」 と見る向きもあれば 「歪んだ愛の不条理な   パワハラ」 と見る向きもあるだろう。

このあたり、たかが映画、されど映画だから、目くじらを立てるなである。

ボクが知る、ジャズの現場は、少しわがままで手荒なイメージがあった。
だけど、いい音楽を聴かせようと、彼らには彼らなりの悩みがあったと思えた。

今はどうかわからないが、最近は自分たちグループの感動だけを優先しているような気もするね。

「反面教師」 という言葉がある。
映画の分かれ目は、鬼教師の人格をどういう目で見るかで、その感想は変わったものになるであろう。
 
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2015年10月21日

My Back Pages

秋の夜長 お客さんと緩い音楽談義をしていた。

1964年 ボブ・デュランの名曲 「マイ・バック・ペイジ」 をピアノトリオでカバーしたアルバムが耳に残っているというが、もう30数年前に聴いた曲なので、だれの演奏だったのか思い出せず、しばらく  会話が宙をさまよっていた。

「きっと、探しているのは、このアルバムだな…」
67年 キース・ジャレット・トリオ 「サムホエア・ビフォー」 の一曲目を流して、ジャケットをカウンターにおいた。

本作 若かりし頃の チャーリー・ヘイデン ポール・モチアン との実験的な試みを思わせられる。
ベースのソロテーマから入り、次第にリリカルな展開となり、絶望と哀愁、今を生きる希望を抱かせる。
いろんな人の想いが、かけめぐるナンバーであろう。

このアルバムの魅力は、少し耳障りで粗っぽい演奏の中に、まぎれもない青春の香りがするところ。
学生時代の飢えと渇き、政治的な批判や社会を風刺しながら、次第にスーツを着てネクタイを結ぶ頃、自己との対話をすることになる、そんな若い日々の心境に戻れるんだ。

「マイ・バック・ペイジ」 と 「バーボン」  少しお疲れの 「フリーカメラマン」 がくつろいでいた。
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2015年10月20日

Jazz Talk Vol.65

毎年9月 東京丸の内で開催される 「東京ジャズ」

今年で、第14回目を迎えた東京ジャズの模様は、10月にダイジェストとしてBSでオンエアされるので、いつも楽しみに見ている。

魅力は、従来からあるジャズのスタイルだけにこだわらず、レジェンド (巨匠) はもちろん、国際色が豊かな若手プレイヤーたちの 「今」 を感じさせるステージである。

別番組のインタビューで、新進気鋭のジャズピアニスト兼プロデューサー 「ロバート・グラスパー」 は こう語っている…    「音楽という広いジャンルの中で、いつの間にかジャズは孤立的になった」

そんな投げかけに、既成のスタンダードをより現代風にアレンジした、若手が名のりを上げてきた。
ビッグネームでは 「上原ひろみ」 好みは分裂すると思えるが 「マッド・リブ」 男性ボーカルなら   「ホセ・ジェームス」 であったり。

今、若者の主流であろうジャズは、ロックビートではじまったり、俗に ヒップ・ホップ・ジャズ であったり、いろんな音楽的要素の複合体なので、ひとつのノリだけでは収まり切れなくなっている。

それにムリにジャズを名のることもないだろうし、ジャズのスタイルにも選り好みがあるだけに、開かれた気持ちで聴かないと、どうしても狭い世界だけにおちいりやすい。

ジャズは、既成概念を壊してきた音楽だ。
こうして、壊してきた先人たちが、今壊そうとしている若手たちをとやかく言うのは、お門違いであろう。
自分の好みでないからと言って、否定してはいけないし、可能性のためにも好きにやらせりゃいいんだ。

物わかりのいいことをつづったが、ボクの軸足は伝統的な 「アコーステックジャズ」 にある。
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2015年10月17日

Jazz Talk Vol.64

中古CDショップで、廃盤  「エルビン・ジョーンズ・スペシャル・クインテット」  (至上の愛/新宿ピットイン・ライヴ 92」 を手にできた。

本作、トランペット 「ウィントン・マルサリス」 がゲスト参加したことで、注目されたアルバムである。

当時、前評判では、録音の悪さを指摘されてたようだが、ボクは演奏そのものに耳をこらしているから、あまり気にならなかった。

それより、エルビンの強烈なグルーヴ感に対し、ウィントンの完璧なまでの安定感と構成力の豊かさを感じた。

あらためて 「マイルス・デイビスを批判しただけの腕前はあるわな」 と思いつつも、小憎らしいまでの 「インテリジェンス」 を感じるところがある。

つまり、パーフェクトなんだ…  だけど、何かとっつきにくいんだ。
うまく説明できないけど、すべての音を正しい位置におきたがるような…
この話は、少しデリケートなので、ここでやめておこう。

