2020年12月22日

Birth Of The Cool

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「 マイルス・デイビス 」 享年65歳。
1926年5月 イリノイ州で生まれ、1991年9月 サンタモニカ州で死去。
「ジャズの帝王」 と称された男の生涯を描いたドキュメンタリー映画 「クールの誕生」 を鑑賞。

日本人で、初めて 「マイルス・グループ」 に在籍したピアニスト 「ケイ・赤城」 は、後のインタビューで 「 (緊張で) 3年半やめていたタバコを吸いだした 」 と、当時の心境を明かしていた。
本編にそのシーンはないが、くどい説明をするより、そのコメントが存在感を物語っている。

サブタイトル 「真実の姿」 となる映画に登場している面々は、マイルスと共に 「ジャズの座標軸」 を生きた一流ミュージシャンたち。
「ハービー・ハンコック」 「ジミー・コブ」 「ロン・カーター」 「マーカス・ミラー」 など、彼とどうかかわり、どう影響され、今の自分があるか、エピソードと共に語られている。

それは、30年以上のときが過ぎ、嘘偽りのない告白。
同時に、彼を支えた女性たちの赤裸々な告白は、嫉妬や束縛に暴力と、結婚に覚悟のいる男だった。
全盛期もあれば、5年の空白期間もあり、その後は奏者としての表現力はもとより、ロックにファンク、ヒップホップも吸収し、変化にとんだ前進を止めず、音楽史を塗り替えたのは周知のこと。

その間、好き嫌いの激しい性格により、メンバーと絶縁、驚異の新人 「ウイントン・マルサリス」 との、新旧による犬猿の確執もあったが、本編は人間模様を蒸し返し、嫌味に編集することなく、前人未到の変化を遂げて、多大な影響をあたえたことに焦点が絞られている。
それでいながら 「エレクトリック時代」 の後期、80年代のとりあげられ方は、オブラートに包むが如く、薄い扱いだったことから、人々の心には 「カインド・オブ・ブルー」 (1959) の造詣が幅を効かす。

晩年、ラップ、ヒップホップとの融合になってからは、僕の関心もここまで。
究めたマイルスファンでないが、年齢 (時代) の所々で、トランペットが鳴り響いており、ジャズだけに固執しなかったことは、マイルスの柔軟性に影響を受けたのかもしれない。

心残りは 「マイルス・デイビスを体感できなかった」 その一点に尽きる。

posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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