2020年09月30日

未来新潟

新潟三越の跡地をめぐって、効果的な再開発の議論が施されているという。

過去より、古町の象徴的な商業施設の多くは、跡形もなく姿を消したり、形を変えたりした。
その間、新潟市の支援策を受け、コメリ書店や西堀ローサのテナント誘致など、地上も地下も好条件で出店が相次いだもの、容器と中身が伴わなかったせいか、悪いサンプルを見せられた。
その結果、店は潰れたというより 「儲からないエリア」 として、負のイメージが拡大した。

見通しを考えると、僕なりにひとつの目安を置いている。
まず、有力な 「フランチャイズチェーンの出店がない」 こと。
何を意味するかというと、FC本部なら自社の規格に則った商圏調査をして、競合店の有無や消費者の動向を考察して出店地を決めるほどの 「立地産業」 である。
更に、家賃交渉や設備投資も抑えて、人件費や広告費も削り、メーカーなどからの協賛金も募る。
絶対条件は、人口の少ない斜陽エリアには、リスクを冒してまで出店はしないこと。

あえてやるにしても、物件やエリアがどうであれ、最悪の中の最善策をとる流れは変わらない。
だが、それをやりすぎると、街の救世主になるどころか、街の乗っ取り屋にされてしまい、歓迎されるも招かざるも紙一重になるため、中央集権の地方展開は難しいとされる。

街全体の継続的な収益性を望むために、移住人口の増加やアクセスをよくして、自家用車を手放しても困らない 「街づくり」 に近づけるべきで、皮肉にも高齢者や今の若者はクルマに興味が薄い。
ほどほど一貫した見取り図がないと 「スクラップ&ビルド」 は叶わないし、人・客・モノ作りの三要素がコンパクトに備わらないと 「賑わい作り」 は、無茶な話。
その意味で、FC店の形態と出店数を見れば、街の行く末が見てとれる。

古町より、僕が営む店の心配の方が大きいけど、新潟への感謝が宿る意見とされれば幸い。
別段、ここに書いたからといって、どうなる話でもないが、見えたものや学んだものには一理ある。
なぜなら 「意見の上がらない場所に繁栄はない」 からね。

それこそ、万代では 「マスター」 古町では 「ちゃんづけ」 で呼ばれる 「腐れ縁の街」 でさ。
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