今、再販に限らず、廃盤や中古が多く出回っている。

買って、聴いて、記憶に残らず、また買ってのスパイラルは避けたいから、コレクション目的で飛びつく  ことはせず、あくまでもジャズを聴くことを重点においている。

往年のジャズファンが 「お宝」 を手放すようになってきたから、中古ショップのラックは在庫が豊富で、何も見ずに素通りすることはできなくなった。

こう書くと、いずれボクもすべてを手放す年齢が来るだろうし、他者へ譲ることもおとずれるであろう。
そのとき 「これだけは手放せないな」 と思う、アルバムは何だろう ?
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2015年10月06日

We Want Mails

新宿のディスクユニオンで、81年に新宿西口広場で行われた野外ライブ 「ウィ・ウォント・マイルス」 (東京公演) の、DVDを掘り出した。

2枚組のCDは聴いていたが、新宿西口の映像を見るのは、これがはじめてのことである。

81年 当時 55歳 マイルス・デイビス
日本公演は体調不良から復帰した 「カムバック公演」 だったとはいえ、一部の専門誌や評論家からはさんざんな書かれ方をされて 「もうわれわれが知るマイルスではない」 論調が強かったとか。

本当にそうだったのであろうか。
CDを聴いた分 (海外のベストテイク)、それは感じなかったので、今明らかになる 「81年 新宿西口 東京公演」 は興味津々だった。

スタイルをエレクトリック・ファンクに移しかえて、まだ創造性を試しているときだから、見る側の好奇心に担う部分が大きかったと思える。
映像では、音の精彩さに富んでおらず、吹いているのかわからない様子で、生気を感じられない。

だが、マイルスだけを注目しているようで 「グループ」 として、あまり語られていない気もした。

ドラム 「アル・フォスター」 新進気鋭のベース 「マーカス・ミラー」 が、重量級ビートで根底を支え、サックス 「ビル・エバンス」 ギター 「マイク・スターン」 が、甘さを排した パフォーマンスを展開する。

グループの画期的なインタープレイが迫る中、マイルスは突然 「パッ!」 あるいは 「パ・パッー!」 という具合に、テンションの高いパッセージを送り込んでくる。

サーカスの調教師が、肝心な場面で鞭の音を響かせる、猛獣使いのような役割を果たしているあたり。
その瞬間、バンドの音が 「バチッ」 と締まるというのかなあ、全体としてはいいグループなんだ。

ボクは、マイルスを語れるほど聴いたほうではないが、マイルスの門下生には一目置くことになる。
日本人で唯一メンバー入りした、ジャズピアニスト 「ケイ赤城」 は、緊張のあまりに3年間やめていた タバコを急に吸いだしたというほどだから、いかにカリスマ性があった、ボスだったかわかるよね。

スタイルの変化には好みが割れるが、ボクが影響を受けたアルバムは 「フォア・アンド・モア」
そこにとどまることはなかったが 「ウォーキン」 でエキサイトし 「ブルー・イン・グリーン」 で内省して 「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」 で夜に酔いしれた。

どんなスタイルであれ、だれでも年代により、歩みは変わるから、同じように 「マイルス・デイビス」も、変わるべきして、変わったんだと思える。 (85年ころが、帝王復活って感じがした)

ただ、剛直なまでに後ろを振り返らなさすぎたから、50〜60年代のジャズファンからは、深い苛立ちを浴びせられただろうし、きっと 「願わくば、あのメンバーで…」 なんて、ファンの夢もあったんだろうね。

つまり、ジャズ (音楽) も、時代の生きものなんだろうな。
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2015年10月03日

Jazz Talk Vol.63

東京 「新宿ピットイン」 のライブで、最近 「グランドピアノ」 が新調されたことを知った。

こんな、お店のエピソードを知る。
最初、アップライトピアノを置いていたが、渡辺貞夫さんから、これから日本のジャズを育てていくためにグランドピアノを置くべきだと、アドバイスをされたらしい。

しかし、昭和40年代では、高価すぎる耐久消費財なので、検討も重ねた。
ところが、冷やかしのアドバイスではなかったことが、このあとに証明された。
「店が支払いできなくなったら、自分が肩代わりして払う」 ことを条件に、すぐに納品させたという。

