2013年11月26日

「屋」さん

小学生のころ、新潟の東堀通りの外れに「模型屋」があった。

ある日、友だちと一緒に5百円にも満たない、チープな模型を買いに出かけた。
すると、どこかの小学生が1万円近くするであろう、高級模型を買っていった。
スーパーカーだったかな、いや戦艦、それともお城だったかは覚えていない。
はっきりと覚えているのは、「本当に作れんかな…」という店主のつぶやき。
そのつぶやきに対して、僕らも「うん、うん…」と共感した覚えがある。

今のように金さえ払えば、調子のいいことを言う風潮ではなく、あのころはよくいえば「売る側にプライド」があったし、悪くいえば「明け透けなおせっかい」も多かった。
それも威張るだけのことはあり、商品に関する知識もともなっていたような気がする。
だけど難があるとすれば、「ありゃ、客商売の態度じゃねえぞ」ってことも多かった。
それも個人商店で「屋」がつくお店に多く…  あっ、ほとんどが「屋」か。

当時は乾物屋に駄菓子屋、魚屋に八百屋など、そこらじゅうが「屋」で個人商店が多数あった。
仕事に威勢があるものの、気分にムラっ気があり、客がこなけりゃ座敷で寝ているような店主。
女房に尻を叩かれながら、渋々と店頭に立ち「いらっしゃーい…」と、やる気のなさそうな声を出す。
お客が帰れば、「せこいババアだ…」とか何とかブツブツ文句を言い、また女房にとがめられる。
ガキながら、そういう現場に居合わせていたから、何か大人の楽屋にいたようであってさ (笑)

陶芸家は自分の作品が気に入らなければ、釜から出して平気でパーンと割ってしまうという。
納得いかないからと割るようなところは、ある意味では「屋」や「家」の特権だったりする。
今は、その「屋」が様変わりして、無個性な店主が多くなった。
客も客で、事務的な大量消費に慣らされているから、井戸端会議らしい会話すらしなくなった。
「屋」とは、商店を通じた喜劇であり、そこではみんなが主役になれる寛容さがあったんだ。

だから「本当に作れるのかな…」なんていう、生のつぶやきが聞けたんだと思う。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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