2017年01月04日

3 Views Of A Secret

この曲を聴いていると、人の一生を感じさせられる。

好きなアルバムに ジャコ・パストリアス 「ワード・オブ・マウス」 (81) がある。
2曲目 「スリー・ヴューズ・オブ・シークレット」 は、スケール感のある大作だ。

緩やかなワルツのノートからはじまり、コーラスと軽くスイングしながら、ハーモニカの甘美で哀愁のある音色が重なり合うが、心地いいハーモニーは長続きせず、怪しげなホルンが鳴ったあと、オーケストラの叫びが一変に支配する。

雰囲気が怪しくなり、得体の知れない不安に包まれたと思えば安心を帯びたり、様子が安定しないのは山の天気のように、青空が広がったと思ったら、急に雨雲が空一面をおおい、大雨が止んだと思えば、雲の切れ間から、光が射し込んで来たり。

この楽曲を人生にたとえるなら、急に曲のムードが変わり、試練を与えられたり、それを乗り越えたら、光明が見えてくるような、壮大な物語に聴こえてくる。

それこそ、この曲の中には、天使と悪魔が共存しており、人の喜怒哀楽を象徴させるべく、まるで絵本を見ているかのような、そんな楽曲である。

ベースプレイヤーのジャコより、コンポーザーとしてのジャコのほうが、ボクは好きだなあ。

自宅の窓から、ぼんやりと空模様を眺めていると、たまに聴きたくなるんだ。
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2016年12月21日

Jazz Talk Vol.79

今年のジャズを語りたいけど、振り返るだけのネタがないし、何しろ絶対数が不足している。

それでも、私的なことでよければ少々‥

11月 新潟で見た 「上原ひろみ・トリオ・プロジェクト」 は、近年まれに見る音楽性の高いステージで、数日間は音の余韻に支配されていた。

(2016年 11月28日 ブログ参照)
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/444412586.html

10月 新宿で見た 「纐纈歩美・トリオ」 は、間近で見る、ジャズの臨場感を再認識した。
必見はドラマーの 「井上功一」 にあったけど、今年は女性プレイヤーが光った。
一過去、映画 「スイングガールズ」 の影響で、ジャズが広き門となり、今も活躍している子もいる。
さきがけとなる、アルトサックスの彼女が、アンコールに応えてくれた 「星影のステラ」 は、もう手垢がつきすぎた曲だが 「スローテンポのしなやかな音色」 に感動、教科書は 「チャーリー・パーカー」 であることはすぐにわかった。
あの夜に聴いた、彼女の 「正直な旋律」 は、新宿の夜景とともに記憶されている。

(2016年 10月15日ブログ参照)
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/442799015.html

近年、もう一度見たいステージは 「渡辺貞夫」 さんなの。
だが、10月 「コットンクラブ」 12月 「渋谷オーチャードホール」 は完売。
12月は、1980年の 「武道館リサイタル」 (ハウズ・エヴリシング) を再現するセットリストだから、 懐かしさに心が揺れ動いて、そりゃ、行きたかったさ。
でも、正月元日 「 WOWWOW 」 で放映されるので、こちらを楽しみたい。
まあ 「懐かしさ」 反面 「新しさ」 にも飢えてるから、耳は止めどなく要求してくる。

(2016年 3月5日 ブログ参照)
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/434568836.html

欲を言えば、そうだなあ‥  年3回は 「素敵なステージ」 に触れたいなあ。
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2016年12月20日

Jazz Talk Vol.78

リサイクルショップをながめていると、ギターやベース、電子ピアノにドラム、ひときわ輝きを放っているサックスやトランペットまでも、ところ狭しに並んでいる。

上達して、買い替えた人はごくわずかで、ほとんどの人は、もうあきた、できない、の挫折組だろう。
楽器は才能もあるけど、本来はむずかしいもので、我流で上達できるほど甘くない。
それが、ミュージックチャージで聴かせるとなれば、それなりの技量、ほどよい理論もなくてはならない。

最初はCDとか聴いて、自分でもこんな風に演奏をできたらいいなと思い、手に入れた楽器であっても、趣味なら別だが、人に聴かせるためには、地道な練習が必要となる。
プロを目指すような人は、空き時間を全て練習に費やすほど、ストイックだからね。

自称は個人の自由だが、わかる人が聴けばわかるから、人に聴かせるなら、一定のスキルがともなう。
その線引きは大切で、ステージに立つのは御の字だけど、カッコよさの先付けは、練習にあるんだ。
どういう理由あれ、これだけの中古が出回っているんだから、先付けのカッコよさに走ったんだろうな。

ジャズなら、2/4 のノリだから、少し感覚的にむずかしいのかもね。
それに、ひとりで黙々と練習してるだけじゃ、肝心のノリがつかめないから、やっぱりいろんな個性と  触れ合ったほうが、やっぱり上達は早いよね。

しかし、いくらで買って、いくらで引き取られたものが、いくらで陳列されているんだろうか。
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2016年12月14日

