2015年08月29日

折れ方上手

ある日、テレビのバラエティー番組に出演していた芸能人 「ヒロミ」 を見ていたら、妻の 「 (松本)  伊代ちゃんは、幸せなんだろうな」 と思った。

彼女の魅力は、憎めない天然ボケぶりらしいが、それが鼻につくと感じる男もいるだろう。
だけどヒロミは、妻の個性を意に介する風でもなく 「もう、ママはどうしょうもねえなあ… あはは」 と  笑い飛ばせる寛容性がある。
短く言えば 「男女の価値観の差」 を認めているんだ。

人はよく、価値観が一致すれば、幸せ (結婚) と考えがちである。
価値観が離れているよりかは、上手くいくだろうが、そこにとらわれすぎていると錯覚すると思う。

「男と女は違う」 ことを前提にしないと、家庭はいさかいだらけになってしまう。
ありがちなのが、趣向が似たもの同士は、すぐに親密な関係に発展するから、気をつけたほうがいい。
なまじっか似ると、同じことしか考えず、意見がこじれたら、似てるだけあって収拾もつきにくいんだ。
趣向の枠でとどまらざる得ないから、あんまり合いすぎるのも、考えもんだろう。

男女は 「折れ方上手」 でいたほうが、うまくいくもの。
日常生活で 「ここはいいかな…」 と、思い流せることのほうが、多いんじゃないかな。
いちいち説教じみたことは言わないし、伝えたいことは気軽に伝えるし、どうしても言いたいことがあれば 「今、言っておかないと、あとを引きそうだな」 と、思ったときぐらいでさ。
それができれば 「男女は円満」 にいくような気がするけどね。

つまり、価値観をムリに合わせようとせず、やっぱり、価値観は認め合えるほうがいい。
だから、価値観が合う異性を探し続けても、ムリな理想とムダな努力、ムラのある感情になると思う。
それより、自分と違った価値観を認められる自分にならないと、相手にとって、まず自分がいい相手の   条件じゃなくなるし、断言すれば 「価値観が合う相手なんていない」 から。
単純に、価値観が合わないからとぼやいている時点で、男女の根本がわかっていないんだから、自分をわかってほしいと言っても、わかってもらえるはずはなかろうに…

これは、ボクの個人的な印象だ。
伊代ちゃんが失敗したら、ヒロミは 「バカだなあ…」 とつぶやきながら、人差指でおでこを軽く押して、笑って済ませられる器量を感じさせるんだ。
塩加減を間違った料理を、子どもと一緒に食べながら 「なんじゃこりゃ」 と言いながらも、少し涙目と 笑いを交えて 「おいしいよ」 と、失敗を癒しに変えられるような食卓。
その脇で伊代ちゃんが 「えっ、うそだ、どらどら、ヤダー、ほんとうだー」 と笑うことで、また食卓の   雰囲気が和むというか…   女性が与えてくれる、こういう雰囲気っていいもんだよ。
そんな 「ヒロミ」 と 「松本伊代」 のような夫婦なら、熟年離婚なんて、無縁なんだろうな。

反面 「高橋ジョージ」 と 「三船美香」 の 「年の差愛憎劇」 は、価値観の認め合いが薄れた結果と思えるが、今日のオレ…  芸能レポーターみたいなことを書いているから、ここいらで止めておくわ。

男女のやすらぎは、価値観を上手に認めていくことで、理解の度合いが深まり、気がついたころには、   意外と深い愛情が出来上がっていたりするものだ。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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