2015年09月13日

秋桜 (コスモス)

先日 妻がハードディスクに録画した 「山口百恵」 の特集番組を寝酒ついでに眺めていた。

彼女は芸能界をキッパリと引退して 「35年」 経過した。
あれから、一度もメディアの前に姿を現したことはないらしい。

結婚で幸せになるため、ステージにマイクを置いて、後ろを振り返らずに幕引きした姿は印象的だった。
引退や復帰を売り物とする、ショービジネスにおいて、誠実な引退だったことが、あらためてわかる。
そんな、山口百恵からは 「昭和の母親像」 を感じさせられるんだ。

男は未練がましい。
別れた女を思い出しては、記憶の恋愛にさまようところがある。
純粋なんだけど、割り切れない生きものなんだよな。

それに過去の女と会ったとき、懐かしさも手伝い、やり直せると思っている節もある。
その点、女は別れた以上は、未練がましく過去の男を振り返らない。

偶然、街中で出会ったとしても、高い確率で知らんぷりされると思う。
それもエチケットであり、女という生きものなんだ。

反面、男は 「1%でも、俺のことが好きならば」 と夢枕を秘めて会いたがる生きもの。
男と女は、これほどまで、違う生きものである。

山口百恵は、ファイナルステージのラストを名曲 「さよならの向こう側」 で閉めた。
それはまるで、自分の生き方を投影したようなナンバーでもあった。

母親になるため、栄光に振り返らなかったのは、かつてのスーパースターでは、数えるほどである。
そうすると、夫である 「三浦友和」 は、男冥利に尽きるんだろうな。

男から見て 「凛とした女性の生きかた」 は、儚くも素敵だと思う。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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