MILES AHEAD

近々 「マイルス・ディビスの空白の5年間を追った」 ドキュメンタリー映画が公開される。

残念ながら、新潟では公開されないので、何かの形で、後の楽しみにしておこう。

初めて、マイルスを聴いたのは、高校2年のころ。
アルバムは 「フォア・アンド・モア」 (1964)
そのときは、マイルスより、ドラムの 「トニー・ウイリアムス」 に惹かれたので、ニュアンスは異なる。

5年間の空白期間後、81年に復活したが、そこに、60年代、70年代のマイルスはいなかった。
一時の痛烈で戦闘的な演奏は鳴りをひそめ、打つ手が変わったアルバムが 「ウィ・ウォント・マイルス」 (1981) 新宿西口広場で行われた、あの有名な復活ライヴである。

われわれ世代、同時期に 「2つのマイルス」 を聴き比べることになったが、ハッキリさせておきたい。
アコーステックなマイルスも、エレクトリックなマイルスも 「帝王」 であることに変わらない。
そして、求めたものは常に自由であり、未完であることが、帝王と呼ばれたゆえんだったと思える。

復活から、10年後‥  1991年 65歳の若さで亡くなるまで、二度ほど来日したはず。
ボクは、どちらも見に行けなかったけど、今になれば、歴史に立ち会えなかったことが、逆にマイルスが神格化されて、永遠に同じところに止まらない 「ワン・アンド・オンリー」 になっているわけだ。

優等生は アルバム 「カインド・オブ・ブルー」 から 「ブルー・イン・グリーン」 を聴け。
不良 (ワル) なら アルバム 「フォア・アンド・モア」 から 「ウォーキン」 を聴け。

マイルスなら、きっとこう言うはずだ‥  「あとは、自分で判断しろ」 ってね !
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2016年11月28日

SPARK

鍵盤に全身全霊を傾ける、彼女の本領を感じた。

27日 新潟県民会館 11列目の右寄りの席で 「上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト」 JAPAN TOUR 2016 を聴いてきた。

この日のために、今回のツアーアルバム 「SPARK」 は、かなり聴きこんだので、フリーフォームでのアレンジは、より堪能できた。

彼女は、ひとつのオリジナルジャンルで、ナンバーワンにして、オンリーワン。
ジャズを土台にして、さまざまなジャンルを交じえたワールドミュージックは、まるで 「広大な宇宙」 を作り上げていくようだった。

ステージングも抜群で、ジェットエンジンを搭載したかのように、急発進できるし、急停止させたり、音を敷き詰めて、ためにためた状態でバーンと一気に弾けさせたり、観客の 「ノセかた」 「ノセどころ」 をわかっている。

そして、はち切れんばかりの笑顔は、そこに太陽があるような存在感があった。

もう少し書こう。

1セット終了の休憩時間、調律師が音の基準となる 「ラ」 の音を叩いて整調していた。
少し高めで、澄んだ伸びやかなトーンながら、常人にはわからない、誤差の範囲をとらえている。
外は雨だから、湿気で音が変わるとも言うし、秋冬の乾燥シーズンは、特に注意が必要だし、あれだけ速弾きすれば、微妙な調整が必要になろう。

トリオは演奏スペースが広いから、各パートの引き出しが多くないともたない。
ハイスピードにして、ハイスパートな演奏で、立ち止まって考えている暇なく、瞬間と瞬間を 「ビシッ」 と決めてノリ飛ばす、グルーヴ感はハンパじゃなかったね。
聴いていて、世界のマーケットを意識している、そんな音楽だった。

ファイナルは、エキサイティングなオリジナルナンバー 「イン・ア・トランス」
このトリオを特徴づける、リズムのタメがカッコよく、彼女の真骨頂が満載のナンバーである。
アンコールは、館内の緊張感をほぐすような、日本人が手拍子を入れやすいミディアムナンバー。
その表情は、終始見事なコントラストを放つ、少女を思わせるような太陽アートがあった。

前日の岐阜公演から 「乗りうち」 (直接、会場入りすること) で、かなり疲れていると思う。
ワールドツアーを繰り返す、彼女はこの日、新潟の夜空の下で体を休めて、また朝には次の公演地へ向かうんだから、音楽への情熱は計り知れないものがある。

公演日が、日曜の夜にあたると、気分的にうれしいね。
詳しいことは、止まり木で、ボソボソと話そうよ (笑)

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/254309648.html ( Hiromi Uehara (P) )
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/454577072.html ( Jazz Talk Vol.84 )

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2016年10月27日

Born To Be Blue

50年代 「ジェームス・ディーン」 の出で立ちで、人気絶頂だった 「チェット・ベイカー」

60年代で、クスリにおぼれ、70年代では、トラブルで大事な歯を折られる。
彼の伝記を映画にした邦題 「ブルーに生まれて」 が順次上映されるが、新潟の予定はないようだ。

村上春樹はある著書で、彼のことを 「まばゆいまでの青春の匂いを感じさせる男」 と表現していた。
70年代、実際に共演したことのある、ベーシストの鈴木良夫は 「暗い男だった」 と回想していた。

