2015年10月14日

庶民の雑文

予定のない休日、平日の空いた時間 「本屋」 にいることがある。
お店の規模、書籍の構成、新刊や古本問わず、フラリとながめているだけでも、気持ちがおちつく。

小難しい本は読めない。
文豪作品や長編文学、古典など、ボク程度の読解力では、到底理解におよばない。
個人的には、大衆娯楽小説、ノンフィクション志向である。

「人間」 にスポットをあてた、ヒューマン小説が好きだ。
好きな作家は、人間なら誰にでも隠されている内面の怖さを見事に描いた 「吉村達也」 
奇想天外な人間の新感覚を描いた 「原 宏一」
女の隠された嫉妬や情念を描いた 「新津きよみ」 「小池真理子」
作品にもよるが 「中島らも」 のような、気楽に活字と触れ合えるのもいい。

また、作家としてではなく、タイトルとテーマで、目次と文体に目を通し、手もとにおくこともある。
中には、文才のある一般人が出版社の力添えを背景に執筆した、渾身のドキュメンタリーも好きだ。

最近なら、元書店員が描いたタイトル 「傷だらけの店長」 は、一気に楽しめた。
あえなく閉店により、退職を余儀なくされた店長の苦悩が描かれたリアルさが読み手の心に響く。
よく使われる常套句  「好きなことを仕事にできていいですね」
その言葉に対する現実が、ここに生々しく描かれている。

著名人であれば、職業 「著名人」 であるがため、真実と粉飾をおりまぜながら、第三者の介入による 「口述筆記方式」 の出版が目立つ。
著名人というだけで、ありがたられる本もあるが、人の目を曇らせてしまうものもある。
表紙と中身が異ならないように、実際の現物を手にして 「ななめ読み」 で判断する。
ネットで本を購入しないのは、そういう意味であり、本はなるべく本屋で購入するようにしているんだ。

本の著者の魅力は 「名もなき文才」 にある。
完全な匿名性ではないが、今までに得た経験と知識が息づいている 「素人文章」 がおもしろかったりするのは、普通に商店街の八百屋で隣り合わせになれる庶民性があるからだ。
木で鼻を括ったような著名人よりも 「庶民の雑文」 のほうが、リアリティーがあったりするからね。

本との出会いは、人との出会いに似ている。
偶然の積み重ねの中に、大切な探し物をしているようなんだ。
本屋めぐりは、生涯終わることのない、楽しみの一つである。

夕方、閉じた本の 「人の短編集」 (原田宗典) 130ページに 「しおり」 が挟んである。
明日、医療型介護施設の静かな部屋で、続きのページをめくっていることになりそうだ。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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