2020年02月22日

面会謝絶

急性白血病で入院した、競泳 「池江璃花子」 が、闘病生活を終えた心境をテレビで語っていた。

昔、ガンは 「死を宣告された病」 だった。
今、医学の進歩により、本人の意思と手厚い医療の力で、生存率の見通しも高くなった。

「急性白血病」 で思い出すのが、小中高で同じ柔道部 (道場) の好敵手だった同級生。
同じ病を発症後、治療空しく 「16歳」 青春真っ只中で亡くなった。
三回忌、仏壇に焼香をお願いに行くと、闘病中の様子を聞くことができた。

入院先は 「新潟がんセンター」 で、当時は明訓高校の正面玄関が見える病室だった。
毎朝、窓越しから、同い年の生徒が登校する姿を見ては、人知れず泣いていたという。
その話を聞いたとき 「会えなくて、よかったのかも」 と、よぎった記憶がある。

在校中、少しでも励まそうと、部活帰りに先輩らと見舞いへ行くも 「面会謝絶」 で引き返したこと数回。
「そんなに悪いのか」 と重い足どりのまま、次に会ったのは、棺に横たわる安らかな死に顔だった。
もし、あの時に会っていたら、励みになっただろうが、みんなで帰った後、病室にひとり残された心境を思うと、逆に寂しい思いをさせたことになったのでは。

「このあと、みんなで古町で遊んで帰るのかな」 
そう思わせたら、見舞いに来る前以上に、孤独な気持ちにさせたかも知れない。
患者は敏感になっているから、見舞いが 「真意」 か 「形式」 か見抜いてしまうだろう。
もちろん、全員が真意で行ったが、手厚い気持ちで面会に行かないと、人を孤独にさせてしまう。

今になれば、あのときに会えればよかったのか、それとも会えず終いでよかったのか。
それはわからぬも 「命の尊さ」 を学んだことは事実。

40年前のことを思い出すのは、今も彼は僕の心の中で生きているんだと思う。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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