しかも、近くでだれかが支えていないと、ダメになりそうなほどの、人間的な堕落さを感じる節がある。
彼を見る年代で語りも異なるが、どの角度から見ようが、チェット・ベイカーには違いない。

ボクは 「チェット・ベイカー」 を正面から聴いてない。
特別に上手いとは言い難いし、どこか眠りを誘うような音色は、情緒的に聴くにはいいが、ジャズとして聴くには、ややモノ足りなかった。

退廃的な生きかたを、取り上げられた印象が強い。
晩年の 「ジャコ・パストリアス」 と似ており、人間的に 「ほめられた人物ではなかった」 ようだが、酒とクスリにおぼれさえしなければ、本来の才能を活かしきれたはずだ。

栄光の座につくのが早かった分、意外にも転落も早く、一つのことを突き抜けた天才ほど、早死にする可能性も高いようで、人生なんてわからないもんだ。

この映画を見ることで、まるで興味のなかった 「彼のトランペット」 が、新鮮に響くかも‥
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2016年10月24日

Jazz Talk Vol.77

数日前、お店で 「上原ひろみ」 のライヴ映像をお客さんと眺めていた。

彼女は 「キース・ジャレット」 と共通して、ジャズの枠におさまらない、音楽ジャンルを確立している。
ジャズやカントリー、ゴスペルやクラシック、さまざまな要素をインプロヴィゼーションさせて、ステージをアートする。

とりわけて、キースの 「スタンダード・イン・ノルウェー」 (89) を愛聴盤に上げていた。
「温かみのある一枚」 と表現したところに、凡人じゃわからない、とらえどころがあるんだろう。
実はこのアルバム、ファンを自認する中でも、聴いていない人が相当数いる、高度な一枚とされる。

ゆえに、代表作として、あまりとりあげられないが、ライヴ録音だけに、唸り声の量もハンパじゃない。
しかし、その奥のピアノの美しさに耳が届けば、これほど華麗な演奏もない。

ボクは、このアルバムを聴いた後 「おたがいの音をしっかり聴いてるな」 と、演奏の原点は聴くことに他ならないと思わせられた。

だから、手あかのついたスタンダードも、ふたりの手にかかれば、新しいアプローチで新鮮に聴けるし、上原ひろみはオリジナルが武器だ。

音楽のとらえどころは人それぞれ、映画や絵画などの芸術に触れていれば、インプロヴィゼーションは鋭くなるだろうし、彼女のアルバムタイトル 「スパーク」 に意味してると思える。

久し振りに 「スタンダード・イン・ノルウェー」 を引っぱりだし、昼下がりの自宅で聴いていた。
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2016年10月20日

Jazz Talk Vol.76

来月27日 「上原ひろみ・トリオ・プロジェクト」 新潟公演が、県民会館で開演される。

チケットは確保した。
だが、ベースの 「アンソニー・ジャクソン」 が病気療養のため、急遽トラで 「アドリアン・フェロー」 に変更されて、ワールドツアーを続行とのこと。
「チック・コリア」 エレクトリックグループ 「ヴィジル」 のレコーディングメンバーだが、13年9月の新潟公演では、ベース奏者が違っていたので、直には聴いてない。

上原ひろみとドラムの 「サイモン・フィリップス」 が超絶すぎるから、アンソニーの重圧なグルーヴ感が耳をひきつけてやまないのだが、アドリアンはタイプが異なるようで、聴く人を唖然とさせるほどの高速パッセージが魅力であるらしい。
そのプロフィールを知る限り 「ジャコ・パストリアス」 の影響を受けてるらしいが、予習もすぎると聴いた気になって、感覚が受け売りになるので、予備知識なしで新鮮な耳で聴きたい‥  それからだ。

毎年10月は、9月に収録された 「東京ジャズ」 がBSでオンエアされるので、秋の夜長は退屈しない。
ジャズの愛好家には 「4ビートだけがジャズ」 と解釈する人が多かった。
また、4ビートにこだわるあまり、ニュージャンルを否定するような暴論もあった。
何もジャズだけに限らぬが、それを 「純粋さ」 だと思っていたら、狭い世界にいるようなものだ。

幅広く聴くためには、ひとつをほどよく突き詰めるべきだが、多少はそこから飛び出さないと 「純粋」 な耳は育たないし、他も聴いてあらためて、自分の好きな軸を理解できるんじゃないかな。
その意味で、毎年の東京ジャズは、時代の移ろいを知る 「リトマス試験紙」 のような祭典であり、長年見ている音楽情報番組である。

だから、今を感じるため 「上原ひろみ・トリオ・プロジェクト」 を聴きに行くのである。
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2016年10月19日

Smoky

来月18日 スーパーロックギタリスト 「 Char 」 が、新潟県民会館でコンサートをやるんだよな。
金曜日じゃなければ、聴きに行きたいんだけどさ。

最初に観たコンサートが、チャーでね。
78年7月27日 木曜日 新潟県民会館で行われた 「チャー & ゴダイゴ」
「闘牛士」 がヒットチャート上位を行き、サードアルバム 「スリル」 の全国ツアー前半。
同時にバンドスコア (楽譜) も手に入れ、レコードを聴きながら、ドラム譜を追いかけていたものだ。

