2020年07月10日

メダカの飼育

どういう風の吹き回しかわからぬが、女性客から 「メダカを2匹」 をいただいた。

プラスチック製のクリアカップの中に水草を浮かべ、それもエサとカルキ抜きも付けて。
「なぜ、メダカなのか」 と頭をかけめぐらすと、思いあたることがある。

独身の頃 「金魚の飼育」 が趣味だった。
横幅900の水槽で 「東錦」 に 「江戸錦」 「水泡眼」 などを育て鑑賞していた。
思えば養殖場まで出かけて、稚魚の目利きをしていたから、相当好きだったんだろうな。

金魚はフナ科の仲間なので、気性も穏やかで、人に慣れやすい性質だが、繁殖の交配を繰り返された品種ほど、体が丈夫ではなく、観察を怠ると、病気になりやすいデリケートな観賞魚。
それゆえに、元気に泳ぐ 「小さな宝石」 を見ていると、一日の仕事疲れも癒された。

そんな話をしたかも知れないから、お試しのメダカだったのかな。
生きものはありがた迷惑だったが、家で飼育をして早くも三週間ほど。
ミリ単位のメダカは、人影を感知すると水草から出てきて、水面でエサを催促する。
ピンセットひとつまみのエサをあたえながら 「腹減ったか」 と感情が自然と独り言へ導く。

そのうち、女性客は 「マスターは夜行性だから、夜も一緒に遊べるハムスターをあげる」 とか言って、何匹か持ってくるんじゃないかと、少しこわいんだよね (笑)

今では 「捨て猫を持ってくんなよ」 と、気心豊かに軽口を叩いて笑える間柄。
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2020年07月09日

肉体操縦

8日 午後1時30分 起床。

ベッドで両肩を伸ばすと、右の五十肩に鈍痛が起きる。
しかも、腰にも鋭い痛みが走り、背中の筋がねじれる痛みも感じた。
ともあれ、患部をシャワーで温め、筋肉をほぐしてから、買い出しを兼ねた散歩へ出かける。

年齢による衰えと、体力の低下は認めるところ。
それを補うため、なるべく歩いたり、自転車に乗ったりしている。
同時に自分の肉体を知るべきで、ウェイトトレーニングはしないし、やりたくない運動はしない。

体の硬い人が無理に柔軟体操したらケガするし、持久力のない人がマラソンを日課にしたら、精神的に大きな負担となり、無駄に体を痛めてしまうので、考えこむことなく、自分に合った方法でいいんだ。
肉体状態を理解し、仕事をする上で 「肉体を賢く操縦する」 ための、日常ケアが大事であってさ。

今さら、肉体の錆びつきに愕然とすることもないし、今後 「錆びた部位に油を注す」 感覚である。
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2020年07月07日

小池圧勝

東京都知事選挙は 「小池百合子」 が圧勝し、再任された。

都民は、改革派ではなく、保守派を選択した。
このコロナ禍では、不安がうごめいて、だれが何を主張しても、心に響かないだろう。

それに、得体の知れない泡沫候補が、作為的に騒げば騒ぐほど、小池有利となった。
このタイミングで、週刊誌の意図的なゴシップ記事も、逆に小池本人を有利に後押しした。

そのため、より一層、保守がまともに見えて、結果は 「現状維持」 が望まれた。
単なる更新手続きに過ぎない、イデオロギーもない、むさくるしい選挙戦だった。
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2020年07月06日

水分補給

夏は猛暑に加え、豪雨も脅威となる。
それも、尋常でない雨量が降りしきるんだからね。

去年の夏 「痛風」 を患ってから、こまめに 「水分補給」 するようにしている。
熱中症を避ける意味もあるが、昔と今とでは、健康常識や指導環境も大きく異なる。

僕は典型的な 「昭和の柔道部員」 だったので 「バテるから、水は飲むな」 と指導されてきた。
水を我慢した分、コーラやスプライトなど、がぶ飲みをしていたので、正しい水分補給ではなかった。
異議を唱えられないのは、いわゆる 「根性論」 が、まかり通っていた時代だったからね。

間違った状態で、闇雲に強さを求めていれば、身体機能を酷使するだけ。
後に 「うさぎ跳び」 は、成長期の関節や筋肉を傷めるだけで、効果がないことも実証された。
迷信的な練習や実戦も多く、道場で 「教えてください」 と頭を下げても 「見て覚えろ」 の常套句で、早い話、我流の延長が幅を利かせ、だれも教え方がわからず、カリキュラムも存在しなかった。

