2019年12月04日

Fifty Five

12月4日 誕生日を迎え 「55歳」 になった。

1964年 (昭和39年) 生まれの主なる出来事は 「東京オリンピック開催」 「東海道新幹線開通」 「新潟地震」 であろうか。

育った時代は 「高度成長期」 真っ盛り。
幼少期は東京で育ち、少年期は新潟で過ごす。
新宿に超高層ビルが建設される前の風景を記憶し、新潟では防波堤に腰をかけて、目の前をゆっくりと横切る大型船を眺めていた。
その時代を象徴する、アイドルや流行などに興味を示さず、独自の青春を歩んだような気もする。

成人式を迎えた 1985年 (昭和60年)
「暴力団抗争の過熱」 「純金詐欺事件」 「日航機墜落事件」 と激動の年だった。
「阪神タイガース初優勝」 も、記憶に鮮明だ。

翌 1986年 (昭和61年) 「バブル景気」 1991年 (平成3年) 「バブル崩壊」
当時、所属していた会社は、社員に景気を還元せず、経営陣の脱税事件で、一躍全国ニュースになる。
「ひたすら真面目にやってきたのに、国税局の査察に応じなきゃいけないのか」 会社に憤慨しながら、将来ある若手は都会で路頭に迷い、信じた組織の断末魔を至近距離で見た。
ただ、景気の見返りは得られずも、内なる邪に対して手をそめなかったし、影響されずに生きたと思う。
その後、転職で経験を活かし、新しいやりがいの中、狂乱時代の影響なのか、清貧な生き方に憧れた。
本音は35歳で脱サラし、30年構想の事業をしたかったが、やるやらないは勇気のあるなしではない。
親の介護など、現実的な問題に直面し、サラリーマンは辞められなかった。

昔から、気の合う仲間は、どこか出世コースからはずれているが、周りから一目置かれているタイプ。
自身、体育会系でありながらも、だれとでもつるむタイプではなく、個を重んじ 「人は人、俺は俺」 で、親分と子分の関係は好まず、上司を父として慕い、部下を息子のように重きをおいた。
感受性が育つ頃、転校生だったこともあり、どこかポツンとしてる人を見ると、別の感情が生じるのは、新潟の下町 (しもまち) という、ヤンチャな環境で育った、連帯意識の名残りかも知れない。

まあ、人生55年も生きれば本望だし、この程度の人生なら良しとしておかねば、罰が当たる。
もう、先のことは考えすぎず、これからも軽いノリといい笑顔に包まれて、人生を楽しみたいよね。

おお、そうだ、55歳からのイオンの特典 「GGカード」 に加入せねば 😃

posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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