2015年06月23日

Jazz Talk Vol.60

新潟でジャズを好きな人でも 「キース・ジャレット」 を聴く人は意外と少ない気がする。

あまり語り部に出てくることはないし 「あれはジャズではなく、キース・ジャレットという、ひとつの音楽 ジャンルである」 とも聞く。

ボクは、83年のトリオ結成時から、正式入門したようなものだから、わかった胸中まで達していない。
それに、好きな演奏スタイルを自由に聴けばいいのだから、ムリに全スタイルを聴く必要などもない。

一昨年、日本公演 (ソロ) で、ちょっとしたトラブルがおきた。
公演中、一部の観客マナーが悪かったらしく、インプロビィゼーションの集中力が途切れて、ピアノを弾くのを中断してしまったという。

公演後、演奏をやめたことに対して一部の観客が憤慨し、ロビーで主催者側と押し問答になったとか。
ボクが観客席にいたら、それなりのコストと時間をかけて、遠方から楽しみに来たのだから、そういう   出来事は怒りというより、悲しくなるだろうな。

2012年 「東京ソロ」 を目の当たりに聴いたとき、しばらく席から離れられなくなった。
それほど、人の心を響かせてくれたからだ。
それは、彼の 「音楽を聴いた」 からに他ならない。

最近では、どうも勘違いをおこしている観客もいる。
過度な歓声、口笛を吹いたりすることが、演奏 (会場) を盛り上げている気になっているんだ。
間違った行為じゃないが、聴き入るところは聴き入ることが、おたがいの鑑賞マナーである。

金を払ったからいいだろうじゃなく、本人の演奏を前にして、聴けるだけの資質があるのかである。
耳の問題とかでなく 「演奏者に敬意を払っているのか」 って、問題に行き着いてしまうんだ。
レストランで、パスタをお箸で食べるのか、ライスをトングで食べるのかって、TPOレベルの話。

それを 「キースのエゴ」 という前に、「もう少し下調べして来い」 である。
カラオケじゃあるまいし、金は払うから好きに聴かせろでは、そこに敬意の欠片もないわけだ。

演奏者のベストパフォーマンスを引き出すためには、演奏者の希望を叶えること。
その希望を叶えることが、観客席からの最大賛辞であり、すなわち返礼になるんだ。
一見、カンタンなことなんだけど、どうしても自意識過剰な観客はいるからね。

キースはひとつのジャンルにはおさまりきれないから、ひとくちでくくれるものでないが、愛すべき魅力がちりばめられている鬼才である。   あぁ、また、キース・ジャレット を書いてしまった…

「気持ちをゼロにすることで、自然と指が動きだす」    By   Keith Jarrett
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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