つまり、体を鍛えるどころか 「体を痛めつける練習」 を、わからずにしていたんだ (笑)
幸い、運動障害や後遺症はなかったもの、スポーツは指導者に負うところが大きく 「勝つことだけ」 を容認する環境で育つと、無責任な 「チンピラ養成所」 と化してしまう。
中途半端に習い、精神的に未熟な連中が、街中で野放しされたら、だれがどう責任をとるのかって話。

当時の常識や指導を知る者にとって、現代の常識や指導は格段に進歩している。
今思えば、水分補給も効果的な栄養補給もせず、闇雲で愚直な時代だったかも。
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2020年07月05日

無題雑記 239

毎週金曜日、映画館の上映スケジュールが替わる。
日曜に鑑賞する予定だった 「デンジャー・クロース」 は、午前一回の上映に追いやられたので断念。
こうして、見損ねた映画は、後の 「WOWOW」 で、観ることになる。

何も予定がなくなった、午後1時に起床。
台所休みとなる、降水確率50%の休日。
「ケニー・ギャレット」 を聴きながら、部屋の椅子に座り、全身の力を抜き、雨空をぼんやりと眺める。

雨が止んだ頃、身支度をして、古町まで歩き、お茶を楽しんだ。
新潟三越が閉店してから、さらに柾谷小路の人影は減り、自然に溶け込めるような場所も減っている。
今夜は、出来合いの食事を持ち帰り、素朴な時間の流れに身を委ね、一週間の疲れを抜くことにした。

萬代橋は、万代と古町を結ぶ架け橋。
万代では 「マスター」 古町では 「さんづけ」 「ちゃんづけ」 されるが、根っこは同じ人間。
どちらの街で過ごしていようが、自分の感情で素直に生きている。

 
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2020年07月04日

かすみ草

花の種類の中でも 「かすみ草」 (カスミソウ) が好きだ。

スーパーへ行くと、白を基調に紫に青、緑にピンクと色揚げの鮮やかなかすみ草が並んでいた。
その中から、紫と青を手にして、店のカウンターへ活けた。
香りを感じる花ではないが、空気をきれいにしてくれそうだ。

人にバラをプレゼントするとき、回りを白のかすみ草でコーディネートしてもらう。
それによって、バラの深紅が引き立ち、カラーのかすみ草もあるので、バリエーションも広がる。
それでいて、決して出しゃばらず、主役を食うことはせず、どこかしらに犠牲的な精神がある。

78年 アカデミー作品賞に輝いた映画 「ディア・ハンター」
物語の主役は三人で 「ロバート・デ・ニーロ」 「ジョン・サベージ」 「クリストファー・ウォーケン」
多くの観客は、ウォーケンの体当たり演技を支持した。
その映画を見た、俳優 「松田優作」 は、いみじくも作品の感想をこう語った。
「デ・ニーロがいたから、ウォーケンが輝いたんだ」 と、特別な視点を持っていた。

映画の話をするつもりはない。
デ・ニーロは主役を食わず、自分の個性を見失わず、どこか野草のような精神が宿っている。
それが、バラを一段と引き立てる、かすみ草であってさ。

僕は、バラのような 「主役願望」 はなく、どこか脇役でいたいタイプ。
仮に、舞台挨拶のような場でも、主役の背中をそっと押したくなる方。
主役を張れる顔ではないから、だれかの引き立て役になるのが、性に合っているというか。

だからといって、主役のバラに媚は売らず、脇役魂で店頭に並べられる 「かすみ草」 でありたい。
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2020年07月03日

夏の神器

梅雨になると、湿った空気と気圧の変化で、体調を崩しやすかったが、ここ数年で体が適応したようだ。

それより、これからはじまる 「猛暑」 のほうが心配である。
何しろ、体温と同じような気温が続くのだから、気が狂いそうになる。

万代は、日中の交通量の多さ、ビル群に囲まれた形状と照り返し、エアコンの室外機の熱風など、熱がこもる条件が揃っており、夜も気温が下がらず、アスファルトの下にある 「土の地面」 が懐かしく思う。
今は夏の神器 「エアコン」 「シャワー」 「扇風機」 がないと、快適に暮らしてはいけない。

初めてのひとり暮らしのとき、どれも住宅に完備されてなかった。
お金がなかったから、扇風機すら買えずに、そのため、冷房の効いた電車の京浜東北線を往復したり、山手線を回っていたり、熱帯夜には電車を冷房代わりにした青春貧乏。

