2013年11月25日

下町情緒

昔から、新潟の下町(しもまち)地区では、新しいお店は繁盛しなかった。
まあ、古町に近いこともあったけど、需要と供給が適正規模だったからね。

「下町は人情味があっていいじゃないか…」と言われる。
だけど実際に住んだことのある立場からすると、そのニュアンスは少し異なる。
下町の人情味は義理堅さにあるんだけど、昔から住んでいる者のつながりだけな気もした。
小さい頃から、その店に行っているとか、それに新潟は縁故の強い町である。

当時なら、床屋はここ、八百屋はここ、肉屋はあそこと「行きつけの店」は決まっていた。
たまにデパートや他の店へ買いに行くぐらいで、あくまでも生活の基盤は地元にある。
それに新しいお店へ行くことは、それまでのお店を裏切ることになるから行かない。
行くとしてもこっそりと行くか、人に見られないように順路や時間を変えて行ってたり。
それが下町の気遣いと白々しさだったりするから、逆に新しいお店は繁盛しにく町なんだ。

僕は東京からの転校生だったので、今振り返れば雰囲気の違いを嗅ぎとったかもしれない。
下町の気質は知らない人とはかかわらないとか、簡単な挨拶もできない人は敵とみなす傾向がある。
地域に溶け込めたのも、合わせるべきは合わせ、凛とすべきは凛としていた親の姿だった気もする。
新参者を受け難い町だけど、受け容れてもらえば楽しい町ながら、浸かってはいけない町でもある。
意外に思うだろうが、観光ガイドには載らない下町独特の文化がある。

生活する上でやることをやっておけば、言われもない中小誹謗など気にすることはない。
近所の人間関係が成立しない理由は、礼儀なきことと自分に利益が還元されないからである。
そういう町は何をやってもダメだし、つきあいに強いストレスを感じたら自分は自分でいい。
新参者には冷たいようだけど、最初から歓迎されるなんて思わないほうがいいだろう。
地域で生活する処世術のようだが、どこへ住もうとどこで商売しようが、似たような風潮はある。

その昔、「下町の人は家の玄関に鍵をかけない」と言われたほど、地域には安全さがあった。
しかし、町に人が集まる場所(個人商店)が減ったから、情報交換がなくなり地域もわからなくなる。
また、そういう場所で顔見知りになっていくから、悪さをしたくても悪さができない町作りにもなる。
何か悪さでもしようもんなら、すぐ噂になったし、地域が連携するので犯罪もおきにくかった。
まとわりついた色眼鏡は嫌だったけど、何か事がおきたときは素朴で強い下町だった。

あのころは、最後に頼れるのは自分の力ながら、そこには庶民感覚の心意気が根付いていた。
下町育ちの無視しない気質というか、行動力はどこの地域よりも美徳があったんじゃないかな…
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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