2016年04月03日

いかのおすし

最近、児童の身を犯罪から守る、いわゆる 「いかのおすし」 という標語を知った。

知らない人に声をかけられてもついて 「いか」 ない。
知らない人の車には 「の」 らない。
それから、うーんと‥ 「お」 おきな声で 「す」 ばやく、周囲の人に 「し」 らせる。
これらをまとめて 「いかのおすし」 と簡略して、自らの身を守る安全指導をされているのだとか。

数日前の社会ニュースでは、面識もない少女を誘拐して、自宅で2年間も拘束していた、23歳の男が捕まった事件が大きく取り上げられていた。

今は地域の防犯も機能していないから、変質者が普通になりすましやすい環境にある。
言葉を巧みに使い、時には不安につけこんだり、不幸な作り話で気を動転させたりする。
その顔は、至極まっとうのように見えるが、よーく見るときっと目だけは笑っていないだろう。

つまり、いつの世の中も悪の顔で近づくことなく、むしろ普通を演じて近寄ってくるから厄介である。
しかも、自らが犯している悪行に、自らが気づいていないから始末に困る。

それが証拠に、これまでの誘拐犯が素直に 「ごめんなさい」 と謝ることはないし、謝って許せることじゃないんだけど、謝れないというのは、人間として根本的に欠陥があるように思える。
揚げ句の果てには 「社会が悪い」 と犯行動機をすりかえるでしょ。

そういう事件が後を絶たないから、少し関心を持って声をかけたり、見守るべき規範を持とうとしても、 周囲の目が 「子どもに声をかけるのは誘拐犯か変質者」 になるから、おちおち声もかけられない。

普通は外で泣いている子がいたら 「どうしたの」 ぐらいは常識的に声をかけるが、それをした瞬間 「いかのおすし」 を思い出され、大声をはりあげられたんじゃ、たまったもんじゃねえわな (笑)

世の中には 「何かおかしいぞ‥」 と思うこともあるが、味方までも敵方あつかいされたり、さもすれば 安全と危険の境界線も、むずかしい社会なのかもしれないね。

ボクも初老になったら 「いかのおすし」 を思い出して、わが身を守ることにする!
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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