2014年12月04日

50 Now`s The Time

12月4日  50歳になった…

半世紀という時の流れは、僕の生活をずいぶん変えた。

男は、父親の年齢をどこかで意識しながら生きている。
父が50歳のとき、僕は20歳の成人式を迎えていた。
半世紀を節目にすれば、ようやく同じ目線になれた気がする。

はじめて口外するが、僕の父親は 「ジャズドラマー」 だった。
その関係もあり、幼いころから、東京と新潟を行き来していた。
破滅型の父ではあったが、その腕一本で2人の子どもを育て上げ、母は縁の下の力持ちであった。

子どものいない人生だが、もしも20歳の息子がいたら、きっと感慨深いだろう。
だから、50歳の誕生日は自分の姿ではなく、むしろ、50歳だった父の姿を思い起してしまう。
もちろん見た目の比較でなく、そのときの教えや考え方など、内面の部分であったりするわけで、     価値観の違いこそあれ、次世代に受け渡していくことだったりする。

日本が世界に誇る、サックス奏者 「渡辺貞夫」 さんが、音楽番組のインタビューでこう答えていた。
50年代、モダンジャズの原点にして世界最高峰とうたわれながら、1955年に34歳で死去した、    「チャーリー・パーカー」 に憧れていたという。
現在、81歳で現役の貞夫さんは、彼の倍以上の年齢を生きているが、超えられない存在だという。
周りはそうじゃないと思っていても、本人からすれば、メンターは超えることはできないんだ。

だれでも、かけだしのころ、お世話になった諸先輩方がいると思う。
それと同じことで、ある種 「父性のあり方」 に近く、男の視座である。
いつまでも超えられない、敬した免罪符と共存して、いつも心の中にいるわけだ。

20歳の記念に、父が出演するジャズクラブへ連れて行ってもらい、少してれくさそうな口調で 「コレ、飲んでろ」 (一人で来ることがあったら) と、息子の名前で、ボトルキープをしてくれた。
そのときのラベルが、「I・W ハーパー」 であり、今も変わらぬ、愛飲酒の一本である。

50歳は、ちょうど登山口の2方向に、さしかかった気分だ。
ポジティブなコースへ進むか、ネガティブなコースへ進むか、自然と意識すべき分岐となる。
僕はまだまだ、ポジティブな登山口に立ちながら、あまり負担にならず、できるだけ平坦なコースを、   自分のペースで歩んで行けることが望ましいと思っている。

その反面、「人生なんか、なるようにしかならん」 そんな、いい加減な精神も共存している。
人生も後半、どちらのコースを歩んでも、人としての生理現象は必ずおとずれる。
トイレがなかったら、野ぐそをするしかないし、紙がなければ葉っぱで拭くしかない。
山道では、カッコつけていられないし、恥かしがってなんかいられないんだ。
ならば、覚悟を決めて、楽しく歩んだほうがいいだろう。

50歳の誕生日を 「野ぐそ」 と表現した、僕は前途多難であろうか…  まぁ、行きゃ、わかるか!
 
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ついにマスター、五十才ですか。心細いときにたちよっていた店なのに、お別れの挨拶一つもせず、立ち去ったことはお許しください。いつまでも変わらない、永遠のアニキでいてください。遠くからおめでとうございます。毎朝、子どものお弁当つくりに励んでいます。
Posted by MIRIE at 2014年12月08日 20:59
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