2018年03月13日

20th wedding

結婚20年を迎える日が近い。

入籍日は快晴、昼下がりの日曜日だった。
渋谷区役所に婚姻届けを提出後、証人欄に署名してもらったおたがいの友人を会席に招いた。
その二人、これがきっかけで一年半後に結婚し、今も夫婦同士で変わらぬ懇親は続いている。

あれから20年、節目となる記念日は、ビストロレストランの個室で祝った。
ひとえに20年と言っても、30年前からの顔見知りだから、実は知り合って長いのである。
そのときは、おたがい独身ながら、共に恋愛相手はいたので、まさか後に縁が巡ると思わなかった。
不思議なのは、環境や偶然が出会いや再会をつむぎ、顔見知り程度の相手が、将来のパートナーになったりするんだから、縁なんてどこにあるかわからないものである。

夫婦生活を語ることはおこがましいが、長さでわかってくることも多くなる。
男と女は違うことを尊重し、理論的に封じ込めようとせず、相手の気持ちに添うことを知る。
最初は、そういうことがわからないから、やや共感意識に欠けてしまい、建設的な意見を呈することが、夫の役割みたいなところもあったが、それは相手が求めていることじゃない。
コレ、ひとつとっても、男と女は違うわけで、気がつくと 「男の押し売り」 と化すこともある。

大切なのは、言葉のコミュニケーションで 「聞くは7割、語るは3割」 ぐらいが、男の黄金比率であり、会話は非建設的であっても、思いの丈を受け止めた事実が、相手の安心感を得られるんであってさ。
男と女、わからないから、わかろうとするものだし、わからないからと言っては、さじを投げてしまったら、永遠に分かり合えないし、いや、わからなくてもいいこともある。

「一緒にいても、話すことがない」 という、熟年夫婦も多いが、ここはウチに当てはまらない。
20年も一緒にいれば、頭の中には膨大な会話の資料があるわけで、その引き出しを開けずにいたら、何のために一緒に暮らしているかわからない。
だからと言って、年中一緒に時間を過ごすことはなく、そうじゃない時間はおたがいに干渉しない。

同じ屋根の下でも、部屋で何をしているかわからないぐらいにしておかないと息苦しくもなるし、もちろん世話話はするが、相互不干渉ながら、家庭は協力して真剣にやるようにしておかないと軸がなくなる。
それに、趣味や価値観など全部同じだったら、どう考えても変だし、夫婦でもプライバシーの部分が充実しないと、緊張感のある部分も含めて、刺激がなくなっちゃうんじゃないかな。

責任のとれる範囲で、自分の好奇心に忠実となり、青春を二度楽しむぐらいに思わないと、これからの人生、あくびの連続になりそうだし、晩年、これまでの 「ボキャブラリー」 をどう使うか、こういったことも大切になるような気もする。

余談だが、予約したお店のご厚意で、サプライズサービスで祝ってもらった。
その際、プレートのフチにチョコレートで描かれた文字は 「結婚20周年おめでとう」 20th wedding anniversary でなく 「結婚2周年おめでとう」 2nd wedding anniversary と書き間違えられた英語表記だった。

結婚2年の晩婚夫婦と思われたようだが、ふたり若返った気分となり、個室で大笑いさせてもらった。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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