2017年12月09日

地方議員

東京五輪の大会マスコットの選考を、全国の小学校各クラスに一票を与え、最終決定するという。

未来永劫、小学生の感性に委ねるのがいい。
さて、選考は選考でも、日本の選挙の選考制度は改めるべきだろう。

地域に身近であるべき 「地方議員」 の全国レベルがひどすぎる。
最近のケースでは、熊本 「パワハラ女性市議」  石川 「匿名投稿市議」 など、その異常性たるや、枚挙にいとまがないのであれば、選挙のやり方を変えるしかないだろう。

もちろん、まともな市議がいないとは言わない。
それでも、有権者は一票に託した相手が、こんなのだったら悲惨だ。
その制度、話術や好感度だけで、当選できてしまうから、有権者は候補者の能力を検証できない。

そのためには、議員を務められるだけの知識や倫理観を備えているかなど、不適合な候補者を振るい落とすための、試験制度は必要ではないだろうか。
能力のあるなしにかかわらず、供託金さえ納めればだれでも出れるし、万が一当選したらどうするの。

まだ、子どもだましのような候補者は潜んでいるだろうし、予備軍の候補も控えていると思う。
不適合者を当選させないために、常識試験はもとから、公僕としての対人能力、性格的なことも含む、適性試験やストレスチェックをしなければ、こういう問題は尽きない。

それによって、前段階で精査できるし、合格者の中から選考しなきゃダメだ。
なぜなら、一般常識試験にクリアできなければ、法的上の民意を全うできるわけあるまい。
投票はだれでもできるが、候補はテストを通過した者に与えられる議席にしないといけない。

入試や採用試験はあるのに、どうして税金で賄う議員候補にペーパーテストがないのか、いまだかつて不思議でならないし、候補者の経歴だけで判断するのは、公平を期す目を曇らすことになる。

門戸 (人数) を狭めろとは言わないが、敷居 (標準) は上げるべきである。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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