2013年12月16日

ステータス

僕らの世代、ウイスキーのボトルキープに、自分(たち)への 「ステータス」 があった。

今は価値観も変わり、キープは盛んじゃないけど、それなりにこだわりのある人もいる。
前に 「ボトルキープに父性を感じる」 と記したが、今回はボトルを介した 「仲間意識」 について。

若い頃、仲間とスナックバーへ飲みに行くと、割り勘でボトルキープすることがあった。
当時 「I.W.ハーパー」 は高かったので、最初はもっぱら 「リザーブ」 ばかりだった。
それは、「また、一緒に飲もうぜ」 という、仲間宣言みたいなものである。
タグの代表名は、店と所縁のある男としておき、誰が来ても気軽に飲めるようにしていた。
その代わり、空にしたら次の仲間のために入れておくのがルールだけど、そこがかけひきとなる。

ボトルが空きそうになると、どこかソワソワしはじめる。
「ニューボトル」 を入れておくか、次の仲間が入れるように 「ワンフィンガー」 残して消えるか。
店の保管スペースを考えれば、中途半端に残しておくのは、これも粋じゃない。
「次回、用意しておいて」ぐらいならまだカッコイイけど、店が仕入れを現金化することまで考えれば、  あんまり引き伸ばしておくのは失礼にあたるので、その場繕いなことも言えない。
この場合、ボトルを入れる入れないよりも、スマートに対処できるかなんだと思う。

老舗店へ行くと、ボトルが会社や個人の名前で何本も繰越されていたり、タグだけが薄汚れていたり   するのは、どこかでつながっていたい関係の表れである。
最初は3人で仲良く入れたのに、数年後にはひとりの名前になっていたりする。
けんか別れでもしたのか、以後は誰も手をつけないボトルもある。
中には突然転勤が決まり、「残りはあの人の名前に変えておいて」と残し、二度と会えない人もいる。
そのときは、解散したころなんだと思える。

ボトルキープは盛んじゃないけど、仲間意識の象徴 (ステータス) みたいなものだった。
そのくせ、別行動で仲間がボトルを飲んでたりすると、「あの野郎、俺のいない間に…」とつぶやくが、  親しさ代わりの 「あの野郎」 なんだから、憎まれ口でも男の関係はカラッとしている。

多くの店は焼酎キープが主流となっているが、店主として迎合したくないね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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