2016年07月12日

シン・ゴジラ

11日 映画 「インディペンデンス・ディ・リサージェンス」 (96年の続編) を見てきた。

SF映画はほとんど見ていないが、なぜか 「謎の地球外生物」 「未確認飛行物体」 「侵略の魔の手」「ツチノコを捕獲した」 など、まやかしモノには弱く、奇妙な存在に興味をひきつけられる。
幼少期に 「ウルトラセブン」 で描かれた宇宙人の侵略的な恐怖と 「矢追純一のUFOシリーズ」 の奇想天外な編集に、少なからず影響を受けたのだろう。
来月は日本映画 「シン・ゴジラ」 を見に行く予定だが、これこそ 「ウルトラマン」 の怪獣シリーズ然り 「川口浩の探検隊シリーズ」 のような、うさんくさい期待を持ってしまう。

しかし、この手の特撮娯楽超大作を見ても寂しいかな‥  喜んだり感動することがなくなった。
若いときなら、その映画 (物語) にダイブして、すばらしき空想に酔いしれたが、今はどういうわけか、「覚めた目で見ている」 そんな自分に少しガッカリしている。
昔は、そうじゃなかった。
それはつまらないとかじゃなくて、今は映画が豊富にあるから、相対的な楽しみのレベルに慣れ親しみ、時代と年齢にズレがおきたんだと思う。

その傾向、1986年以降、軒並みにビデオショップが町の至る所に開店すると、作品は頻繁化するし、大量生産すれば質を維持することは厳しくなり、文化も様変わりした。
昔見た映画こそ、名画であると思いがちなのは、圧倒的に作品が少なかったからだ。
ボクの中で 「これだ!」 と、素直に感動できる映画も少なくなった。
慣れてしまったことに加え、映画を見る年齢的な色彩調整が変化したとも思える。
それでも、見るのなら、清らかに澄んだ 「シンプルな映画」 を欲したくなる。

近年、ハリウッド映画でも 「ネタ切れ」 が叫ばれているが、その分SFXの傾向は強まる。
そうすると、ドキュメンタリー、ヒューマニズムに、わが身を感動にひたしたいところだが、いい映画とは、後にフッと思い出す映画なんだろうね。

日本が誇る怪獣 「シン・ゴジラ」 を見たいのは、純朴な味わいを取り戻したいからである。

posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Cinema Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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