2017年09月21日

ケ セラ セラ

先日 「小野リサ・ボサノバ・コンサート」 第二部の2曲目が 「ケセラセラ」 だった。

「ケセラセラ」 とはスペイン語で 「なるようになる」 の意味で、日本語の 「明日は明日の風が吹く」 意味にもとれ、気持ちが悩ましくなったとき、この言葉を思い浮かべることがある。

日本人は何も起きていないのに、先の不安ばかり気にしすぎて、今を楽しめない性質がある。
不安感で社会を見すぎるため、不安な気分でしか世の中を見れない、気弱な傾向もあると思える。

世の中、何があるかわからないからと貯金に終始し、晩年の蓄えを目的にしている人が多い。
楽しみは閉店間際に食料品の安売りを手にすること、つきあいは早い時間帯の晩酌セットのみに限る。
こうなると値段でしかモノを買わないから、文化的な教養は身につくわけあるまい。

いかにお金を使わずに生活をするか、倹約に理由はあるものだが、住宅や車、教育資金や旅行などの目的かと思いきや、ただ先行きが不安だから、とりあえず貯めておこうとする考え方。
医療費や老後資金の蓄えは必要だから、その考えに一理あるが、一人で生きていくわけじゃあるまい。

だけど、どこまでの資金を想定して不安だと悩んでるのか、それがわからなければ、必要なぜいたくはおろか、人間関係の心の豊かさまで、失ってしまうんじゃないかな。
つきあいには、限度こそあるものの、高価を見せびらかす見栄ではなくて、心のゆとりというかさ。

そもそも、悩みにあたふたせず、起きてから考えればいいのだ。
起きてもいないのに、いい歳をしたおっさんが不安がる姿は、かっこ悪いじゃん。
そうそう、恵まれたツキなんてないが、もしツキがめぐってきたら、気前よく分ければいいんだしさ。

それこそ、重度のがん告知をされたら、それまでの小さな不安なんて吹っ飛ぶわけで、せこく生きても、人間は早いか遅いか 「100%の致死率」 なんだよ。

そこで大事なのは 「ケセラセラ」 (なるようになる) と人生を開き直れるかだと思っている。 
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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