2015年08月16日

聞けなかったこと

週末の街中では、大小の同窓会が開かれていたようだ。

自身、不定期に旧友と交われる環境にあるから、その意味ではバー冥利といえようか。

6月のある土曜日、東区の某中学校の同窓会が新潟駅前で開かれ、人数も絞られてきた同世代の      男女数人が、この日最後の居場所となる当店で名残惜しそうな時を過ごしていた。
引率してくれたお客さんによると、当時の担任も列席していたという。
先生を招待してこその同窓会だが、先生の年齢はいくつなんだろうね。

中学の三年間、同じ女性の担任に受け持たれた。
年齢は30代、専門教科は国語で、思春期の性には理解があった。
見た目は小柄で目力があり、気の強さともろさを合わせ持ち、その教えは 「論より証拠、態度で示せ」

中1のときは、先生を 「甘えの対象」 にしながら、中2にもなると 「反抗の対象」 に変わる。
先生の気を引くため、一番手っ取り早い方法は、ズバリ 「反抗的な態度」 に出ること。
振り返れば、一方的に母性を抱きながら、そんな方法でしか 「愛情の渇き」 を伝えられなかった。

校内で 「ヤンチャ」 が過ぎて、生徒相談室に呼ばれたことが幾度とある。
愛情で叱っているのか、義務で怒っているのか、敏感な時期だからわかるんだ。
中3の秋、ようやく高校へ進学することを決心した。

20年後に対面したのは、新潟の青山にある葬儀場。
祭壇に飾られていた先生の遺影を見たとき、こういう形の再会に落胆した。
「オレのことは、忘れられているだろうな…」 と思いつつも参列したのは 「3年間の敬意を軽んじては いけないな」 と思ったから。

先生の飲みっぷりのよさは、父兄の噂でちゃっかりと耳にしていた。
同窓会は40歳位から、先生も交えて自然に集えるようになるもの。
お酒を酌交わせていたら、あやふやな昔話で盛り上がったかもしれない。
変わった自分を見せたい気持ちもありながら、はにかみながら、こう聞いたであろう。

「高橋先生から見た、本当のオレって、どんな生徒だったんですか…」   解き明かされることはない。

当時の担任と一緒に飲めるなんて、ちょっとうらやましいんだよね。 
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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