2018年08月26日

愛の募金

秋雨前線を感じながら、何の気なしに 「24時間テレビ」 を、所々ながめていた 26日。

「愛は地球を救う」 の初回は、ボクが中学二年生のときだから、数えること39回目となり、意義のある冠番組でありながら、年中こんなことばかりされたら 「今度は何の募金だ」 とウンザリするものだし、一年に一度だから、人は協力しようと思う。
それが、このタイミングなのか、歳末助け合い運動なのか、災害募金なのか、琴線の触れ方にもよる。

それこそ、この前のスーパーボランティア (78歳) のように 「名を告げぬ行ないこそホンモノ」 ではあるが 「顕示欲」 という広告塔もないと、社会を動かせないのも事実。
今回のランナーは、タレント 「みやぞん」 だが、ボクが 「人類皆兄弟。今回は俺が走るぞ、ダァー」 と名のりを上げても、社会的にも番組的にも価値はないわけでさ。

一部で、寄付金や協賛金を疑問視する声もあるが、出口報告という使途が見えないからだ。
「いいよ、いいよ」 は別だが、暴力団のみかじめ料ではないから、収支報告のない寄付をためらうのはあたりまえで、どこに募金するかは、人生の背景や生きざま、共感による自由意志と見極めとなる。

ここまで 「愛は地球を救う」 が続いている理由は、長年の透明性と感動があるからだ。
番組の最後、寄付金の途中集計が 「2億ウン千万円」。
夏の甲子園、準優勝校の秋田県 「金足農業」 の寄付金は 「1億9千万円」。
いやはや、お金はあるところには、あるものだ。

そう考えると、今は景気がいいのか悪いのか、さっぱりわからなくなる。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。