2014年04月03日

対話の術

3日 81歳の誕生日を迎えた朝霞の伯母に電話した。

ひとり暮らしにしては、受け答えが気丈である。
途中で話が反れたり、在らぬ方向へ行かないのは、言語能力の高さであろう。
会話の量をフィジカルとすれば、会話の質はメンタルなんだと思う。

最近は年齢関係なく、会話力が低下している気がする。
例えば、こんなことないかな…
「バナナは好きですか」という質問に対し、バナナの説明を答えにしてしまう人。
今の質問は、「YES or NO」なのに、そこを答えてくれない。
本人は意識にないんだろうけど、会話(対話)不足がまねいている傾向なんだろうな。

独身時代、誰とも会話をしない休日があった。
しゃべるのは、コンビニで「お弁当温めますか」と聞かれ、「お願いします」の一言。
本屋で「ブックカバーはおかけしますか」と聞かれ、これまた「お願いします」で終了。
たまに小料理屋で飲みながら、「誰か声をかけてくれないかな…」と、小心な頃もあった。
「対話の術」そのものより、自分から声をかけなきゃ状況は変わらないのにね。
そんな心境で過ごした経験は、誰にでもあるだろう。

社会と会話ができて、一人前になれるというのかな…
飲む度に会社の愚痴や人の悪口、自分だけの話題に終始してしまうと、結局は独りよがりがまねいて「コミュニケーションクライシス」に陥るんだと思える。
パソコンやゲームの普及で会話はドライになったが、対話することで気持ちは豊かになる。
社会(人)と対話することが、言語能力の良し悪しを決めるんじゃないだろうか。

僕のような仕事(一般的な飲食店)は、機械的でドライな感覚と対極な立場であるから、対話を通じて  気を変えられる場所なのかもしれない。
そう考えれば、仕事の意義は至って明快である。

伯母は質のいいコミュニケーション(対話)をしてきたから、今でも的を得た会話ができると思ったね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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