もちろん、本体価格だけではなく、年間の調律費用に消耗部分の手入れなど、維持費も発生する。
それに、山下洋輔ばりの強烈なピアニストともなると、弦をぶった切ってしまうほどのパワーがあるから、異例のコストも考えねばならない。

それほど、日本のジャズが急成長していた、60〜70年代がうかがえるエピソードである。

ピアノは生産工程と保管条件がよければ、弾けば弾くほど音がなじみ、音色が丸みを帯びる。
古いピアノほど、響鳴板の木目がいいから、音の伝達もよく、全体的に響きもよくなるもの。
だから、ライブハウスの象徴は 「グランドピアノ」 であり、メンテナンスが愛情となる。

すべてのピアニストに、平等に与えられた条件は 「白黒88の音階」 と 「調律師の腕前」 だろう。
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2015年10月02日

SHINJUKU PIT-INN

場所は、9月23日 「新宿ピットイン」 (昼の部)
グループ 「板垣光弘トリオ」   メンバー 板垣光弘 (P) 吉木 稔 (B) 三科律子 (Dr)

陽の光が届かない、地下の扉を開けると、余計な装飾は一切ない、無機質な空間が広がっている。
ピンスポに照らされた楽器を見ながら、どんな演奏を聴かせてくれるのか、気分は高揚していた。

ステージ左手には、よく磨かれたグランドピアノ。
中央には、重厚なマホガニーのウッドベース。
右手には、グレッチのドラムセット。

ピアノの指が左右にカリカリとスライドし、ベースの背中が次第に低くなっていくと、ドラムが絶頂でトップシンバルを炸裂させる。
強烈な刺激を交わし、三位一体となった瞬間、客席からも 「イェー!」 という歓声が浴びせられ、音量制限のない空間がひとつになった。

ファーストステージのラストは、アップテンポで編曲された、スタンダードナンバー 「チェロキー」
オリジナルとスタンダードの選曲が、バランスよく調和しており、自作のエッセンスに魅了された。
そんなにメジャーなトリオじゃないけど、これほどの腕前を持っているメンバーは、東京ではゴロゴロしているんだから、個性の宝庫である。
まさに 「演奏だけで勝負する」 ライブハウスの誇りが 「今年で開店50年」 の歳月が物語る。

ジャズは時を超えて、時代も移ろい、価値観も変わった。
3列目の真ん中の席から、店内を見渡すと、昔から変わらない空間に安心した。
耳の肥えた観客も多く、ステージで演奏する人も、生半可では出演できない緊張感もある。
だけど、観客はやさしいんだ。
若手の成長を見守っていたり、ベテランにしか出せない、枯れた味わいをわかっていたり。
長い時間で、温かく見守ろうという姿勢もあるから、そのときの演奏だけで決めつけることはしない。

新宿の雑踏は、ジャズの似合う街だ。
同じ雑踏でも、渋谷や六本木では、整いすぎて似合わない。
ボクは、だれにも気兼ねせず、ジャズを楽しみたいから、ディナーやラウンジ形式は好まない。
聴くのなら、音の空間を埋め尽くすように、玉汗が流れ落ちる、アグレッシブな演奏がいいな。

ライヴは鍵盤の低音部のかたまりが響き終わり、ベースの重低音が沈んで消え、ドラムのハイハットのクローズで締めくくった。

10人ほどの観客からは、まばらな拍手がおくられたが、知る人のみぞ 「温かみのある拍手」 だった。
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2015年08月21日

Jazz Talk Vol.62

ジャズDVDコレクションシリーズ 「ハービー・ハンコック・トリオ・83」 (映像) を購入した。

本編 「ロン・カーター」 と、リズムを担った、ドラマー 「ビリー・コブハム」 のプレイを映像で、じっくりと見たく、その持ち味はパワフルなドラミングが、魅力的な存在である。

ゆえに、モダンジャズの原点である4ビートからは、遠い存在におかれていたようだが、時代の新境地を開いた功績からすれば、もっと評価は高くてもいい気もするが…

ウェザー・リポートのドラマーで名を馳せた 「ピーター・アースキン」 リターン・トゥー・フォー・エバーの 「レニー・ホワイト」 も、後に 4ビートの 「スティックワーク」 を披露したが、彼らのルーツをたどれば 「ジャズ」 であり、オファーに応えていたら 「ロック・フュージョン」 のラベルになっただけである。