当時の暑さとは比べられないが、今は 「夏の神器」 がなくては、とても寝ていられない。
夏の風情は好きだが、猛暑と風流のつり合いがとれてないんだ。

地球の温暖化により、自然の摂理だけで、快適に暮らしていける環境ではなくなっている。
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2020年07月02日

FM閉局

数日前、万代の交差点で信号待ちをしていたら 「 FM-PORT 」 のビルを対角線上に、写真撮影している人を多く見かけた。

30日 午前0時をもって、20年続いた 「 FM-PORT 」 の放送が閉局のためらしい。
リスナーの思い入れはともかく、当局の関係者は、どんな思いが過ったのだろうか。
「どこかで皆さんとお会いできる日を心待ちにして」 なる、建前はあれど、本音はどうかな。

僕も会社員時代、直営の店を閉める経験をした。
そのとき、失う寂しさより、監督に敗戦処理を言い渡され、マウンドに立つ投手のようだった。
「早く最終回を締めて、次回のマウンドに立ちたい」 そんな心境。

物事は突然 「打ち切り」 を告げられることもあるが 「そろそろ、重大発表がされそうだな」 と、雨雲は予想できるもので、そのとき、ひざを打つまでもないが、割と冷めた気持ちで発表を聞いていられる。
「会議で閉鎖を宣告されて、部長が泣き止みません」 なんて話は聞いたことがないように、鞍替えへのスピードの方が大事でさ。

形式的な 「お疲れ会」 は催すも、不本意ながら、そこに浸れないのが現実。
だから、達成感や解放感とは 「異なる趣」 だと思える。

その感情を抑えながら、地域に根ざした 「メディアの消滅」 は惜しまれよう。 
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2020年06月30日

各駅停車

今日30日で、暦は半年が経った。

こんなに印象が残らない、半年間の早い時の流れは初めて。
その見え方、印象にない部分が影となり、立体的でなく、平面的のような記憶。
ムダな半年ではなかったが、生活に 「プロセス」 を感じなかったんだ。

若いころ、各駅停車の鈍行列車に乗り、村上の先の新潟と山形の県境まで、気まぐれ旅へ出かけた。
新潟市街を離れるにつれ、建物は低くなり、田畑は広がり、澄んだ日本海が表れ、風の匂いも変わる。
田舎へ行くほど、乗客は少なくなり、革靴の音も消え、標準語が消えゆく。
そのうち、のんびりとした空気の中、泥を運ぶ長靴で床が汚され、土地の方言が聞こえるようになる。

それが特急列車なら、始発から終点まで、新潟市街と似た車内の光景が、漫然と続いたであろう。
あえて鈍行列車に乗ったから、見えた光景があったわけで、そうでなければ車内の光景に (プロセス) 触れることはなかったと思える。
これからの人生、特急列車に乗ることもないが 「各駅停車」 で、ゆっくりと四季を感じて、時の流れを賞味したいもの。

以前、コロナ休業に 「時間泥棒された」 と書いたが、半年振り返れば 「季節泥棒された」 というか。
残り半年 「ウィズ・コロナ」 の収束を願いつつ、各駅停車で 「季節の風景」 を感じていきたいね。
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2020年06月27日

無題雑記 238

例年なら、今頃は宮浦中学校の体育館から、万代太鼓の甲高い音が昼下りに鳴り響くはずだった。
しかし、今年は新潟まつりの開催中止を受けて、街中の風合いも少し変わって見える。

一週間近くも、雨と曇りマークが続いている天気予報。
梅雨が明けたら、ベランダに出て、窓ふきを担当することになる。

最近は歩きたいので、古町までコーヒーを飲みに行くことがある。
店のスタッフは、客の顔を覚えて、細やかな心配りをしてくれるので、個人的に好印象を持つ。
するとこちらも 「ありがとう」 「ゆっくりでいいですよ」 と、相手を気遣うようになるもの。
歩く距離、少し回り道をすれば、往復4キロほどになるので、仕事前のウォーミングアップにもいい。

外出時、エチケットマスクはするが、川辺にさしかかるとマスクを外し、新鮮な空気を思い切り吸う。
クルマで海岸線を走っているとき、少し窓を開けて潮の香りを嗅ぎたくなる、あの気分と同じだ。

これからは、パリの街角をイメージするような、オープンカフェが、また流行ると思う。
対面席ではなく、ふたりが同じ方向をぼんやりと見て、沈黙も寛ぎにできる気持ちの余裕。
飛行機のトランジット (乗り換え) の待合室のベンチで、空港の滑走路を眺めている気分で。
もちろん、シチュエーションはムリだが、読みかけの本に視線を落しながら、コーヒーをすするような。

