2016年02月15日

無題雑記 29

毎年 2月14日は、9年前に死去した伯母の命日なので 「しも町」 の遺影に焼香へ出かける。

生前、本町市場で出くわすこともあり、今も道すがら 「会うんじゃないか」 錯覚するときもある。
長年、新潟に住んでいると、街が語りかけてくるような気分になるから不思議だ。

ガラッと話を変えるが、ボクのストレス解消法のひとつに、人と会うことがあげられる。
会話が刺激になれば、視野も広がるだろうし、何よりもつながりを深められるからいい。
なにも、大人数で騒ぐより、ほろ酔いで話題を対等に回し合える、少人数でのトークが好きだ。

また、ひとりで飲める店もあるから、断りを苦手にする知人を、あえて呼び出すこともない。
これは考え方だが、妻とも遊び、知人とも遊べれば、経験値も増えて、家庭が崩壊する心配はない。
それに遊び心があれば、自由なお金がなくても、工夫した遊び方ができる。

ご老人に、ヒントがある。

日中は公共の場で過ごし、夕方は気の合う者と買い物をして、夜の浅い時間になると、フードコートや   喫茶店でお茶を飲みながら、笑い声を上げていたりする。
家に閉じこもっていたり、朝の散歩や図書館の往復だけでなく、遊びの固定観念に縛られてないんだ。

それに夫婦の距離感を保ちながら、人と会話で情報交換をしていれば、孤立感を味わわなくてもいい。
しかし、残念なことに、その輪は女性ばかりで、男性は孤立している人が多いようだ。
もしかすると、いつまでも気持ちの整理がつかず、プライドが切り替わらないのかもしれないね。

先月、閉店した本町の 「ホクセイマート」 なんて、地域のコミュニティーになっていたはずだ。
商業施設のフードコートで、人が交わる光景を見ていると、遊び心さえあれば、どこでも遊び場になると思えたし、会話が痴呆の防止になるから、根暗な 「老人論」 ではないんだ。

いくつになっても、会話は人の幅を広げ、老人を見ていると 「幼少期の遊び方」 を思い起こせる。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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