以降、新潟のライヴハウスに何度か来ていたものの、いつしか公演頻度は減り、記憶だけをたどれば、県民会館のような大ホールで演るのは、38年ぶりじゃないかな。
当時の名曲 「スモーキー」 をはじめ、歌謡曲路線のヒット曲も演奏すると思うが、きっと50代前後の世代で席が埋め尽くされ、10代の青春の名曲を聴けるんだから、行ける人は羨ましい限りである。

そんなポップな路線も、78年を最後にロックへ特化して行き 「ピンククラウド」 「サイケデリックス」 とどんどんカッコよくなるが、もともとパーマネントなグループを好まぬ、一匹狼のチャーは、現在61歳。
当時、チャーは23歳で、プロとしては、15歳から活躍をしてたんだから、才能に年齢は無縁となる。

大都会 東京の街が、一番似合う男 「チャー」 (竹中尚人) は、不滅のロックギタリストである。

(2014年 2月14日 ブログ記事参照)
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/388446535.html
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2016年10月15日

Ayumi Koketsu (As)

アルトサックスは、小刻みなブローを次々と繰り返し、その頂点で目一杯にリードを震わした。

その熱演にドラムが応えるかのように、左右左右のスネアの連打で、右足でシンコペーションを踏むと、アクセントはド級の破壊音で、トップシンバルを打ち鳴らす。

その強烈なグルーヴ感に圧され、ボクも客席3列目から 「 Yeahhh‥! 」 と、メンバーをあおる。 

10日 「新宿ピットイン」 (夜の部) に、初めて妻を連れて入った。
出演  「纐纈歩美トリオ」
メンバー  纐纈歩美 (As) 生沼邦夫 (B) 井上功一 (Dr) (ピアノレス・トリオ)

彼女は21歳でアルト奏者としてプロデビューし、5枚目のリーダーアルバムを5月に発売した。
父親はトロンボーン奏者という、現在28歳の才女。
名前は知りながら、聴いたことはなかったが 「ビ・バップ」 を基本スタイルに、自分の音を目指している本気を感じさせられた。

客席は補助いすを並べれば、ゆうに100人は収容できそうなスペースだが、惜しむことなかれ。
観客は僕らを含め10人前後だが 「そんなことはどうでもいい」 ジャズの登竜門。
このステージで演奏できるのがステータスであり、その実績こそが冥利となっていく。
耳が肥えた客も多く、ジャズを聴く耳のない100人で埋まるぐらいなら、聴ける10人でいいというほど、他のジャズクラブとは一線を画し、甘美を省いたリスキーな空間だ。

元、プレイヤーズのギタリスト 「松木恒秀」 が、その心境をこう述べていた。
「暗がりの客席のどこかに、同じミュージシャンがいるんじゃないかと思うと、ヘボな演奏はできないと、気が引き締まる思いで演奏をしていた」 と。

ベテランピアニスト 「辛島文雄」 は、自らの耳で昼の部に出演している若手の上達度を確かめに来てメンバー交渉していた話は有名で、知るところでは 「藤陵雅裕」 「井上叔彦」 などそうだ。
地元新潟、妙高市出身のドラマー 「小松伸之」 も、そんな一人じゃないかな。
それを裏づけるかのように、当日のファーストセット終演後、後方の目立たぬ席にピアノの 「板垣光弘」 ギターの 「三好功郎」 の顔を見かけた。

初めて聴いた 「纐纈歩美トリオ」 のドラマー 「井上功一」 は抜群に良かった。
安定した重量感で叩き出す、グルーヴ感に迫力があり、そのテンションの高さが一段と彼女に隠された野性味あるブローを引き出して、思わず 「 Yeahhh‥! 」 と叫んだのは、もう久しぶりだよ (笑)
そして、あらためて 「ドラマーがジャズをおもしろくする」 持論は不変だった。

自分のキャリアに磨きをかける意味では、自由度の高い 「レギュラートリオ」 は絶対に必要であって、リラックスして聴けるジャズもいいが、若いときは玉汗が流れる、緊張感のある演奏もしないと、ほどよくつまらない演奏に終始するようになるからね。
緩急のある経験を積み重ねていけば、どんどん良くなるし、それは晩年に磨きがかかると思うんだ。

アンコール曲 「星影のステラ」
帰路、新宿の迫力あるネオンを通して、纐纈歩美のしなやかな音色が、頭に心地よく鳴り響いてきた。 
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2016年10月14日

Jazz Talk Vol.75

社会人となり、最初に新潟市から、住民票を移した街が新宿区。

本籍は渋谷区ながら、幼少期は世田谷区で育ち、その頃、高度成長期の東京がカッコよく見えた。

その反面、学生が反乱をおこしていた時代だ。
学生はジャズ喫茶を拠点に入り浸り、日本を考察する思想が強かった。
当然、あとから知ることだが、その中には通い詰めたほどではないにしろ、あの 「三島由紀夫」 や 「北野 武」 「弘兼憲史」 「松田優作」 など、有名な文化人の姿も多かったという。
「村上春樹」 は、新宿からほど近い、千駄ヶ谷で 「ジャズバー」 を経営していたからね。
彼らの青春の背景には、いつもジャズが流れていたんだろうね。

