2013年12月26日

家族のプライド

家族への愛情が、軽視される世の中になった。

親の悪口を平気で言う、子どもが増えている。
子どもと言っても、形式上は成人しているが。
気の済むまで、親の悪口を言えばいいんだ。
「おめー、何を言い出すんだ…」と思われるかもしれないが、ちょっと待ってほしい。

自分の親なんだから、悪口を言う権利はあるということ。
子どもなんだから、思ったことは言ってもいいんだ。
しかし、親の悪口を赤の他人に言わせたら、絶対にダメなんだ。
声を大にして言いたいのは、ここなの…

その昔、暴走族に加入した若者達は甘やかされて、その多くは親と不仲な関係だった。
夜中につるんでは、親の悪口を言い合って、そのときだけは気分が晴れる。
だけど、仲間の親の悪口には、誰ひとりとして便乗しない。
自分の親には毒づくものの、仲間の親には礼儀正しく接していたんだ。

親がわが子を心配して、夜のたまり場に呼び戻しに来る。
少年は体裁上、反抗はするけど、総長は命令で親と一緒に帰らせる。
自分の親には毒づくけど、仲間の親には礼節を重んじる姿は牧歌的である。
つまり、親を憎んでいる感情ではないんだ。

その感情を知らず、相手の親の悪口に便乗することは、子どものプライドを傷つけたことになる。
それに対して言われるまま黙っていれば、子どもとしてのプライドを放棄したようなもの。
人の親の悪口を言う奴はバカだけど、それを平気で言わせる子どもにも問題があるんだ。
子どもとして、自分の親の悪口を世間に言われることほど、恥ずかしいことはない。
もし友人が「ひどい親でよ…」と愚痴ったとしても、それは親子の問題だから口出しは一切しない。
無責任に他人の家族に割り込む、これほど失礼な会話はないんであってさ。

誰だって、他人に家族の悪口を言われたら、おもしろくないだろう。
そのときは、ボロカスに容赦なく罵倒しまくるか、金的を食らわされても文句は言えないはずだ。

子どもは自分の親なんだから、悪口を言う権利はあると思う。
だけど他人に親の悪口を言わせたら、絆を放棄したことになるから絶対にダメだ。
これが家族への愛情であり、手放してはならない最後のプライドだったりするんだ。

人聞きの悪い、誤解はされたくないので、ここまでの流れを一応整理しておく。
暴走族に興味を示したことはないし、家族のあり方についてもプライドはもっている。

ただ、あまりに「こいつ、ひとりで生きてきたつもりなのか…」と思わせられる若者が多くてね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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