こうして、街歩きをするだけでも、日常のプロセスを楽しめるものだ。
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2020年06月26日

辛口咖哩

バスセンターのカレーが改装工事をしている間、シルバーホテルに場所を移して営業をしている。
1973年の開店以来、味を変えていないというのだから、万人を究めた 「ご当地カレー」 である。

その昔、新潟市中央区では、萬代橋を挟んで、二つのご当地カレーが棲み分けされていた。
「バスセンターのカレー」 は、利便性の良さと立ち食いスタイルの素朴な味わいが今もウケている。
一方 「東堀のヒュリカ」 は、辛さに上品な甘みがあり、家庭では真似できない味がウリでありながら、単独店では、2001年頃を最後に幕を閉じている。

新潟県のカレー消費量は全国でも有数らしく、カレーは家庭食として浸透してるため、その家庭の味と辛さがあり、多くは豚肉を使用することで知られている風土である。
そんな中で、チェーン店 「coco壱番屋」 は、辛さや分量、トッピングを選べたり、カレー業界に新風を巻き起こし、ほとんど 「ファストフード店に近い大衆商売」 をとりいれた。

「カレーには、正解がない」
庶民食として、粉っぽさが味わいだったリ、意味を知ってか知らず醤油やソースをぶっかけたり、生卵をおとしたり、福神漬けやラッキョウ、具やつけ合わせの自由が、カレー文化に成熟をもたらした。
その意味では、家庭のカレーと外食のカレーとでは、明らかに好みも違ってくる。

僕はカレーはカレーらしく、辛いからこそ美味しいのが持論。
今夜の食卓は、辛口仕上げにしてもらった 「ハヤシライス」 
ハヤシライスといえば、東京浅草 「レストラン大宮」 が思い浮かぶ。
カレー (カリー) なら、東京新宿 「中村屋」 のスパイスが神秘的だった。

そんな、カレーの記憶をたどると、ああ、何だか口の中が湿ってきた。
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2020年06月25日

顔色外交

新潟日報メディアシップ1階 「横田滋さんの追悼写真展」 に足を止めた。

朝刊の見出しによれば、米朝合意で 「拉致問題」 は除外されたという。
一方、米国とイランの緊張緩和に向けて、米国は日本に仲介役を要請したが失敗。
最初から期待もされず、失敗のツケに米国産農産物の輸入拡大を早期に迫ったことも明るみとなる。

外交とは 「机上の戦争」 ともいわれ、狡猾的かつ陰湿で、脅し文句も辞さない。
当然、密約や裏工作、見返りを求められるだろうし、国益のないことはしない。
「ボルトンの暴露本」 から、抜粋された一連の報道を見ると、日本は米国に 「猿回し」 された。

「日米同盟」 がなければ、近隣国の脅威から自国を守ることができないため、米国への 「顔色外交」 は避けられないが、それでも安倍首相の 「外交胆力」 は、時の政権 「野党」 よりかは、まだマシかと思える。

それより、今はもっと 「国内に気骨」 を注いでほしい。
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2020年06月24日

黒い機密

トランプ大統領の前補佐官だった 「ボルトン」 の暴露本を買いに、書店へ行くも店頭にあらず。

書籍は、第三者に原稿を委ねた 「口述筆記」 だろうが、ためらいや躊躇なく、自分に不利益な事実をどこまで明らかにできるかで、暴露本としての評価は決まるもの。

エリート (ボルトン) ほど、胸を張って情報公開しない限り、永遠に悩み苦しむことになる。
どれほどの 「 BLACK BOX 」 (黒い機密) が明かされたのか、真偽問わずも一読の価値はある。

側近にちやほやされ、絶対的な権力におぼれている 「自惚れトランプ」 には、響く暴露本じゃないか。 
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2020年06月23日

無題雑記 237

3ヶ月遅れで、プロ野球が開幕し、来月10日には、無観客試合も解除となるらしい。

コロナショックがなければ、新潟エコスタでの 「横浜×ヤクルト」 を観戦予定だったのに残念。
好きな球団はないが、涼しい夜風に吹かれて、球場で野球を見るのが気分転換となる。
もちろん、野球のルールは知っているが、スポーツであり、エンターテイメントなんだよね。