新宿ほど 「ジャズの似合う街」 はないと思う。
それも甘美を排除した 「フリージャズ」 や 「ビ・バップ」 の硬派系。
「アート・ペッパー」 「チャーリー・パーカー」 「オスカー・ピーターソン」 は似合わない。
「退廃的なチャット」 「火花散らすコルトレーン」 「音程の怪しいマクリーン」 「猛獣エルビン」 「哀愁のウォルドロン」 「妥協なきマッコイ」 「怒りのマービン」 「叫ぶドルフィー」 あたりが新宿らしい。
個人的には 「チャールズ・ロイド」 堅いところでは 「キース・ジャレット」 の ケルンコンサートだろう。

銀座や赤坂では、ジャズをわかった顔をして、おすまししている感じがする。
渋谷に六本木は、若者の電気バンドな印象で、ミュージック専用チャンネルみたいでさ。
山手線内回りは、ポップな洋楽が流れてそうだし、外回りは、拳の利いた演歌が聞こえてきそうだ。
大きく色分けしていくと、やっぱり 「ジャズは新宿」 なんだよな。
昭和のジャズの残り香があるような、ゴールデン街の路地裏な雰囲気。
流行に迎合せず、Tシャツにジーパン姿が似合う、青春の香りを呼び戻されそうな街。

最近 「白髪が目立ってきたなあ」 と思う世代が、身の置けるジャズバーは少なくなってきた。
バーを定義すれば、時間を買うところであり、その過ごし方は自由だ。
今の時代、ただ音楽だけを聴きに来る人はいないから、お店も変なこだわりを持つこともない。
ひとりでたたずむのもいいし、友人と昔話をしたり、仕事疲れを会話と間で癒したりするもよし。
当然、ボクと会話するのも一向にかまわないし、ホテルのバーのように、オーセンティックな雰囲気ではないから、その 「人なり」 がわかれば、いつまでも静かな味方でいるさ。

そんな、ジャズっぽさを抑えて 「ゆるい雰囲気」 には、してあるんだけどさ  (笑)

だけど、男の背景には、少しアーシー (泥くさい) なジャズが流れていないと、物足りないかな。

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2016年10月10日

Bill Charlap (P)

「ビル・チャーラップ」 は、やや声量の足りないヴォーカリストから、欲しがられる音のような気がする。

タイプとしては、バラードに重きを置くが、決して美意識につかることはない。
スリリングとは思えぬが、アートを感じさせるんだ。

曲のタイトル 「オータム・イン・ニューヨーク」 は、枯葉が舞い散る公園のベンチに座っている気分だ。
それに、ドラムのブラシワークが繊細で美しいことか‥

彼は、メンバー選びがうまい。
それは、自分が何をやりたくて、そのためにはだれが必要で、自分の音楽をわかっていることである。

あまり、ジャズの化学反応みたいなことに夢中にならず、シンプルな中にも、じんわりとした感傷を残すところが好きだ。

最近、このアルバムを聴いている。
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2016年09月16日

Kenny Drew (P)

春先は 「オスカー・ピーターソン」 秋口には 「ケニー・ドリュー」 を聴き流したくなる。

ご存知の通り、ピアノの名手だけど、スタイルは異なる。
ピーターソンの魅力は、テクニックと歯切れの良さが特徴的で、粒立ちのいい躍動感があるので、春のようなイメージがある。

ケニーは 「パド・パウエル」 の流れを汲んでいると言われながら、あまり派手さを感じさせない。
パウエルは気軽に聴けるタイプでなく、アクの強い早い旋律で、共演者泣かせのような気もする。
それなのに、ケニーはスタンダードを親しみやすく弾き流し、さりげなく奏でる余裕があるんだ。
このあたり 「ハンク・ジョーンズ」 のスタイルにも似ている。

プロである以上、技巧に優れているのは当然だが、そこを強みにアピールをすると、頭打ちになることを嗅ぎ取っていた気がする。
そのため、BGMでも楽に聴けるし、耳を凝らしても聴き応えがあり、気分次第でチャンネルを選べる  スマートなフィーリングがおしゃれだよね。

若い耳には、聴き応えに物足りなさを覚えるだろうが、そこそこジャズを聴く耳に年数が加わってくると、音の間に心地よさを感じ出し、思わず指を鳴らしたくなるだろう。

91年 「原宿キーストンコーナー」 で行われた 「ニールス・ペデルセン」 「アルヴィン・クイーン」 とのクラブ公演での映像はおさめられている。
そこには、ピーターソンとも共演していた、ペデルセンの存在感が大きい。
ピッチの安定さは一番、時々のセットリストにもよるが、強靭なバッキングには驚かせられた。

ペデルセンは、あるインタビューで答えていた。
「私を引き上げてくれた恩人は、ピーターソン。 ジャズを教えてくれたのが、ケニュー・ドリューだ」
だから、この二人の巨匠には、最後まで誠実に歩み寄って、音楽人生を捧げていたよね。
やっぱり、名ピアニストには、名パートナーがいるんだ。

