2018年07月16日

10年早い

バーでは 「ウイスキーブーム」 の影響を悪い形で受けている。

さかのぼれば、日本のウイスキー作りを題材にした、朝の連続テレビ小説 「マッサン」 が放映されているとき、今の現象は予感できた。

流行として、一挙に浸透すると、その分、終わったときの揺り戻しは大きくなる。
ブームが去った後、今度はウイスキーを飲むこと事態、流行遅れにされてしまう。

商業的に恩恵を受けていると思われてるが、とんでもない誤解で、そのせいで仕入価格ははね上がり、原酒は底をついてメーカーは品薄状態、何年も安定供給できたのに揃わなくなる。
そうすると、転売目的で買い占められ、標準価格が吊り上がるから、迷惑以外の何物でもない。

最近では、スコッチソーダと称して、それまでだれも見向きもしなかった 「ホワイトホース」 を宣伝して、特定のウイスキーに集中しないように苦慮しているが 「山崎」 「白州」 をソーダ割りで、大型居酒屋で大量消費したものだから、その価値も薄れた。
90年 「山崎」 のキャッチコピー 「何も足さない、何も引かない」 アイデンティティーがあったはず。

市場は混乱しているが、大してウイスキーに興味のない人たちの 「コップの中の嵐」 のようにも思え、松下幸之助の水道哲学 「より良いものをより安く」 から 「より高く」 に背き離れた現象だよね。
今は昔のように、部屋にウイスキーを飾るだけで、飲んだ気になる心理状態に戻っている。
ウイスキーは、味わって知っていくものなので、ラベルで飲んでいると薄っぺらになる。

極論をいえば、美味しいものならだれでもわかるが、大事なのは違い (個性) を言い当てることが 「筋金入りのウイスキーファン」 で、オフィシャルボトルの味を知らず 「熟成年数」 にこだわるのは 「楽器の音を知らずにジャズを語る」 ようなものだ。

長年、本物志向のウイスキーを味わってきた人からすれば、ウイスキーブームは迷惑な現象で、当店 「オフィシャルボトルをものさしにしている」 から、希少で高いウイスキーを置くのは途中でやめた。

あの人なら、こう言うだろう  「これを飲むなんて、10年早いぞ」  (笑)
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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