2014年10月18日

木下友夫

朝の連続テレビ小説 「マッサン」 は、自身の後学のためにも見ておくのが望ましい。
だけど優先して見てしまうのが、同局のアニメ 「団地ともお」 である。

団地住まいの木下家は、典型的な核家族。
主人公となる長男のともおは、小学4年生で勉強嫌いの運動音痴。
秀でた才能があるのでもなく、性格は自由なやんちゃであけっぴろげ。
思わず、「この子の将来は大丈夫なのか…」 とあんじてしまう。

だけど、ともおは、友だちや近所つきあいを通じて、社会と対話をしているんだ。
算数は苦手だけど、クラスメート全員のフルネームは言えるとか。
国語は苦手だけど、プロレスの必殺技は全部並べることができるとか。
体育は苦手だけど、町内の住民の顔と名前、自宅まで知っているとかね。
僕らが子どものころ、新潟の下町 (しもまち) で経験した、「何か」 に似ている。

僕はマンション住まいだ。
ともおの設定と、同年代と思える子どもたちを見かける。
だけど、「こんにちは」 ぐらいの挨拶程度で話すことはない。
今の世の中、ヘタに子どもと話し込んで遊ぼうもんなら、不審人物扱いされそうだから面倒くさい。
それでも、どういうわけか、なつかれてしまうこともある。

最近の子どもは、おもしろい態度をとる。
子どもが親といるとき、僕と会うと 「おじさんのこと知らない」 と、ツンとした態度をとる。 (笑)
子どもがひとりのとき、僕と会うと 「おじさんどこへ行くの」 と、デレッと近寄ってくる。  (笑)
「知らない人とは、しゃべってはいけません」  まあ、親の心配性がうかがい知れる世の中である。

本当は、大人としゃべったり、一緒に遊んだりしてほしいんだ。
大人はいろんなことを知っているし、ある意味 「正義の味方」 な意識は残されている。
しかし、残念ながら、大人に全幅な信頼を寄せられる世の中ではない。

僕は子どもが好きじゃないから、純粋な世界に立ち入らないが、適度な距離で見守ることはできる。
それにイザというとき、子どもは最終手段として、大人に信頼を寄せてくるから、そのときだろう。
だから、「団地ともお」 は、「大人の教科書番組」 であり、「木下友夫」 くんは 「分身」 なんだ。

大人社会でも、生涯の友人として残るのは、「少年っぽさのある男」 だと思う。
下町で経験した 「何か」とは 「遊び心」 と 「子ども心」 のような気もするんだよね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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