2014年05月19日

Swingin After Midnight

5月のある平日 深夜1時過ぎの店内…

いつもなら、この時間はひとりで「客待ち」をしてるか、加減のいい客が1〜2人ってとこか。
この日の深夜、10席のカウンターには4人、ボックス席に3人と、皆が高ぶる神経を鎮めているようす。
GW中、仕事だった人の「振替休日」というところであろうか。

初めて見かける顔はボックスの2人で、他の5人は知る顔ながら、同席者もいるので会話を振られない限り、一定の距離を保っておくことが礼儀となる。
単独のお客は2人だが、ひとりは「ジョン・コルトレーン」の「セイ・イット」を聴きながら、そろそろ睡魔に みまわれだしたころであり、もうひとりは気軽な雑談ができる40代の男性客。

それにしても、どこか時間が止まった不思議な空間に思える。
たがいにそれほど面識がないのに、それぞれに異なる空間を過ごしているんだからね。
しかも、深夜2時近くになろうとしているのに、めずらしい平日の夜だった…

夜には、いろんな考えごとにとらわれてしまうもの。
僕もその昔、考えごとに支配されたとき、断片的にいやなことを思いだしたりすると、まぎらわしたくて、適当に会話ができる店を探してドアを開けたこともある。
今でも、「ちょっと、出かけてくる」と言って、休日の夜に気分転換しているときもあるからね。

だいたい、考えごとにとらわれても、ほとんど解決したためしはない。
近代的なストレス発散の代名詞に、グループを作って「ライン」とやらに興じても、所詮は誠(まこと)  つきあいではないから、少し関係がこじれればデータを消去できるお手軽な世界である。
やっぱり、直に会話できる人や場所がないと精神衛生上、不健康になるものだ。

無料だからって、いちいち大人がラインなんかしないし、用件はショートメールで十分である。
最近じゃ、「まどろっこしい」と言って、本人に直接電話をかける人も多くなっているようだ。
それに大切な人なら、それとなく状況を肉声で交し合うのが、「情」なんじゃないかな。
このあたり、友人だから金の貸し借りをしない原則と同じで、過去に怪しげなセミナーや販売を目的に 接触してきた人は、「本当に友人だったのか」ってことでさ…
女性や恋人同士は別にしても、男の仲は「肉声でしか証明できない」と思うね。

深夜にくつろいでいるお客さんは、黙っているけどそれぞれに理由があったりする。
家庭不和や仕事の人間関係、恋愛事情だったり、ここ数年は介護疲れなんてのもあるんだ。
自宅と職場だけの往復をしていれば、世間にはどれだけの人が悩んでいるかわからないだろう。
だからといって、いい大人がバーの片隅(公共の場)で 「しみったれた態度」はとれないわけだ。
そういう夜ほど、楽しい会話を心がけて帰宅してもらいたいと願う。

また、どうしても眠れない深夜、電話しても許してくれる友だちはひとりいればいい。
実際、非常識な時間帯に電話する人はそういないと思うが、存在がひとりいれば気は安らぐものだ。
僕は既婚だから、それほど深刻じゃないけど、友だちなら男女問わず、寝れない夜につきあえるだけの小さな器量はもちたいとは思っている。

本当の交友関係は、肉声に優るものはない…  そんなことを感じた某平日 深夜の「GIG」だった。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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