2018年07月07日

負の部分

6日 朝から 「ニュース速報」 が、かけめぐっていた。

95年3月20日 地下鉄サリン事件から、23年。
オウム真理教の麻原死刑囚ら、7人の死刑が執行された。

あの日、新潟に帰省しており、親父が 「おい、東京が大変なことになってるぞ」 と、テレビを見たのが事件の最初で、後の捜査で解明された実行犯たちは高学歴な若者で、どちらかといえば真面目に近い部類に入る存在が印象的だった。

前も書いたが、なぜ、そんな凶行におよんだのか、純粋すぎるがゆえ、思考に余裕がないんだ。
純粋さは、外部の洗脳を受けやすく、信じたものをわかってもらえない、いらだちが次第に過激となり、集団的な暴走をする。

判決の11年後、死刑が執行され、社会は後継団体が報復テロをおこさぬか不安を抱いてるようだが、徹底的に糾弾されたので、個人的にその可能性はないと思う。
むしろ、今のネット社会の方が、心のせまさを衝突させる場所となり、わずかなきっかけで人間性が入れかわる環境なので、性格が急変して集団暴走すれば、第二のオウム事件につながるおそれもある。

最近の無差別殺人事件は、社会に不満のはけ口を求めた犯行では、オウム事件と通ずるものがあり、コミュニケーションの欠如、関心のないものは否定する気質は、自立が遅くなることは実証されている。
そうならないために 「スマホばかりやらず、たまには外で遊んで来い」 そんなあたりまえの教えこそ、硬直した若者の頭をほぐすには有効であろう。

同世代だから 「負の部分」 が見えた気がする。
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