在京時、神宮球場とアクセスが便利で、たまにひとりで観戦に出かけていた。
鳴り物で応援する群集から、少し離れた内野席を指定し、ビールと弁当で夏の風物を楽しむ。
勝ち負けにわめいたりせず、ゲームが終われば 「楽しかった」 と、球場を後に明日へ備える。

まあ、今日は野球のことを書くつもりはない。
映画もライブも似たような娯楽で、気軽にひとりで行けるのは、独身時代の特権。
いづれ、隣に意中の異性が添い、鑑賞後に食事をしながら、男女差の感想を取り交わす。

文化や芸術、スポーツなどは、見識を深めるために欠かせない、豊かな回り道だと思っている。
なくても困る分野ではないが、なければ困ってしまう分野。
吸引力を失わないのは、いつの時代も感動や共感をあたえてくれ、考えに幅をもたらしてくれる。

その意味で、世の中にはムダなものはないんだろうね。
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2020年06月21日

遊ぶ意欲

「コロナショック」 が生活に影を落してから、ようやく日常をとり戻せつつある。

接待を伴なう飲食店やライブハウスなど、一定の防止策を講じられ、移動制限も全面解除となった。
だからといって、生活様式が解除になったのではなく、何ごともほどほどが後に意味をなす。

人は周囲と同じ行動や考え方ををして、次第に物事をおさめていこうとするもの。
だけど、タクシー運転手と景気の話を交わして、あたかも街を知ったフリをしているわけではあるまい。

いつまで 「キンタマ」 (失礼) を、縮み上げているんだってことでさ。
もともと 「遊ぶ意欲」 のない人ほど、景気に深刻な顔をしているものだ。

お酒を飲める人なら、少しは飲みに出るべきで、その方が景気は早く上向く。
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2020年06月20日

肉体脂肪

営業を再開して、1ヶ月が経過した。

同じく、休業期間の1ヶ月もの間、ストレスによる過食が脂肪となり 「 3Kg 」 も体重が増加した。
最近は、風呂上がりに鏡の前へ立つと、フォアグラ状態の腹回りをさすりながら 「おいしそうだなあ」 と思うほど。

趣味の散歩で体を動かすもの、消費カロリー以上に、カロリーを摂取してしまうありさま。
散歩は日課ではないが、1日12Km以上歩くこともあれば、1Kmに満たない日もあり極端である。
しかも、寝る前に調子ぶっこいて、シュークリームを食べることもあるので、減るわけもない。

僕はライザップじゃないから、劇的な変化は求めていない。
むしろ、脳の指令に忠実である方が、僕なりのライザップ。
健康とは、体に全てを任せておけば、いいのかもしれない。

「五十肩」 も一向に治らないが、話によれば自然に治癒するらしい。
これからは、衰えるパーツに油をさす感覚で、黙々とつきあうしかない。
もうひとつ言わせてもらえば、健康とは、おもしろおかしく語れることかもね。

あと3ヶ月もすれば、年齢を超越した 「肉体の切れ味」 をお見せできる・・ わけねえか。
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2020年06月19日

河井夫婦

横田夫婦のように、涙なくして語れぬ人もいれば、河井夫婦のような 「厚顔無恥」 もいる。

政治は、人のレベルで決まるといっても過言でないため、人選びはことのほか、慎重さを帰するところ。
「この人、行ける」 と思われていた人がダメで 「この人、大丈夫か」 と思われていた人が 「やり手」 だったりするのは、よくあること。

人を見抜くためには 「どれだけの人を見てきたか」 その数も経験値で、任命責任も問われる。
議員の報酬は、高額で待遇も厚く、権力もあたえられる。
それに見合うだけの仕事をしてもらうためで、国民はその座にあぐらをかいてもいいとは思ってない。

義務は果たさず、責任はとらず、地位に恋々とするばかり。
いっそのこと、全取っ替えできればいいが、現実的には不可能。
総理大臣が代わろうが、期待できない野党に政権が代わろうが、この種の問題からは逃げられない。

人間の発露を考えれば、こういう問題は絶対に撲滅できない。
買収の片棒を担いだり、汚職の体質が根強いのは、おたがいにメリットがあれば成立するからだ。
そこに 「動機」 がある限り、ブラックボックスは、なくならない。

しかも 「触らぬ神」 で、権力が黙認されるのは、だれでも会社勤めを思い返せばわかるもの。
優位に立っているときは、相手を批判したり、無視を決め込んだり、巧みな脅し文句も登場する。
それでいながら、自分のことになると、話し合いどころか、こうして説明責任も拒否して逃げる。

