2019年05月10日

晩年の心

毎年、東京へ行くのには、理由がある。

5日 午前、池袋のホテルに荷物を預けて、午後1時には、伯母が住む朝霞の団地に到着。
先月87歳を迎えたひとり暮らしの伯母は、妻と来訪することを心待ちにしていたと、腕によりをかけて、手料理を用意して待っていてくれた。

薄くなった味つけ、ご飯の柔らかさに、時の流れを感じたが、数日前から買物と下準備をしたという。
体裁が気力を作るのか、気力が体裁を作るのか、遠路の愛情を感じ、会話は現在から過去へと逆行、上野動物園で迷子になったことなど、幼年のおちつきのなさを明るみにされた。

昔話にも、少し疲れてきた頃。
6畳一間、畳敷きの円卓におかれた、3つのティーカップもすっかり底が見えてきた。
夕暮れの薄い影が部屋を覆いつくし、旧型の電灯スイッチに手を伸ばして、線を2回引っ張った。

ベランダから見える、団地の古い時計台の時刻も見えずらくなってきた。
会話に間が空くと、伯母が一言 「あと1〜2年しか生きれないけど、まーちゃんたちは元気で・・・」 と、さよならめいた言葉に 「また、来るからさ」 と、その先の言葉をさえぎっていた。

団地の入口まで、タクシーをつけてもらった。
「下まで見送るよ」 というので、その愛情を素直に受ける。
杖で体を支え、気丈に手を振る伯母の姿を、照れくさそうな子どものように、後部座席から見つめる。

夫婦は寂しさを共有できる。
伯母は温もりの残る部屋で、あとかたずけをしながら、ひとりで何を思うのであろうか。
「とうとう、この日が来たか」 と思い残すことがないよう 「晩年の心」 と大事に向き合っている。

大型連休とか騒いでも、この年齢になると、遊びだけでどこかへ行くことはなくなる。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。