2016年04月06日

上司と部下

日付が変わった4日 飲んだ帰りのタクシーで、あたりさわりのない会話をドライバーと交わした。

先週末は歓送迎会などで、新潟の夜は賑わっていたが、さすがに日曜は静寂だった。
まだ、新人社員の歓迎会など続くであろうから、もうしばらく街中が活況づくとうれしい。

この10年ほどで、若者がお酒を飲む頻度が激減した。
仕事が終われば、家でSNSやゲームをいそしみ、イヤなことがあれば悪口でもつぶやいてるのかな。
「オレは違うぜ」 と骨太な若者もいると思うが、世間の流れとしては間違ってはいないであろう。

そんな新人歓迎会の一次会は一次会として、今どきの二次会はどこに行くのかな。
解散、または次も居酒屋、それともカラオケボックス、果てはファミリーレストラン‥ なんじゃそりゃ。
最近では、牛丼店で二次会もあるらしく、もう流れは何でもありだよな。
だけど、最初に連れていかれたところは、生涯の記憶として残るから、油断するなかれ。

ボクが新人の頃、思い出せる場所の一つに、大宮駅前のビジネスホテルの地下ラウンジがある。
そこは生バンドつきのいわゆるクラブで、ステージ上でピンスポットを浴びて歌えるフロアー。
しかも、われわれ零細企業だったから、支店長と事務の女性とボクの3人だけの二次会だった。

記憶をたどって、切り出して行こう。
ステージ上では、ロングヘアーでドレス姿のMCのお姉さんがサイドについて、曲紹介をしたり手拍子を贈ってくれるんだけど、逆にそれが恥ずかしいったらありゃしない。
それに1番と2番の間奏で間が持てなくて、真っ赤な顔をして下を向いていると 「さあ、がんばって」 と言われ、タンバリンを振られるんだけど、できればそっとしておいてくれたほうがありがたかった。

それに浅い時間だったこともあり、閑散と広いフロアーには、ボクら3人だけが独占していた。
支店長は 「志賀 勝」 しか歌わないし、同い年の事務の女性は 「松田聖子」 ばかりだし、ボクは 「近藤真彦」 で場をつなぐが、次の客が来ないから、延々と3人が交代でステージに上がっていた。
さすがにお姉さんもバンドマンも、内心は 「カンベンしてくれ」 と思っていたに違いないけど、ボクらは 不粋でもワルノリしているつもりはなくて、セット料金以外に一曲いくらで加算されていたはずだ。

それが証拠に数日後、支店長は本社の経理部にそのときの領収証の金額のことで、必死に電話口で釈明していた朝の姿があった。

あの日があって3人の結束感が増し、その1年後に支店長が元々の実力を別な世界で試すことになり、大宮支店は閉鎖されボクは新潟支店に配属されたが、志はそこにあらず22歳で2回目の転職をした。

現在、神奈川県の藤沢市に住む76歳になった支店長とは、今も年賀状と電話挨拶を欠かしてないが、今年の正月は電話口で 「不摂生がたたってよお」 と笑って自戒しながら 「ああ、支店長らしいな」 と毎年変わらぬ個性を感じながらも、30年前の濃かった1年を思い返していた。

そんなわけで、上司とのつきあいや歓迎会の類は、後々いい思い出となり、素直に胸襟を広げた方が、おたがいにいい仕事もできるので、大切にしたほうが充実すると思う。

若手時代の感覚で言えば、逃げるから相手にされなくなるんだよ‥  言いたいことはそこである。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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