2020年08月07日

原爆の日

被爆から75年 8月6日 「原爆の日」

1945年 8月6日 広島に原爆が投下された。
3日後 8月9日 長崎に2発目が投下された。
8月15日 米国に無条件降伏し、後の 「終戦の日」 に制定された。
戦争の悲劇は多くあれ、象徴的な刻印のもと、日本は 「不戦の誓い」 を宣言した。

以前も書いたが、生前の父の出身地が長崎県で、小学5年生のとき、悲惨な光景を直にしたという。
そのため 「8月9日」 になると 「そのときの光景がよみがえる」 と一切食事をしなかった。
何年か前まで、新潟まつりの花火大会は 「9日」 に、日付開催されていた。
一度だけ、万代ビルボードプレイス屋上の花火観覧席をとり、家族で夕食を兼ねたが、そこでも食事は一切口にせず、花火を見ながら 「地獄絵図」 は、強烈だったことが身にしみた。

Remember Pearl Harbor  − 真珠湾攻撃を忘れない −
先制攻撃は、日本から仕掛けたが、返り討ちにあった。
結果、広島と長崎に原爆を落とされ、破壊力たるや人道上で、心の遺恨を残した日米関係。

両国にも言い分はある、71年後の 2016年 5月27日 
現職大統領として初めて 「オバマ大統領」 が広島を訪れ、原爆死没者の慰霊碑に献花した。
核なき世界のスピーチは、日本国民に感動を与えて、被爆者の手を取り、そっと抱き寄せたあの瞬間、多くの人たちは目頭を熱くした。

両国は謝罪にこだわらず、原爆地の広島で平和を誓い、おたがいに敬意を払った。
被爆国として、長年の溜飲が下がり、次への第一歩を誓ったが、核兵器の根絶に至らないのが現実。

そういう意味も含めて、本来のお盆時期とは、少し神妙な面持ちでいなければならない。

  
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