2016年10月29日

Language

最近は、SNSの拡充により 「ブログ」 をアップする人は少なくなったようだ。

ブログは書くことに力点が置かれるため、継続は困難となり、放置されたブログも散見できる。
器用な人は、複数のツールを使い分けるだろうが、次第に用途は絞られるだろう。

ブログは交流を目的にした類ではないので、あくまでも個人的なスタンスで開設している。
中には、広いコミュニティーを目的としたツィッター、特定のコミュニティーを目的としたフェイスブック。
言葉は人それぞれだから、何をやろうがかまわないが、冷静に問われるべきは 「コミュニケーション」 (言語交流) をできた上での、SNSの活用であろう。

お客さんから、こんな話を聞いた。
日常の交流で 「スマホに切り替えて、ラインができるようになったら、連絡して」 と言われたとか。
言い放った人は、今やあたりまえのコミュニティーツールとして、別に他意はないと思われるが、これが現代の常識だと許容しようにも、どこか冷たい違和感だけが残る。

個人的に思うことは、直接的な言語を用いない交流は、やっぱり気味が悪いものだ。
むしろ、神経質すぎるほど、人との距離を測る方向に、ムダな作用をおよぼしている気がする。
程度問題において、分母が言語、分子をSNSと理解してれば、さほどの違和感はないのだが、現代の人間関係は極端すぎる上、本当は不器用で、それゆえにコミュニケーションが臆病なんだと思う。

別に社会に警鐘を鳴らすつもりはないけど、ボクごときの価値基準を言わせてもらえばこうだ。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック