最近、腕時計の針が、遅れぎみになってきた。
車の車検と同じで、そろそろ 「オーバーホール」 (分解検査) しなければいけない時期である。
時計だけでなく、人間も50代ともなれば、慢性的な疲労が蓄積するし、心の空気も停滞したりする。
だから、体の部位をいたわったり、心の空気を入れ替える必要もある。
得てして、若返りなど目指さぬが、花と同じで水分が足りないと枯れてしまうものだ。
昔の50代と見た目だけで比べれば、今のほうが断然に若いのは、精神的なものが大きいだろう。
年齢にコンプレックスを持つことは、どう考えてもおかしいわけで、年齢のイメージにとらわれることは、一種のハシカと同じだから、人間もオーバーホールをすれば、さほどネガティブな感覚にはならない。
先日も書いたが、その上で 「どうあがいても、できないことは、できないんだ」 と自分に言い聞かせることもある一方、これからの年齢に備えて、気持ちだけでも整えていたいと思う。
年齢を認めることと、年齢に悲観的になることでは、その意味自体からして違うからね。
ボクのオーバーホールは 「人と会話をすること」 「一人の時間を大切にすること」 の二つ。
人つきあいにおいては、変に構えず、自然体でいれば、自分と共感できる個性と出会えるものだ。
2017年03月20日
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