2016年04月22日

ナチュラル

「意外だな」 と思いながら、そのランニングフォームは、最近はじめたことじゃないのはわかった。

午後2時、バスの窓から、今年で50歳になる、旧知の飲食店オーナーがスポーツウェアを身にまとい、サングラスをひたいにかけながら、淡々と 「ランニング」 している姿を見かけた。
年甲斐もなく、後部座席から手を振っても、気づかないほどの入れこみようであった。

トレーニングは、根気がいる。
車に例えるなら、初心者はギアが重いから、心肺機能や筋肉が悲鳴をあげるけど、持久力がついて  苦痛が薄れてくれば、肉体の性能はオートマチック運転できるようになる。

42歳のとき、万代のスポーツジムへ、5か月ほど通った。
当時 「85キロ」 の体が重くて、4か月の自主トレーニングで減量前の下地を作り、1か月で一気に 「73キロ」 まで絞りこんだ。

最初の3か月は、地道にトレーニングを繰り返すしかない。
当然、ギアが重くてどうしようもないが、肉体に感覚を覚えこませ 「サーキットトレーニング」 に重点を移してからは、スタミナとスピード、少しパワーがついたことも実感できた。

こうなれば、体をオートマチック運転できるから、トレーニング中 「スーパーで何を買おうかな」 とか、別なことを考えられる余裕さえ生まれてくる。
ランニングと同じで、自動運転できるところと、ハンドリングを必要とする、コツがわかってくるんだ。

精神的な部分も影響してくるが、上級者なんかを見ていると、年齢に応じて肉体を賢くする充実感に、 よろこびを得ているどころか、トレーニングを生活の基本にしているようであった。
その点、ボクの動機なんて、青春の搾りカスみたいなもんだったから、ジムの閉鎖とともにやめた。

正直、50歳も過ぎれば、スポーツのやり方においては、ムダに肉体を痛めつけていることもある。
ボクは、もう体を鍛えるつもりはないし、健康維持も 「ナチュラル」 なままでいい。
健康不安はキリがないから、いっそのことあれこれ考えず 「あるがまま」 に身をゆだねている。

妻は相変わらず 「へんてこりん体操」 をしているが、ボクは 「街中サイクリング」 をして、昼下がりはカフェイン、夜はアルコールを補給していれば、体調管理はゴキゲンである。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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