2017年01月12日

灰色の街

タレント 「ヒロミ」 が、成人式のバカタレ小僧たちの映像を見て、われわれの世代を代弁していた。

その言葉 「昭和の不良は、会場の中には、入らなかったよな」 と。
要するに 「すみわけ」 をしていたし、形式的な場所には、立ち入らないのが、不良なりの暗黙ルール。
だから、不良は会場の外を仲間との集合場所に使い、外で酒を飲むセコイ真似せず、そのまま街中へ飲みに直行するパターンだった。
お店も気を利かせて、特別に昼から営業する飲食店も多かったからね。

成人式には、筋金入りの悪党は来なかった。
礼儀知らずのバカタレほど、「遅かりし不良デビュー」 だから、やることは鼻で笑われるハッタリだし、 俗に 「ハンパモン」 って奴さ。
あの時代、成人式の時点で不良なんてのは、とっくに卒業してたはずで、身を隠しざる得ないやつは、暴力団の準構成員になっていたからね。

先日、お客さんに 「マスター、成人式は行ったの」 と聞かれた。
最初は行く気はなかったけど 「行かないで、後悔したよ」 という、先輩の声が響いたのであろう。
髪型はアフロヘアー スーツはイトーヨーカドー ? 父親にネクタイの結目を直され、母親からは洋服ブラシで肩や背中のほこりをはらわれ、玄関先で照れくさかったことを覚えている。

会場は新潟市体育館、式典は午前中には終わった。
だれとも約束せず、ひとりで行ったが、そこに仲間はいるし、形式だけでも静かに式典に参加したのは、招待状をもらうということは、そういうことだろう。
写真を撮りあうこともなく、終わればさっさとはしご酒になり、入れ代わり立ち代わり、深夜2時すぎまで男仲間と古町で飲み明かしていた。

その頃、勤めていた会社に辞表を受理されて、成人式の翌日あたりに髪を切り、これを契機に新潟から出る準備をしていたから、ボクにとっては 「出陣式」 みたいなものだった。

今と比べれば、あの時代、牧歌的でもあった。
成人を境に 「 (もう不良であることに) あきたよ 」 と、自然と群れるようなことをしなくなり、これから先、どこへ向かうかもわからなかったけど 「とりあえず、行ってみるか」 そんなノリだったと思う。
それまでの中途半端さに気づき 「自分のことは、自分で変える」 意思が、次第に顕著になってくる。

その背景には、下町 (しもまち) の雑踏感も、少なからず影響していたようだ。
小さな町工場で、油まみれになりながら、家族を食わしていくためには一生懸命に働き、そんな活力が港町下町の粋を支配していたし、どこの家庭にも屈強な美学が存在していたと思える。
全体的に 「理由は後づけでいいから、とりあえず何かしようぜ」 そんな連帯感はあったね。

当時の成人式に話を戻せば、そうして一度は解散して、時が流れて、また 「いい形で再会する」 のが同じ時代を生きた友人 (仲間) だったりするわけだ。

ここから余談だが、そんな来るべきして来る、別れの風景を描写していた映画が、松田優作が主演した 「ヨコハマ BJ ブルース」 (1981年) エンディングのラストシーンだ。
朝もやの中、それまでの仲間と直線道路を歩いているが、一人、二人、また一人と 「じゃあな‥」 と 挨拶を交わしながら、次第に違う道 (方向) へと離れて行く。
彼は早かれ遅かれ、こうなることはわかっていたから、最後のひとりになっても、顔色を変えずに、ただひたすら真っ直ぐ、どこへ向かうかもわからぬまま歩いて行くだけ。

映画の内容はサッパリ憶えていないが、最後のシーンだけは印象に残っている。
それは 「大人に変わる場面」 のようで、あれこそ 「男同士のカッコいい別れ」 じゃないのかってね。
若いときの仲間は 「近さ」 なんだけど、それが何十年後になると 「長さ」 になるというかさ‥

そんな松田優作が歌う、この曲のタイトル 「灰色の街」   今日のブログのタイトルにしておこう。
 
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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