一貫して、4ビートの第一線に君臨した 「エルビン・ジョーンズ」 や 「トニー・ウイリアムス」 など、  別格もいるんだけど、他は要求に応えただけで、真のスタイルは 「ストレート・ア・ヘッド」 なんだ。

まず 「ジャック・デジョネット」 がそうであったし、ボクの好きな 「アル・フォスター」 も、てきめんで、 2人に共通しているのは、リーダーというよりも、サイドメンとしての実力に本筋があると思えた。

アルの場合 「マイルス・デイビス」 を従属的にささえているよりも、ハービーや 「ソニー・ロリンズ」 と一緒に、自由度の高いドラミングを披露していた姿のほうが、それはもう断然好きでさ。

「ハービー・ハンコック・トリオ・83」 に話を戻す。

レギュラードラマーだった、トニーのシャープなスイング感のほうが、完成度が高いと思えるが、ビリーはパーカッションを駆使したロックアプローチで、種の異なる特別なスイング感はあったけど、即席トリオの印象は否めなかったなあ。

ビリーの持ち味となる連打の速射砲で、ハービーをガンガンあおると思ったが、どこか遠慮というか、   まだ 「トリオが融和していない」 印象を受けた。
ロンがリズムをガッチリとキープしてるから、もっとドラムのカラーを打ち出してもいいんじゃないかと。

ボクにしては、めずらしいことを書いたと思われそうだけど、期待が大きかった分、個人的な 「ベスト  リスト」 には、ならないかな。

余談だが、好きなリーダーアルバムは 「ハービー・ハンコック・トリオ・ライブ・イン・ニューヨーク・93」

日本だと手抜きをしても、その存在に拍手喝采されるが、ジャズの本場ニューヨークあたりだと、エールが大きい分、ヘタすればブーイングを浴びさせられるんだとか。

ボク自身、東京で 「ジョニーグリフィン」 を聴いたとき 「あれ?」 …そんな印象を持ったことがある。

ハービーの 「本気モード」 を感じさせられた、お気に入りの 「NYライブ」 がこれである。

リズム隊 (サイドメン) は、日本では無名に近いが 「こいつら、只者じゃないぞ!」        
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2015年08月03日

NATIVE SON

今年の夏は、暑すぎてたまらん…

そう体感するのも、体の耐久力が落ちてきたせいなのか、こういうときほど 「燃焼系ジャズ」 ならぬ  「燃焼系フュージョン」 も、聴きたくなるから不思議である。

サウンドタイプは多種多様だが、ジャズの即興性を基盤にしながら、キャッチーなメロディがすこぶる。
だけど、カンタンな完成度じゃないもの…  これがむずかしいんだ。

ボクの視点から、フュージョン音楽を探求したとき、80年代前半に日本のフュージョンシーンを席巻した本田と峰が率いた実力派集団 「ネイティブサン」 は、音楽性がしっかりしたグループのひとつだった。

作品の中でも、セカンドアルバム 「サバンナ・ホット・ライン」 はアフリカをテーマに、野生動物が生息する大草原の一本道に誘われているようで、いまだに 「真夏の愛聴盤」 である。

BGMとしてのフュージョンもいいけど、本音を言えば、音楽としてのテンションやスリルには欠ける。
だから、内容のいいものほど、目立つとも言えるだろう。

フュージョンブームのとき、周りは質の高い外国フュージョンが満ちてたけど、日本のエッセンシャルなフュージョンもそれなりに聴いていたからね。

ジャズもそうだが、音楽の派生がどこのだれであれ 「いいものはいい」 という、当時からの感覚だけは 大切にしてきたつもりではある。

余談だが、高校一年生の4月、新潟市公会堂でピークの絶頂だった 「ネィティブサン」 の生演奏を   聴いたことが影響したのか、インストの原点らしきジャズへ、急速に傾倒したことは言うまでもない。
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2015年07月18日

Carol Welsman (P & Vo)

最初にジャズを聴いたのは、インストからだったせいか 「ボーカル」 には、あまり興味がなかった。

熱心に聴いたといえば、ジャズテイストなシンガーで、最たるは 「アニタ・ベイカー」
真正なジャズならば 「ヘレン・メリル」 「サラ・ボーン」 を、何かしながら聴き流す程度だった。

世代的に 「ネクタイ族のアイドル」 または 「ジャズを歌うポップスシンガー」 の全盛期だったので、 「阿川泰子」 「マリーン」 あたりのブームを受けたから 「ジャズの本格派」 は、後の経験となる。

