2014年04月19日

教育演技

先日のキュートな若奥さんの交通違反から比べれば、僕の自転車違反は見るからにハッキリしている。

斜め横断に信号無視など、自転車を状況判断で水陸両用に使っているあたり。
だけど、こだわりはいくつかある。
傘さし運転、無灯火運転はしないこと。
歩行者を事故に巻き込む、危険運転はしないこと。
冒頭、目視で安全確認した違反ではあるが、正当化できる理由でないことはわかっている。

大きなこだわりは、子どもが見ているときは交通ルールに則ること。
これも大人のズルさなんだけど、品のある「教育演技」だと思っている。
このあたり、子どもの純粋な目を意識することは、誰もが行なっていることであろう。
でも、これはちょっと違うんじゃないかと思うことがある。

社会問題は大人同士で論じなければいけないのに、子どもを表舞台に上げて情に訴えようとする大人。
特に反戦や反原発デモなどに子どもまで行進させたり、マスコミが子どもにマイクを向けて、それらしい言葉を引き出している場面はおかしい。
たまに社会問題に手紙を送ったりする子どもがいるが、何か裏で親や教師が操っている気もする。
子どものころは子どもらしく、楽しい行進をさせたり、好きな文章を書かせておけばいいと思う。

それがもし、僕の子どもであれば、政治的な考え方にはコメントさせないね。
すり込みが激しすぎると、大人になってから融通の利かない性格を作ってしまう。
それに社会問題は大人が解決することだし、「子どもは外で遊んでいろ」という主義である。

今は少なくなったけど、街中で幼い子どもの手を引きながら、方々で募金活動をしてた親子連れの姿を  見かけたことがある。
その親子は純粋なのかもしれないが、客観的にはいやらしさがつきまとわざる得ない。
つまり、子どもの純真さを普及活動、ならびに政治的活動に利用してはいけないんだ。
それならまだ、豆粒ぐらいにしか見えない「AKB48」のドーム会場の後ろで、子どもと一緒になって  踊っている姿のほうが、よっぽど健全な親子関係だと思える。

先日の若い奥さんには、純粋な親子らしさを感じたからなんだ。  つけくわえるんであればね…
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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