2015年09月14日

不良デビュー

定年退職を境に 「不良」 で粋な人生を送ることが、ひとつの生き方として見直されているとか。

断わっておくが、公共マナーを守れず、人さまから後ろ指をさされる 「ゲスな不良」 ではない。
まして、家族を悲しませるのは言語道断で、あくまでも気持ちをしぼまさずに切り替える意味の不良。
こうして、自己責任で不良デビューし、不良とは 「ダンディズム」 (自分の美学) である。

しかし、個性的でありたいと思いながらも、大半は 「定番コース」 をなぞる生きかたになる。
気がつけば、趣味は散歩や庭いじり、図書館通いなど、行先もほとんど固定化してくるだろう。

それに、仕事人間ほど定年退職をすると、コミュニティーに参加したくても、それまでのプライドが行動を阻んでしまい、真面目が孤立を引き起こしていたことが、身にしみてわかるんじゃないかな。
それまでの仕事や肩書、学歴を得意げに話すようでは、人と折り合えない理由はわかるものだ。

そうならないためにも、今から訓練しておく必要がある。
不良の活動は、朝でもいいんだけど、朝の不良ってカッコ悪くねえ。
手っ取り早いのは、不良は不良らしく、夜の行動で男を解放するのも、自由を謳歌する人生である。

当店、60代のお客さんは、海岸をおもちゃに遊んでいたり、オープンカーでドライブしていたり。
お神輿を担ぐ人もいれば、楽器に再チャレンジをしたり、呑み屋の晩酌セットで交友を広げていたりさ。
昼夜問わず、自分の好奇心に忠実で、行動に独創性がある。

実在する客 「Mを」 さん 「N瀬」 さんは、粋と野暮の違いが判る、数少ない鯔背な不良だ。
しかも、奥さまを大切にし、女ズレすることなく、おしゃれで文化的な要素を持っているのが魅力。
好ましい意味で 「憎めない不良」 といえるし、年下にも慕われる 「遊び人」 でもある。

このあたり、不良っぽい有名人にたとえると 「泉谷しげる」 や 「宇崎竜童」 「矢沢永吉」 などが、 思い浮かぶし、ボクと同世代なら 「近藤真彦」 や 「ヒロミ」 が、同列のような気がする。
「吉川晃司」 や 「清原和博」 は、ムリに不良を演じているようで、どこか鼻持ちならない。

50歳前後のお客さんになると、ミニディスコで軽く踊っていたり、ひとりでコンサートに出かけていたり、先月は飲んだ後に、古町で朝定食を食べて帰宅した強者がいたり、想定外の遊びをしているようだ。
じゃあ、どういう人かというと、普通に日勤している人たちで、月に2〜3回、身の丈な不良に変身できる自由なヤンチャだから、仕事と遊びの線引きができて、気分転換もうまい。

その気持ち、よーくわかるもん。
ここまで、仕事や家庭に全力を投じてきたんだから、少しぐらい羽目を外してもいいんだ。
しかも、ひとりでも、みんなとでも、柔軟に楽しめる 「遊び心」 が大切だと思うからね。

そんな不良生活は、あこがれるものじゃなくて、味わうものだ。
だけど、晩年になってから、いきなし 「不良デビュー」 したら、チンピラでしかなくなる。
やるんだったら、今ぐらいから、不良の下地を作っておかないと、カッコいい不良にはなれない。

不良にも、条件がある。
まず、バカは絶対にダメだ。
それから、男から評判の悪い男では、まず見込みはない。
父性と少年っぽさが同居しており、ヤンチャでも優しくなくてはダメだろう。
会話は適度におもしろく、小さいことは気にせず、どこか艶やかさがただよう。
最終条件として、不良は愛されなきゃいけないし、人が認める不良じゃないと、存在価値はないからね。
そして、共通しているのは、そこそこ顔が利く 「夜の隠れ家」 があること。

バーテンダーの視座で語れば、カッコいい不良とは 「ダンディズム」 をさすのではないだろうか。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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