2017年03月11日

孤独と友人

4日付のブログを読んだという、40代の男性客とたがいの 「友人」 について話がおよんだ。

このようにストレートな切り出し方をされると、前口上抜きに本題へ入れるからいい。

最近、ある民間調査で、腹を割って話をできる友人が、少なくなってきているという。
SNSの影響で、ネットワークは飛躍的に広がったが、あくまでも同好の枠内にすぎない。
無駄に友だちを広げることは、無意識に相手を遠ざける行為にもつながるのだという。

個人的には、そうなるのはいやだから、おいそれとだれとでもつながろうなんて思わない。
友だちなんて、せいぜい片手で足りるし、他は気軽に挨拶できる仲間で充分。
親しさを求めるなら、友だちを広げるより、むしろ絞っていくべきであろう。

ボクは 「友人はいるか」 と聞かれれば 「その時代のランニングパートナーが友人だ」 と答える。
一緒に生活をするのは家族だし、私生活は 「馬の合う人」 だけでいいと思う。
自分のモノサシを持たず、むやみに幅広いつきあいをすると、他人に振り回されるものだ。

友人関係も複雑で、おたがい一方的な友だち気分が残りながら、何年も会ってなければ過去になるし、今機能してる関係から、本当に必要な人はだれか考えれば、親友なんて二人もいれば充分。
カンタンな話、利害抜きの友情に助けられたとき、はじめてわかるものだ。

そこは、友人以上、恋人未満の 「異性の友だち」 が満たしてくれることもあろう。
同性では話しにくいことや、気持ちが満たされぬこともあるから、そういうときの切り札に異性の友だちを重きに置く必要もあるし、同性にはない 「ときめき」 を感じるときもある。

ボクが見てきた限り、同じ会社で友だちつきあいしていると、壊れたときのショックは大きいようだ。

そう思えば、友人関係は孤独と孤独の係り合いが強いほど、気がつけば親友になっているんだろうね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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