2017年09月29日

不良養成高校

高校時代の同級生が、年に数回ほど店に顔を出すときがある。

素朴な関係ながら、店があることで、わずかにつながりが途絶えずにいられる。
自身、共学ながら、女子と一切のつながりはなく、さながら男子校のようである。

高校は偏差値が低く 「不良養成高校」 などと、後ろ指をさされていた。
進学はおろか 「この高校の生徒は採用したらダメだ」 そんな陰口もささやかれていた。
採用されても色眼鏡で見られ、それがイヤで辞めたやつもいれば、逆に 「だったら、やってやるよ」 と偏見を打ち負かす努力をしたやつもいたから、二つの流れがあった気がする。

ボクは高校時代、生意気なところがあった。
ある日のHRで、教師が他人事のように 「 (世間では) バカ学校と呼ばれている」 と言われた。
言われなくてもわかっちゃいるが、それに対して 「 (偏差値の低い学校に赴任したことに)  じゃあ、先生たちも、バカ教師ということですか」 と返すと何も言えなかった。

側近の教師が、赴任校にプライドがなければ、俺たち生徒の気持ちもささくれるのはあたりまえ。
生徒も 「バカで不良で結構」 と偏差値の低さとレッテルに反抗的となり、凝り固まった意識でいた。
暴走族でウサ晴らしする生徒もいれば、自分では何の努力もしないのに、認めない社会が悪いからと、反抗を正当化しようとする、陶酔ムードも鼻に突いた。

ボクは高校の友人の影響で、それがすぐになくなったからいいけど、社会をつなぐバイト先での評価は、人物を見るか、学校を見るか、社会体験の場でさえ、二分されていたと感じた。
よかったことは、部活の稽古以外にも、夜8時から週3回の道場稽古で、柔道一般男子の部に参加し、青春の飢えや渇きを、なみいる有段者の胸を借りて発散できたこと。
だから、多感な時期に横へそれることなく、つべこべと頭で考える前に走り抜けたと思う。

非行歴はないが、一度だけ、高校を揺るがす、停学処分を食らった。
悦につづるほど単純ではないが、振り返ると劣等感が激情に触れて、事態を引き起こした。
人はプライドを傷つけられたら、怒るときは怒るべきだと、そのときは本気で思ったもん。

だが、怒りのぶつけ方を間違っていたし、停学中に友人が全校集会で学校に巣食う問題を呼びかけた行動と、黒板の授業内容をクラスメートが交替で、自宅にノートを届けてくれたことは感謝している。
停学が解けて、担任に反省文を提出したら 「おまえが怒ったのは、よくよくのことだったんだろうな」 と言われたときは、それまでの怒りの蓄積が爆発した気持ちを理解してもらい、心境は氷解した。

一昨年、当時を知る3人で飲んだとき、そのときの気持ちを大人の言葉で伝えた。
偏差値は低かったが、机上で学んだことより、経験値のほうが、はるかに社会で役立った気がする。
人間は忘れることで正気を保てるところもあるが、思い出によって、明日に踏み出せることもあるから、利害関係を抜きにして素直に語りあえば、これほどの免罪符はないんじゃないか。

もう、だれも傷つける相手はいないし、それだけ年齢を重ねてきた、我が 「劣等人生」 である。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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