お客さんかと思い、リビングの扉をゆっくりと押すと、御年75歳になる、おふくろだった。
妻と仲がいいので、たまに用事を作っては、こうして気軽に訪ねてくる。
昔、かけおちしたとはいえ、俺にとって、母親は母親だ。
今も、その人と幸せに暮らしてるから、純愛だったことを受け入れ、晩年はつかず離れずの親子関係。
妻は 「あなたの顔を見に来ているんだから」 という。
親心はわかってるし、いくつになっても息子は母親には、つっけんどんな態度になってしまうものだが、こういう甘えが許されるのは、照れ隠しの愛情であれど、妻と母親の前でしかできない。
三人でお茶を囲むが、もっぱら雑談は二人に任せて、ボクは新聞やテレビを見たり、たまにボソッと口をはさむが、サラッと流されて、また自分たちの話題に戻る。
女性同士の雑談に、男が入る隙はないので、この時だけは、置物同然としか見ていないのだろう。
そんな二人の雑談には加わらず、ただ聞いているだけなんだけど、こういう雰囲気はどこかおちつく。
ママ友同士が、お茶をしている横で、ひとり絵本を見て過ごしている、子どものような気分だ。
それでいながら、子育てをする本能や機能のようなものが、ボクの行動を見守っている空気がある。
男としては、そうしてもらったほうがありがたい。
おふくろは手荷物を抱え、駅南から歩いてくるが、夕方とはいえ、猛暑日に歩いてくることはなかろう。
店に向かう時間が来たので 「涼しくなるまで、ゆっくりしていきな」 と一声かけて、自宅を後にした。
今度また、一緒にカラオケへ行くそうだが、勝手にしやがれ、俺は意地でも行かん!
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