そろそろ、ケニーがサラリと奏でる、アーバンスタイルな 「枯葉」 を流そうかな。
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2016年07月25日

Jazz Talk Vol.74

幼い頃、奇妙な音楽を聴いたのが始まりだった。

あれは、1970年 (昭和45年) だったと思う。
職業 「ジャズドラマー」 の父親に手を引かれて、新宿の薄暗い楽器店に入った。

父は店主に 「上の坊主 (長男) だ」 とサラッと紹介した後、慣れた様子で新品のスティックを平坦な机の上に転がして、バランスを確かめた後、パットの上で目にも止まらぬ、小刻みなダブルストロークを繰り返して、2本のスティックを店主に手渡した。

子どもの目で周囲を見渡すと、いろんな楽器が店内を埋め尽くしていた。
小麦色に日焼けした白人女性のヌードポスター、玉汗を流した黒人ジャズメンのモノクロポスターなどもところせましに貼られており、幼稚園しか知らない澄んだ目には、とても異様な光景に映った。

黒いスピーカーからは、奇妙で低音に迫力のあるサックスの音色が響き渡っており、トップシンバルが打ち鳴らされたと同時に、音の洪水を浴びたような感覚にさらされたことは憶えている。
「あれが、ジャズだったんだ‥」 そんな印象である。

それから、10年後‥
あやふやな記憶のまま、あのとき聴こえていたサウンドは 「ジョン・コルトレーン」 のような気がした。

「16歳の夏」 である。
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2016年06月10日

Rainbow (Rock)

日付けは変わったが、6月9日= 「ロックの日」 なんだとか。

ジャズのエネルギーを彷彿させる、ジョン・コルトレーンばりの、ハードロックの表現は嫌いではない。
高校時代、ロックバンド 「レインボー」 の邦題タイトル 「虹を翔る覇者」 はずいぶん聴きこんだ。

真夏の部屋の窓を閉め切り、蒸し風呂状態にして、ファイナルナンバー 「ライト・イン・ザ・ブラック」  までのフルアルバム35分を聴き飛ばす。
終わった瞬間、窓を解放すると炎天下にもかかわらず、外気が涼しく感じたものだ。

ドラムの 「コージー・パウエル」 は、ツーバスをヒールアップで連打しまくるのが凄かったし、ギターの 「リッチー・ブラックモア」 のインスピレーションあふれる速弾きはスリリングだった。
(本編、4分過ぎからのギターソロに、リッチーの持ち味を感じさせられる)

また、4ビートとは異なるロックの魅力は、短距離走のように考えている暇がなく、ソロひとつとっても  短いから、中途半端に迷わないところだ。
そういうところは、ジャズを聴く耳に広がりをもたらしてくれたし、フュージョンも同じと言えよう。

それにジャズもロックにも同じことが言えるが、単純に演奏の技術を競ううんぬんより、そのグループ (バンド) だからこその、音楽性が大切なんだと思う。

聴くスタイルに固執をし過ぎると 「こうあらねばならない」 と狭い見識の決めつけになってしまうから、ジャズのアプローチもワンパターンになりやすい。

その意味で、いろんな音楽をたしなむことで、ジャズが新鮮に響くので、耳は寛容でありたいものだ。
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2016年05月20日

Jazz Talk Vol.73

浅い時間、久し振りに 「マッコイ・タイナー」 を流していた。

バーでは、バラード系がしっくりくるが、ボリュームを間違わなければ、小刻みなフレーズを一心不乱に上昇下降させる、高速ジャズも魅力がある。
環境的には、会話のじゃまにならない、ボリュームにはしている。

ハコの大きさからすれば、たいそうなオーディオセットは必要としない。
よきに越したことはないが、オーディオに凝る人は、自宅がオーディオルームになってるから、わざわざ聴きに出かける人は、今や稀有 (けう) に等しくなった。

当初から 「気軽なジャズ」 をコンセプトにしている。

こう書くと誤読されそうだが、ジャズは好きだけど 「たかが」 の部分も大きく、バランスを欠いてまで、音楽に情熱を捧げるつもりはない。

「されど」 を語れば、ジャズを聴けばイマジネーションは広がるし、気分に合わせたリラクゼーションにもなるから、自分だけの至福の時間を保てるようになる。

つまり 「たかが」 と 「されど」 のバランスが大切なんだ。

昔から 「音楽バカ」 という言葉があるけど、特殊な思いこみで物事をはめて考えると、障壁ばかり  立ちふさがるから、音楽以外の 「ボキャブラリー」 は絶対に必要だと思える。



ジョビンのボサノバの名曲 「ウェーブ」 も、マッコイ、ロン・カーター、トニー・ウイリアムス、3人の手にかかれば、もはや 「熱風」 になってしまうね。

このあと、同じメンバーでのライブ盤 「カウンター・ポイント」 (78) の2曲目で、最初の扉が開いた。
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2016年04月15日

