2017年02月22日

15の春

県内の公立高校の倍率が発表されていた。

わが母校の名称は変わったが、普通科ながら 「倍率0.42」 は、県内でも最低ラインだ。

それでも、35年前は全日制で、一学年8クラスの規模ながら、栄え方は感心できることではなかった。
さながら、各中学のヤンチャが集まり、入学したては、目が合った、肩が触れたで、いざこざがはじまる。
上級生は暴走族の勧誘に来るし、勉強しに行っているのか、部活をしに行っているのか、遊びに行っているのかわからない空気の中、そのうちにあたりまえのことがわかってくる。
それは、多感な時期でありながら、決して不良は本質ではないこと。

不良にも、TPOがある。
授業の妨害をしない、いじめはしない、ある意味、学校は一番安全な居場所でなければならないはず。
それをわからない不良は、単なる面汚しの存在でしかない。

それに不良の吹きだまりで、いつまでも根を下ろす奴はいなかったし、一時的なカッコに影響されるが、すぐにかっこ悪いと思える感性もあったと思う。
ボクは 「ツッパリ」 を相手に、冷やかし目線をとったから、連中たちはトコトン調子が狂っただろうね。

前述、成人式で暴れるバカタレは 「遅かりし不良デビュー」 と書いた。
平成の満ち溢れた時代 「ダメなことは、ダメなんだ」 と強く言い切れない風潮だから、大人も怒り方が身についてなく、現場でオロオロして、だれにでもいい顔をするから、いじめの問題が巣食うんだ。

十数年前 「なぜ人を殺してはいけないの」 との質問に、社会が熱心に答えている姿に疑問を感じた。
近年、懇切丁寧に説明してくれることには理解を示すが、説明のないものは自らの意志で理解しようとしなくなるから、なんでも答えを与えればいいってもんじゃない。

結果、その時代の若者だけでなく、全体が幼稚化したと思う。
そんな質問をされたら 「まずは、自分で考えろ」 と突き放したほうが、想像性の教育になるし、答えを与えすぎると、話し合いそのものが煩わしいものと感じるようになり、人の考え方は偏るだろう。
理解はあとからでいいから 「ダメはダメ」 一度は、雛型にはめる必要もある。
今の大人は情けないが、子どもに足元を見透かされて、真面目な質問でからかわれているようなんだ。

まだ、80年代半ばまでは、ケンカの理由に説得力があった。
それを正義感と思ってないが、理不尽なことで仲間がやられたら、かかわった連中を片っ端から探してやり返したり、詫びをいれさせたり 「このケンカ、俺が預かる」 と上手に収束させたりね。
そして、いじめをやめさせるために、サシで話をつけに行ったり、逆切れに逆切れしたり、おとしどころも考えながら、最後は曖昧でも 「ノーサイド」 を心がけるのが、ケンカのルールであってさ。

今は匿名のネットいじめや無視、危うくばスイッチを切れば済むような、卑怯で陰湿なやり方だよね。
あの時代、それしかできなかったけど、いじめに説得力はないが、ケンカには牧歌的な理由があった。

だから、実技はせずに、小理屈を並べ立てる、ペーパータイプな大人を一番嫌っていたね。

偏差値の高い学校だけが、全てじゃなかった 「15の春」 である‥  1980
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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