ボーカルを聴くようになったのは、40歳を過ぎたころで 「歌」 については、見事に遅咲きなんだ。
それに、歌詞 (テーマ) は、ほとんどピアノのメロディーで覚えたので、原曲 (曲名) を言われても、あんまりわからず、歌いだしで 「あ、あれね」 みたいな感覚である。

ジャズボーカルの魅力は、歌でありながら、楽器にもなるところ。
テーマを歌ったあとのアドリブに魅力があるから、歌声しかり、音域や技量に合った選曲、やや技巧的なパートも優れていないと、次第に飽きてくるときもある。

だれでも歌えるが、だれにも歌えないのがジャズで、あとは、自分の思いをどれだけこめられるかでさ。
そんな歌詞とメロディー、どちらを重視して選曲するのか、機会があればシンガーに質問したいけどね。
好きな歌声は気分にもよるけど、重すぎず、軽すぎず…   今の時季なら 「サラリ」 系がいいな。

「キャロル・ウェルスマン」
南からの吐息を感じさせる、そんな歌声が素敵だ。

欧米人の妻が白いキッチンでラザニアを作りながら、この曲 (ブラザジア) を口ずさんでいるような、昼下りの幸せな家族の光景が目に浮かんでくる。
その間、夫はソファーで娘をひざに座らせて、絵本の読み聞かせをしながら、待っているような。

聴いていて、場面が描写できる音楽こそが、本当にいい音楽なんだと思うね。

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2015年07月13日

Jazz Talk Vol.61

最初に聴いた日本人ジャズのリーダーアルバムは 山本 剛 (P) だったことを書いた記憶がある。

当時、海外のジャズミュージシャンが全盛期だったので、いわゆる世界的に巨匠と呼ばれる人たち、    道しるべとなる名盤を聴いていないと、会話が発展しない風潮があった。

ボクは、どこのだれから聴こうが、自分の解釈の仕方がジャズだと思っている。
だから 「〜から、聴かねばならない」 などの固定観念はなかった。
ただし、聴かないよりも聴いたほうが、スタンダードを中心とした、耳の広がりは早いけどね。

70年代〜90年代前半、地方都市でも、仕事帰りに立ち寄れるジャズ喫茶、ライブハウスが多く     点在していたので、演奏を見聞きしながら、会話できる空間があった。
店主しかり、客同士でも感性を交換したから、積み上げ式に慣れ親しめる環境が備わっていた。
ボクの場合、それが 「新宿ピットイン」 だったり 「渋谷スイング」 であったりしただけ。

十数年前、新潟に帰省する際、手もとのCD関連を処分した。
そのとき 「ゆるいジャズのお店」 を開くことは考えてなかったし、聴かないCDを後生大事にする   趣味はなかったけど、ずいぶん早すぎる 「断・捨・離」 (だんしゃり) だったかも知れないね。

一応、手もとに保管してある CD/レコードもある。
90年 吉岡秀晃 (P) デビューアルバム 「ヒア・ウィ・ゴー」 をトレイにセットした。
あらためて聴きなおしてみると 「いいアルバムだなあ…」 と気づかされることがある。

ビ・バップ をベースに ソウルフル。
グルーヴ感覚は、人種を引き合いに出すまでもなくファンキー。
今振り返れば、当時は気づかなくても、懐かしさとともに、自分の中に保管されていた気もする。
世間でいう名盤や巨匠、コラボレーションも程度問題で、何十年も放置していたアルバムを聴き返すと、  新しい発見があったりするものだ。

「耳がこえる」 なんて言いかたもするが、最終的にはリズムやメロディーが、しっかりとしたアルバムを手もとに残すことになるんだろうな。
そのときは気にとめなかったことも、あとから 「そういえば…」 で、思いおこして、再聴したくなるのが、本当にいいアルバムなのかも知れないね。

現在、N塚さんから、奥平真吾 (Dr) 率いるグループのニューアルバム 「新宿ピットインライブ」 を聴かせてもらっている。
真吾は、若手を育てるという意味においては 「日本のアートブレイキー」 になるんじゃないかな。
彼は、天才ドラマーという音楽的な名誉より、ジャズに恩返しをしたいという、筋をもっている気がする。

まあ、5日間ほど、トレイにのせていることになるであろう…

吉岡秀晃 と 奥平真吾は、協演したら 「ゴキゲン!」 だろうな。
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