似た者同士 「虎の威を借りる狐」 が二匹、利害が一致して 「河井夫婦」 になっただけのことか。
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2020年06月18日

矢沢情緒

「矢沢永吉」 のファンではないが、矢沢はきれいごとを言わないよな。

ライブへの熱い思いを持ちながら、コロナ禍で自粛せざる得ない状況が続く。
ならば 「有料ライブでお伝えしましょう」 と、過去のメモリアルライブを自己プロデュースし、複数を配信するという。

個人事務所の経営者でもあるため 「社員を食わせなければいけないし、俺自身も食うためだ」 とし、ライブの配信収益の一部は、医療機関にも寄付をするという念の入れよう。

一見すると、破れかぶれのような男だが、筋は通っている。
情緒に話をすりかえないし、ロック界の頂点に君臨する男。

つまり、象徴になるような男は、その 「生き方」 が情緒なんだ。
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2020年06月16日

新迷珍語

近頃、感染予防による、新語を多く耳にする。
今日も、スポーツのリモート応援をする人のことを 「リモマ」 と略称されていた。

90年代、イタリアン料理を 「イタメシ」 と、呼んでいた時期があった。
ようやく、スパゲッティを 「パスタ」 に、言い換えられるようになったのに、また新語が耳に触れた。

ある日、会社の女性社員から 「イタメシ、食べて帰りませんか」 と、気軽に誘われた。
字の如く 「炒飯」 と勘違いし 「東京大飯店でいいか」 というと 「えっ」 て顔をされた。
それで 「あっ、炉端焼きか」 と言い直したら、夜の人波が行き交う表参道で、大笑いされてね。

昔から、流行語や略語、和製英語が苦手で、同世代との会話が置いてきぼりにされていた。
広告代理店のプレゼンでも 「デトックス」 の意味が分からず、二度聞きする程度。
日本語で伝えればいいのに、横文字に変換したり、和製英語だったりする。

言い換えれば 「キャッチコピー」 は、商品を売るためのフレーズ。
言い方次第で 「イメージ」 も変わるが、若者はクリエィティブだ。
目くじらは立てないが、言葉の乱造がありすぎて、あまり情緒的になれないのは本音。

そこは百歩譲り、言葉の乱用ぶりが、ひどい時代もあった。
「ブルセラ」 (おまえ、バカか) 「援交」 (それは、売春だろう)
「チョベリバ」 (おめえ、火星人か) 「だっちゅうの」 (バカにしてるのか)
「たまごっち」 (それぐらい、俺でもわかるぞ) こうして、こみ上げる怒りを抑えていたあの頃。
酒場で 「仕事は三振王、夜のバットはホームラン王」 と豪語していた、おっさんたちの哀愁はいずこ。

四方八方、言葉は入り乱れ 「不都合のない言葉」 だけが生き残る。
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2020年06月15日

無題雑記 236

梅雨入りした新潟。

14日 勝手に俺主催の 「散歩大会」 は、雨天決行。
新潟伊勢丹前のバス停から、入船営業所行きのバスに3人で乗車して、終点で下車。

傘をさしながら、北へ続く遊歩道を5分ほど歩き、湿った空気感とともに、新潟みなとトンネルに入る。
傘を閉じて、海側の海底通路を直進し、山ノ下の出口で折り返す。
今度は、街側の海底通路を直進し、起点である新潟みなとタワーに戻り、往復で 「3Km 」 ほど。
タワーの展望室で、水分補給をしながら、強い雨に煙る日本海を眺める。

新潟の沿岸を構成する、港町である北部地区。
東京から転校してきて、この街でそれなりに育ち、ささやかな幸せを保っていた家庭があった。
街は見違えるほど変わったが、今も下町の象徴 「新潟造船」 の鉄塔があるのは、原風景そのもの。
思い出に浸ることもないが、潮の香りが懐かしい記憶を呼び覚ます。

帰りは、当時の原形を留めている、入船営業所からバスに乗り、雨止まぬ古町で途中下車。
ビールで乾杯し、前菜を数品と串を焼いてもらい、1日限定10食の豚足煮が絶品だった。
雨は止んで、いい風の吹く、萬代橋をほろ酔いで歩き、万代メディアシップの交差点で、21時に解散。
雨で歩行距離は稼げなかったが、今度は夏の終わりに夕日をながめながら、海岸道路を歩きたい。

表向きは 「散歩大会」 だが、結局は飲むための 「前哨戦」 になるんだけどさ (笑) 
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