Jazz Talk Vol.72

「Jazz Talk Vol.71」 で紹介した、上原ひろみの最新作 「SPARK」 が、全米ビルボード誌のジャズアルバム部門で、日本人初となる第一位を獲得した。

過去 「グラミー賞」 にも輝き、そのすごさをあらためるまでもないが、これで 「プラチナチケット」 に なること間違いあるまいし、新潟公演があるとしたら、席がとれないかもな。

そんな彼女の武器となるピアノは、ホール用 「グランドピアノ」 と主に家庭用 「アップライトピアノ」 に大別される。

どちらもピアノの外観しか見たことがないと思うが、前面パネルを開くと音源を作る構造があらわとなり、芸術性に優れている楽器であることがわかる。

さながら、楽器の女王が 「バイオリン」 なら、王様は 「ピアノ」 であると称されるほどだ。

2016年 「本屋大賞」 第一位に選ばれたのが、49歳の女流作家が描いたタイトル 「羊と鋼の森」 という文芸作品で、若い調律師が失敗を重ねながら、夢に向かって生きるストーリーらしい。

創作の舞台は、ピアノの構造を 「森」 にたとえて、描いてあるという。
タイトルの 「羊」 は、鍵盤と連動するハンマーの素材となる、羊の毛を圧縮したフェルトで 「鋼」 とは弦であろうか、それともフレームなのか。

ボクが思うには、木の芸術品と名高いピアノでも、材木以外に羊や鹿のなめし革、鉄骨や金属に真鍮、象牙や黒檀、塗装に至るまで、いろんな素材 (登場人物) の組み合わせだから、ピアノの構造とは、大きな 「森」 であり、ひとつの小宇宙 (世界) なんだ。

それにしても、ピアノのメカニズムを題材に、いい着眼点で引き上げた感性豊かな作家であろう。

そんな 「森」 (ピアノ) を自由自在に操る、上原ひろみの今は日本が生んだ才能だけにとどまらず、世界の才能として、さらにジャズの未来を感じさせる、いやはや何とも頼もしい 「大和撫子」 である。
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2016年03月23日

Deep Purple (Rook)

70年代のスーパーロックバンド 「ディープ・パープル」 が5月に日本公演をするという。

ボクより、ひとまわり上の世代なら、思わず 「グラッ」 ときたロックファンも多いのでは。

自らの意思で聴いたわけではないが、友人の中に好きなやつがいて、家へ遊びに行くたびに 「いつも聴かされていた」 感じだった。

とりわけ 「スモーク・オン・ザ・ウォーター」 のリフは、アマチュアバンドの入門曲にもされていたから、学芸祭などでもよく耳にしていた。
それにシンプルで、だれでもコピーしやすい反面、だれにもコピーできないむずかしさもあるんだ。

ご存じの出だしはギターの 「ジャーン・ジャーン・ジャーン/ジャーン・ジャ・ジャジャーン」 ときれいなループを描くように表現する。

だが、アマチュアは 「ジャ・ジャ・ジャ/ジャ・ジャ・ジャ・ジャーン」 または「グ・ガ・ガ/グ・ガ・ガガーン」 みたいな、単調で乱暴に弾く連中も多かった。

総じてむずかしいのは、あのスピード感覚なんだ。
何て言ったらいいのかな 「走りながら歩く」‥  早くても遅くてもいけないそんな感覚 ?

だれにでも演奏できるけど、そうそう演奏できない独自性があり、宙に浮いたような 「テンポ感覚」 が曲のテンションを動かしてしまうんだ。
それにアマチュア向けのイージーさもあるが、むずかしさを気づかせない、秘めたスキルを持つ曲。

72年に発表したアルバム 「マシン・ヘッド」 がリアルタイムだった若者は今、還暦前後だろう。
チケットを手にして、伝説の勇姿を目に焼きつけたいのか、懐かしさに酔いしれたいのか、その青春は音楽に満ちあふれていた世代である。

観客は頭部に年輪を感じさせる 「おっちゃん」 たちが多く占めて、怪しい音程でシャウトしながら、体を左右に揺らし 「イェー」 と絶叫する姿を想像すると、日本は音楽大国なんだと思うね。

ジャズは年相応に自然体で聴きやすいが、ロックは魂と言われるほどだから、若きころにタイムスリップして、間奏の間 「エアギター」 でもしていたら‥  ヒョエー (笑)

「ロック絶頂期」 青春を生きた証がここにある。

オイ、こら 「ベイ・シティ・ローラーズ」  おまえらも日本に来て 「サタデーナイト」 を熱唱しろ !?
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2016年03月19日

My Foolish Heart

音楽の感じ方は、人それぞれに自分の世界を持っているから 「こうだ」 という決まりごとはない。

最近、ベテランベーシストの鈴木良雄さんが、ジャズの名盤を私的に解釈した 「ジャズの名盤入門」 なる本を出版した。

これまで、音楽評論家の書籍は数多くあれど、現役の音楽関係者が自身の名盤を選定したり、数多くのアンケート結果をもとに、鈴木氏が 「ミュージシャン目線」 で解説をつける企画本である。
また、共演ミュージシャンの演奏やエピソード、人柄に至るまで、正直だったので読み応えがあった。

