2015年08月12日

空白の好奇心

今日 (12日) から、夏休みの人が多いであろう。

ボクの夏休みは、父親の介護が本格的になったときに失ったので、もう十年以上は遠ざかっている。
いや、この先もないであろうが、まあ、二連休が夏休みみたいなものだ。

バーは 「ひとり力」 のある、お客さんが多い。
しかし、長期休みは気分をもてあますせいか 「定年退職すると、毎日がこんな気分になるのかな」 と、つぶやいていたりする。
「何もしないのが、本当の休みになるんじゃないの」 と言うと 「そうなんだけどさ」 と、ささやきながら、 カウンターに軽くヒジをつく。
どこか、しょぼくれた感じが、共働きの家庭で遠くに遊びに行けない、子どものような顔になっていた。

ある日の深夜、信号待ちをしていた。
ガラス越しに見える牛丼屋の席で、ひとり客が背中を丸めながら、食事をしている姿を見かけた。
店員は客の存在に意を介するふうでもなく、お決まりの接客用語と調理作業を淡々と進めているだけ。
一見、温もりに包まれているように見えるが、実は、店員も客も孤独な背中をしていたりする。

だけど、その姿を見ても、だれも 「かわいそう」 「わびしい」 とは思わない。
なぜなら、求められて、創りだされた、食の大衆世界だからである。

今の飲食店の形態は稼働率重視だから、低価格で長居されるのは好まれない。
「食べながら話す」 基本的な形式よりも、相当数さばけるかが商売のカギになるからだ。
そこに 「ふれあい」 とか 「やすらぎ」 など、あまり言い出すと、ここまでのシンプルな商業システムが 「主客転倒」 になってしまう。
そんな孤食がイヤならば、自分の 「寂しさの基準」 を見直して、人間関係を作ればいいだけのこと。

そう考えると飲食店の中で、バーは現代のシステムにそまらない、非日常の空間であるともいえよう。

「夏休みなのに…」 そんな書き出しからはじまったが、夏休みの絵日記を目一杯書くための夏休みより何にも色を入れてない絵日記のページに 「空白の好奇心」 を感じるときがあるものだ。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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