本編、名盤の第一位は、予想に反せず マイルス・デイビス 「カインド・オブ・ブルー」 (59)
だが、ボクの第一位は ビル・エヴァンス 「ワルツ・フォー・デビィ」 (61) だな。

開店当初、最初に流したアルバムだったこともあり、そのときの複雑な心情も浮かんでくる。
その一曲目 「マイ・フーリッシュ・ハート」 の出だしを聴くと、どうしようもなくとろけそうになる。

ご存知のように、ボクは 「キース・ジャレット」 が好きである。
だけど、彼は評価が二分されるタイプで、高い才能ゆえ 「観念的な言われ方」 をされるようだ。

アルバムにもよるが、彼は 「 Keite Jarrett 」 というジャンルで確立してるところがあるし、好まない理由の多くは、演奏中の 「うなり声」 に難色を示されるんだけど‥

彼をレビューした鈴木氏は、ボクとは正反対なコメントを出していた。
演奏中に発せられる声が、メロディーをかき消すことに苦言をもち、極めてうなり声が少ない 「ソロ」 に最高峰のパフォーマンスを感じるという。

うなり声は想定された意見だが、意外なのが 「ゲイリー・ピーコック」 と 「ジャック・ディジョネット」 の相性が合わないとの見方。
しかも 「聴いていて、気持ち悪い」 とバッサリと切り捨てた‥  キャー! (笑)

ドラムはアルバム 「アット・ザ・ディア・ヘット・イン」 (94) で共演した 「ポール・モチアン」 の方が、キースはリラックスしており、またゲイリーとの相性もいいともいう。
鈴木氏は、音色を大切にした、おちついたベースなので、少し攻撃的なジャックは合わないのかもね。

ボクはアグレッシブなジャックが、キースを神がからせていく役割を果たしている思える。
ラインを担っているゲイリーは安全だけど、これがスタイルの異なるベースだったら、どんな即興的な   展開になっていたか、これも興味が尽きないが、キースは最後まで二人を離さなかったよね。

それに、リリシズムだけに埋没せず、スリリングを味わえるところが、あのトリオの魅力だったしさ。
そのうなり声に関して言えば、ボクは気にならないどころか、あれも一つの楽器 (個性) として、   四重奏を楽しんできたから、うなり声はスパイスでしかないんだ。
それよりも、うなり声の向こうにある旋律に耳を澄ませれ‥   この話はもう尽きたかな。

ボクはあのアルバムを聴いたとき 「ディジョネットの魅力を再認識した」 と書いたけど、いやはや、  正反対なんだから、いかに音楽は 「自由な世界」 であるかわかるよね。

プロとアマの 「聴き耳は違う」 と思えるし、得てして強力な個性を持つミュージシャン (この場合は、アーティスト (芸術家) でもいいが‥) ほど、判断の分かれ目はハッキリする。
もちろん、良し悪しで分けられるほど、単純なものではないだろうが。

主題とは異なる行数を埋めてしまったが、巻末で 「識者が選んだベスト20」 に目を通すと、名盤は  人それぞれ異なるから、好きのつじつまなんて、あってないようなもんだ。

戯れ言だが 「マッコイはどうしたの」 「キースのトリオにも名盤があるだろ」 「エヴァンスの名盤 (ユー・マスト・ビリーブ・イン・スプリング) は、だれも取り上げないのか」 など、頭の中のケーブルは、バチバチと火花を散らしているのである (笑)

よくよく考えた末、ボクの第一位はやはり、ビル・エヴァンス 「ワルツ・フォー・デビィ」 なんだな。
オープニングナンバー 「マイ・フーリッシュ・ハート」  直訳すれば、ボクのことかも (-.-)

これを超える 「名盤探し」 は、今も続いている。
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2016年03月08日

Jazz Talk Vol.71

7日 上原ひろみの新作 「SPARK」 を聴いて過ごしていた。

すさまじいとはこのことで、早ければ早いほどリズムは崩れるんだけど、いやはや‥ コレ何拍子なの。
途中、リズムが狂ったように聴こえたりもするが 「安心してください、狂っていません」 の余裕。

彗星の如く現れたとき、多くの人から 「あれはジャズではない」 「うるさいだけの印象しかない」    「そんなにテクニックを見せつけたいの」 など、彼女のフロンティアスピリットを理解しようとしなかった。

テクニックに関して言えば、あれは彼女にとっての表現上、あたりまえのことでしかないの。
グループは、アンソニー・ジャクソンが、手綱をコントロールしているし。

好みの違いでしかないのに、頭の固い意見も多く 「理解できないでなく、認めたくなかったんだろう」 と思えたし、実力で認めざる得なくなったから、こう過去形で言われても仕方あるまい。

50〜60年代のジャズを知る人に、新参者や他者を排除する傾向があるけど、好みに良し悪しないし、未来を感じさせる表現を多用すべきだと思える。

だから 「ワン・アンド・オンリー」 は、上原ひろみのために用意されていた言葉である。
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